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祝言前日


 クロコマの新しい着物の仕立てが始まり、だがそれは当然一日二日で出来るようなものではなく……出来上がるまでは数日は待たなければならねぇとなって、クロコマはそれはもうそわそわとしながら日々を過ごすことになった。


 用事もねぇのに俺の下へと来てみたり、ポチ達の下へと向かってみたり、組合屋敷や深森の下まで向かってみたり。


 だが俺達もポチ達も、結納だとか祝言の準備だとかで忙しく、あまりクロコマの相手をしてやれず……そうしてクロコマは邪魔だとは分かっていながらもミケコの下へと通うようになったようだ。


 声をかけたりといった邪魔はしないようにしながらミケコの作業をじっと見守り……ミケコにしてみればそれでも十分過ぎる程に邪魔だったんだろうが、それでもクロコマを追い出したりはせずに……そうして祝言までの日々は忙しく慌ただしく過ぎていき、概ねの準備が揃ったのは、もう冬と言って良い寒さになり始めた祝言の前日だった。


 準備が整い後は明日になるのを待つだけとなって、ネイと二人で祝言の場となる港の確認に向かうと、港に向かう道の時点でもう屋台が並んでいて、その屋台を目的とした人々で溢れていて……祭りかってなくらいな賑やかさが出来上がっていた。


 そんな通りをネイと二人でどうにか押し通り……更に屋台が並ぶ港へと出て、港の奥にある一帯……何人かの幕府の職員が警備をしている祝言の場が見えてきて、警備の連中に挨拶をしてからその奥へと入らせてもらう。


 するとそこには立派な黒船が……よろずや澁澤改め、澁澤商会の所有となった黒船が停泊していて……船体に白文字で書かれた澁澤丸という名前と、帆に描かれた葛葉の家紋を堂々と構えている。


 停泊中に帆を貼るたぁどういうことだと言われそうだが、そもそも黒船は蒸気機関で走る船で、機関と合わせて、あるいは機関が不調な時に使うことも出来なくもねぇが、飾りとしての意味合いが強いものであるらしい。


 祝言の場は黒船お披露目の場でもある訳で、それならまぁ飾りを広げているのも納得で……そんな黒船のすぐ側まで進んだネイは、その黒く硬い船体にそっと触れながら万感の思いが込められているといった感じのため息をそっと吐き出す。


「明日の祝言が終わりゃぁこれで自由に商売出来る訳だ」


 そんなネイを見て俺がそう言うと、ネイは船体を撫でながら言葉を返してくる。


「幕府の職員が乗船して見張る訳だし、自由って言う訳にもいかないけどね。

 上様は機関の秘密を隠すため、なんてことを言っていたけれど、幕府の職員がいれば当然、まともじゃない商売は出来ない訳だし? いざという時には幕府に協力しない訳にはいかない訳だし? 好き勝手に商売する訳にはいかないわね。

 ま、これだけ良い船を買わせてもらったんだし、当分はお客様や幕府が喜ぶ商売をしないとね」


「ははぁ、なるほど……あれにはそういう意味もあったのか」


「そういう意味もあったのよ。

 他にも黒船をどう使うかとか、どういう商売が出来るのかとか、蒸気機関を動かしてみてどうなるかっていう情報収集もするんでしょうし、一介の商人に売る以上は、それなりの対価を得るつもりでしょうね。

 ちなみに乗船する幕府の職員っていうのはアンタに気を使ったのか、アンタの同僚になるみたいよ。

 ちょっと前に挨拶に来たけど、なんであの人は薬売りの格好なんかしてたのかしらね?」


「ああ、アイツか……」


 そう言って俺は以前ふらりと俺の前に現れた、隠密の田畑耕太のことを思い出す。


 少々軽薄な所はある奴だが、任務に対しては真面目も真面目、ポチ以上にお硬い野郎だからそこは安心出来るだろう。

 

 まさかあいつ一人ってことはなく、他に何人かが乗船するんだろうから……そうなると他の連中も御庭番になるのだろうか?


「なんでかあの薬売りの人、アタシと一緒に乗船して旅が出来ると思い込んでたみたいで、アタシは当分江戸に残って指示だけを出すことになるって言ったらがっかりしてたわねぇ」


「ああ、うん……まぁ、アイツはそういうやつだからな……。

 そんな感じに浮き立ってたとするなら、他の職員はアイツが苦手なあの人が来るんだろうな……」


 その人は女性の御庭番で、田畑の素行を嫌っているというか、お互いを嫌い合っているような関係で……田畑の暴走を防ぐ役としちゃぁ、適任なんだろう。


 なんてことを考えてやれやれと頭を左右に振っているとネイがちょいちょいと、俺の着物の袖を引いてくる。


 それを受けてネイの方を見やると、ネイは黒船に繋がる渡り板の方を指差して……それに対し頷いた俺は、ネイが落ちないように手を引いてやりながら渡り板をゆっくりと進み……黒船の甲板へと足を進める。


 黒船の甲板は明日の、俺達とポチ達の祝言の場になるとあって、そのための座敷やら何やら様々な物が用意されていて……そこを忙しそうに幕府の職員や澁澤商会の面々が行き交っていて……行き交っている連中は俺達に気を使ってか、俺達の方を見ようともしねぇし、声をかけようともしねぇ。


 それならまぁ、それも良いかと俺達は二人で黒船の中を見て回り……揺れる黒船の中、何も言わずに二人の時間を過ごす。


 明日からは二人の関係が少し変わったものとなる。

 前に進んで……これまでのものとは全く変わる。


 それはそれで二人で望んだものだから構わねぇんだが……今の関係は今の関係で悪くねぇもので、そんな関係をしばらくの間、ゆっくりと楽しむ。


 そうやってどれだけの時間が流れたか、黒船の中を歩いていって積荷やらを乗せることになるだろう倉庫に行くと、まだまだ空っぽであるはずのそこに、何故かつづらが置かれている。


 俺がそれに驚いていると、それがそこにあることを知っていたらしいネイは、鼻歌なんかを歌いながらそれに近づき、その蓋を掴んで開けて……中から何かを取り出す。


 そうして笑顔でそれを広げるネイ、それは澁澤商会の……葛葉家紋入りの前掛けで、ネイがつけるには明らかに大きい。


 それはまるで俺にそれをつけてくれと言わんばかりで、俺はいやいやと首を左右に振りながら後ずさるが……ネイは一切容赦なく、笑顔のまま足を踏み進めてくる。


 祝言を挙げて同じ家の人間になったなら、それをつけて店を手伝ってもらうこともあるだろうと、そんなことを言いたげで、俺がそれを受け入れずにまごまごしているとネイは、


「っていうかアタシと一緒になろうってんだから、このくらいは覚悟してなさいよ。

 澁澤ネイを一体何だと思ってんのをアンタは」


 と、そんなことを言って……俺の腰に半ば無理矢理にそれを装着させてしまうのだった。


お読み頂きありがとうございました。


そしてお知らせです。

この更新をもってこちらの作品のタイトルには【WEB版】との文字を追加させていただきます。


これは現在作業中の書籍版が、かなりの改稿を加えた結果、根本は同じながらも細部において別物といって良いレベルの差異が生まれた為です


WEB版はもう40万字近くの連載となっており、これら全てを修正するのは不可能と考えての措置です

ご理解いただければと思います


そして書籍版についてですが、こういったお知らせが出来るくらいには作業が進んでおりまして、追々情報をお知らせできるかと思いますので、ご期待と応援をいただければと思います!


よろしくお願いいたします。

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