成り上がり
膨れ上がるように育つ中鬼を見て思うことは、今の俺達が中鬼よりもでけぇ親玉の『鬼』とやりあったらどうなるかってぇことだ。
初めて鬼とやりあった時はクロコマが居なかった、黒刀が無かった、小刀が無かった。
……防具もその時とは全然ちげぇ、腕前だって上がっている、経験だって積んできた。
エルダー達にダンジョンのあれこれを教える際には、エルダーの援護もあってか余裕を持って鬼を倒すことができていて……今の俺達ならどうだろうか。
まず間違いなく勝てるだろう、もしかしたら余裕綽々かもしれねぇ……そうなるとまぁ、鬼より弱そうな中鬼にはいくら三体だと言っても余裕で勝てるはずで……そういうことならまぁ、挑んでも問題はねぇはずだ。
そう考えて頷いた俺がポチ達を見ると、ポチ達もまた頷いて勝てるとの自信を見せてくれて……それを受けて俺は構えた黒刀を振り上げながら中鬼三体がいる空間へと一気に駆け込む。
そうしてまずは一閃、こちらに気付いてはいるようだが反応が遅れている中鬼に向かって黒刀を振り下ろし……それでもって一体目の中鬼を斬り伏せる。
「よし! やっぱりこいつら鬼よりは弱ぇぞ!!」
斬り伏せたならそう声を上げてポチ達に知らせて、するとすぐにポチ達が残りの二体のうち一体へと攻撃を仕掛ける。
ポチの斬撃、シャロンの毒粉、符術は温存するつもりなのかクロコマの投げ礫。
斬られ毒で目と鼻と喉を潰され礫での追撃を受けてよろいめいた所に、二度目の小刀での斬撃と二連礫が飛んできて、それで二体目の中鬼も地面に倒れ伏す。
やっぱり俺達は強くなっている、今までとは違う段階に進むことが出来ている、ボグやペル無しでもここまで戦うことが出来ている。
そんなことを考えながら最後の一体に挑もうとすると最後の中鬼は、ものすげぇ速さで駆けて、まさに脱兎の如くといった有様で部屋から逃げていく。
すぐにでも追うべきか、一旦足を止めるべきか……追えば危険があるかもしれねぇが、逃がせばまた伊勢海老を食って強くなっちまうかもしれねぇ。
追いかけるならばそんなに時間は残されてねぇだろう、悩めるのはほんの僅かな時間だけ……。
よし、追うとするか。
そう決めて一歩足を踏み込んだ所で、ポチが静かに声を上げてくる。
「止めておきましょう、慢心は禁物です」
落ち着き払ったその声のおかげで興奮していた気分はあっという間に落ち着いて……ふぅとため息一つ吐き出した俺は、黒刀を払って血糊を飛ばす。
すると二体の中鬼の死体と伊勢海老の食べ残しの足がすぅっと消えて……それからドロップアイテムががらごろと落ちてくる。
それらは壊れた鉄鍋、木の箱、何かの棒とろくなもんではなく……それらを見た俺は黒刀を鞘に納めながら口を開く。
「中鬼になったからってドロップアイテムの質が上がったりはしねぇんだなぁ。
……まぁ不意打ちで楽々勝たせてもらっておいて、都合の良いこと言うなって感じではあるんだがよ」
するとそれに対しクロコマが顎を撫で回しながら言葉を返してくる。
「中くらいの鬼……中鬼とはよう言ったもんだが、連中が仮にまともに応戦してきたとして、そこまでの強さがあったかは微妙だのう。
連中、体が大きくなったまでは良いが、武器防具はそのままで……あれじゃぁまともに戦えんだろうのう。
武器がなければ爪でひっかくか噛みつくか……下手に防具や刀なんかにそうしようもんなら爪折れ歯欠け、己を苦しめる結果になりかねん。
……ここらで手に入る武器となったら伊勢海老の殻になるのかのう?」
「伊勢海老食って強くなって、その殻で攻撃してくるってのは……なんとも嫌な話だなぁ。
そもそも空っぽの軽い殻で殴った所で傷を負わせられるもんなんかねぇ?」
そう俺が返すと一同は「さぁ?」と言わんばかりの顔をして……一応念のためドロップアイテムの回収を始める。
正直小鬼が落とすもんとなると、今となっては拾うだけ無駄、重荷になるだけなんだが……それでもまぁ一応拾っておいて、本当に邪魔になるようならその時には捨てることにしよう。
このダンジョンは色々な部分が他のダンジョンと違っている……そうやって捨てたドロップアイテムがどうなるのかは正直分からねぇ部分があるし、それらを中鬼やらが武器だのにする可能性もあるが……無駄な重荷をいつまで背負っているってのも、おかしな話だ。
なんてことを考えながらドロップアイテムを集めて背負鞄へとしまい……さて、今度はどっちに進んだものかなとそんなことを考えていると……先程中鬼が逃げ去った道から、どすんどすんと大きな足音が聞こえてくる。
それは第一ダンジョンで何度か聞いた足音で……あの鬼がよくさせていたものと酷似していて……。
「お、おいおいおいおい、いつかはそうなるんじゃないかと思ってはいたが、いくらなんでも早すぎねぇか!?
もうか! もう鬼に成り上がったのか!?
面倒なことになったなまったく! 大鉈に大鎧が無いだけましだと思うしかねぇか!?」
その足音を受けてそんな悲鳴を上げた俺は、納めたばかりの黒刀を抜き放ち……足音の方へと抜いた黒刀の切っ先を向ける。
ポチもシャロンもクロコマも同様に構えを取ってその毛を逆立たせての警戒感を顕にして……そんな俺達の視線の先、通路の向こうから中鬼から成り上がったと思われる鬼が、こちらへと駆けてくる。
その両手には伊勢海老の鞭が握られていて……どうやら逃げた先で一匹か二匹、伊勢海老を食べてきたようだ。
「随分とまぁ早食い決めてきやがって……中鬼になったおかげで倒すのには苦労しなかったようだな」
そんな鬼は一応恥の概念があるのか何なのか、何処からか見つけてきたらしい……あるいはドロップアイテムだったのかもしれねぇ、布のようなもんを腰に巻いていて……防具らしい防具はそれだけだった。
それならばまぁ、本物の鬼ほど苦戦はしねぇだろうと思うが……こちらはこちらで、あの扉を利用した戦法、作戦が封じられる形となっている。
シャロンの毒も今からゴーグルなんかを用意したんじゃ間に合わねぇし、そのほとんどが使えねぇはずで……かといってドロップアイテムが小鬼相当じゃぁクロコマの新しい符術も使いたくねぇ。
そうなるともう正面から組み合ってやり合うしかねぇ訳で……そんなことを考えた俺は、先程のポチの慢心するなという言葉を思い出しながら、駆けてくる鬼を迎撃すべく黒刀を振り上げるのだった。
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