新たなワニ
大ワニを倒し周囲に魔物の姿は見えなくなったが、未だに死体は消えずドロップアイテムは出現せず……どうやらまだ魔物がいるようだと警戒しながら足を進めていると、前方の床に一瞬、何か黒いものが見える。
小さく素早く、地面を這うように動くそれは一瞬あの虫のようにも思えたのだが、その動きがいかにも虫らしくなく、体全体をくねらせて動く蛇のようで……なんとなく、直感でそれが何であるかに気付いた俺は、周囲の仲間達に向けて声を張り上げる。
「下がれ! 逃げろ!! あれはやばい!!」
そんな俺の声を受けてあれとはなんだ? 何がどうやばいんだ? なんてことを聞き返す者は一人もおらず、すぐさまドワーフはどたばたに不器用に逃げ出し、エルフはさっと華麗に逃げ出し、そしてシャロンとクロコマは近くのエルフ達に抱えてもらって逃げ出し……そしてポチは俺の方へと飛びついてきて、俺の背負い鞄の上へと駆け上がり、そこにちょこんと座り、肩車のような体勢となる。
そして俺は殿となるため、黒刀を構えたその場に残り……地面を這っているそれへと視線を向ける。
それはワニの背中辺りにある突起のような鱗だった。
それだけが地面を這うようにしてこちらへと迫ってきていて……時たま上下するそれのことをよく見ていると、突起の下に本体があるということが分かる。
時たま浮かんでくるワニの背中……普通のワニよりは大きく、大ワニよりも小さいそれはどうやら『床の中』を泳いでいやがるようで……後少しで俺達の目の前というところまで来た途端に、その頭を水面に出し、口をぐわりと大きく開けて、体は床の中のまま、凄まじい速度で迫ってくる。
「訳の分からねぇことしやがって!?」
そう声を上げながら黒刀を構えると、黒刀が真っ赤に染まり炎を纏い……それを振るって大きく開けられた口へと斬りかかる。
確かな手応え、鱗や脂が焼ける匂い、だが刃も熱も肉までは届かなかったようで、ワニは凄まじい悲鳴を上げながら怯み、ざばんとまるで水の中にいるかのような音を立てながら後退し、ずぶんとその全身を床の中へと沈めてしまう。
「狼月さん! 背後は僕が見ます!!」
すると肩車状態のポチがそう声を上げ……ポチの耳と鼻なら間違わねぇだろうと頷いた俺は、黒刀を構え直しながら前と左右へと意識を向ける。
だがどこにもワニは見当たらない、床の中を移動しているのか気配もなく音もなく……神経を張り詰め、なんとなく音がしたような気がしたら即座にそちらへと意識を向けて確認し……そうしながら少しずつすり足で後退していく。
奴がどこまでああやって移動出来るのかは分からねぇが、あの大きさだ、通路まで逃げちまえば狭っ苦しくてろくに動けなくなるはず。
足の遅いドワーフ達もそろそろ通路に到達するはずだし、殿としちゃぁもう十分仕事をしただろうと考えてじりじりと後退していると……耳元でポチが大きな声を張り上げる。
「真下です! 飛んで!!」
確認はしない、長年の相棒であるポチの言葉を信じてただただ全力で床を蹴り飛ぶ、後方に向かうようにとにかく全力で。
だが荷物やポチの重さで思ったように飛べず、少しだけ大げさに後ずさったような形となり、直後目の前に床から真っ直ぐ上へと伸び上がるワニの大口が現れて、俺達をそうするつもりだったのだろう、何もいない空間へとばくりと噛みつく。
一度だけでなく二度三度、がしがしと噛みついて……すぐに口の中に獲物がいないことに気付いたワニは、突き上げていた大口をばしんと床に叩きつけるように下ろし、それからぎょろりとした目で周囲を見回し、俺達を見つけるなりまた先程のように大口を開けての突進をしてきて……俺は先程とは違って、突き出すように黒刀を振るい、ワニの口の中を……舌を焼いてやろうとする。
大口を開けると大口の真上についているワニの目は口に隠れて見えなくなる。
ってこたぁつまり、こちらのことも見えねぇ訳で、鋭い突きに反応することはできねぇだろう……と、踏んでいたのだが、熱を感じでもしたのかすぐさま口を閉じて後退し……閉じる際に黒刀に触れた部分が軽く焼けた程度の傷で終わっちまう。
後退したならまた目をぎょろりと動かして俺達のことを探し始め……瞬間、ポチが放った刃がワニの片目へと突き刺さる。
「さっきからぎょろぎょろと! 匂いや音ではなく、目で見てこちらを狙っているなら、その目を潰すだけですよ!!」
直後、そうポチが声を上げて、ワニの目から血が吹き出し口から悲鳴が吐き出され……悶えながら更に後退したワニは、悔しげにその大きな尻尾を床へと叩きつける。
すると水を叩いているようなばしゃんばしゃんという音が周囲に響き渡り、それからごるるると鳴いて口を動かし残った片目で睨んで「かかってこい」「逃げるのか」と、挑発しているかのような態度を見せてくる。
だがそんな挑発に乗る理由は一切なく、後退り続け、ポチは刃を飛ばし続け……そしてようやく大ワニの死体のある辺りへとたどり着く。
そこで一瞬、あのワニが大ワニの死体を食べて進化しやがらねぇか、なんてことを考えるが奴らは同族、同族で食い合うはずはねぇと足を進めていく。
それができるなら最初からしているはず、他のダンジョンでも同じことが起こっていたはず。
その考えは間違っていなかったようで、目の前で唸り続けているワニは、ポチが放つ刃を避けて鱗の硬い部分で受けてと、なんとも鬱陶しそうに身を捩りながら、それでも俺達のことを食いたくて仕方ねぇのか、こちらへと迫り続けている。
迫ってはくるのだが黒刀が届く距離まで近付くことなく、さっきみてぇに床の中に潜ることなく……いかにも攻めあぐねているといった様子で、段々と苛立っているような表情に……なっている気がする。
初めて見る魔物の表情を読むなんてのは普通は無理な話だと思うんだが……どういう訳か色々な感情が伝わってきて、なんとも人間らしい仕草を見せてくる。
……もしかしたらこいつは向こうの世界で人を食って進化した個体なのかもなと、そんなことを思い……黒刀に更に力を込めておく。
通路まで後少し、ここから先は壁も狭まって相手の動ける範囲も少なくなっていくはず。
決着するか逃げ切れるか……どちらにせよ、ここからが本番だなとそんなことを考えたなら……頭を軽く振ってポチに気合を入れろと伝えて、そうしてから更に更に後ろへと足を進めていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。





