21話 魔族の暗躍
闇が広がっていた。
何もない、空間にただ闇だけが広がっている。
音も、臭いも、温度さえも――五感に関わる全てのものがそこには存在しない。
男はただ、そこに浮いているだけなのだ。
ああ、以前にもこんな事があった気がする。
男はぼんやりと思った。
そう、300年前、突然意識を失ってから、気がついた時には闇の中をただ浮いていた。
あの時は何故意識を失ったのだろう?
思い出そうとするが――思い出せない。
そもそも自分が何故いま、ここにいるのかすらわからないのだ。
しかし、そんなくだらない事を考える必要があるのだろうか?
男は思う。
この心地よい闇は男を優しく包み込んでいてくれる。
苦痛も、怒りも何も感じない。
あるのはただ至福に包まれているかのような感覚。
このまま、何も考えたくない。
男は、すぐに意識を手放そうとし――
『――っ!!』
誰かの声で再び思考を戻す。
――声?誰の?
聞いたことのある声。
そうだ、300年前もこの声で目を覚ました。
300年前?何の事だ?
自分の思考に自分で疑問をもつ。
わからない。私は誰だ?何故ここにいる?
救いを求めるように、男は手を伸ばし――――
がしっ!!
その手をつかまれる。
――なっ!?
予想外の事に、男は驚きの声をあげた。白く細い手がしっかりと自分の腕をつかんでいるのだ。
「見つけたっ!」
喜びを含んだ女の声とともに、男はそのまま闇から引きずりだされるのだった。
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「大丈夫?コロネ?」
ゲホゲホと咳き込むコロネに私は訪ねた。
ここはたぶん精神世界の中。ただの白い空間で、私とコロネはふよふよと宙に浮いていた。
最初、コロネは黒い球体のようなものの中にいたが、私が手で引っ張り出せば、球体は消え、コロネの身体はぽすんと白い空間におちたのである。
「……君は誰だ?」
まだ喉が苦しいのか、コロネが絞り出すように声を出して問う。
その瞳は鋭く、まるで何かを警戒するかのようでこちらを値踏みしているようにも感じる。
うん。なんか怖い。
まぁ、無理もないか。よく見れば、私は本来の女の姿なのだ。
うへー、美男美女揃いの世界でリアルの姿とか、正直ごめん被りたいのだが、精神世界だから仕方ないのかもしれない。
「えーと、精神世界だから女の姿になってるっぽいけど。
私は猫だよ。猫まっしぐら」
私が答えるとコロネは眉間にシワをよせ
「……猫?あの動物の?
君はふざけているのか?」
至極まともな事を言う。
……あれ?うん?おかしいぞ?
「助けてもらった事は礼を言おう。
だが、何か理由があって、偽名を名乗っているにしても、もう少しまともな名を名乗ってほしいのだが」
と、深くため息をつく。どうやら事情がわからずかなりいらついている様子。
はい、ふざけた名前でごめんなさい。
猫のCMみて思いついた名前使ってごめんなさい。
てか、おかしい。
うちの変態コロネはこんな子じゃないはずだ。
いちいち対応がトゲトゲしすぎてすっごくやりにくいんですけど!!
変態うっとおしいとか思ってたけど、変態じゃないのもなんか嫌だ。
「えーと
もしかして記憶がないとか?」
私の問いに、コロネはこくりと頷く。
「君と私は知り合いなのだろうか?」
真剣な顔で聞いてくる。
oh...no...
と、とにかく記憶はなくしてはいるけどコロネをゲットしたんだから、リリちゃんに元の世界にかえしてもらおう。
「えーと、とりあえず、一度安全な場所に移動してから……」
言ってから思いつく。
とりあえず偽物じゃないかだけ確認しておかないと。
思い、私はコロネに【鑑定】を使う――が。
あれ?おかしい。
【鑑定】が発動しない?
「この世界ではスキルは全て使用不可能だ」
私の疑問に、誰かが答える。
私が気配を辿って振り向けば、そこには真っ白な空間に浮かぶ人影一つ。
その肌は黒く、背中には禍々しい翼が生えている。
そう、そこにいたのは漫画やアニメでお馴染みの魔族だった。
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気をつけろ。魔族は本当の事は言わない。
気をつけろ。だが全て嘘ではない。
彼らは巧妙に嘘と真実を織り交ぜる。
精神世界では嘘が誠となり誠が嘘となる。
どこかのダンジョンで、名もなき冒険家が壁に落書きした言葉。
あの時は、でた中二設定!とワクワクしながら読んでいたが、魔族本当にいたんだ。
ゲームではまだ魔族は未実装だった。
まぁ、罠だから何かあるとは思ってたけど、女神様の使いが魔族ねぇ……
「魔族……何故ここに!?」
隣のコロネが構え、詠唱をはじめた。
うん。さすが記憶をなくしても、状況判断がはやい。
しかし魔法を発動しようとし――ぽしゃる。
コロネが仰々しいまでの詠唱をして、魔法を放とうとしたのだが、魔法は発動しなかった。
結局そのせいで、なんだかすごそうな独り言を言って、杖を振ってるだけの怪しいおっさんと化しただけたったのだ。
「馬鹿なっ……魔法が使えない!?」
「諦めろ、エルフと人間よ、貴様らでは我らに勝つことは不可能。
この精神世界は我々魔族の世界。ここではレベルも1となり、魔法もスキルも使用不可能だ」
と、わりと絶望的なセリフをはく。
「……なんだ…と?」
コロネが息を飲むのがわかった。
そりゃ、レベル1で魔族相手じゃどうしようもできないしねぇ。
――まぁ、それが本当の話だったらの話だが。
「へぇ?随分親切丁寧に、こっちの世界の事教えてくれるんだ?
ついでに死ぬ前に教えてくれない?
私たちを殺そうとしてるのはハルト達を殺した女神さまって事であってるわけ?」
「否定はしない。だが死にいくものが知る必要もない」
魔族の手に魔力が灯る。どうやら会話タイムは終了らしい。
「君は逃げろっ!!
ここは私が」
言って私の前に立とうとするコロネだが私はすでに動いていた。
コロネの視線の先には私はもういない。
「なっ!?」
驚いたのは、私でもコロネでもなく、魔族。
その腕が綺麗さっぱりマップタツに切断されたのだ。私の手によって。
そう、【瞬間移動】で瞬時に飛び、アイテムボックスからだした鎌で切り裂いたのだ。
「馬鹿な……なぜっ!?
まさか貴様精神世界の法則を知っていたのか!?」
魔族が叫ぶ。
いや、シランガナ。
でもさ、大体わかるじゃん。お約束ってあるし。
まず、何故魔族が私達に話しかけてきたのか。
もうここからおかしい。
本当にこちらのレベルが1なら話しかける事などせず、魔法でドッカーンで終了である。
何故、それをしなかったのか。
答えは簡単。しなかったのではなく、出来なかっただけ。
恐らくだが、この魔族のレベルでは私に攻撃が効かなかったんじゃないだろうか。
そしてダンジョンに書いてあった一文
―― 精神世界では嘘が誠となり誠が嘘となる ――
たぶん、これが、漫画やアニメの中の精神世界ではよくありがちの、思い込んだら、本当にそうなるよーという設定。
だから魔族は弱くなったとか弱体化したとか言わないでわざわざ「レベルが1になる」なんて具体的な事を言ったのだ。
信じたコロネはたぶんいまレベルが1まで下がってしまってるだろう。
恐らく魔族の本当の狙いは私のレベルを1まで下げること。
だから、あんな手の込んだ事をして精神世界に私を引き込んだ。
そうするしか、私に勝てなかったから。
スキルについてもそう、全て使用できないとわざわざ言ったのは、本当は一部使えるものがあるからだ。
現に、私が魔族がおしゃべり中にこっそり瞬間移動を試したが、使えたからね。
コロネの記憶を消したのも博識な彼なら精神世界について知っている可能性があったから。
ついでにたぶん、魔法が使えなかったのも魔族のせいだろう。
こっちに本当に魔法やスキルが使えなくなったと思わせるためにコロネの魔法は元から封じてあった。
レベルが下がったと思い込んだ私たち二人を、そのまま殺すのが作戦だったのだろう。
しかも、ご丁寧に、コロネが私にあまりいい感情をもたないように思考誘導している。
妙にトゲトゲしいのもたぶんその為。
いきなり意気投合してさぁ!帰ろう!と、すぐさま帰られたら困るから。
――うん。きっとそうだよ。け、決して私の願望じゃないはずだ!
ったく、随分手の込んだ事をしてくれる。
だけど残念!
アニメと漫画で得たオタ知識だけは人並み以上の私にそんな手が通用するわけもない。
そして許せん!!うちのコロネの記憶を消しやがって!!
とっ捕まえて情報を聞き出すという事も考えたが、コロネのレベルが1だとすると、もしもの事があればあっというまに瞬殺されてしまう。
今のコロネは本当の意味での「即死のコロネ」。
流れ玉に当たらなくても、その衝撃だけで御陀仏の可能性もある。
拘束系のスキルや魔法もきちんと発動する保証はない。
だから確実に今、殺すしかない――。
人間タイプを殺すのに抵抗がないといえば嘘になるが相手は魔族、遠慮する必要はないはずだ。
私は、容赦なく目の前の魔族を、微塵切りにするのだった。




