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ビショビショな猫  作者: ミニト
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3

  ビショとメイプは他愛もない話題や、お互いのことを取り留めなく喋っていました。それはずっとずっと続くかのような、お伽話に出てくる厳かな雰囲気で、森も彼らを祝福しているかのように、安心と幸福な空気を作りだしました。それは本当にずっと続くかと、ビショは思っていました。ですが、夜は月を動かし、そのうちに雀のどこか遠くの街から、鶏の鳴き声や、森のなかからは、ひなが起きたのでしょう、雀のぴゆぴゆという、鳴き声が、森に木霊して聞こえてきました。ビショは驚きました。時間がこんなにはやいはずはなかったからです。

「うそだ。もうこんな時間なのか。僕が最後につきを見た時には、まん丸と、空の真ん中に陣取って、森を平等にあますことなく照らしていたのに、今はもう、月は光に包まれてしまっている」

  ビショは初めて時間を意識しました。そう、いつもイジメられていたビショは、一日は長く苦しいものだとばかり思っていたのです。時間は早くもなり、遅くもなると理解しました。メイプもそれに気づき、ただビショとは違い当り前のことのように、笑いながら、こんな時間ねと言い、そのままふっと去る仕草をしました。ビショは慌てました。夢のような時間が消えて行ってしまい、彼に残るのはまたあの町の陰惨で救いのないイジメや、うつむいて不幸を纏って歩く人間に置き去りにされてしまうのかと、不安で不安で仕方がなかったのです。

「あら、こんな時間ね。時間っていつも早いから、私はいつも時間のやつは消えてなくなってしまえばいい、なんてそんな事を思ったりする。私の願いはいつもかなわない。素敵な時間をありがとうね、変な猫さん」

  彼女はさようならのつもりで言った言葉は、ビショの心の奥底の何か猫としての大事な部分と不安とを刺激して、無意識に、それはとても無意識に、行かないでと心で思うやいなや、鋭い爪でメイプの羽を思い切り引っ掻いていました。メイプが驚く間もなく羽は、真っ二つに引き裂かれ、散り散りになり、ひらひらと鱗粉を撒き散らしつつ、地面に真っ逆さまに落ちてしまいました。ビショは呆然と、落ちていくメイプを見ていました。そんな状況になってまでも、まだ彼は嫌われてしまうという思いで、動けずにいたのでした。

 メイプは空を見上げて、何事もなかったかのように、痛みを我慢して無理をしているのか、痛みが本当に感じられないのか分からないまま、何も無い空を見ているようでした。ビショはただ、どうしていいのか分かりませんでした。

「どうして?」

 ビショはメイプの問いかけに答えられませんでした。大変な事をしでかしてしまったショックで、呆然としてズキズキと胸が鼓動を鳴らし、心臓が打ち付けるたびに、体の裏から痛みが漏れて、言葉を忘れてしまったかのように、思考が消えてしまいました。メイプの周りには、引きちぎられた羽から飛び散った鱗粉が、ふわりと空を舞って、森はそれすらおとぎ話の一部だとでも言いたいのか、風でビショの体に吹き付けます。

「信じていたのにね」

 少しの静寂がありました。ビショにとっては恐ろしいほどの時間でした。

「ふふふ、信じていたなんて私らしくもない。突然だからカッとなって言いすぎちゃった」

 ビショは知らないうちに涙が流れていましたが、悲しい気持ちではありませんでした。どうして涙が勝手に流れるんだろうと乾いて震える唇を何とか動かさなければと考えていたくらいです。

「メイプのせいだ。これはメイプ、君のせいだよ」

 言葉が途切れ途切れになってしまいます。ビショの喋り方が面白かったのか、メイプはふふふと笑っています。

「君が僕の名前を呼んでくれなかったからだ」

 言い訳でした。メイプは笑うのをやめて、目を、ビショの目をじっと見つめて、何かに気づいたようでした。

「ごめんね、ビショ。あなたの気持ちには答えられないんだ。私はね、あなたが思っている以上に綺麗じゃないの。あなたが思っているよりも、心底くさっているの。だから、ごめんね。出会った時からお互い冷静ではなかった。時間がいつかきっと答えをくれる、まぁいいか。結構酷いことをされたと思うけれど、何か最期の時間の祝福か何かしら。あなたに会えて良かった。ありがとう。ビショっていい名前だ」

 そしてブルっと羽根を震わせて、目を開けたまま、メイプはもう何も喋りませんでした。


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