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新さんの……


「うむ、こんなにも美味いもんを食わせてもらったなら、拙のほうでも何か出さねばならんだろうな。

 という訳で狼月、これを串にでも刺して囲炉裏であぶって、皆に出してやってくれ」


 イトウの鍋を堪能し、ついでに酒まで存分に飲んで良い感じに出来上がった新さんがそんなことを言って、風呂敷に包まれた……上等な漆塗りの箱を俺の方へと差し出してくる。


 その風呂敷もまた上等なもので、葵の御紋が隅に刺繍されていたりして……この人、正体隠す気ねぇなぁと、そんなことを思いながらそれを受け取った俺は、箱の蓋を開け中身の確認をし……見てもよく分からねぇそれを台所へと持っていって、言われた通りに串に刺してから囲炉裏側へと戻り……炭の周囲へと突き立てていく。


「肉? 肉を巻いたもの……かな? 何か中に入っているのは……うぅん、白くて、なんだろ、これ。

 それと……大葉の塩漬けかな、これは」


 それを見てペルがそんな声を上げると頷いた新さんが言葉を返す。


「これは乾酪……海の向こうでチーズと呼ばれているものだな。

 それを羊肉で巻いて、大葉で香り付けをした。炙れば肉汁がしたたり、乾酪がとろけて、魚を超える旨味でもって良い肴となるぞ」


「あぁー、チーズか、これ!

 オラも爺さん婆さんから美味しいもんだと聞いてはいたけど、へぇ、これがかぁ!」


「お、オイラも聞いたことある!

 仕事の報酬は金貨銀貨よりもチーズのほうが嬉しかったって、それくらい美味かったって」


 新さんにペルが返事をするとボグがそれに続き、俺やネイ、ポチ達はへぇーなんて声を上げながら感心し……それから一同でじぃっと、串に刺さった獲物のことを見やる。


 じりじりと炭火に焼かれすこしずつ脂を垂らし、中でじんわりと乾酪が溶けて……なんとも言えない甘い香りが漂ってくる。


「……しかしまぁ、獣肉に獣の乳に……天下の将軍様がとんでもないもの、持ってきましたね。

 一般には肉食は当たり前に広まってますが、まだ煩く言う連中もいるのでしょう?」


 そんな獲物の様子を見やりながら俺がそんなことをぼつりと呟くと、新さんは「はっ」と何かを吐き捨てるように笑ってから、言葉を返してくる。


「何度も言うが拙は貧乏旗本の三男坊だ。

 それに肉食解禁のきっかけとなったのは、コボルト達なんだぞ?

 子供の健やかな生育には肉が欠かせない、肉があってこそのコボルトだとそう綱吉公に直談判し、綱吉公がそれを認めた。

 つまりは肉食とは、コボルト達との友好や、コボルト達への敬意を示す行いでもあるのだよ」


「……いや、絶対肉が食べたいだけでしょう。

 下手をすると綱吉公も、コボルト達から肉の美味さを聞かされて食べたくなったんじゃぁ……」


「ええい、やかましい!

 江戸城で肉を食べたいといっても、やれ薬喰だとかいって、本当に薬臭い肉を持ってくるような連中ばかりなんだ! たまにはまともな肉を食っても良いだろう!」


 俺の言葉にそんな、割ととんでもない言葉を返してきた新さんは、俺の返事を待つことなく話を切り上げて、良い感じに火が通った串へと手を伸ばす。


 串を掴んで引き寄せて、肉を口に近づけて……ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましたならがぶりと噛み付いて……肉を噛みちぎると乾酪がうにょんと伸びて、伸び切って床に落ちそうになった乾酪を、新さんが慌てて手で受け止めて自らの口に押し込む。


 押し込み、もぐもぐと咀嚼し……よほどに美味かったのだろう、頬を上気させながらの満面の笑みとなって、串に残ったほうの肉も口の中へと送り込む。


 そんな新さんの様子を見てたまらなくなった俺達も、続くようにして串に手を伸ばし……良い具合に焼き上がった肉を口の中に押し込み……その独特の味を堪能する。


 肉も乾酪も、すこし臭みがあるのだがそれ以上に旨味が強く、あまりの旨味によだれが止まらなくなる程で……その旨味に負けて何度も何度も噛んでいると、大葉の香りが一気に広がってきて臭みを消してくれて、何の苦もなく味を堪能する事ができる。


 イトウはイトウでかなり野性味が強かったが、これもまた野性味が強いもので……食べ慣れていないということもあって、体全体がその味に喜んでいるような錯覚を覚える程だった。


「うんめぇなぁ、これが乾酪かよ、驚いた……!

 海の向こうの連中はこんなもんばっかり食ってやがるのか!」


 いの一番に食べ終えた俺がそんな声を上げると、ネイやポチ達、ペル達もそれに続いて歓喜の声を上げ……酒が入ってるのもあってか、どんどんと場が賑やかになっていく。


 そんな賑やかさを楽しげに眺めた新さんは……今度は懐から紙束を取り出し、それをペル達の方へと差し出しながら口を開く。


「この肉の元となった羊と、乳をよく出す牛については幕府も前々からどうにか飼育出来ないかと研究していたんだが……気候が悪いのかどうにも向いてなくてな。

 詳しい者に聞けば両方寒い地域の方がよく育ってくれるんだそうだ。

 ……そこでシャクシャインで育ててみてはどうかと思ってな……この書類を江戸城にもっていけば詳しい話を聞く事ができ……何頭か譲り受けることも出来るだろう。

 シャクシャインの広い野山を切り拓くのは並大抵のことではないだろうが、上手くやって牧草地にしたてれば、この肉と乾酪がいつでも食べられるようになり、こちらに輸出して稼ぎを得る、なんてことも出来るだろう。

 箱館のほうでは野菜畑が中々上手くいかず苦労をしたと聞いているからな……気候に合わぬことをするよりも、こちらの方が良い結果になるかもしれんぞ」


 その言葉はもう、なんと言ったら良いのか、新さんであることを完全に投げ捨ててしまっているものなのだが、この場でそれを言う者は誰もいなかった。


 俺は一度言った身だからと黙り、ネイは我関せず、ポチ達は上様のすることだからとそもそも何かを言う気がなく……ペルとボグはまさかの贈り物に、驚いているというか感極まっているというか、そんな感じで黙り込んでしまっているようだ。


「黒船のおかげで国交が出来上がったが、口だけで友好と言っても始まらんと思ってな……。

 ただ譲り受けただけでは苦労するのだろうが……祖父母の代などあちらでの知恵と経験を有している者もいるのであれば、きっと上手くいくに違いない」


 新さんが更にそう言葉を続けるとペルとボグは同時に、頭を下げて平伏し「ははぁ」なんて古臭い事を言いながら、その紙束を二人同時に差し出した両手でもって、しっかりと受け取るのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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