伊勢海老と小鬼
「いやぁ……しかし―――」
伊勢海老に襲いかかる小鬼の様子を見て、俺がそう声を上げていると、ポチが俺のことを見上げて……俺の言葉に自分の言葉を合わせてくる。
「伊勢海老って髭で戦うんだなぁ」
「伊勢海老って髭で戦うんですねぇ」
俺達がそんな声を上げている中、伊勢海老は襲いかかる小鬼に対し……その体をひねり、時には飛び跳ね、凄まじい勢いでもって髭を鞭のように振るい、髭によって打ち据えられた小鬼はかなりの衝撃があったのがぐったりと倒れ、横たわる。
「カニのように鋏がねぇもんだから、海の中じゃぁどうしてるのやらと思っちゃいたが……まさかあの髭でとはなぁ。
まぁ棘みたいのも生えてっから、あんな勢いで振るわれたら相当な傷になるんだろうがなぁ」
「長くて固くて……水中でどれだけの威力が出るかは謎ですが、陸上なら見ての通りの威力って訳ですねぇ。
あれは……下手をするとそれなりの厚さの鉄板でさえ、へこませてしまうかもしれませんねぇ」
更に俺とポチがそんなことを言っていると、伊勢海老の足に飛びついて齧りついていた小鬼が、何をどうやったのか……刃物で上手くやったのか、伊勢海老の足を切断し、両手で抱え、脱兎のごとくの勢いで駆け出して……そのまま足を持ち去ってしまう。
そんな光景を見て俺とポチが上手いことやったもんだと感心していると、呆れ半分といった様子のクロコマが声をかけてくる。
「おう、そこの呑気二人、今気にすべきはそこなのかのう?
生き物ではない、食事などを行わない存在と思われていた魔物が、見るからに食欲に突き動かされているという、とんでもない状況については何も思わんのかのう?
そもそも魔物同士が敵対してるなんてのも初めて目にするもんで、先程の小鬼が手強かった理由が、ああいった行為の結果……他の魔物を食った結果だとしたら、とんでもないことになるかもしれんのだぞ?」
そんなクロコマに対し俺は、少し考え込んでから言葉を返す。
「魔物同士で争い合った結果強くなるというのなら、伊勢海老と小鬼が争い合い続けることで強くなり続けて、このダンジョンが蠱毒のようになって、とんでもない魔物が生まれちまうかも? って感じか?
……それはまぁ問題と言やぁ問題だが、最奥の大物よりも強くなるとは思えねぇし、いざとなったら最新式の鉄砲持ち出すとか手はあるだろうし……いざとなったら苦渋の決断ではあるが誰も立ち寄らねぇようにしてのダンジョン閉鎖という手もある。
そもそも際限なく強くなるかどうかは分からねぇし……仮にそうだとして俺達に解決出来る問題でもねぇからなぁ」
今までのダンジョンは一種の魔物しか存在していなかった。
それが融合してしまって、二種三種の魔物が存在するようになった。
結果、魔物同士が争い合うようになった……となると、ダンジョンの融合を元に戻すくらいしか解決策が見当たらねぇ。
訳の分かねぇ存在であるダンジョンの、訳の分かねぇ融合現象を元に戻すなんてのは、神仏でもなけりゃぁ出来ねぇ訳で……そうなったらもう、そこら辺のことで思い悩んでも仕方ねぇだろう。
そういう訳で俺とポチは伊勢海老と小鬼の死闘の方に意識を向けて……足をもがれた伊勢海老と、仲間のように自分も足を得ようと必死になっている小鬼達のことを見やる。
「ただの予測でしかねぇが、ああやって伊勢海老を食ったことで小鬼が強くなっているとして……伊勢海老もまた小鬼を食えば強くなる……のかねぇ?
小鬼から見れば伊勢海老はごちそうだろうが、伊勢海老から見て小鬼はどうなのか……小鬼を食うつもりなら、打ち据えた小鬼に齧りついてても良さそうなもんだよな」
見やりながらそんなことを俺が口にすると……ポチもシャロンもクロコマも「うーん」と声を上げながら答えのでねぇ問題に頭を悩ませ始める。
「あと気になるのは、ああやって魔物同士がやりあった場合、ドロップアイテムはどうなるのかってことだよな。
俺達がさっき戦った小鬼、伊勢海老を食べて強くなったんだと仮定して……食われた伊勢海老のドロップアイテムはどうなったのやらなぁ。
それと、あんな風にやり合った結果、魔物が死んだりしているのなら……このダンジョン内の魔物の数ってのは減っちまってるもんなのかねぇ?
そうなると……思っていたよりも楽に攻略出来そうではあるが……」
これもまた悩んだ所で答えの出ねぇ問題だった。
実際に調べてみるしかない、自分達で答えを探すしかない。
考えても問いかけても、何が正解なのかは分からねぇもんで……俺達がそうやって語り合ったり頭を悩ませたりしているうちに、伊勢海老と小鬼達との戦いが決着へと近付いていく。
十匹程いた小鬼のうち、三匹は足を獲得して逃げていった。
そして残りの小鬼はどんどんと打ち据えられていって……五、六、七と被害が増えていって、ついに最後の一匹までが伊勢海老の放った髭で、思いっきりに胴を打たれる。
打たれて血を吐き出して……そのままぐったりと倒れ伏して、そうやって自分に襲いかかってくる小鬼がいなくなると伊勢海老は、頭の上にちょんと突き出た丸い目でもって俺達のことを見やってくる。
見やって「きちちち」と残った足やら髭やらを動かすことで音を立てて……露骨な威嚇をしてくる伊勢海老を見て俺達は、すぐさまにそれぞれの武器を構える。
「……伊勢海老ってどうやって倒したら良いんだろうなぁ。
甲殻を割る? 甲殻の隙間を狙う? なんか海産物って、首を落としても真っ二つにしてもすぐには死なねぇような印象があるから油断できねぇなぁ。
ああ、それと走り去った小鬼にも気を回しておくようにな」
そんなことを言いながら俺が前に出て、ポチがそれに続いて、クロコマとシャロンはその場で武器を構え……小鬼が走り去った、俺達から見て右奥の方へと意識をやる。
足を持って走り去った小鬼、その足を食べるつもりだとして、食べ尽くしたならまたここに戻ってくるかもしれねぇ。
そんで俺達と伊勢海老が戦っているのを見たなら……ろくでもねぇ考えを抱くかもしれねぇ。
そこら辺への注意を後方で待機しているクロコマとシャロンが中心となってやってくれて……それを受けて俺とポチは目の前の伊勢海老へと意識を集中させる。
すると伊勢海老は、少しずつ距離を縮めようとしている俺のことを一睨みしてから、その尻尾でもって床を叩いて大きく飛び上がり……まさかのまさか、海産物のくせに空中でその体を上手くひねってみせて、そうしてつけた勢いでもって髭鞭での一撃を放ってくるのだった。
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