38話 確率20%
「申し訳ありません……」
泣きつかれて寝たリリをベットに寝かし、リビングに戻ると、コロネが私に深々と頭を下げた。
――うん。なんでだよ。
「何でコロネが謝るんだ?」
「私が精神防御を忘れていたせいで、不快な思いをさせ……」
言いかけたコロネの襟首をぐいっとひっぱり引き寄せる。私はコロネに顔を近づけた。
コロネが驚いたように目をみひらく。
――そうじゃない。
何でコロネが謝るんだ。
馬鹿じゃないの。
「悪いのは勝手に記憶を覗いたリリと私だ。コロネが謝ることじゃないだろう」
「しかしっ!!防ぐ術があったのにそれを忘れていた私にも問題が……」
「あんたそれどころじゃなかっただろう!!
変にならないようにするだけで手一杯で精神防御がおろそかになったところで記憶を覗いたのはリリだ。
リリには悪いけど自業自得だよ。そのあと勝手に記憶を見た自分も含めて
そこは怒るところだろうがっ!!」
私の言葉にコロネが困ったような表情になる。
「だってそうだろ。勝手に見せたくない記憶覗かれて!!
それで勝手に可哀想だのなんだのぎゃーぎゃー騒がれて!!
なんで一番辛い思いをしたお前が悪者扱いなんだよ、おかしいだろっ!!
怒っていい立場なのに、何謝ってるんだよ!!」
ああ、私が言うセリフじゃないよ。もろ私がやったことだし。
自分が酷い事をしておいて、挙句の果てにコロネに逆切れして。
最低なのはわかってる。でも……
「人が良すぎるんだよコロネは!!
そうやって、人がやった事まで自分が悪いってことにするから……なんでも許すから。
あんな自分を罠にハメた奴なんかのために命まで差し出してっ!!
あんなの無視しておけば一人で逃げ切れたのにっ!!」
「……猫様」
「大体20%だぞ!!生き返れる可能性は!!
運良く生き返られたからよかったけれど、ほぼ奇跡だろ!!
……生き返れなかったらどうするつもりだったんだよ……」
それに、そもそもコロネは指輪の効果など知らなかったはずだ。
生き返れたのは、本当にたまたまだったにすぎない。
はじめから、コロネは命を投げ出すつもりだった。
お人好しにも限度ってもんがある。
私の言葉にコロネは困ったように微笑んで、私の頬に手を添えた。
「……猫様どうか」
言って、親指で、すっと私の涙を拭う。
「……泣かないでください」
……どうやら、私は知らぬうちに泣いていたようだった。
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「コロネって人にお人好し言ってたけど、絶対コロネの方がお人好しだよな。
自分だったら、一度自分を裏切った人間のために命まで投げ出さないのに」
と、私はジト目でコロネを睨んだ。
手にはカンナちゃんお手製の梅酒を並々よそったコップがある。
「あれは致し方ないかと。
マルクは自分の命だったら私を売るような事はしなかったでしょう。
家族を人質にとられたのは容易に想像がつきましたから」
と、同じく梅酒片手にやや頬を染めて、コロネが肩をすくめた。
「それに、彼が私の死体を回収してくれていなかったら、私はあの場所で蘇生して、治療を受けることなく死んでいたでしょう。
彼は元々、私のせいで巻き込まれたようなものですし。
命の恩人ですよ」
と、コロネ。
「言ってる事はわかるけど、それ結局結果論じゃんか」
「結果が全てだと思います」
私の反論にコロネが微笑んだ。
結局あのあと。泣いていた事をごまかすように、私は酒を飲むことを提案した。
もうなんとなくシラフでやっているのが恥ずかしかったし。
コロネも特に反対することなく、二人で酒を酌み交わしたのだが……。
二人とも酒に弱かったらしく、たった二杯でこの状態である。
「じゃあ、サリーの時とかは?
あれだって見捨てて逃げればよかったじゃないか。
レベル200の精霊がうようよしてて、まさかコロネだって勝てるとは思ってないだろ」
動きの悪いプレイヤーではなく、ガチの精霊が10体以上うようよしていたのだから。
いくらコロネでも勝てるわけがない。
コロネは苦笑いをして
「もうあのような無茶は致しませんよ。
あの時は自暴自棄になっていたのもありますから」
「自暴自棄?」
「はい。
どうせここで逃げた所で、私があのプレイヤーを何とかしなければいけないのは目に見えていました。
周囲から過剰に期待されて出来もしない無理難題を押し付けられる状態に嫌気が差しまして。
どうせ死ぬならここでも後でも一緒だろうと」
「ええ。なんだよそれ。死んでもよかったってことか?」
「よしんば、あのプレイヤーに勝てたとしても、まだプレイヤーは大勢いる状態です。
遅かれ早かれそうなる未来しか見えません。
私達にはレベル50差というのは絶望的な数字です」
「うーん。それはまぁわかるけど」
レベル差が50以上あると、途端に相手に与えるダメージが四分の1になってしまう。
それに加えて、プレイヤーの装備はこちらの住人の装備とは違い段違いに強力なのだ。
与えられるダメージは本当に微々たるものになってしまうだろう。
傷つける事すら無理な相手を何とかしろというのは、確かにきついものがある。
「大体ですよ、猫様。
この300年。私だって何もしていなかったわけではありません。
真面目にレベル上げをしていました。
レベル100からレベル143にするまで、私は300年かかったのです」
「え?そんなに?」
「そうです。300年必死にレベルを上げてこれです。
それなのにプレイヤーの方々は戦いの修練も積んでもいないのに私たちを抜いていく。
これがどれほど虚しいものか、わかりますか?」
やや泣きべそになってコロネが言う。
「うーん。それはなんていうか申し訳ないっていうか」
「それに、一番規格外なのは猫様です。
たった二週間で私のレベルが800超とかどういうことですか」
と、コロネがジト目で私を見る。やばいこれはこの後説教が始まるパターンだ。
なんとか話題を変えないといけない。
「ああ!?そういえばコロネ。記憶で見たけどコロネって密偵いるんだろ?
今は何してるんだ?」
明らかに話題をかえにかかると……
「彼らには今、プレイヤーに国を追われた王族などの居場所を探ってもらっています」
と、コロネもあっさり話題をかえる。
「王族を調べてどうするんだ?」
てっきりプレイヤー周りを調べさせているのかと思ったのだけれど。
「猫様、仮に猫様がプレイヤーを倒し、国を解放したあと、その後その国をどうするかは決めているのでしょうか?」
「うっ……」
言われて口ごもる。
――はい。まったく考えていませんでした。すみません。
コロネは私の反応にため息をついて
「人間の領土の問題を解決するのでしたら、内政ができ尚且つ信用できる人物が必要になるでしょう。
何人か心当たりがありますので、いま行方を追っています。
……それにしても」
「それにしても?」
「この梅酒というのは甘くて美味しいですね」
言いつつ、コロネが原液のままどばどばと梅酒をコップに注ぎ始めた。
「いやいやいや。水で薄めないとだめだろ」
私が慌てて止めると
「ああ、そうでした。すっかり失念しておりました」
言って満杯になっているコップにまたどばどばと水を注ぎだした。
もちろんコップから溢れ出し、テーブルに梅酒が流れ落ちる。
あかん。これは完璧に酔っ払っている。
会話が普通にできていたから気づくのが遅れてしまったが、梅酒が結構減っている所をみると、結構な量を飲んでいたのだろう。
「おや、こぼしてしまいました。
少々お待ちください。いま拭くものを……」
おぼつかない足取りでたとうとするコロネを私は止める。
「ここは自分が片付けるから、コロネはもう寝ろ。飲みすぎだろ」
「ああ、申し訳ありません。梅酒ははじめてでして……加減がわかりませんでした」
自分の足取りにコロネもやばいと感じたのか、しゅんとする。
その姿がまるで怒られてへこむ子供を彷彿とさせ
「まったく、怒られてへこむとか子供かよ」
と、心の中で突っ込んだつもりが、つい声に出していってしまう。
――やばい。私も少し飲みすぎだったらしい。
コロネが、驚いた表情でこちらをみやる。
「あ、いや悪い。つい」
「いえ、子供ですか……何百年ぶりでしょう。子供扱いされるのは」
コロネは何故かとても嬉しそうに笑いだし
「猫様、たまにはこういうのもいいものですね」
と、無邪気に微笑むのだった。




