残念会
ダンジョンについての話を聞き終え帰宅し、ゆっくりと体を休めて……翌日。
俺達は組合屋敷に組合のエルダー達を招集しての残念会を開こうと、準備をしていた。
ダンジョンを攻略し、調べ、あちらの世界に帰る方法を探す……はずだったが、その道が途絶えた。
今までのこと全てが無駄だったとは言わねぇが、それでもそれはエルダー達にとっては大きな……衝撃的な出来事なはずで、一つの区切り、気持ちの整理をつけるための場が必要だと考えたからだ。
組合のエルダー達は森なんかの奥にこもってる連中とは違って、そこまで元の世界に戻りたいって訳でもねぇようだが……それでも故郷への道が断たれたとなれば動揺は大きいはずだ。
幸い吉宗様からは情報代ってことで結構な報酬をもらえたし、それ全部を使うつもりで良い酒、良い食材を買い集めて……広い組合屋敷でも全員で騒ぐとなったら場が足りねぇだろうから、庭に広げるゴザやら机やらも買い集めて。
食材が山ほどあっても料理人の手が足りねぇんじゃ意味ねぇだろうと、何人かの料理人も雇い、ついでにコボルト屋にも相談して出張店舗みたいなもんを庭で開いてもらうことにもなり……そうして昼頃には縁日か何かと思うような賑やかさが、組合屋敷全体に広がることになった。
まだまだ寒い冬の最中だってのに、厚着を着込んで帽子を被って、しっかりと防寒対策をした上でエルダー達が勢ぞろいし、酒を飲み、食いたいもんを食い……あちらの世界についてのことをあれこれと語り合い。
コボルト屋の店員達もそんなエルダー達の様子に思う所があるのだろう、懸命に料理を作ってくれて、その美味しさで場を盛り上げてくれて……。
屋敷の中にも結構な席を用意したんだが、エルダー達のほとんどが外で……庭なんかで騒ぐことを選び、俺、ネイ、ポチ、シャロン、クロコマに……クロコマが呼んだ仕立て屋のミケコはそんな庭のことを居間で、囲炉裏の熱に当たりながら眺めて……そして囲炉裏に突き立てた鉄網の方もチラチラと見やる。
囲炉裏で炭火を起こし、その上に脚付きの鉄網を突き立て……鉄網の上にいくつもの貝を並べて。
醤油と酒を垂らしながらぐつぐつと焼き……焼き上がるのをじぃっと待ち続ける。
「しかしまぁ……これだけ寒い中、よくこんなにも上等の貝が手に入ったよな。
近場じゃぁこんなに良い貝は取れねぇだろ?」
外の光景を見るのも飽きたので鉄網へと視線を移し……ついでにそんな言葉を口にすると、今回貝の仕入れをやってくれたネイが言葉を返してくる。
「その貝は人魚さん達がとってきてくれたやつなのよ、ほら、前に神託でどうのこうの言われたっていう、海に住む人達。
あの人達寒くても、どんなに海水が冷たくても全然平気みたいで……色々地上の品物を買うためにお金が欲しいとかで、海産物をとってきては港で売りさばいているのよ。
漁師とか海女とか、そこら辺に気を使ってこの季節に、自分達にしかとれないようなとこにいる貝とかを売ってくれてて……港なんかでは大歓迎されてるわよ。
露店とか賑わって、年末年始のお祝いも豪華に出来そうだって、貝の煮しめ料理の研究なんかも盛んになってるみたいよ」
「へぇ……人魚ってのはまだ会ったことない連中だが、随分と話が分かりそうで、温和な連中なんだなぁ。
普通なら自分達の能力を活かして稼げるとこまで稼いでやろうとするだろうに。
……それともこれも吉宗様の、徳川家の御威光のおかげ、友好のために尽力し続けたおかげってことになるのかねぇ」
友好を望み、手を尽くし、その方針を変えることなく徹底し続け……だからこそ人魚達もこちらに友好的に接しようとしてくれている訳で。
こっちで仲良くやっていけという神託のおかげもあるんだろうが……それでもやっぱり徳川家の御威光のおかげってのが大きいのだろう。
仮に人魚と敵対関係になっていたら、海産物の奪い合いなんてことにもなっていたんだろうし、黒船を始めとした様々な船の運行の妨げにもなっていたんだろうし……海に囲まれているこの国の周囲全てが敵の領域ってことになっていたのかもしれねぇ。
そう考えると本当に、最初にこっちに来てくれたのがコボルトで良かった、友好を結ぼうとしてくれた綱吉公が将軍で良かったってことなんだろうな。
と、そんな事を考えていると、鉄網の上で貝が弾け、ぱかりとその蓋を広げて……たまらない匂いを漂わせてくる。
「……港で流行ってるのは貝の煮しめか。
煮るのも悪くはねぇが、俺はやっぱり焼きだなぁ……醤油と酒で焼いたら、熱い内に口の中に放り込む。
酒好きはそこで酒を一杯って言うんだろうが、俺は炊きたての飯をかっこみたいとこだねぇ」
その様子を見やりながらそんなことを言っていると……給仕を手伝っていたコボルト屋の店員が、耳をピクリと動かして駆け出し……何人かでもっておひつと飯茶碗を持ってきてくれる。
それだけでなく飯を盛りまでしてくれて……俺達は礼を言いながら炊きたて白米山盛りとなった飯茶碗を受け取り……そして一斉に鉄網に箸を伸ばす。
大小様々な貝、冬にこれだけの量の貝を食ったことはねぇので旬なのかとか、そこら辺のことはよく分からねぇが、どれも身がしまっていて旨味がつまっていて、噛みごたえもあってたまらねぇ。
噛めば噛むほど旨味が出てくるもんだから、米との相性もよくて山盛りだった米がどんどんと減っていって……鉄網の上の貝もあっという間に無くなってしまう。
用意しておいた殻捨てには焼けた貝殻が積み上がり……そしてこれだけじゃ足りねぇと、次なる貝を焼くべく、ネイの側にある編み樽へと手を伸ばす。
そうして編み樽の蓋を開けてみると中には、大きな大きな牡蠣が入っていて……俺は目を丸くしながら、それらを鉄網に並べていく。
「人や海女が入れるような岩場の牡蠣は取り尽くされているけど、人魚ならそうじゃない場所にも入れて、苦労することなくとってこれるって訳で、牡蠣も結構な量が水揚げされていたわねぇ。
しっかり育って太って、味もかなり良いみたいだから期待できるわよ」
そんな俺に対しネイがそう説明をしてきて……その言葉で更に食欲を刺激されてしまった俺達は、早く焼けろ早く焼けろと、うちわを手にとって炭火を懸命に扇ぐのだった。
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