泥人形
荒野の光景が広がるダンジョンの中をある程度進んでいった所で……見えない床が少し下がったような印象があり、周囲の壁が広がったような空気の流れを感じて……周囲を見てみれば、舞い飛ぶ赤土の遮断がかなりの広範囲で行われている様が視界に入り込む。
どうやら通路から部屋のような空間に入り込んだようだなと、警戒心を高めていると……それに応えてか、地面がずずずと土が盛り上がり、ずるずると土が蠢き粘性を増していって、泥のようになっていく。
土が泥になったら今度は泥が形を作り上げ始めて……短い足に寸胴、頭のようなものはあるが目も口も耳もなし、やたら長く大きく肩からそのまま地面に届いてしまう程の長さの腕といった、一応人型ということになるのだろうか、泥人形が出来上がる。
「なるほど、こいつぁ確かに泥田坊だ。
……しかし俺達が現れてからようやく生まれるってのも随分と呑気な魔物だよな。
形が出来上がる前に殴りまくったら急所がどうのこうの言う前に戦いが終わるんじゃねぇか?」
そんなことを言いながら抜き放った黒刀を肩に担いだ俺は、手仕草でポチ達に俺に任せろと伝える。
相手は一匹だけで、見るからに動きは緩慢。
だが背丈は大きく俺と同じくらいはあって、胴回りは俺の倍以上はあって……その長くてでかい腕と拳に至っては人のそれとは比べ物にもならない、常識外の大きさとなっていやがる。
どうにも鈍重そうだが、そのでけぇ腕をひとたび振るったなら凄まじい威力となるのもまた明白で……ポチ達がその一撃を運悪く食らってしまったなら、かすっただけでもそれで命が断たれてしまうかもしれねぇ。
今はまだ相手がどんな存在かも分からねぇのだし、まずは様子見……荒事に一番慣れている俺が行くべきだろう。
「気をつけてくださいね」
そんなポチの一言を了承の返事だと受け取り……黒刀をしっかりと握った俺は、一気に駆け出し、駆けながら勢いをつけて、担いでいた黒刀でもって泥人形の頭を唐竹割りにしてくれようと振り上げ、力を込めて振り下ろす。
急所が何処だかは知らねぇが、恐らくは頭か首か胴体の中だろう。
ならば唐竹割りの一撃でそれら全てを斬ってしまえば良いと思っていた……のだが、黒刀はまさかの、泥人形の頭を斬り、首を斬り、胸の辺りに至った所で動きを止めてしまう。
「あぁ!?」
思わずそんな声が俺の口から漏れる。
相手は泥で、斬った感触も泥で、実際黒刀はするりと相手の頭を真っ二つにしていた。
硬さなど微塵もない、ただの泥。
もしかしたら竹光でも斬れるんじゃないかってくらいに脆いはずの相手の、胸の辺りだけがどういう訳だか斬ることが出来ねぇ、どうしてもその先に刃が通らねぇ。
硬い……というよりも重い感触で、初めて感じるそれを受けて、これが泥人形の急所かとそう思った俺は、一旦黒刀を引き抜き……急所があるらしい胸の辺りめがけて、斜め下から切り上げる形で黒刀を振るう。
横っ腹をするりと斬った黒刀はまたも胸の辺りで動きを止める。
ならばと横薙ぎにすると、今度は肩の辺りをすんなりと斬ってくれるが、またも胸の辺りで止まってしまう。
ならば突きだと胸の辺りに連続突きを放てばあっさりと胸を貫通して背中へと抜けて……抜けるだけで泥人形を倒すことは出来ねぇ。
急所があるはずだった胸の辺りにはこれといったものは何も無く、先程はあんなにも重い感触があったのに突きに変えたならその感触すら全く無く、刀は楽々と突き抜けていて……まったくもって訳が分からねぇ。
胸に急所が無かったってのはまぁ、俺の勘と考えが悪かったってことで納得出来るとしても、斬撃が通らねぇはずの胸に突きが楽々通るってのは一体全体どういうことだ?
あれだけの重さというか、刀を受け止めるような強度があれば、突きだって当然のように受け止められるはずなのに……どうして突きだけはこんなにすんなり通り抜けるんだ?
「ったく、何がなんだかよく分からねぇがこうすりゃ良いんだろ、こうすりゃぁ!!」
そんな声を上げながら俺は、今度は狙いをつけずの乱撃を放つ。
斬って斬って斬りまくって何処かにあるらしい急所を斬ろうとした訳だが……何度も何度も振るった刃は一度としてまともに泥人形の体を斬ってくれねぇ。
その全てが中途半端、途中で止まってしまって、勢いも鋭さもあっという間に失われてしまって……簡単に斬れるはずの相手をどうやっても斬ることが出来ないという、たまらない気持ち悪さが俺の中を駆け巡る。
そんな中で泥人形は、ただただ俺の攻撃を受け止めながら、攻撃を受けた先からその身体を再生……というか、元通りの形に整えながら、そこにぼんやりと立ち続けている。
……いや、微妙に動いているようにも見える、ゆっくりと動いているようにも見える。
植物かってくらいにゆっくりと、ぱっと見では分からないが、じわじわとその腕が振り上がっているように見える。
俺を殴ろうとでもしているのか何なのか、ともかくそんな中、狙い無しの出鱈目の、親父に見られたら笑われそうなくらいの酷い有様の乱撃を放ち続けていた俺は、ようやく泥人形の硬さというか、斬撃を受け止めた仕組みの一端を理解する。
こいつの胸だけが特別硬かった訳じゃねぇ。
こいつの体は何処だろうが、腕や足や頭だろうが、同じ硬さなんだ。
ならどうして胸だけが斬れなかったのか、何故頭や首をあっさりと斬った黒刀が途中で止まってしまったのか、その答えは……、
「狼月さん!! そいつの身体は恐らく粉粒体です! 粉粒体現象が起きています!!
キメの細かい片栗粉を水に溶かした時に同じような現象が起きるんです! 強く押せば押す程、圧力をかければかける程、柔らかい泥のような水溶き片栗粉が硬くなるんです!
恐らくそいつはそうやって体の強度を上げています!」
と、そこでシャロンがそんな声を上げてくる。
シャロンの言葉は俺が感じていたことを的確に表していて……つまりはそういうことなんだろう。
最初は斬れる、すんなりと刃が通る。
だが圧力がかかればかかるほど、刃が通れば通る程、こいつの体は硬くなって、重くなって……俺の黒刀での一撃をゆうゆうと受け止める程の強度になっちまう。
「なんつー厄介な相手だよ、まったく……」
血が通っていねぇ、五臓六腑がねぇ、目も耳もなくて、呼吸もしていねぇ。
体の何処を斬っても痛がらず苦しまず、多少の斬撃で形を崩してやっても元通り、急所とやらを攻撃するまでそこに佇み続ける。
攻撃らしい攻撃をしてこねぇのはありがたいが、ここまで倒し辛いというか、攻撃が通らねぇ相手ってのは参っちまうよなぁと、そんなことを考えながら一旦乱撃の手を止めて呼吸を整えていると……先程まで緩慢に、ぱっと見では分からない程にゆっくりと動いていたはずの泥人形が、どういう訳かいきなり素早く動き始めて、物凄い勢いでその両腕を振り上げて、俺目掛けて振り下ろしてくる。
「なんだよいきなり!?」
そんな声を上げながら泡を食って飛び退くと、泥人形の両腕がつい先程まで俺が立っていた場所へと振り下ろされ……どごん! と凄まじい音と衝撃がダンジョンの中を駆け巡る。
重く、力強く、ダンジョン全体を揺らすかのような一撃。
それはまるで抱える程の大きさの鉄球をそれなりの高さから投げつけられたかのようで、俺は思わず唖然としてしまう。
泥の身体で一体何をどうしたらそんなことになるのか……。
いきなり素早く動き出した泥人形、とんでもねぇ一撃を放ってきた泥人形。
急所は未だに何処にあるか分からないままで、どうしたものかと頭を悩ませていると……そこにポチの大きな声が飛び込んでくる。
「ああもう! 見てられませんよ、まったく!
急所なら足の先だって、魔力を嗅ぎ取れば分かるでしょうに!!」
そんな声を上げたかと思えばポチは、後方から小刀での魔力の一撃を放ってきて……それを足先に受けた泥人形は、ぱきりという小気味の良い音を立ててから力を失い……泥から土へと戻り、さらさらと崩れ去っていくのだった。
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