符術 対 大化け物蕾
「……なるほど、そう言えばこいつらは魔力に反応するんだったな」
「反応してますねぇ、これ以上ない程に」
目の前の光景を唖然としながら見やる俺がそう呟くと、同じような感じで目の前の光景を見やるポチがそう返してくる。
クロコマが廊下の床に貼って発動させたのは弾力の符術だった。
相手の攻撃や、相手そのものの接近を防ぐその符術は、相手に干渉するとか攻撃するとかそういうもんじゃねぇ訳で、普通の魔物相手に……こちらに気付いていねぇ魔物相手に使っても意味のねぇもんなんだが、相手は化け物蕾の親玉で、魔力によってこちらを感知している存在で……。
つまりまぁ符術を貼ったその瞬間に大化け物蕾は、その魔力を感知してこちらへとやってきて……廊下からはみ出す形で、部屋の中にも広がる弾力の壁を、無我夢中というか、そうしなければ自分が殺されるってな勢いで、蔓を振り回し叩き続けていたのだった。
何度も何度も、符術に弾かれても何度も何度も……。
「……魔力でものを見るこいつには、符術すらも生物っていうか獲物に見えてやがるのか?」
「うーん……どうでしょうね。
獲物として見て襲っているのか、それとも魔力に対する本能的、反射的反応なのか……。
……しかしこうなるとあれですね、意外な弱点と言いますか、欠点発見って感じがしますね」
俺がもう一度呟くと、ポチはそんな言葉を返してきて……流し針を一本取り出し、構え……忍者が使うという棒手裏剣のような形で流し針を一本、目の前で暴れている大化け物蕾へと投げつける。
だが当然大化け物蕾はそれに気付かず、避けもせず迎撃もせず……そうして真っ直ぐに跳んでいった流し針が、ざくりと体に刺さったとしても無反応でただただ符術によって発生している弾力を叩き続ける。
「……目の前の餌に夢中なイノシシとでも言ったら良いのか……目の前に広がる大量の魔力に興奮して、狼月さん達を叩いていた時以上に無防備っていうか、隙だらけになっちゃってますね……。
こうやって何本か流し針を投げたならそれだけで倒せちゃいそうっていうか……エルフさん達がここを楽々攻略したというのも納得です。
多分ですけどエルフさん達も、同じ感じに魔法の壁を張るか……それか魔力の塊を飛ばして囮みたいにして、それに夢中になって攻撃をする無防備なあれに矢を放ったんでしょうねぇ。
僕の手投げなんかでは遠くの的には当てられませんけど、弓矢なら楽勝なんでしょうし……敵が廊下に出てこないというのなら、廊下からの狙撃なんて手もありますし……。
そうなるともしかしたら、狼月さん達の盾すら必要ないんじゃ……」
なんてことを言いながらポチは二本三本と流し針を投げる。
投げたうちの何本かは暴れ続ける蔓にたまたま当たってしまったが、それでも多くの流し針が大化け物蕾に刺さり……それを見ていたシャロンも流し針投擲に参加し、大化け物蕾の体……というか蕾が、針山のようになっていく。
「いやまぁ、盾も構えなくて楽できるならこっちとしてもありがたいが……クロコマ、そこら辺どうなんだ?
あれが倒れるまでの間、符術を維持できそうか?」
その様子を見やりながら、一応盾も構えながら俺がそう言うと……符に両手をついて全身の毛をうぉんうぉんとなびかせて、そうやって懸命に魔力を注ぎ込んでいるらしいクロコマが言葉を返してくる。
「……あとどのくらいかかるかは知らんが、おそらくは出来ると思う。
思うが……この一戦で全てを吐き出してしまう感じだろうのう。
ここまでの雑魚相手にもやれだとか、もう一戦これをやれだとかはまず不可能で……そんなことをしたらワシは枯れ果ててしまうだろうのう」
「そ、そうか……。
まぁ、これでこのダンジョンも終わりだろうし、もう少しだけ踏ん張ってくれや」
ポチとシャロンは尚も流し針を投げ続けていて、直接刺すよりは成功率は低いものの、着実に大化け物蕾に刺さった流し針の数は増えていて、そこから流れる樹液の量もかなりのものとなっていて……決着まで時間はかからねぇだろう。
そう考えての俺の言葉にクロコマは、尻尾を一振りしてから言葉を返してくる。
「……狼月、お主は一体何を言っておるのだ?
確かに目の前のそれは、今までダンジョンの最奥で相手してきた、大物のようにも見える……が、まだワシらは目の前の部屋をしっかり調べておらん、その先に道が続いているかどうかを確認しておらん。
あの扉もまだ見つけておらん訳だし……ワシはむしろ、ここはまだ中間地点でしかなく、このダンジョンは更に更に奥まで続いているもんだと思っておるぞ……。
ここから先は先程みたいに、壁や床、天井から魔物が襲ってくるかもしれないという危険地帯で……そんな危険地帯を更に進むとなったら、ワシらはもっと他の……有効な戦い方というか、戦法というか、そういうものを生み出す必要があるのではないかのう?」
「……ああ、確かにな。
そういう可能性もあるのか……。
そうなると……エルフ達がやっていたような囮戦法が一番良いってことになるのかねぇ?
符術で何かそんなのはないのか? 魔力をふわふわと飛ばすような……」
「あると言えばあるがのう……それもワシ一人でずっと使い続けるとなると厳しいものがあるし、移動するたんびに使っておったんでは、符の無駄遣いにも繋がってしまうのう。
もう忘れてしまったのかもしれんが、符術の符はドロップアイテムを消費することで作りあげておる、そうホイホイとは使ってられん代物なんだぞ?」
「そうだとしても皆の安全が第一だろう。
いきなりの奇襲でポチやクロコマ達があの蔓に打ち据えられて重傷、とかの方が恐ろしいしなぁ……とりあえずは他の方法を探りつつ、符に頼って歩を進めていくとしよう。
魔力の注入に関しては俺達でも出来るんだろう? なら今回盾持ち以外にやることのねぇ俺やボグの魔力も使うことにして……そうやりながらもっと効率の良い、安全な手段があればそれに頼るってのも悪くねぇかもな」
なんて会話をしていた時だった。
体内の樹液を出し切ったらしい大化け物蕾がぶしゅうと音を立てたと思ったら、ゆっくりとしおれていく。
普通の化け物蕾よりも大きく、大きいだけに樹液も多く、そこらに水たまりのようなものを作り出してしまっていて……まぁ、それも戦闘終了となれば残骸と一緒に消えてくれるから、問題はねぇだろうと、そんなことを考えていると……そんな樹液へとどこからか蔓が伸びてきて、蔓の先っぽが樹液へと浸かり……まるで樹液を飲んでいるかのように蠢き始める。
「は……?」
その光景を見て俺がそんな声を上げると、それを合図にしたかのようにその蔓の本体である二体目の大化け物蕾が現れる。
それを目にするなり俺達はお互いの顔を見合い、頷き合い……投げた流し針の回収よりも、撤退を優先すべきとの決断をし、来た道をそそくさと駆け戻っていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
そしてお知らせです
書籍版の発売がついに明日となりました!
既に入荷している書店さんもあるようで、もし見かけたら手にとっていただければと思います!
明日は発売日ということで明日には発売記念SSを投稿する予定で、その関係で次回は本編ではなくSSの更新となりますので、ご理解をいただければと思います!





