改めての歓迎
ボグとペルが黒船にやってくるという報告を聞いて、身支度を整えてから港へと向かうと、
ぼぉぉぉぉー……。
と、大きな吠え声と共に黒船が海の向こうからやってくる。
とんでもねぇ大きな物体がとんでもねぇ速さでこちらにやってくるというその光景は中々の観物となっていて……港のそこらにいる大人に子供にコボルトに、ついでに海に出ている漁師連中が騒ぎに騒ぎ、手を振り上げ声を上げて黒船の帰還を歓迎する。
黒船が港に近づいてくると、その巨体が起こした波が漁師連中の小舟を激しく揺らすが、漁師連中はむしろ、下手をすれば転覆しかねないその揺れを楽しんでいる様子で……全く何をしてんだろうねぇ。
そんな風に賑やかさに包まれる港へと到着した黒船からロープが投げられ、係留作業が始まり……しっかりとそれらが終わったなら渡し板が渡され、まずは乗員乗客の下船が始まる。
「つ、積荷は、積荷は無事なの!?
しゃ、シャクシャインの品をちゃんと新鮮なまま、傷つけることなく運んできたんでしょうね!?」
すると隣に立つネイが、今にも飛び出していきそうな様子でそんなことを言い始めて……俺はそっとネイの袖を掴み、落ち着けと仕草で促す。
それを受けてネイは、一瞬俺の手を振りほどこうとするが、俺の顔を見たことで多少落ち着けたのか何なのか、小さなため息を吐き出し落ち着き……静かに下船を見守り始める。
「むっはっは、やはりお前達もポチ殿夫婦と変わらんのう。
……しかし狼月、乗員はまだしも乗客とは一体どんな連中が客として黒船に乗ることを許されたのだ?」
そんな俺達のことを足元から見上げたクロコマがそう声を上げてきて……俺は頭を掻きながら言葉を返す。
「ああ、まずはシャクシャインの役人達が上様との会談をすべくやってきたらしい。
次に箱館の方で働いていた幕府の職員なんかが乗船を許されたようだな。
寒さ厳しい開拓地の開拓を成功させ、シャクシャインとの国交樹立にも貢献したってんで、上様からのお褒めの言葉なんかを頂けるらしいな。
中には箱館生まれ箱館育ちの、大江戸を見たことのない連中もいるとかで、そう言う連中に大江戸のこの光景を見せてやりたかったのかもしれねぇな」
「あぁー、なるほどのう。
確かにシャクシャインとの交渉なんかは大変だっただろうしのう……そこら辺を立派に勤め上げたからの、乗船許可という訳か。
速く力強く、江戸城の連中ですら乗れてない黒船に乗れたとなれば、さぞや自慢出来ることだろうのう」
「ま、そういうことだな。
用事を終えて箱館に戻った連中が黒船と江戸のことを自慢げに語れば、一気に噂が広がるんだろうし……上様の目的のためにも有益ってことなんだろう」
「……ふんむ、そこまで考えてのこととは、流石だのう」
なんて会話をしていると、見慣れた顔が渡し板を降りてきて……満面の笑みで俺達の方へとやってくる。
「おう! ボグとペル! 元気そうで何より……だ。
ってかボグ、お前なんだかえらく太ってねぇか?」
熊のような大柄な男と、その肩に座った小人という二人の顔を見て、俺がそう声をかけると……ボグがその大きな両手でもって、毛で覆われた顔を覆い隠す。
「ほらねー! だからオイラ言ったろー、皆にからかわれるぞってさ!
聞いてよ狼月、ボグったら今年は冬眠しないと決めたのに、冬眠をする年と同じくらいの勢いで飯食っちゃってるんだよ。
箱館でも船上でもバクバクと、皆が驚くくらいの勢いでさー……冬眠しないのにこんなに太ってどうするつもりなんだろうねぇ!」
「だ、だってオラ、冬眠しねぇの初めてで……この時期は食うのが当たり前で、春頃からずっとこれ食べようあれ食べようと決めてたしさぁ……」
顔を覆うボグを見やりながらペルが声を上げ、顔を覆ったままボグがそう返し……冬眠をする種族ってのはそこら辺、ややこしいもんなんだなぁと俺が驚き半分呆れ半分の心持ちで居ると……黒船の方で荷降ろしが始まり、それを見たネイが待ってましたとばかりに駆け出し、船員達が持ってきた箱へと駆け下り……それが自分の商会の荷物であると確認するや、船員達に命じてこの場での開封をさせてしまう。
「やったぁ! 全然傷んでないし、新鮮そのもの……!
氷櫃に入れた魚介類も問題ないし……うそうそ、こんなの夢みたい!
これなら好事家連中や料亭なんかが買ってくれるだろうし、輸送費を乗せたとても希少性で……!
ほ、他の連中が黒船を手に入れるまでこれを私達だけが独占できるなんて……!!」
開封させ中身を確認し、そうしてそんな声を上げたネイは、両手を振り上げわなわなと震わせて、人目をはばからない大はしゃぎを始める。
「あーあー……全く食欲に金欲にどいつもこいつも大忙しだなぁ。
……ま、あれだ、こうやって江戸に来てくれたってことは、これからは俺達の仲間として一緒にダンジョン攻略をしてくれるんだろ?
そうなったら鍛錬やら戦闘やらであっという間に痩せるんだろうし、気にすることはねぇよ。
という訳だからまぁ……でっけぇ兄弟とちっさい兄弟、どちらも歓迎するぜ。
これからは一つ、仲間としてよろしく頼むよ」
そんなネイを横目で見やりながら俺がそう言うと、ペルは鼻先を指でもってごしごしと擦りながら、ボグは顔を覆った両手をゆっくりと外しながら声を返してくる。
「ああ、兄弟! オイラに任せておけよ!
どんな魔物が相手だろうが、オイラがぜーんぶ倒してやるからな!」
「お、オラも頑張るよ! 兄弟のためだもんな!
そ、それと痩せてすっきりするためにもオラ、本当に頑張るよ!!」
そう言って二人はこちらに駆け寄ってきて、ボグは俺の肩を大きな手でぐわしと掴み、ペルは俺の肩に飛び乗り、そうしてからワイワイと騒ぎ始める。
更にネイとネイの商会の連中までが、大量の荷物を前にしての万歳三唱をし始める。
そこに見物客ともっと大きな波をよこせなんてことをのたまう漁師連中までが集まってきて……それはもう面倒くさい程の騒ぎとなる。
そうやって騒いでいる俺達の下へと、黒船初航海の情報収集のためか、吉宗様までがやってきてしまう。
そうして港はいつにない……俺達の祝言の時よりも騒がしいんじゃないかっていうくらいの、騒がしさに包まれてしまうのだった。
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