35話 裏技
「どういう事でしょうか……
カンナ様の名を聞いた途端、猫様の時のような妙な高揚感に包まれました……
あれですか、私は別に猫様ではなくても、誰でもいいような節操のないエルフだったのでしょうか……」
コロネが今にも死にそうな顔でソファに横たわり自問自答している。
なぜかは知らないが彼なりにショックだったらしい。
「うーん。鑑定しても状態異常は見られないし……。
まさかプレイヤー全員にそういう状態になるとかじゃないよな?」
「ありえませんっ!私の身も心も猫様に捧げておりますっ!!」
と、嬉しくない反論をしてくる。
いや、身も心もいらんがな。
にしても、やっぱり変だよね。変態というだけで片付けていい問題じゃなくなってきた気がする。
真面目の時とテンション高いときとあまりにもキャラが違いすぎる。
「他のプレイヤーに会ったときは大丈夫だったのか?」
「はい。妙な高揚感はありませんでした」
「じゃあ、私とカンナちゃんだけにって事か……」
つまり、原因はコロネがNPC時代に私とカンナちゃんが何か関わっていたということだよね?
私は考え込むが、これといった理由が………あった。
はい。ありました。
お も い だ し た。
あああああー!!そうかっあれが原因かっ!!
「わ、悪い……コロネ……」
「はい?」
「コロネが変態なのって、自分が原因だったようだ……」
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話は普通にゲームをしていた二年前頃に遡る。
まだレベルも50くらいで、カンナちゃんと細々と活動していた時の話だ。
この頃はまだ家もギルドハウスもなかったので、街の中の裁縫屋がなかば居座りマイハウスになっていた。
NPCも話しかけるまでは突っ立っているだけなので、裁縫屋店員はほぼオブジェ扱いである。
休憩時や待ち合わせはここでいつも二人でだべっていたのだ。
「カンナ様っ!今日も来てくださったんですか!
このマリベルとっても嬉しいですっ!」
裁縫職人の女性NPCマリベルが、カンナちゃんに話しかけられた途端、顔をほころばせた。
本来無表情のNPCが、である。
「前から思っていたんだが、このNPC、自分とカンナちゃんの時で態度が違いすぎないか?」
私がカンナちゃんの作った料理を食べながら尋ねる。
そう、このマリベル。私が話しかけても「マリベルの裁縫屋へようこそ」としか言わないのだ。
カンナちゃんは裁縫をしながら、
「あ、はい!たぶんですけど、好感度をあげたので態度が違うのかなーっと」
と、ニッコリと答えた。
「え?NPCって好感度なんてあるのか?」
攻略サイトでも掲示板でもそんな話をしていたのを見たことがないんだけど。
「はい!いろいろ試してみたら成功したみたいで」
「へぇ。初耳だな。どうやったのか聞いてもいいか?」
「はい。まず料理を毎日あげます。あ、でも好みの料理じゃないと駄目ですよ?
好みの料理だと、表情がほんとーーーーに微妙ですけど変わるので。
その表情の変化を見逃さないのがポイントです。
その好みの料理を何種類かローテーションであげるんです。
毎日同じ料理だと、好感度はあがりませんでした!
3ヶ月くらいやりつづけて
最後にそのNPCの誕生日を調べて、誕生日に好みのものをプレゼントできれば成功します!
裁縫屋の店員全員でいろいろ試してみましたけど、成功したのはその方法をとったマリベルさんだけでした」
と、天使の笑顔で微笑んだ。
うん。いろいろとツッコミ所があるのだが
なぜそれを試した。
え、普通3ヶ月もNPCに料理あげ続けたりしないよね。
てか表情の変化って何!?マジ見して研究してたの!?
毎日料理をかえるとか細かいし!
あまつさえ、誕生日プレゼントとか何故思いつくかな。
てか、今まであまりゲームをあまり知らない子だと思っていたけど実はガチゲーマーなの!?
とことん突きつめて検証しちゃう、ガチ探求タイプのゲーマーなの!?
「せ、成功するとどうなるんだ?」
若干引き気味にたずねると
「アイテム貰えましたよ。何度使っても壊れない裁縫道具です!
課金で500円で売ってる魔法のセットです!」
と、裁縫道具を見せてくれた。
「へぇアイテム貰えるんだ」
まぁ、労力に比べると報酬は全然見合ってないけど……。
でもあれだね。カンナちゃんには失礼だけどこんな無駄なことしてるプレイヤーが他にいるとは思えないし、私達だけしか知らない裏技なんじゃないかな。
私達だけしか知らないか……なにか他に使い道ないかな?
「これ、偉い身分のNPCの好感度MAXにすればすごいもの貰えるとかないかな?」
「えーっと、どうでしょう?試してみますか?」
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「そ、それでその裏技を私で試した……と?」
「う、うん……。
本当はテオドールで試そうと思ってたんだけど、コロネが扉の前で陣取ってて通らせてくれなかったから。
このなんか凄そうな格好のNPCでいいかーって、話になって」
「な、何故そんな手の込んだ事をしていて、今まで忘れていたのですか?」
「えーっと、二年くらい前の話だし、レイド前だったからコロネの事、なんか偉そうな宮廷魔導士くらいにしか思ってなかったから忘れてた。
レイドのときに話しかけても他の人と同じ対応だったし」
正直今の容姿だったら、鑑賞用としては好みの中年男性の容姿だったから覚えていたとは思うんだけど、ゲーム時のコロネは若かったから、ただの普通のイケメンで記憶に残らなかった。
「いや、本当ごめん」
私の言葉にコロネはよろよろとよろめきながら
「と、いうことは、私はまだNPCとして完璧にシステムから解放されていないということでしょうか?
いえ、そんな事はこの際どうでもいいのです!
問題は私の猫様に対する崇拝が、嘘偽りだったということが問題です!!
ああ、なんたる事でしょう!?
この300年間私を支え続けてくれたこの信仰心が嘘偽りだったとは!?」
え、300年支えてたとか何それ重い。
「今まで嘘偽りの気持ちで猫様と接していたかと思うと……これはもう死んで詫びるしか」
と、どこから用意したのかは不明だが、首吊り用の紐をいそいそと用意しだす。
ってぇい!!待ていぃっ!!
「わーー落ち着けコロネ!!はやまるなっ!!」
「止めないでください猫様!自分が自分で許せませんっ!!」
私がコロネを羽交い締めにすると、バタバタして抵抗する。
そのコロネの前にちょこんと座るリリ。
おお、リリちゃん助かった!この変態を止めてくれ!と私が思っていると
リリはコロネの肩をぽんっと叩き
「コロネ、大丈夫。コロネは裏技使わなくても変態。
生まれつき変態。だから安心して」
まるで天使のような笑顔で、リリが微笑んだ。
……。
…………。
な、慰めになってねぇぇぇぇぇぇ!!!!
ええええええ。ここにきてそのフォローって何!?
こんなんでコロネが止められるわけが……
「そ、そうでしょうか……」
何故か目を潤ませながらコロネが聞き返す。
「大丈夫信じる者は救われる」
「……リリ様」
何故か二人の間にキラキラとした星が舞い出した。
うん。やばい。
いまものすごく怪しい宗教の誕生を目撃してる気がするよ!
え、なんなのこれ!?
ちょ、怖すぎるんですけど!?
私が一人びくびくしていると、
「コロネ 冗談はこれくらいにする」
と、冷静にリリ。
「はい。少し落ち着きました」
と、ため息まじりにコロネが頷く。
えええええ!?二人して私を騙したの!?何この二人のコンビネーション!?
どこらへんから演技だったの!?マジわからん!?
てか冗談どころか本気で恐怖しか感じなかったんですけど!?
「猫様、落ち着きましたので、離していただけますか?」
コロネに言われて、私がコロネを解放すると、ぽんぽんと服の汚れを払い落とすのだった。




