56話 守護天使 アルファー
何故自分は意思を持ってしまったのか――。
この事実を何度呪ったのかわからない。
NPCだった頃は何も考える必要などなかった。
何も感じる事などなかったのだから。
思えば、あの時が一番幸せだったのかもしれない。
今はどうだ。特に罪もない人たちを自分は容赦なく殺している。守護天使アルファーは自分を呪った。
ギルドで契約できる守護天使は、ギルドのリーダーであるギルドマスターに絶対の忠誠を誓い、ギルマスの命令は絶対である。
それは天使達が『ゲーム』時代に組み込まれたシステムだった。
自分の主人であるマナフェアスは人間のクズだった。
自分より強い者にはひたすらひれ伏し、自分より弱いものには途端に傲慢になる。
この300年後の世界にはじめて来たときは――多少まともだった。
他の人間が魔物に襲われていたのを助けたり、孤児院に寄付したりしていたのだ。
だが、どうだろう。
一年もたたぬうちに、男の本性はでてきた。
意中の相手に、散々貢――別に本命の男がいると知ったとき、この世界は腐ってると言い出し、途端に暴君化した。
自分は世界に裏切られた――なら自由に生きてやる!!
などとつぶやいて。
そもそもその女性とて、別にマナフェアスに何かを買ってくれと頼んだわけではない。
マナフェアスが勝手に貢いでいただけなのだ。裏切られたも何もないだろう――。
それでも、男を説得することなど自分には許されなかった。
マナフェアスに賞賛する以外の言葉は許さないと命じられたのだ。
答えられる返事は必ずYesのみ。心がどんなに否定をしても――口ではマナフェアスを褒め称えていたのだ。
守護天使はマスターに絶対服従――その呪縛が彼を離さなかった。
マナフェアスが褒めたたえろと命じればその通りに行動してしまう。
この世界の人間は甘すぎる――現実をわかっていない。俺がわからせてやる。
賭博を広め、野党達に非道な事を吹き込み――そして貴族や王族を襲わせ、それを自分で倒し、王族に恩をうった。
つまるところ自作自演で王族にとりいったのだ。
そしてそのまま国王を殺し国を乗取った。
奴隷という制度をつくり、支配階級とそうでない階級の格差をより明確化した。
生まれたのは貧富の格差。貧しい者たちはより貧しくなり、どんどん犯罪率が高まっていった。
貧しい村などが、野盗に襲われて、魔素溜になり、住めない不毛の地になったとしても――
それが現実だ、などと知ったふうな口を言い、微塵も意に介さなかった。
そして、人々を殺し次々と国々を支配していったのだ。
そんな事を繰り返しているうちに、いつの間にか彼の主人はこの世界を支配するプレイヤーの一人になっていた。
国を支配したプレイヤーらは勝手に魔王を名乗りだし、魔王同士は争わないという協定をかわしたのである。
アルファーからすれば、彼らの協定は失笑ものだった。
魔王などと名乗っているが、結局彼らの強さの基準は、『守護天使』やテイムしたモンスターの強さであったのだ。
彼らはプレイヤー同士で争うのを極端に嫌った。
レベル補正がなければ彼らはひよっこ当然だったからだ。
本当の実力勝負などになれば、彼らはそこらにいる現地人より劣る。
アルファーがその気になれば魔王などと名乗るプレイヤーなど全員殺すことなどたやすいだろう。
戦いの基本がまったくなってないのだから。
現地の人間より強いのはスキルやレベルというギフトを神より賜っているからにすぎない。
彼らもそれは自覚していたのだろう。
現地人には高圧的でもプレイヤー同士の対話になると、途端さぐり合いになる。
プレイヤーでも守護天使や強力なテイムモンスターがいないとわかると、途端に高圧的になり、殺したり支配したりするのも彼らの特徴だった。
そう――マナフェアスがこのような暴挙にでているのも、自分の存在が大きいのだ。
自分の強さが、そのまま彼の強さとして認識され、プレイヤーの中でも一目置かれてしまっている。
自分さえいなければ――いま無慈悲に殺している者たちは死ぬことはなかったのだろう。
そんな葛藤を抱えているとき、その男達は目の前に現れた。
マナフェアスに命じられ、本来なら不可侵であるはずのトルネリアの砦にモンスターの大群を連れ攻め落としに向かったその時。
最近になって捕まえたsionとかいうプレイヤーにテイムボックスで運ばせた無数の魔物が、たった一発の魔法で一瞬で消え失せたのだ。
何より、その魔法が恐ろしいのは――魔物以外には何一つダメージを与えていないということだ。
そこの生い茂っていた、雑草さえも無傷でその場に咲き誇っている。
このような魔法は、天使の自分ですら存在すら知らない――。
アルファーの胸は踊った。
明らかに自分より強い人間とエルフに竜人が彼の前に立ちふさがったのだ。
ああ――やっと解放される。アルファーは歓喜した。
神々のお子らである神官達や罪もない人々を殺さなければいけない地獄から。
見たくもない淫乱な格好の女や堕落を享受する自らの主の醜い醜態を見続けなければいけない地獄から。
本来神に仕え、人々を救済しなければいけない自分が人殺しをしているという矛盾から。
アルファーは剣を構え男達に勝負を挑み――そのまま意識を失った。
▲△▲△▲△
「はぁーーー」
アルファーの記憶を覗いて、私はため息をついた。
「ネコ 大丈夫?」
トルネリアの砦に戻った私達はいま会議室のような場所に通されている。
コロネと騎士達が何やら難しい顔をして状況説明をしあっている中、私はリリに石化させたアルファーの記憶を見せてもらったのだが……。
リリも記憶転写の扱いかたが慣れたらしく、以前のサリーの時のように感情がそのまま自分に流れて来ることなどなく、一歩引いた目線でその記憶が見れるようにはなったが。
それでもやっぱりキツイな。
リリが大分記憶を整理して私に送ってきてくれているはずなのに。
それでも映るのはマナフェアスに逆らう人間を無残に殺していくアルファーに、泣きわめきながらレイプされていく少女達。
本当に元日本人だった彼らがなぜこんな事ができるのか。
コロネを拷問したプレイヤーのときも思ったが、本当に彼らは日本人のプレイヤーなのだろうか。
女神に洗脳されていたて残酷な事をしてしまっているだけかもしれない。
……どうしても心で彼らが自分と同じ現代人のプレイヤーだという事を否定してしまう。
日本人ならこんな酷い事をするわけがないと思ってしまうのだ。
ただ、神威とマナフェアスに共通するのは――彼らも最初はいいことをしていたのだ。
善人っぽかったのである。
……ある意味、それは今の自分にも当てはまる。
自分も、もしかして月日が経つうちにあんな風になってしまうのだろうか?
力をもってしまうということは、心を歪めてしまう事なのかもしれない。
「だいじょうぶ! ネコ心綺麗! あんなふうにならない!」
記憶転写のさい心をつないだままだったので、思った事がダイレクトにリリに伝わってしまったらしい。
一生懸命リリに慰められる。
私はぽんぽんとリリの頭を叩くと
「うん。そうだな。心が綺麗かは別として……ならないように気を付けないとな」
言って微笑んだ。
本当に気を付けないといけない。
もし、私が、マナフェアスのようになったとしても……リリもコロネも私を止められないだろう。
リリはそもそも竜なので、自分のせいというわけでもなければ人間の死にそれほど感情は動かない。
私がそうするなら、とついてきてしまう。
コロネはシステムに縛られているせいで、私が暴走しても……心の中で否定はしていても結局はついてきてしまうだろう。
自分を止められるのは自分だけなのだ。そのことを肝に銘じておかないと。
……にしても、システムに縛られてると思っている事さえ口にだせないとか……もしかしてコロネもそうなのだろうか?
真剣に騎士たちと話あってるコロネの横顔を見つめ、私は思う。
システムに縛られているというのは、思った以上に残酷な事だった。
気まぐれで好感度をあげた私のせいで本当は解放されるはずのシステムの縛りを彼に残してしまった。
心がちくりと痛むのを感じる。
「……ネコ?」
「ああ、大丈夫。でも、やっぱり自分は感情移入しやすいらしい」
言って、私は立ち上がった。
さぁ、さっさとアルファーを本当の意味で解放してあげないと。
マナフェアスに守護天使契約を解除させれば、彼も自由になるはずなのだ。




