いびつな扉の向こう
扉の取手……ドアノブとやらをひねり引っ張ろうとするが、形が歪んでいるせいなのか上手く開くことができねぇ。
微妙に開きかかっているというか、ドアノブ周辺は歪みながら縁から離れているのだが、まるで扉のどこかに釘でも打たれてるんじゃねぇかと思う程に頑固で……何度引いても力いっぱい引いても、全くびくともしない扉に苦戦していると、ポチとクロコマが駆けてきて、俺の体を踏み台にして飛び上がり……残りの二つのドアノブへと飛びつき、両手で掴んでぶら下がる。
「普通に考えてこっちもひねらないと駄目でしょうに」
「渡来もんとはいえ、文明開化から随分と経っておるんだからのう、いい加減仕組みくらいは理解して欲しいもんだのう」
ポチとクロコマはそう言ってからドアノブをひねり……がちゃりと音を立てた扉がゆっくりと開く。
おかしな形のせいで開きにくいというか、引っかかる部分もあったが、それでも力を入れれば開いてくれて……ある程度開いたならその隙間から覗き込み、扉の向こう側がどうなっているかを確かめる。
「んあ? なんだ? 何もいねぇな?
潜りワニかワニの大物でもいるもんだと思ったが……伊勢海老や小鬼すらいやがらねぇぞ」
そこに広がっているのは床も壁も白い空間、空の雲の中とでも言ったら良いのか、白いふわふわとした何かに覆われていて……魔物がいるよう気配というか空気というか、そんなものは一切なく、何も感じ取ることができねぇ。
「どうせあの潜りワニがどこかに潜っているんでしょうよ。
……試しに狼月さん、囮として中に入ってみませんか?」
懸命に白い空間にいるはずの気配を探っていると、俺の足元から扉の向こうを覗いたポチがそんな言葉を返してきて……それもそうだと妙に納得した俺は、扉をポチ達に預け、背負鞄を下ろし……身軽となってから部屋の中へと足を進める。
扉が開いてさえいれば撤退は容易……とにもかくにも情報がねぇと話にならねぇと足を進めて、十歩程歩いたところで、黒刀でもって床を叩いてみる。
そうやって音を立てれば襲ってくるはずだ、あるいは潜りワニが潜っている床を……柔らかくなっているというか溶けているというか、そんな状態になっている箇所を暴けるはずだと繰り返すが、特に反応はなく、何事もないまま時だけが過ぎてしまう。
「あぁ……? 何もいねぇなんてことがあるのか?
いやまぁ……これまではたまたま大物が居ただけってこともある訳だが……。
……いや、待てよ、そういや大物は一度倒されるとしばらく姿を見せねぇんだったか?」
部屋の中でそんな独り言を呟いた俺が振り返り、扉の向こうでこちらの様子をうかがっているポチ達に視線をやると、ポチ達がエルダー達と会話をし始め……それから俺の疑問に対する回答をポチが返してくる。
「融合前の第一ダンジョンの大物は、つい最近倒したばかりのようです!
他のダンジョンがどうかは分かりませんが、狼月さんの予想は当たっているかもしれませんね!」
第一ダンジョンの大物は倒したばかりでまだ再配置されてねぇ。
それが影響して融合したダンジョンであるここにも登場してねぇとなれば……うぅん、参った、なんとも肩透かしな形で探索が終わっちまうな。
「一応念のためだ、囮を増やして本当にいねぇのか確認するぞ!
ポチ、シャロン、クロコマ、こっちに来てくれ」
俺がそう声を上げると、ポチ達が周囲を警戒しながらこちらへとやってきて……エルダー達がこちらを覗き込んでくる中、俺達は少しずつ少しずつ前へと進んでいく。
そうして更に十歩進んだところで、いつものようにというか、大物を倒した時のように光が俺達のことを包み込む。
「お、おいおい、大物倒してねぇのにこれかよ」
俺が上げたそんな声は、足元のポチ達に届いているのかいねぇのか……とにかくポチ達は俺の脚絆や靴を掴んでいたり、しがみついていたりし……そんな状態で光の中キョロキョロと周囲を見回している。
今までと同じならここで何かが見えるはず、何かの情報を得られるはず……そう思ってしばらく待っていると、なんとも言えねぇ景色が俺達の前に広がる。
本当にそれはなんとも言えねぇもんだった。
景色が混ざっているというか、景色を描いた何枚かの絵画をばらばらに切り刻んだ後ごちゃまでにした結果というか……何もかもが曖昧でごちゃごちゃで、それでもよく見ていればなんとなく何が写っているのかは分かるが、それが何であるのかはっきりと見ることはできねぇという、不快感すら覚える景色。
一つの景色は恐らく黒い城だ。
黒く重く、人が住んでいるとは思えねぇ城が焼けて崩れていっているようだ。
一つの景色は戦う人々……恐らくだが魔物と戦っている。
もう一つは争う何者か達。
人……の形をしてはいるんだが、人ではねぇように思える……が、コボルトなんかの獣人にも見えねぇ。
人外の何か……それが激しく争っていて、一方が一方を罵倒しているような、そんな形になっているようだ。
そして言葉というか意志というか、そんなものが頭の中に流れ込んでくる。
一方の怒りと叱責、だが一方は謝罪をしない、それを受けてまた怒りが増して……だが必要以上に責めはせず、段々と呆れの色が増していく。
そして一方がどこかへと消えて、一方が残り……残った方は何かを諦め、光が失われる。
「毎度毎度よく分からねぇ内容だなぁおい……もうちょっとはっきり見せてくれないもんかね」
光が失われていく中で俺がそんな言葉を漏らすと、脚に張り付いたポチが言葉を返してくる。
「ダンジョンが混ざった影響……ですかね?
映像がでたらめで言葉もでたらめで……何を言っているのかよく分かりませんでしたよ」
「あ? いや、確かに言葉は分からなかったが、何を言っているかは大体雰囲気で分かっただろう?
そもそもポチは向こうの言葉を翻訳できたじゃねぇか」
ポチに俺がそう返した時、独特の感覚が体全体を包み込む。
それは以前に経験した吐き出しによく似た感覚で……いや、どうやら実際に吐き出しが行われているらしい。
俺が、ポチ達が、置いておいた背負鞄が、エルダー達があっという間にダンジョンを逆行し、その時の勢いで目を回し、それから順番に入り口へと吐き出されていって……吐き出された面々が山のように積み重なっていく。
目がまわり、吐き気がして、周囲の景色がしっかりと見えず、大体山の中程に埋め込まれた俺はどうにかそこから脱出しようと悶え、手を伸ばし、うめき声を上げてから、
「……も、もうちょっと丁寧に吐き出してくれねぇもんかね」
と、そんな言葉を呟いてからどうにか脱出して立ち上がり……何があったのか大騒ぎとなっている江戸城の様子を首を傾げながら眺めるのだった。
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