次に向けて
「へぇー、なるほどね、オイラ達がいない間にそんなことになってたんだね」
「兄弟はいつだって面白いことに恵まれるんだねぇ」
数日後、組合屋敷にて大きな鍋を用意して、野菜たっぷりのごった煮つみれ鍋を作り、鍋を囲んで箸を振るっていると、つい昨日こちらに来たばかりのペルとボグがそんな事を言ってくる。
「今回は別に俺がどうこうした結果じゃねぇっつうか、向こうであれこれあったせいっつうか……俺が恵まれたというよりも、江戸全体が……こっちの世界が恵まれたっつった方が正しい気もするがな。
……む、鳥つみれも中々だが、カサゴのつみれも悪くねぇなぁ……出汁が出てて野菜もうめぇし、熱い豆腐も寒い日にはたまんねぇな」
俺がそう返すとボグは手にした木の器の中身を一口に飲み干し、ペルはつみれをほぐして小さくしながらちびちびと食べ始める。
「うん、このつみれは美味しいね……オイラ達の鍋にも合うんじゃないかな。
……で、実際どうなのさ、最後のダンジョンとかどういう感じになってんの? 神様の方も気になるし……」
食べながらペルがそんなことを言ってきて……俺は飯茶碗いっぱいに盛り付けたご飯を口の中にかっこみ……もぐもぐと大きく口を動かし、飲み込み、それから言葉を返す。
「神様云々についてはなんともな、俺には神託も降りてこねぇし、神職でもねぇからなぁ……こっちに来たのか、作りかけの神社に引っ越したのかはよく分からねぇままだ。
最後のダンジョンについても調査中ってのが正直なとこだな、入った瞬間ダンジョン最後のあの大部屋ってな佇まいで、数え切れない程の大物が襲いかかってくる魔境ってのは分かってるんだが、それ以上はなんともな」
「へぇ……あ、このつみれタコが入ってるんだ、めっちゃ美味い。
……で、そんな魔境に挑む猛者は現状いるの? 仮に制覇出来たなら名を上げることが出来そうだけど」
「海老つみれも中々悪くねぇな……で、現状は誰も挑んではねぇな。
入ってすぐ逃げ出すのが関の山で、逃げ出すのが少しでも遅れようもんなら命を落としちまうからなぁ……。
吉宗様は色々考えているようだが……それが形になるのはもう少し先のことになりそうだな」
「鳥つみれには色々刻み野菜が入ってるんだねぇ、玉ねぎ人参生姜にごぼう、うん、悪くないねぇ。
オラにはよくわかんねぇけど、そんな悠長にしてて良いのかい?」
今度はボグがそう言ってきて……箸を置いた俺は膨らんだ腹をぺしんと叩きながら言葉を返す。
「悠長にしてて良いかは俺にはなんとも言えねぇな。
まぁもし問題があればまた神託があるだろうから、そこまで深刻じゃねぇとは考えているよ。
それにどうしたって軍の調練には時間がかかるからなぁ……こればっかりは腰を据えて挑むしかねぇんだろうなぁ」
『軍!?』
今度はボグとペルが同時に声を上げる。
江戸を少し離れると調練の様子を見ることが出来るんだが、江戸に戻ってきたばかりの二人はまだ目にしてねぇようで……驚き慌てる二人をなだめるようにゆっくりと声をかける。
「落ち着け、何も戦をしようってんじゃねぇんだ。
あのダンジョンの魔物を相手をするとなったら軍を動かすくらいはしねぇとならんだろうと、吉宗様が支度を始めたんだよ。
あんな小さな入り口のダンジョンじゃぁ軍なんて無用の長物のように思えるかもしれねぇが、一人二人を先行させて、弾力の符術を発動させて、ある程度の空間を作り出したら軍を送り込み、展開……そこから先は符術を広げながら軍も広げていくってな戦い方をするつもりのようだ。
軍だけじゃぁなく、エルダーやコボルト達、御庭番に各地の大名、俺達なんかのダンジョンに挑んでた連中も使って……追々シャクシャインにも援軍要請があるんじゃねぇかな?
そうやって江戸の世が出せる全力でもって最後にして最大の……魔物の数からしてとんでもない広さになっているらしいあのダンジョンを制覇するおつもりのようだ」
そんな俺の説明を受けてボグとペルはしばしの間、唖然とするがすぐに悪くない手とでも思ったのか納得したような顔となり……それぞれ自分の手や武器を見て、自分達も参戦してやろうってな、気概を見せてくる。
「ま……各地の大名とかは完全に過剰戦力だが、それでも一応声をかけるだけかけるつもりのようだ。
……ダンジョンの入り口……世界の傷は海外のあちらこちらに存在しているからなぁ、この先そこらにも手を出すつもりなら、連中にも色々と経験させておいたほうが良いってな判断のようだ。
海外のダンジョンにまで手を出すとなりゃぁ大事だが……俺達は御庭番、吉宗様の庭の番をするのが仕事だ、江戸城のが片付いたら後はのんびりとさせてもらうことになるだろうな」
更に俺がそう続けると、ボグ達だけでなくポチ達やネイまでもが納得顔を見せてくる。
ダンジョン攻略の日々が終わっても日々は終わらねぇ。
すべき仕事はいくらでもあるし、食いたい飯もいくらでもあるし……色々と予定を立てていた旅行にだって行ってねぇ。
面倒なことをさっさと片付けて、そこら辺に勤しむ日々を迎えてぇもんだ。
十分に稼いだ、貢献もした、こんなに頑張ったなら、遊び呆けたって許されるに違いねぇ。
「そうですねぇ、ダンジョンのことが落ち着いたら色々と本を読み直してみるのも良いかもしれませんねぇ。
あれこれと知識を得た後でなら新たな発見があるかもしれません」
と、ポチ。
「そーですねぇ、新婚旅行とかもしたいですし……そろそろ新居を考えても良いかもしれませんねぇ」
と、シャロン。
「儂は符術の研究を続けたいが……異界の品が手に入りにくくなると面倒かもしれんのう。
……いや、こちらでも魔力を生み出すコボルトクルミがあったか、コボルトクルミの研究をしてみるのも悪くないかもしれん」
と、クロコマ。
そんな三人に続いてボグやペルもあれこれと語り……ネイは何も言わずに俺のことを見て、それを受けて俺は、俺も俺なりに新居とか色々考えているよと、表情と態度でもって返す。
するとネイはにっこりと微笑んで……そうしてからすっかりと空になった鍋の片付けを、ささっと手際よくし始めるのだった。
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