最終曲 歌は、どこまでも広がっていく
いよいよ、この日がやってきた。
全国合唱コンクール、地区予選Aブロック。
音宮中学校は6番目、お昼頃の発表。私たちは、朝9時に学校へと集合した。
この日のために、ずっと練習してきた。
「発声します」
「はい」
響先輩の声かけで、ピアノの周りをお椀型に整列して、それぞれが静かに姿勢を整える。
ああ、本当にコンクールの日なんだ。
私も、すぅ…と深呼吸をして、横隔膜を少し動かす。そして肩の力を抜き、足を揃えて前を向く。
大丈夫、絶対にやれる。
「皆、リラックスだよ」
そう声をかけてくれたのは、絃先輩。拳を握り締めて胸元でガッツポーズをする。
呼応するように響先輩の鳴らす、澄み切ったピアノの音が続けて耳を通り抜ける。
「────OK、課題曲やります」
一通り歌い終え、誰もが時計を覗きこむように腕時計を見る。
「響、そろそろ時間だよ」
「うん」
琴ちゃん先輩の言葉に響先輩が頷く。
楽譜を鞄の中に入れて、響先輩は言った。
「学校を出る前に、これだけ言っておきます。……コンクールは、そうそう賞なんて取れるものじゃない。
ましてや金賞なんて、私たちの人数では到底厳しい。それが、現実。」
厳しい言葉と現実に、全員がうつむく。
そんなことは、あの時の音楽交流会で分かっているから。
あの時の決意が、私たちをここまで引き連れてきてくれたのだから。
「でもね」
響先輩の瞳が、きらきらと輝いた気がした。
「だからこそ、奇跡を起こすの!」
♢♢♢
───電車の中でも、私の中には響先輩の言葉が、ずっとぐるぐる回っていた。
『私たちは今まで、どんな上手で金賞を取っちゃうような学校よりも、楽しく、一生懸命、言葉を奏でようとして練習してきた。
それは、どんな学校にも劣らない。それは、どんなに誇張しても仕切れない。
だから、自分を、仲間を信じて、思いっきり歌おう!奏でよう!───もっと先のステージに、行こう!』
まるで、今まで響先輩が言えなかった事を全部さらけ出したような言葉だった。
皆の表情がぱあっと明るくなり、笑顔に変わる。気持ちも明るくなる。
皆を励まし続けてくれた絃先輩も、語るように言う。
『響、当たり前でしょ。私たちが3年間、ずっと積み上げてきたものを出し切る。
このメンバーじゃないと、出来なかった。
───ありがとう。』
電車が、がたごとと音を立てながら走っていく。私たちの、次のステージに連れて行ってくれる程、速く走る。思いを乗せて。
───奇跡を、起こして見せる。
♢♢♢
電車を降りて、数分歩いたところにコンクールの会場はある。音香先生やすずさんが入場にチェックをつけていて、それを見たスタッフが大きな声を張り上げる。
「音宮中合唱部入ります」
ちらりと舞台がある部屋の扉を見た。
赤と茶色、黒があしらわれたベーシックな扉。重たく、けれど音をたてずに開くそれは、重厚感と軽さの両面があるような風に見えた。
───あの奥で、歌うんだ
控え室に入り、スタッフの人から15分の練習と告げられる。すぐさまピアノを準備して、全員が響先輩へと視線を向ける。
「発声して、最後に通します」
すずさんが矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。
姿勢と呼吸を整えて、空気がぴりぴりしたものに変わるのを肌で感じる。
「─────よし、皆。大丈夫だからね」
響先輩が、微かに震える足にぐっと力を入れてそう言った。
だから次は、私たちからのサプライズ。
「「響先輩!」」
響先輩は驚いたようで、目を見開いてこっちを向いた。
すぐに察したように、私たちの作る輪に加わって、9人で円になる。
「今までやってきたことは、何一つ無駄なんかじゃない。全部残ってる。難しいかもしれない。無理かもしれない。……でも、私はこの9人で歌えることが本当に嬉しい。
私を部長でいさせてくれて…ありがとう」
「私はやっぱ、心音に感謝してるよ。昨日も言ったけど……ありがとう。今日は、全力で楽しもう!」
「…凛、私たちにも感謝してよ?
私は、なーんにも言わずに抱え込んだ響が恨めしいよ。いつもいつも心配ばかり……でも、響がいなかったら、私はここまでこれなかった。
───ありがとうね、皆」
「───私はあまり前には出なかったけど…
「琴」っていう名前通りに、それに相応しい歌を作りたい。ふふっ、こんなの私らしくないかもしれないけれど……これでも、皆には本当に言いたい。ありがとう」
3年生がそれぞれの思いをもう一度乗せる。
2年生も、1年生も、それぞれが。
「音葉も凛ちゃんも皆も。私がここまでこれたのが信じられない。───私はこの8人で過ごした日々が、大好きだよ」
「心音……私もだよ。私は才能なんてないから、合唱なんて向いてないかもってずっと思ってたけど、やっぱり歌うことが好き。大好き。」
「私?────やっぱり、私は七歌とここにいられたことが一番幸せ。妹と、友達と、後輩と、先輩と。一番リズムがとれてるとか、そんなことを言ってもらえるのが何より嬉しかった。だから今日は、想いを乗せて歌いたい…かな」
「お姉ちゃん……
人見知りで、歌も上手くない私をこんな素敵なところに連れ出してくれて、ありがとうございます。合唱が、ここが、皆が……今はとっても愛おしい青春です
こんなこと言うのは恥ずかしいけど、大好きな皆と歌う時が大好きです」
そう8人が言い終わったところで、私に視線が向けられる。
「奏は?」
「────っ…私?」
「だって、音宮中学校合唱部に…悔しいけど、一番頑張ったのは、皆を一つにしてくれたのは、奏じゃない?」
琴先輩が言う。…ずっと、一番後ろから、暖かく見守ってくれた先輩。どこかふわふわしているのに、誰にも何にも、辛いなんて弱味も言わずに、ずっとずっと見守ってくれた琴先輩。
その先輩の言葉に、8人が頷いてくれた。
───なんてあたたかい場所
「あ……」
まだ、涙ぐむわけにはいかない。
「私は、ここの合唱に憧れた。
憧れて入って…廃部になりかけて。存続が決まって、でも音楽交流会でショックを受けて。
虹になろうって、夕日の色と同じ色の賞をとろうって思った。それが、本当になったら……私の憧れが、きっと誰かに伝わるって思う
9人で作り上げた「合唱」という言葉は、ずっとずーっと…消えない!残る!
私の大好きな居場所が、音宮中学校合唱部で、本当に嬉しい。
だから………っ!」
溢れ出そうな涙を必死にこらえて、私は今日一番大きく、澄んだ綺麗な声で叫ぶ。
人差し指をくるり。大きく、綺麗な弧を描いて、私たちだけの虹を架ける。
「音宮中合唱部─────!」
「「レインボーミュージック!!」」
木で組み立てられた裏のセット。
出る直前、響先輩がこっちを振り向いて言った。
「やろう」
一歩を大切に踏みしめて、扉の向こうの輝きに足を踏み入れる。
「───中学校の皆さん、ありがとうございました。次は、音宮中学校の発表です。発表開始は12時25分からです。」
アナウンスの音がすぐそこだ。
「さぁ、行くよ!皆、準備は良い?」
「「はい!」」
言葉を、奏でる。
「音宮中学校の発表です。
───続きまして自由曲『ひびきかなで』です。」
♪~
響く歌、奏でる希望
歌はどこまでも広がっていくんだ
いつも追いかけていた君を
僕らはきっといつか追い越すんだ
なくなりかけてた小さな希望
泣きついたあの日が懐かしくてさ
僕はもう一度君と歩いていきたいんだ
自信がなくてうつむいたあの日
背中を押して、君と僕とで成長できたね
何も出来なくて屋上で泣いた
そんな僕を君は優しく抱き締めてくれた
小さなわかだまりもあったけれど
晴れた空に向かって虹を探して歩き出せたんだ
響く歌、奏でる希望
歌はどこまでも広がっていくんだ
君の奏でる輝きは
奇跡みたいに虹がかかっているよ
だからもう一度駆け抜けよう
ああ、歌は………
あの日の夕陽へ叫んだ僕ら
いつだって輝けると思ったんだよ
このみんなで一緒に歌ったら
どこにも負けない歌が出来るんだね
今僕は君と歌えて本当にうれしいんだ
君に勝ちたい?って聞かれたら
今なら僕は迷わずうなづけるんだよ
その自信は君がくれたから
みんながそばにいてくれたからさ
響く音、奏でる勇気
歌はどこまでも広がっていくんだ
僕の奏でるこの歌は
未来に向かって虹がかかるよ
だから最後まで歌いきろう
ああ、歌を……
嫌だと叫んで逃げ出して
それでも僕らは待っていて
いつだって信じて歌ったから
今の僕らはなんにも怖くないんだね
響く歌、奏でる希望
歌はどこまでも広がっていくんだ
虹のように大きく歌おう
そしたらきっとまた広がるんだ
さあ、最後にもっと広げよう
ああ、歌は
響け、奏で、歌よ
「音宮中学校の演奏でした」
ぱちぱちと拍手が鳴り響く。
ステージ裏の控え室で、私は思いっきり叫んだ。思いっきり息を吸って、虹を超えるくらい、大きく飛び跳ねて。
「みんな、もう一回……うたおーっ!」
「「うん!」」
歌は、どこまでも広がっていく───!
「ひびきかなで」これにて完結です。
もやっとした方もいらっしゃったかも……と思います(^^;)
ですが、私が目指したのは「奏」と「響」の二人の対局にいる少女が、コンクールの結果ではない「輝き」を探す物語。
好評なら続編も描くかもしれません。
ここまでご精読下さった皆様には感謝です。本当にありがとうございます(*^^*)
それでは、またどこかでお会いしましょう!




