18話 ポテサラのレシピ
『もう、コロネも念話つなげていいの?』
リリがいた神殿の通路を歩きながらリリが不思議そうに聞いてくる。
今日はリリと私とコロネでリリの居た部屋の探索予定なのだ。
『うん。中身女だって、バレたからね。
今更って感じだし』
以前は念話の声が本来の私、カエデの声だったので、コロネには念話はつないでいなかったのだが、リリがその気になれば5人くらいは余裕で念話をつなげられるらしい。
何より念話の方が話しやすい。
『これがリリ様の念話ですか。エルフの一部巫女も使えますが複数人で会話できるのははじめてですね。
あまりパーティーチャットと変わらないようですが』
リリがつないだのか、コロネが会話に入ってくる。
『うーん。確かに。でもまぁ、狩りのときはこっちの方がいいんだよね。
なんとなーくだけど相手の気持ちが読めたりするから。
ピンチを察知しやすいし、対処しやすいっていうか』
私が喋ると、コロネ驚きの表情でこちらを見やる。
『どうかした?』
『いえ、あの本当に女性だったのに、少々驚きまして……』
『驚きついでに、変に崇高してくれるのをやめてくれると助かるんだけど?』
私の言葉にコロネは大きく手を掲げると
『とんでもありません!
私の猫様に対する敬愛は、性別などという些細な問題で揺らぐものではありませんっ!
そもそも私が尊敬しているのは、その闘い方と生き方でありましてっ!!』
『コロネ、今日も通常運転』
身振り手振りで語るコロネにリリがぼそっと呟く。
うん、時々リリって難しい言葉使うよね。
言葉自体が難しいっていうわけじゃないんだけど、馬車くらいしか乗り物のない世界なのに運転とか意味を知っているのだろうか?
まぁ、とにかく私もコロネを放っておくことにする。
『ここ、ついた』
すでに神殿の敵は私たちの敵ではなく、昨日の場所まであっさり到着した。
扉の前でリリが緊張するのが伝わってくる。
どうやら、まだ気にしているらしい。
『行きましょう』
コロネもそれが伝わったのか、真面目モードに切り替わった。
昨日のテントの所まで到着すると、コロネが真剣に中を調べ始める。
殺人現場は保管が大事!という刑事ドラマの受け売りで、昨日は死体は何一つ移動させてない。
コロネは所持品を一つ一つ丁寧に調べると、考え込むポーズをとる。
『何かわかりそう?』
『そうですね、確かに猫様の言うとおり、所持品から見ると、プレイヤーのように見えますが……』
『デスガ?』
『猫様、もし猫様がこのような状態になったとして、所持品をそのままにしておきますか?』
コロネの問いに、私は気づく。
『ああ、そうか。
私だったらアイテムボックスにきちんと入れるかもね。
こんなに散らかってたら寝るのだって邪魔だろうし』
『乱雑に散らかっている部屋の方が落ち着くという人間が一定数いるのは否定できませんが。
この骨は、プレイヤーではないと思います』
『どうシて?』
『まず、猫様達の世界の割り箸というものが、全て袋にはいったまま使われた形跡がないことです。
フォークが汚れたままになっているところを見ると、すべて食事はフォークだったのでしょう。
この世界にくるプレイヤーは[日本人]ばかりなので、食事をするとき箸を使わないというのは考えにくいかと』
言ってコロネは、白骨死体からローブを脱がせた。
『まずこの白骨死体は人間の女性でしょう』
『なんで わかるの?』
『骨を見れば大体わかります。
エルフの頭蓋骨はもう少し後頭部が長く顎の幅が狭いです。
獣人や竜人も頭蓋骨に大きな特徴がありますがそれが見受けられません。
種族は人間で間違いないかと。
骨盤や乳様突起、下顎骨の頤などを比較すれば男女の違いもそれなりの年齢もわかります。
それに、見てください』
言ってコロネは死体から衣服を剥ぎ取ると
『この下着はブラディシープのブランド品の下着です。
この世界の貴族が好んで付けている下着ですね。
このブランドは男女問わずここ30年の間に流行したブランドです。
貴族御用達なのでプレイヤーの方が付けてるのはあまり考えられません』
と、真剣に女性用の紐パンをもって言う。
……いや、君、変態だけど一応イケメンなんだから、そんな真顔でイケメンに女物のヒモパン持たれても……
なんというか絵面がひどい。
私がドン引きしていると。
「……」
「………」
しばし流れる沈黙。
『い、いえ!?
別に私はそういう意味で女性用の下着をもったわけではっ!?』
私の思った事がやんわり念話で通じたのか、一気に顔を赤くしてコロネが狼狽する。
あたふたと下着を死体に戻し始めるが、慌ててるのか、なかなかうまくいかない。
うん。まぁそんな意味はないのは重々承知なんだけど。
真面目にやってる結果というのは頭ではよーーくわかってるんだけど……。
なんていうか絵がシュールというか……気持ちの問題というか。
『コロネ 何慌ててるの?』
よく意味がわかっていないリリが、手伝おうと死体のローブを持ち上げて
――ポトリ
ローブのポケットから何かが落ちる。
『……これは?』
ローブのポケットから落ちた本のような物を、私は拾い上げた。
皮表紙の変哲もない本で、中には何故かポテサラなどのレシピが詳細に記されている。
何故にレシピ?
私が疑問符を浮かべていると、本を見たコロネの顔が青ざめる。
『コロネ?』
『この本は昔私が、友人に渡したものです』
言う、コロネの念話から哀愁のようなものが伝わってきた。
『じゃあ、コロネのともだち?』
『いえ、その人物は既にこの世にはいませんから、譲り受けたものでしょう。
恐らくですが、私の友人の子孫でしょう』
『誰に渡したのか聞いてもいい?』
『猫様もゲーム内のイベントで会った事があると思います。
当時私が仕えていたアケドラル帝国皇帝テオドールです』
ああ、会ったことがある。コロネと同じでイベント上のNPCだったけど。
そういえば、コロネとテオドールって確か、テオドールがエルフと人間のハーフで、エルフの集落にいた頃の親友だったはず。
テオドールは、エルフの力を捨てて、魔獣の力を封じる聖杯『ファントリウム』をこの世に召喚したというイベントのストーリーだった。
なので、私が会った時は普通の人間だった。
に、しても何故に皇帝にポテサラのレシピ?
『レシピはフェイクです。
これは血の契約をしたものだけが解読できる魔道具ですね
念話のようなもので、念じたものが記憶され、登録された者の血族だけが読めます。
精神世界に直接つないやり取りをするような魔道具です。
書く必要もないので、他人には単なるレシピ本にしか見えません』
『じゃあ、その皇帝の血縁しか読めないってこと?』
『元々は私と、テオドールがやり取りするのに使っていたものですから、私も解読できます。
ただ時間がかかるのでお時間をいただいてもよろしいでしょうか?』
『うん!リリ待ってる!』
むっふーとリリは張り切ると、コロネの隣にちょこんと座る。
一番真相を知りたいのはリリだもんね。
ちょっとリリのせいじゃないかもしれない希望も見えてきたし。
に、してもコロネとリリがここに残るとして……私はどうしよう?解読まで暇だなぁ。
私の心が伝わったのか
『ネコ、狩りいってきていいよ!コロネはリリ守る
ネコも プレイヤー レアアイテム集め 大好き』
く、リリちゃんに見透かさてる。てか実はまだ心読めてるとかいうオチじゃありませんよね?
でも、確かにありがたいかな。やっぱり装備はそのレベルで装備できる最高レベルのものが欲しいのはネトゲプレイヤーの性だと思うの。
私はお言葉に甘えて、神殿の奥底のダンジョンに挑む事にするのだった。
△▲△▲△▲△▲△▲
【魔力察知】
私は階段を降り、地下のダンジョンに足を踏み入れるとスキルを発動させた。
ゆっくりと周囲の敵のレベルと数を探る。
敵の配置がわかれば、だいたいの迷宮の道もわかるし、ボスの居場所も把握できるからだ。
――見つけた。
恐らく建物の中央だろうレベル500のダンジョンボスの反応がある。
敵の配置を見てみると、このダンジョン、広さはほぼ神殿と同じくらい。
中央に向かってぐるりと螺旋を描く感じでモンスターが配置されている。
どうやら一本道らしい。
これはもう行くしかない。
丁度、リリとコロネがレベル500台なのだ。
二人に最高装備を揃えないと。ガチ廃人の名がすたる!!
私がダッシュで走り出すと、配置されていた蜘蛛型のモンスター達も反応し、襲いかかってくる――が。
私は鎌をとりだすと、そのまま襲いかかってきた蜘蛛どもををまっぷたつに切り裂いた。
相手はレベル400台。
動きがスローモーションに見えるほどのレベル差なのだ。私の敵じゃない。
プシュゥゥ
変な音をたてて、消えていくモンスター達とそして残る宝箱。
うん。これだよ!ゲームはやっぱりこうじゃなくっちゃ!……いや、ゲームじゃないけど。
こうして私の狩りが幕を開けるのだった。




