大ワニ
ワニ……因幡の白兎のあれじゃぁなくて、大陸の大蜥蜴。
大きな顎、強靭な鱗にでかい図体。
その魔物ってんだから面相はいかにも凶悪で体は出鱈目に大きく、爪なんかも太く鋭く、刺されたらひでぇことになるんだろうなってもんになっていて……そんな化け物みたいな魔物が、俺達を見るなり想像もしていなかった速さでこちらに駆けてくる。
あの短い足でどうやってあんな速度を出しているんだと面食らいながらも俺は黒刀を構えてワニのことを迎撃しようとする。
すると、
「狼月! その勢いを正面から受けようとするな!!」
と、クロコマが声を上げて同時に弾力の符術を発動させて……口を大きく広げながら突進してくるワニを見事に弾き、怯ませる。
怯んでくれたならこちらのもの、随分と硬そうな鱗だがこの黒刀ならなんとかなるだろうと振り上げ、怯んで半端に開いた上顎へと振り下ろす……が、鱗が硬すぎるというか、斬撃を受けるに良い構造をしているというか、全く斬ることが出来ずに黒刀で殴ったような形になっちまう。
両腕に衝撃が伝わり、ワニの顎が変な形に歪み……普通の刀だったら折れるかひん曲がるかしていたなという音が周囲に響き渡り、それでもワニは元気なもんで、両足をばたつかせ尻尾を振り回しながら叩き潰されつつある大顎を開こうとする。
……が、そこまでの力を入れてもねぇのに大顎は微動だにしねぇ、黒刀の重さと俺の力に負けているのか開くに開けねぇ。
こんな図体の……化け物としか言えねぇような存在にまさか力比べで勝てるなんて思ってもいなかったんだが……。
「……もしかしてこいつ、噛む方だけに特化してて、開く方はいまいちなのか?」
ぐっと黒刀を掴む両腕に力を込めて、ワニが逃げられねぇように押し込んで、そうしながらそんなことを言っていると、奥の方から二体目三体目のワニが現れて……先ほどと同じように凄まじい速度で突っ込んでくる。
するとポチが小刀での斬撃を飛ばし、シャロンが大きく開いた口なら投げ入れやすいと毒薬をぽんぽんと放り投げ、クロコマが弾力の壁でもって皆を守り……エルダーエルフの矢が次々と放たれ、ワニのことを針山にしていく。
そこまでされたもんだから二体目三体目のワニはどうしようもない程に怯んじまって……怯んじまったとこに駆け込んだエルダードワーフの大槌が振り下ろされ、そいつらの大顎も抑え込まれる形となり……やはり同じようにもがき、脱出はできねぇようだ。
「……いきなり魔物の攻略法を発見出来るたぁなぁ、こいつはついてんな」
なんてことを言っているうちに、次から次へとエルフ達の矢がワニへと突き刺さり……そこからおびただしい血を流したワニ達は力を失い動かなくなり……命を落としたのか血の流れも鈍化する。
「……倒した、んだろうが……消えねぇな。
ってことはまだ他にワニがいやがるのか?」
もう見るからに死んでいる、ぴくりとも動かねぇ、だけどもその体は消えることなく横たわり続けていて……俺がそんなことを言いながら周囲を見渡していると、エルフ達がその耳をぴくりと反応させて……その大きな耳で何かを聞き取ったのか、恐れおののきじりじりと後退し始め……そして、
「逃げましょう!!」
と、一人が声を上げる。
一体何がとか、何故逃げるんだとか、聞きたいことはいくらでもあったが、仲間の一人がそう言っているんだからここは一つ逃げるべきだろうと考えて、黒刀を鞘に納めて踵を返そうとした瞬間、前方から今までのワニとは比べ物にならねぇ大きさのワニが、ずんずんと地面を踏み鳴らしながらこちらへとやってくる。
その大きすぎる口に生えた牙には俺達がここまで来る間に捕獲し食べたらしい、伊勢海老の甲殻や髭の破片がこびりついていて……どうやら伊勢海老を食べたことにより進化し、あの大きさに成りやがったらしい。
「おおおおぉぉぉぉぉ、こりゃぁやべぇ!?」
そんな声を上げたならポチのことを掴み上げて懐の中に張り付かせ、クロコマを右腕で抱え、シャロンを左腕で抱え、そのまま駆け出す。
素早いエルフ達が先導し、俺がそれを追いかけ、その後をドワーフ達が追いかける形になったのだが……ワニの速度は半端ではなく、あっという間に追いつかれることになり、大慌てでクロコマが符術を発動させようとする。
弾力で弾いて逃亡のための時間を稼ぐつもりなのだろう、俺の腕の中でわたわたと蠢き……だがそれ以上にワニは素早く、最後尾のドワーフへとその牙と大口が迫る。
エルフ達が矢を放とうとし、シャロンが毒薬を投げようとし、ドワーフ達が大槌を放り投げようとして最後尾のドワーフを助けようとしていると……ごがんっと凄まじい音が響き渡り、開かれたワニの大顎が大きく歪み、何かに叩きつけられたかのように変形する。
「弾力が間に合ったか!!」
それを見て足を止めた俺がそう声を上げる。
「いや、ワシはまだ何もしておらんぞ!?」
声を裏返らせたクロコマがそう返す。
じゃぁ一体全体何がワニをあんな風にしたのだと、衝撃と痛みに悶え苦しんでいるらしいワニの方へと向き直りながら首を傾げていると……懐に張り付いていたポチが「ああ!」と声を上げ……一同の視線を集めてから口を開く。
「いや、あのワニ……いえ、大ワニですか、大ワニは恐らくダンジョンの壁にぶつかったんですよ。
先程まで僕達がいた広い部屋では自由に動けたようですが、通路となると狭すぎてあの巨体では入り込めなくて……物凄い勢いで駆けてたもんだから、あの開いた大口をダンジョンの壁とかに強烈に打ち付けた形になったようですね。
……いやぁ、ダンジョンの中では大きく成りすぎるってのも考えものなんですねぇ」
そんなポチの説明を裏付けるかのように、痛みと衝撃に激昂した大ワニがこちらに来ようとしているが……見えねぇ壁に、見えねぇ壁と天井と床で構築された通路に阻まれて、それが出来ず……何しろ見えねぇもんだから原因も分からず悶え続ける。
「……どうしたもんだ、これ……」
そんな大ワニの様子を見やりながら俺がそう呟くと……エルダーエルフ達は容赦なく弓矢を構え、じっくりと魔力を込めた矢を放ち始める。
魔力を込めたら込めただけ鋭くなるらしいエルフの石矢が深々と大ワニの鱗や口の中や、鼻、目などの突き刺さり……そうして大ワニは悲鳴のような凄まじい絶叫を上げるのだった。
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