成り上がりの末路
まともな武器無し、防具無し。
鬼とは言えそうなったらただの雑魚……と、そう思っていたのだが、いざ斬り合ってみると、重い防具が無くなったことで軽快に動き、両手で交互に繰り出す伊勢海老鞭の鋭さもかなりのもんで……なんともやりにくい相手となっていた。
毒も無し符術も無しというのも中々効いていて……素の力の鬼とはこんなにも素早く、鋭く動くものかと驚かされてしまう。
「だぁぁ! なんだって伊勢海老の髭と斬り合わなきゃならねぇんだ!!」
そんな声を上げながら黒刀を振るうが伊勢海老の髭であっさりと受け止められ、瞬間もう片方の手でもって反撃が振るわれ、すぐさま飛び退いてそれを回避しようとするが、柔軟にしなる髭鞭はそんな俺のことをなんともいやらしい動きで追いかけてくる。
何度も何度も地面を蹴ってそれを懸命に回避しているとどうしても隙が大きくなり、そんな隙を鬼は抜け目なく狙ってくるが、そこにポチの斬撃や、クロコマ、シャロンの礫が飛んできて……それでもって鬼が怯み、どうにか距離を取ることが出来る。
「……ポチの斬撃や礫での傷もしっかりできちゃぁいるが意に介してねぇって感じだなぁ。
ちくちくやってりゃぁいつかは倒せるだろうが……それじゃぁ時間がかかりすぎるか。
そうなるとやっぱ黒刀でぶった斬るのが一番手っ取り早いんだろうなぁ」
距離を取ってから呼吸を整え、黒刀を構え直してからそんなことを言った俺は……ポチ達にもっと後ろに下がっていろとの指示を、足の動きでもって出す。
それは以前念のためにと話し合って決めていた動きで、連中がこちらの言葉を理解しているかは知らねぇが……まぁ、気をつけるに越したことはねぇだろう。
あの髭鞭の動きはなんとも厄介で、下手をするとポチ達にまで届きかねない代物で……小柄なポチ達にあの鞭での一撃は、致命的なもんになりかねんし……何があっても問題ねぇ位置まで下がってもらっていた方が安心だ。
礫の方は距離を取ったことで威力が落ちちまうが、小刀での斬撃は距離に関係なく威力が出るもんだし……牽制ならそれでも十分なはずだ。
と、そんなことを考えていると、下がったポチ達を見てなのか、鬼がずんずんと大股で距離を詰めてきて、二本の髭鞭を左右から挟み込むようにして、同時に振るってくる。
交互に振るわれたからこそ驚異だったのであって、そんな風に同時に振るわれると思わず転げて避けて懐に飛び込みたくなる……が、そうした瞬間あの太い脚での蹴りが飛んできそうで……もう一度飛び退いてぎりぎりの所でそれを避けたなら、黒刀を振り上げ、交差している髭鞭へと振り下ろし、武器破壊を試みる。
まずはその厄介な鞭をなんとかしたほうが良さそうだと考えての一撃で、そんな狙いを読んだのか鬼はすぐさま鞭を持つ手から力を抜いて、黒刀の一撃をいなす。
ならばと俺が力を抜いた手から鞭を叩き落とそうとすると、今度はしっかり力を込めながら黒刀を受けて、弾いて、時には避けて……魔物とは思えねぇ器用さを見せつけてくる。
武器の扱い方を心得ているというかなんというか……ついさっきまで小鬼だったとは思えねぇ武器捌きだ。
そもそも鞭は扱いが難しい武器だってのに、こんなに上手く振り回しやがるんだからたまったもんじゃねぇ。
小鬼の時にそんな器用さは無かったはず……鬼に成長したから獲得した技能、なのか?
学ばずただ成長すりゃぁそうなれるってんなら全く、魔物ってのは出鱈目な存在だよなぁ。
そんな思いというか鬱憤を晴らすかのように黒刀を振るうと、鬼はすぐ対応してきて、鞭を振り返してきて……俺はそれをポチ達の援護を受けながら受けるなり避けるなりして対応し……すぐに黒刀を振り返す。
そうやって武器を振って振り合って、時には鍔迫り合いのようなことをし……伊勢海老の髭と斬り結ぶことになり……そうやって何度も何度も打ち合った結果、段々と伊勢海老の髭の棘が砕け、ひび割れ、元々武器ではなかったのだが、武器の体を成さなくなってくる。
そしてついに……ざくんっと激しい音がして、一本の鞭がぶった斬れる。
いやまぁ、うん、むしろ黒刀相手によく耐えたという方だろう、上手く器用に使いこなし、それでここまで保たせたのだから大したもんで……そんな鬼に対し敬意を抱きながら俺は、ぶった斬れた鞭を構えていた方の腕に黒刀を振るう。
確かな手応え、舞う血飛沫、痛みからか鬼は後退し……落ちた腕だけがそこに残される。
これはもう決まっただろう。
後は踏み込んで数回打ち合えばそれで決着となる。
そう考えて俺が前に進もうとすると鬼は結構な速度で後退りながら……無事だったほうの伊勢海老の髭鞭をまさかのまさか、口に運んでばりぼりと食べ始める。
……伊勢海老を食ってここまで強くなった元小鬼。
本体ではなく髭だけでも食えばそれで良いのかと、半ば驚きながら俺が駆け出すと……鬼は更に後退りをし、必死になって髭を食い……その結果なのか何なのか、斬ったはずの腕がずるりと生えてきて……ポチ達がつけたいくつかの小さな傷も、その全てが綺麗に消えて……瞬間鬼は踵を返し、脱兎の如く逃げ出そうとする。
腕や傷はなんとか回復出来たものの武器がねぇ……武器があっても競り負けたのだから、このままやっても勝てる道理はねぇ。
逃げてまた伊勢海老を食らって鬼よりも強い何かへと変貌して、そうして逆襲でもしようと考えているのか……、
「逃してたまるか!!」
そう声を上げた俺は黒刀を下段に構えながら駆け出し……武器がないなら距離を取る必要もないだろうと、ポチ達もまた駆け出しながら斬撃や礫を飛ばし始める。
駆けながらの礫は狙いも定まらず威力も出ず、今ひとつの効果だったが、魔力さえあればそれで問題なく放てる小刀の斬撃は十分な威力を発揮し……ポチの背の低さも相まってか足首の辺りに次々命中し……小さな傷も一箇所に集まれば足を止めるのに十分なのだろう、意図せず足を止めてしまった鬼が勢いのままに転げる。
それはもう一瞬の間どころではない致命的な隙となってしまって、あっという間に追いつく事ができ……無防備となってしまった首への黒刀での突きもあっさりと決まり、それが鬼の命を奪い、鬼が消えていって……そしてがらんっと一つの、歪んで錆びた鉄の板と、伊勢海老のものなのかいくつかの石がドロップアイテムとして落ちてくる。
「分かってはいたが……わ、割に合わねぇなぁ」
それを見て俺はそう呟き……追いついてきたポチ達もまた、大きなため息でもって同じような感情を表現するのだった。
お読み頂きありがとうございました。





