72話 精神的被害者
「――さぁ、宴も終焉に差し迫ってまいりました。
ここで皆さんに重要なお知らせがあります」
演目が終わり、おしみない拍手が鳴り響くなか、サーカス団の団長が手を掲げながら、告げる。
その顔はシルクハットのつばに隠れていて見えないが――恐らく悪い笑を浮かべているのだろう。
「皆さんにはレオン様を救うための人質になっていただきます」
団長の言葉に、一瞬サーカス会場に沈黙が走り――すぐにざわめきに変わる。
レオンといえば、国民に一番嫌われていたプレイヤーだったらしいので、そりゃそうだろう。
「ああ、動かないでくださいね。動けばすぐに死ぬことになりますよ」
と、団長が言うと同時。団員達だろうか、観客席に剣をもった男達が舞い降りてきたのだ。
私の隣にも、剣をもった団員が立ち、こちらを睨んできた。
……まぁ、なんと用意のいいことで。
ちなみにリリとレヴィンはトイレに行く振りをして、とっくに居なくなっている。
泣きわめく子供にどよめく大人、なかなかカオスな状態だ。
「皆さん。恨むなら、コロネ・ファンバードとかいうエルフを恨んでください。
エルフのくせに我々人間の領土で我が物顔で振る舞いっ!!
あげくに、レオン様を処刑するなどとーーっ!!」
団長が言いかけたその時。
いきなり会場の明かりが消え、何故か昼間なのにテント内が真っ暗になる。
「――な、なんだ!?」
団長が叫んだその時――。
会場の一番はしの高い骨格部分に、ライトが照らされ――魔法少女の格好をしたリリが姿を表す。
「生まれたばかりの子供を蹴り殺し、女子供を嬲り殺し、男は容赦なく拷問したレオンなどという悪逆非道なプレイヤーを崇拝し!
愛と正義の使徒であるコロネ・ファンバートを馬鹿にしたあげく
人々を人質にしようなど、天が許しても、この魔法少女リンリン✩が許さないっ!天にかわって御仕置きっ!!』
キラリン✩とリリがセリフとともに漫画の魔法少女と同じ決めポーズを決める。
……ものすごく、ノッリノリです。ありがとうございます。
静まりまくる会場。訪れる静寂。
ですよね。アニメもなにも前知識の何もない皆さんがいきなり魔法少女とか言われても、反応に困りますよね。
ああ、どうしよう。この痛々しい雰囲気、おかーさん耐えられない!!
私が頭を抱えている中、それでも事態は勝手に進み
「なんだ貴様っ!!」
固まっていた団長がやっと声を搾り出した。
「笑止千万!悪に名乗る名前などないっ!!」
と、びしぃっと指を指してリリ。
……いや、さっき思いっきり名乗っていましたが……。
きっと、これも何か別の漫画のセリフを言ってみたかったのだろう。
何故か口調違うし。
「何をフザケたことをっ!こちらには人質……」
言いかけた団長が気づく。先ほどまで観客に剣を向けていた団員達がいつのまにか、団長の後ろにのびた状態で山積みにされていたのだ。
「……なっ!?」
「人質がどうかしましたか?」
と、一体いつ用意したのか知らないが、リリと同じようなマスクをつけたタキシードのレヴィンがにっこり微笑む。
うん。レヴィンもレベル95だしね。これくらいは余裕でこなせるのだろう。
てか、後でレヴィンもレベルあげてあげようか。コロネ狂信者なところが問題ではあるが。
会場からわーーーっと沸き上がる歓声。
リンリンがんばれー!とかタキシード様すてきーなどの黄色い声があがっている。
おおおう!?意外とこっちの世界の人、寛容だな!?まさかの魔法少女受け入れちゃうの!?
私には無理ゲーなんですけど!?
「成敗っ!!!」
歓声を背にリリがその一言とともに……ハリセンで団長を吹っ飛ばすのだった。
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「猫様……私にあまり表にたつなと、助言をくださったはずですが、これはなんでしょうか?」
言って、コロネが差し出したのは、この世界の新聞だろう。
そこにはコロネを褒め称える記事と、魔法少女リンリン✩の大活躍の記事がところ狭しと置いてあった。
結局あのあと、サーカスの一件がかたづいたあと、街道の魔素溜を吸って、一眠りしたあと一段落ついて宿屋で休んでいるとコロネに呼び出された。
そしてサーカスでの出来事の号外記事を見せられ、開口一番これである。
「えーーと、この件につきましては、私は本当見ていただけというか、首謀者はレヴィンでありまして……」
しどろもどろに説明する私。
う、うん!嘘はついてないよ!私今回なにもしてない!
ノータッチだ!
むしろいたたまれない、気持ちになって精神的ダメージを負った分被害者だ!
コロネがジト目で私を見つめた後。
「……ああ、あれは優秀でしたが、悪ふざけをする癖があるのを忘れてました。
そうですね。ではあれから話を聞くことにしましょう」
と、ため息をついた。
その顔には疲労の色が濃い。
「……にしても、まだ顔色悪いけど、まだ風邪は治らないのか?」
私の問いに、コロネは苦笑いをし
「いえ、風邪は治りました。心配をおかけして申し訳ありません。
ただ、昨日ここに到着した王族も私に野心があると勘違いしているようで……。
昨日から王族に尋問されていました。
……そこにきてこの記事ですから」
と、ため息をついた。
……それは物凄く申し訳ない。
「これだから人間は苦手です。
人間の領土などテオドールのいない今、まったく興味などないのですが」
と、ゲンナリとコロネが愚痴を吐く。
その時だった。
『大変です!猫様っ!!!』
唐突に、死霊都市にいるレイスリーネから、ギルドチャットで通信がはいる。
『ど、どうした?』
『拘束していたマナフェアスが連れ去られました!!
唐突に気配が牢に出現し、唐突に消えたので、恐らく犯人はワープ類の技が使えます!
気を付けてください!
いまファルティナと猫様のところへ向かいます!』
レイスリーネの言葉に、部屋にいたコロネとアルファーの顔が強ばる。
「アルファー、すぐにレオン達のところへっ!!」
コロネが指示するが……アルファーは首を横にふった。
「申し訳ありません……遅かったようです。
いま気配を感じた瞬間、プレイヤー5人の気配が消えました」
その言葉に……私とコロネが固まるのだった。




