ミケコ
仕立屋でクロコマの幼馴染のコボルトは、ミケコという名前らしい。
コボルト保育園出身で、クロコマと同い年で、入園もほぼ一緒の時期で、それからずっと仲良くしていて。
クロコマが京に修行に行くと同時に、ミケコはこの仕立屋に奉公に来ることになり……そして最近になってクロコマが江戸に帰還し再会を果たすことになった。
帰還とほぼ同時にダンジョンに挑むようになったクロコマはダンジョンを攻略することでどんどんと名を挙げていき……そんなクロコマの頑張りに応えるためにミケコはこの金糸銀糸の着物を仕立てて、またクロコマに負けないように立派な仕立屋になるべく努力するようにもなった。
元々真面目な性格で奉公に来てからずっと励んでいたのもあって、めきめきと腕を上げることになったミケコはこうして個室を与えられる程の仕立職人になることが出来た……と、そういうことらしい。
そんなミケコにとってクロコマは同園の仲間であり家族であり、自分をここまで引っ張り上げてくれた恩人でもあり……そして想い人でもあるようだ。
ミケコが個室を持てるようにまでなったのは正直、ミケコ自身の頑張りの結果だろうとそんなことを思う訳だが……どうやらミケコ当人はそうは思ってねぇようだ。
「ま、とりあえずよ、この着物の上に羽織る外套みたいなもんを用意してくれねぇか?
登城や祝言みたいなめでたい場にはちょうど良くても、普段遣いにはちょっと目立ち過ぎるからなぁ。
これから寒くなる訳だし、そこら辺も踏まえて一つ頼まれてくれよ」
世間話という形でそこら辺の事情を聞き終えた俺がそう言うと、ミケコは顎に手をやりながら「ふーむ」と声を上げて……しばらく考え込んでからゆっくりと口を開く。
「確かに、名を挙げたクロコマのためにって派手にしたけども普段遣いには今ひとつだったかもしれないね。
それなら……うん、まずは外套と、それと普段遣いの着物も一着用意してあげるとしようかね。
……まさか、登城用にって用意した着物を普段遣いされるとは思ってなかったよ……いや、うん、気に入ってくれたならそれはそれで全っ然構わないんだけどね」
そう言ってミケコは照れくさそうに鼻先を指でもってごしごしと擦り……そうしてから手近な箪笥へと近寄り、中から何種類かの反物を引っ張り出す。
「んー……普段遣い、普段遣いか。
全くの無地っていうのも地味過ぎるし、今の着物程じゃないにせよ、多少は派手な方が良いよね?
今の季節ならクロコマが好きな柿の実の絵図かな? それともそろそろ冬だから雪華模様が良いかい?
それとも黒毛に合わせるなら赤ってことで、黒地に金魚か椿にでもするかい?」
引っ張り出してこちらに見せてきて……そっと愛おしそうにその模様を撫でながらそんなことを言ってきて……。
それを受けてクロコマがこちらに「どう思う?」との視線を向けてくるが……俺は頭を左右に振って「自分で考えろ」と返してから、座り込んだ座布団をよいせと動かし、部屋の壁へと寄りかかる。
そもそもとしてクロコマと、クロコマのためにこんな着物を用意した子のためにと、俺はここに来た訳で、だというのにここで俺が出しゃばってしまっては元も子もない。
そうしてから更に俺が「自分の着物のことだろう?」と、そんな思いを込めた視線を送るとクロコマは「ワシは着物には詳しくないんだがのう」と渋面をして伝えてきてから……ミケコの方へと近寄り、反物をじっと見やり……そうしてあれこれと悩み始める。
着物は決して安いものではない、ダンジョンの稼ぎがあるとは言えそんな風に悩むのは当然のことで……そうやってミケコが抱える反物へと頭を突き出したクロコマが悩む間、ミケコは糊で固めた毛を固めてあるというのに逆立ててしまう。
クロコマの頭を避けるように仰け反り、全身の毛を逆立て……これが人間だったら顔を真っ赤にしているのだろうなと、そんな具合に仕上がって。
こうなるともう俺の存在はただの邪魔者で……こっそりと立ち去るべきかとも考えるが、俺が変に動いたせいで状況がおかしくなっちまうってのも不本意だ。
クロコマとミケコの方を見ないようにそっと視線を反らして、目を閉じて……眠った振りをするというか、本気で寝入るつもりで静かに呼吸を整えていく。
するとクロコマとミケコがあれこれと言葉を交わし始め……俺はそれを聞いているような聞いていないような、耳には入っているが理解してないというか、そんな夢と現の狭間のような状態に入る。
そうしてどのくらいの時が経ったか、ふいに覚醒した俺は目を擦りながら体をよじらせ、目を開けたなら両手を振り上げて背を伸ばす。
そうやってから、さてクロコマ達はどうしたのかと視線をやると、どういう訳なのか何があったのか手を取り合うクロコマとミケコの姿があり……さっきとは打って変わっての可愛らしい声でミケコが、
「うん!」
なんて声を上げる。
……いや、本当に何があったのやら。
何かのきっかけになればと思ってここまで来た訳だが、それがまさかこんな所まで進んじまうとは全くの予想外で、俺は驚愕の表情を浮かべたまま硬直することになる。
するとクロコマとミケコが同時に俺のそんな様子に気付いて……大慌てで手を離して飛び退く形で距離を取る。
いや、今更そんなことしたってなぁ……なんてことを思ってしまうが、まぁまだ初日も初日、きっかけがあればそれで良いと思っていたことを思えば、十分過ぎる収穫だろう。
後は時間の問題というか、クロコマとミケコ次第というか……俺が手出し口出しする必要もねぇはずだ。
「あー……なんだっけな、何でここに来たんだっけな……寝ぼけちまってよく分からねぇなぁ」
武士の情けという訳ではねぇが、そんなことを言って寝ぼけていたから今の光景も見てねぇぞと、そんな振りをしてやると……先程俺が驚愕の表情を浮かべていたことも忘れてしまったのか、クロコマとミケコは安堵の表情を浮かべ始める。
いやはやまったく、一体どんな話をしていたのやらなぁ……。
とりあえずどんな着物を作るかは決まったようで、黒地に真っ赤な金魚の描かれた上等な反物が二人の間にちょこんと置かれている。
それでも十分に派手な気もするが……炎柄の着物を着ている俺がどうこう言えたことではないし、金糸銀糸着物よりかは落ち着いている方だろう。
決まったなら後は仕立てるだけだなと、そんなことを考えた俺は、
「ああ、そうそう、着物の仕立てを頼みにきたんだったな。
それでその金魚柄にしたのか、中々良さそうじゃねぇか」
と、そんな言葉を口にすることで、念のためにともう一度だけとぼけて見せるのだった。
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