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ドアの向こうを覗き見て



 ドアノブを握り、ゆっくりと回し、がちゃりと音を立てたドアをそっと引いて……出来上がった隙間から『向こう側』を覗き込んだ俺は、足元のポチの方を一瞬見て合図して、そうしてばたりとドアを閉じる。


 そうしてからドアに肩を当ててぐっと押し込んで……ドアが開かないようにしてから口を開く。


「鬼だったな」


「鬼でしたね」


 俺の一言に対し、ポチが即答を返してくる。


 ドアの向こう、森の最奥広場とも言える場所には、数え切れない程の小鬼を従えた俺よりも背が高く、体格の良い、小鬼をそのまま巨大化させたような、鬼としか言いようのない魔物が仁王立ちしていたのだ。


 出来の良い鉄製南蛮具足を着込み、驚かされる程に大きな剣と盾を構えて……その装備からしても、今まで相手にしてきた小鬼とは全く別格の存在だということが分かる。


 俺とポチが今も尚、全身でもってドアを押し込んでいるのは、その鬼がこちらにやってくるのを防ぐ為だった。

 

 そのまま少しの時が過ぎて……、


「……何もしてきませんね」


「してこねぇな」


 と、今度はポチが先に一言を呟き、俺が言葉を返す。


 そうして頷き合った俺達は、ドアからそっと身体を離し……再度ドアを開けて中の様子はどうなっているのかと、慎重に覗き込む。


 すると鬼は先程の体勢のまま仁王立ちしていて……その周囲に居る小鬼達もそのまま、最奥広場で何もせずに立ち続けている。


「……この距離だ、目の前にあるこのドアが僅かでも開けば気付くだろうに、何もしてこねぇな」


「何もしてきませんね……。

 こちらに気付いた様子もないですし、このドアの向こうに入らない限りは何もしてこないというか、こちらに気付きもしないのでしょうか?」


「んな馬鹿なことが―――あーり得るのか、このダンジョンなら。

 何しろ存在からして珍妙不可思議だからなぁ……もしかしたらあいつらにはこのドアのことすら見えてねぇのかもなぁ。

 ……ふぅむ」


 そう言って唸り声を上げた俺は、一旦ドアを閉めてから、黙り込んで悩み込む。


 あの鬼はその体格からしても、装備からしても、厄介な強敵なのだろう。


 勝てるかどうかも分からず……もしかしたら俺よりも強いかもしれねぇ。


 更に厄介なのがあの小鬼の数だ。

 二十かそこらの大群で、いくらあいつらの攻撃がこちらの防具を貫けないからといって、あの数で来られたなら充分な脅威となる。


 あの数でもって脚を押さえ込まれて、その上であの鬼の剣が振り下ろされでもしたら……今の俺ではどうにも出来ないだろう。


 で、あれば今の俺達がすべきことは……と、そう考えた俺は、ポチの方を見て、ポチがそんな俺のことを見返してきて……その目からポチが俺と同じ考えであることを感じ取る。


「撤退だな」


「撤退ですね」


 ほぼ同時にそう呟いた俺達は、あの鬼が俺達を追いかけてきやしないかと、新たな小鬼が襲ってきやしないかと充分に警戒しながら、ポチ製の地図を手にダンジョンの入り口へと駆け戻るのだった。




 道中で新たな小鬼に襲われることもなく、無事平穏に入り口へとたどり着いた俺達は、あのひび割れに触れて、江戸城のあの蔵の中へと帰還した。


 するとそこには、ずっと待ってくれていたのかよろず屋の女主人、澁澤ネイの姿があり……泣きはらしたといった有様のネイが、わんわんと泣き喚きながらこちらへと駆けてくる。


 一体何事だ!?


 と、俺とポチが身構える中ネイは、俺の下へと駆けて来ようとしつつも、途中でなにか気が咎めることでもあったのか、方向を変えてポチの方へと駆けていって、倒れ込むかのような体勢になりながら、ポチのことをぎゅうと抱きしめる。


 抱きしめてその体温を確かめて更にわんわんと泣き喚いたネイは……少しの間があってからどうにか気を落ち着かせて、居住まいを正してその場に座り込み、尚もポチを抱きしめたまま、ひっくひっくとしゃっくりを上げながらゆっくりと口を開く。


「い、生ぎででよがっだぁぁ……」


「お、おいおい、一体何があったんだよ!?

 気丈なお前が人前で泣くなんざ、子供の頃以来じゃねぇか!?」


「そ、そうですよネイさんらしくないですよ!

 っていうか、苦しいです!! 緩めてくださいいいぃ!?」


 俺とポチが続けてそう言葉を返すと、ネイは更にしゃっくりと上げて……そうしながらどうにか息を整えて、言葉を返してくる。


「あ、アンタ達、あの裂け目の向こうで死んだり、重症を負って動けなくなったりしたらどうなるか知ってる……?」


「あ? あー……確か裂け目から吐き出されるんだった、か?」


「そうですね、資料にはそう書いてありましたね」


 徒党の全員が死ぬか、一歩も動けぬ程の重症を負うかして行動不能となるとダンジョンは、その場にいる全員と、持ち込んだ物の全てを一瞬にして吐き出すらしい。


 それはどこまでも徹底したもので、髪の毛一本、武具の僅かな欠けごみすらも、逃すことなく吐き出されるのだとか。


「そ、そうよ。そうなのよ……!

 アタシ、アンタ達を見送った後、他の裂け目がどんなものか、どんな連中が挑んでるのかを見に行ったんだけど……そしたら連中が裂け目に入って間もなく、次々と酷い有様の死体が吐き出されてきちゃったのよ!!

 そのほとんどが死んじゃったし、良くて重症だし……何処もかしこも阿鼻叫喚の地獄絵図よ!!

 それでアンタ達のことが心配になって、ここに来てみたら……アンタ達はいっくら待っても帰ってこないし、もう夕刻になるってのに帰ってこないし……!!

 アタシはてっきり、死体すらも帰って来られない程の、酷い目に遭っているとばかり……!!」


 そう言ってネイは、再び泣き出してしまって、ぎゅうっとポチのことを抱きしめる。


 そうしてポチがネイの涙に濡れて、ネイの締め付けに喘ぎ、悶える中……俺は他のダンジョンで一体何があったのだと、呆然としてしまうのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは他の連中がどの段階でやられたのか気になるとこだな
[良い点] ボスを前に戦略的撤退をしたこと [気になる点] ダンジョンが侵入者を吸収するのではなく外に戻したこと [一言] 今回もとても面白かったです!
[一言] あー、あの慢心しきってた連中、案の定ですか。 全滅時に排出とは親切設計ですね、回収要員の二次被害は無さそうで。
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