59話 嫌な予感
「うおーーー疲れた!!!」
スティア王国の国王やら宰相やら王子やらにお礼を言われ、散々もてなしされた後、私は用意された部屋に戻ると、ぐったりとベットに雪崩込んだ。
うん。無理無理。王族の相手とか。精神的疲れが半端ない。
リリはまだ王達のいる食堂でお菓子をぱくついている。
うん、王族前にデザートおかわり要求できるとか、神経図太すぎると思うの。
あの子はきっと将来大物になるわ。
「お疲れさまでした猫様。
お疲れのところ申し訳ありませんが、今後の事なのですが――」
「うん?次はどうするんだ?」
「はい。明日には旧マケドニア帝国へ向かおうと思います」
コロネの言葉に私は眉をひそめた。
マケドニア帝国といえば、コロネを殺した連中の占領する地域だ。
「本当はもう少し準備をしてから、行動を開始したかったのですが……。
彼らの性格を考えれば私達の強さを知れば、恐らく国民の命を人質にとってくるでしょう。
こちらの情報が知れ渡る前に――叩きたいと思います。
――ただ」
「ただ?」
「マナフェアスが死霊都市として支配していた地域が酷い状態でして。
もし何も対策をしないで行動してしまいますと、、魔素溜地域が増えてしまうでしょう。
ここは二手に別れて行動をしたほうがいいかもしれません。
私は死霊都市の方の平定の方に向かおうと思います。
マケドニア帝国には既に私の部下が到着していますので。
猫様達は私の部下のレヴィンと……」
コロネが言ったその時。ゾワリとした感覚がこみ上げてくる。
何故か脳裏にコロネが黒い槍のようなもので貫かれ、岩にくくりつけられた状態で死んでいる姿が浮かぶ。
――ああ。
――――これだ。
物凄く嫌な感覚。私はこの感覚がなにかを知っていた。
思い出したくもない――私にとっては二度と味わいたくなかった感覚だった。
どくどくとなにか黒いような感覚に自分が包まれるのがわかる。
胸がはちきれそうになるくらい痛い。
「――?猫様?」
「それはダメだ。却下。嫌な予感がする」
私の言葉にコロネはやれやれとため息をついて
「猫様。流石に私もレベル803ですし……そう簡単に誘拐などされることはな……」
「ダメといったらダメだ!!
凄く嫌な予感がする!!これは命令だっ!!それは絶対許さないっ!!」
言いかけたコロネの言葉を遮って、私は顔を近づけコロネを睨みつけた。
コロネも私の剣幕に押されたのか
「……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?
嫌な予感とは?」
困った表情になる。
「私の家族が死んだとき、感じた嫌な感じと同じなんだよ。
あの時も同じ感覚がした。家族が水にのまれて死んでいく姿が見えた。
いまもコロネが黒い槍で貫かれて死んでいる映像が見えた」
私の言葉にコロネが息を呑んだ。
なんと表現していいのかわからないといった表情になる。
それでも――続けないといけない。
「……でも、嫌な予感とか……中二病じゃあるまいしと、放っておいた。
だって、普通そう思うだろ?予知とか、魔法のある世界じゃないのにさ。
あるわけないって。いままで予知夢とかすら見たことなかたんだんだ。
なのに、結局――その日に死んだ。目の前で。車が間違って海に落ちたんだ。
沈んでいく車に、私はなにもできなかった」
拳に力がはいってしまうのが自分でもわかる。
コロネの顔をまともに見ることもできない――きっと困った顔をしているのだろう。
でも、ちゃんと伝えておかなければ伝わらない。
私は嫌というほどそれをよく知っている。
そうあの時だってちゃんと両親と兄に話していれば――気をつけていて助かっていたかもしれない。
「――もし、今の力があれば、助けられたのに。
現実世界の私は無力だった。何も出来なかった。
何か浮き輪になるような物をと探してるうちに――車はあっという間に沈んでしまった。
いまでも、浮き輪なんて探さずに飛び込んででも助けにいけばよかったと思ってる。
例え、自分が死んだとしても。
残されて、後悔するよりずっといい。
――でも、その前に、自分の嫌な感覚を信じて海に行くのを止めてれば死ななかったんだ」
言って、私はコロネの眼を見つめる。
そう――これだけははっきりさせておかなきゃならない。
「いいか。コロネ。
例え薄情だとか、人としてどうなんだとか言われたとしても。
私が目指してるのは「もし私が日本に帰っても、コロネとリリが安心暮らしていける平和」だ。
全人類を助けたいとかじゃない。
そりゃ、助けられる分には助けたいとは思ってるけど。
でも、一番はコロネとリリだ。
二人が死ぬような危険がある案は却下だ。許さない」
私の言葉に――コロネは黙って頷くのだった。
▲△▲△▲△▲
「わーい。今日はコロネも一緒に寝るの?」
リリが枕をもったまま嬉しそうに微笑んだ。
結局あの後、皆で行動することに決まり、お菓子を食べ終わったリリが戻ってきた所で、コロネには同じ部屋にいるように言いつけた。
うん。だって仕方ないじゃん。コロネが死ぬビジョンが見えたのに一人にしておけないし。
映像が嫌にリアルで鮮明すぎて、いまでもコロネが死ぬんじゃないかという心配が拭えない。
「え、ええ。まぁ……何故かそういうことになりました」
コロネが引きつった表情でリリに答える。
「ですが、猫様……やはり、男女が同じ部屋で寝るというのはどうかと……」
コロネが困ったような表情で抗議するが
「自分身体は男だし。
それともコロネは身体は男でも手出しできるわけか?そっち趣味?」
私の問いにコロネが首をぶんぶん振って
「あああ、ありえません!!」
と、顔を赤らめた。
「ならいいだろ」
「い、いやでも猫様は大丈夫なんですか!?仮にも自分は男ですが!?」
「……聞くけど、コロネ。
私が男に襲われて大人しくされるがままになるタイプだと思ってるわけか?」
私の問いに、コロネの動きがしばし止まり
「残忍な方法で返り討ちにしてる姿しか思い浮かびません」
真顔で返してくる。
「――わかればよろしい。
それで、今後だけど――旧マケドニア帝国と死霊都市どちらかを優先する話だけど……
死霊都市はマナフェアスの守護天使を解放して、守護天使達にさせるのはダメか?」
「守護天使達にですか?」
「ああ、コロネは自分と離れたスキを狙って魔王が殺しにきたんだと思うけど
アルファー達なら別にそこまでしてわざわざ殺しにくるとは思えないし。
彼らなら内情も詳しいから。やってくれるかどうかは頼んでみないとわからないけどな」
「魔王 結界内にいて動けないはず?」
キョトンと聞くリリに
「いえ、その件なのですが。あの時は疲れからか考えが及びませんでしたが。
女神が殺しに行けばいいと、魔王をけしかけていた所をみると――
すでに自由に動けるのではないかと」
「まーそう考えるのが妥当だよね」
「うーん。二人とも気づいてたのに魔王ほっといたの?」
「ほっといて良い訳ではないのですが……。
この三百年、世界を滅ぼす気があるならすぐにでも滅ぼせたのに何もしなかった魔王が猫様という脅威があるこの時期に動く事はないかと思っておりました。
もし、私が魔王の立場なら……猫様が寿命で死ぬのを待つでしょう。
魔王は不死ではありませんが不老ですから。
人間の領土の事もあの女神が勝手にやっている感じでした……それに」
「それに?」
「下手に魔王や女神の事を調べて、魔王に敵意があると受け取られるのは避けたかったのもあります。
魔王がこちらに真剣に対応してくれば勝ち目がありませんから」
「まぁ、考えても仕方ない。女神達がなにかしてくるのは確定してたわけだし。
私の予感があってるかもわからないし、魔王と決定したわけでもない。
とりあえずアルファー達の主従関係を解除させよう」
「その事なのですが猫様。
アルファーの記憶から推測しますとアルファーたちを解放してしまえば、恐らく消滅します」
「えええ!?そうなのか!?」
「はい。この世界からギルドハウスへは行くことができません。
ギルドハウスのある異次元へのゲートが通じていないのです。
それなのに、守護天使の身体は本来ギルドハウスのある場所と同じ異次元に戻ろうとします。
ですから……そのまま消滅してしまうかと」
「えええ、じゃあアルファー達はどうやってこっちの世界に来んだ?」
「元々、プレイヤーと共にこちらの世界に召喚された守護天使しかこの世界には存在していません」
「じゃああれかマナフェアスがもしこちらの法で死刑になったら……」
「はい。一緒に死亡します。
現在は皆石化されていて、マナフェアスも魂が消滅していないから生きてはいますが……」
「どうにかする事はできないのか?」
「もし、猫様が『ギルドマスター』なのでしたら方法がないわけではありません」
「あ!?そうか守護天使をマナフェアスから私に譲渡させるのか!?」
「はい。『ギルドマスター』同士なら守護天使の譲渡は可能なはず」
「……でもマナフェアスがそんな事を承諾するか?」
「するか…ではなく、させればいいのです」
と、言いつつコロネがいつになく悪い顔をする。
やべぇこいつ悪役だ。
うん。意外だ。コロネでもそんな顔するんだね。
なんていうか今まで人畜無害のイメージしかなかったが……よく考えたらコロネだって皇帝お付きの宮廷魔導士時代があったわけで……。
それなりの事をしていたのかもしれない。
いや、でもそれが実現すればすごくない?
アルファーってそもそも強いのがレベル913になってこちらに仲間入りとか。
他二人の守護天使もなんか強そうだったし。
てか他二人の守護天使は貴重な大人の女性キャラだよ女性キャラ。
「まぁ、そこは本人達の意見を聞いてからにしよう。
なんだか死にたがっていたみたいだし。私に仕えるくらいなら殺してくれって言うかもしれないから」
「猫様の誘いを断るなどという恐れ多い!
誰が許してもこの私…っ!!」
言いかけたコロネの首根っこを私は掴み
「変態になってるぞコロネ。さっさと行く」
と、そのまま引っ張るのだった。




