公家の……
祝言当日。
港の端から端まで屋台が並び、それらの屋台目当ての客や、冷やかし目当ての野次馬、それと一応俺達と面識のある連中が大挙して押し寄せ、祭りでもここまで賑わうことはねぇだろうってくらいに賑わって……そしていくつもの渡し板がかけられた黒船で俺達は、雛人形を演じていた。
まるで花祭りかと思う程に季節の花々で飾り立てられた黒船の甲板に、ひな壇のような畳板が敷かれ、その上に赤い布を敷き、纏め柴の家紋付きの袴を履いた俺と白無垢のネイと、肉球家紋付きのポチと白無垢のシャロンとがそこに鎮座し……面倒な儀式を一通り終えたら、途切れることのない客からの祝いの言葉に笑顔と礼の言葉を返し……杯を受けたり返したり。
そうしていよいよ疲れが極まってきて、紋付きを投げ出して寝転んでやろうかと、そんなことを考え始めた折……風変わりな格好をした、確かエルフ達が持ち込んだモーニングとかいう服だったか、そんな格好の中年男が一人、のっしのっしと渡し板を踏みつけてこちらへとやってくる。
髪は短くちょんまげにはしておらず、まとめて後ろに流して油か何かで固めていて……モーニングの留め具……ボタンとかいうものからは金の鎖が垂れていて、白い手袋なんてものもしていて。
あまりに風変わりすぎていやに目立つそんな男の姿を見るなり、ぎょっとしたクロコマがこちらへと駆けてきて、小声で囁いてくる。
(ありゃぁお公家様だぞ、京のみやこ人の一部であんな服が流行っていてな……あそこまで上等な仕立てとなると、お公家様以外にはありえん)
その小声を受けて、ああ、あれがそうなのかと得心していると、その公家さんは笑顔でこちらへとやってきて……周囲の光景を、親父やお袋を始めとした親戚が埋め尽くす黒船の光景をしげしげと眺めてから、俺に声をかけてくる。
「やぁやぁ、どうもどうも、公家の岩倉岩吉と言います。
この度はこんなにもめでたい席にお邪魔させて頂けて、恐縮の至りですなぁ。
ああ、こちらお上様からのお手紙になります―――」
なんてことを言って岩倉はあれこれと言葉を口にし始め……俺達は今まで通りに、何度も繰り返した礼の言葉を返していく。
そうやってどれくらい言葉を交わしたのか……やれ寄進だの何だの、そんな話まで出てきた後に岩倉は、妙にかしこまった様子で俺に向けて問いを投げかけてくる。
「ところで犬界さん、征夷大将軍ってどう思われますか?」
そんな問いに対し俺は、眉をひそめながら言葉を返す。
「どうってのはどういうこったよ、吉宗様に思う所なんかありゃしねぇよ」
「ああいえ、そういった意味の征夷大将軍ではなく、征夷大将軍という言葉と言いますか、そう呼ばれる称号についてどう思われるのか? という話をしたかったのですよ。
何しろもう、蝦夷を征討する必要はない訳ですから」
「ああ、なるほどな、そういう意味かい。
……ってそういう意味だとしても、何なんだよその問いは、俺なんかにそんなこと聞いてどうしたいんだよ」
蝦夷……かつてはそんな連中とあれこれとやり合ってたこともあったらしいが、今はもうやり合うことはねぇというか、蝦夷は無くなってシャクシャインとして生まれ変わり……シャクシャインとは正式に国交を樹立している。
そうなると確かに征夷大将軍なんて言葉は使えねぇというか、シャクシャインと仲良くやるためにも変えちまった方が良いのだろうが……そんな話を俺なんかに聞いてどうしたいんだ、この公家さんは。
「まぁ、雑談ですよ、他愛のない雑談。
お江戸の方と言葉をかわす機会なんてそうはありませんし、徳川さんと仲の良い貴方なら面白い意見を聞けるのではないかと思いましてね」
訝しがる俺に対し岩倉はそんなことを言ってきて……俺は軽く頬を掻きながら「あー」と声を上げてから悩み、そうしてから声を返す。
「まぁ、征夷大将軍って言葉をそのままにしとく訳にはいかねぇんだろうな。
歴史ある言葉とは言え、もうそういう時代じゃぁねぇ訳だしなぁ。
そうすると……なんだ、もう蝦夷を征討する必要はねぇ訳だから……あー、これから吉宗様がすることは……。
そう、だな……大海を征くってな意味で征海大将軍にでもしたら良いんじゃねぇか?
今までのと似た語感なら皆もあっさりと受け入れてくれそうだしな」
すると岩倉は目を丸くて驚き、笑みを浮かべ……何を思っているのか何度も何度もこくこくと頷き、弾む声を上げる。
「いやぁ、なるほどなるほど、さすがは最先端都市のお江戸の若人ですな。
我らが征くは世界にまたがる大海……その陣頭に立つのが征海大将軍! 世界を相手に大立ち回りとはいやはや、豪気ですな。
この黒船の威容も相まってあっという間に広まり、定着することでしょうなぁ」
「いやいや、広まるとか定着するとか、一体全体何の話をしてんだよ。
これは雑談だってさっき言ってただろうが……!?」
そんな岩倉に俺がそう声を返すと、岩倉はとぼけた顔をして俺の声を受け流し……そんな岩倉にもう一声かけてやろうとしていると、まず港にいた群衆のざわつきが静まり、次に黒船に乗船していた連中のざわつきが静まり……そうしてのっしのっしと、吉宗様が……今回は新さんではなく、ちゃんと大将軍らしい格好をし、金糸銀糸をこれでもかと使ったど派手な陣羽織を肩にかけた状態でこちらへとやってくる。
そうして黒船に乗船したなら、軽く手を上げて静まり返っている人々に挨拶をし……、
「今日は祝いの場ゆえに無礼講だ! 余のことは道端の石か何かと思って気にしなくて良い!」
と、そんな大声を上げる。
すると静まり返っていた人々は大歓声を上げて先程よりも一段と盛り上がり、周囲は先程以上の賑やかさに包まれていく。
「犬界、澁澤、ポバンカ、ラインフォルト……今日というめでたい日を迎えられたこと、真に祝着だ。
そして岩倉殿、こちらに来ていたのですか」
そんな賑やかさの中で吉宗様はそう言って……岩倉とあれこれと言葉を交わしていく。
俺達の場から少し離れて、護衛に周囲を囲わせて、二人にしか聞き取れないような小声でもってあれこれと。
だがそんな小声もコボルトであるポチとシャロンには聞こえてしまっているようで……耳と鬼隠しをピクピクと動かした二人は、吉宗様達の会話を受けてどうしてか、俺の方へと視線を向けてくる。
更に岩倉と会話中の吉宗様までが俺の方へと視線を向けてきて……俺は一体全体何事なのだろうかと、小首を傾げるのだった。
お読み頂きありがとうございました。





