17話 第三王子
「ああ、なるほど。そんな事が」
私の説明に、ふむとコロネが頷いた。
リリは既に、コロネの別荘で私とリリにあてがわれた客室に篭っている。
あのあと、ダンジョン探索する気分にもなれず、コロネ達と合流し、山脈からコロネの別荘に戻ってきていたのだ。
いまは、二人で戦況報告という名のお茶会を中庭のテラスで行なっていた。
コロネの話によれば、すでに他のメンバーも255くらいにまでレベルが上がったらしい。
「しかし経験値倍増のアイテム使ってるわりには上がりが悪いか?
やっぱり、山に沸く敵のレベルが低くなってるからかな」
そう、こちらの世界はゲームと違って、倒す敵のレベルが自分より高ければ高いほど経験値がたくさん入る。
そのおかげで、ありえないスピードでレベリングが出来ているのだが、昨日コロネとリリのレベルをあげた時の事を考えるとやっぱり低い。
「本来なら一年で1レベル上がれば奇跡と言われているはずなんですが、猫様といると感覚が麻痺してきますね」
私の言葉にコロネが苦笑いを浮かべる。
うん普段なら、流石猫様! と意味も無く褒め称えそうなものだが、
今日は他の連中とつるんでいたせいか、今はややマトモモードらしい。
いきなり泣き出されないと会話が楽でいいわ。
ずっとこの状態でいてくれないだろうか。
「ところで、この世界に召喚されているプレイヤーは平均レベルはいくつくらいなんだ?」
「私の知る限りでは、この世界に呼ばれているのはレベル200のプレイヤーばかりです。
現在、国をめぐって争っているプレイヤーも全員レベル200で呼ばれていたはずです。
ただ戦争を繰り返しているので、レベルは上がっているとは思いますが、猫様ほど高いレベルのプレイヤーはいないのではないでしょうか」
「と、なると、エルフ部隊強化作戦も、255まで上がれば一休みしても大丈夫か。
明日はできれば、ダンジョンの方に行きたいと思う」
「そうですね。私もその現場を見てみたいと思います。
しかし、猫様ほど詳しいわけではないのでお役に立てるかはわかりませんが……」
コロネが言いかけたその時。
「師匠っ!!大変ですっ」
ガサガサと茂みをかき分けて、一人のエルフが顔をだす。
金髪青い目の、美形王子という風貌の、エルフの国の王子様だ。
名前は確か――リュートだっけ?
リュート王子は私とコロネを交互に見ると
「ああ、申し訳ありません。お取り込み中でしたか」
と、柔和な笑を浮かべる。乙女ゲーの優しい優等生キャラっぽい笑顔だ。
うん、これで私がオヤジキャラ好きじゃなきゃ、カッコイイーとハートマークを飛ばしていた所だろう。
や、男キャラにカッコイイと言われても王子もいい迷惑だろうが。
「何かありましたか?」
コロネが尋ねると、王子が申し訳なさそうに
「ええ、またクランベールとブラウが揉めていまして。
出来れば、師匠に仲裁をお願い致したく」
王子の言葉にコロネがため息をつき、私の方に視線を移す
私はどうぞ、と手を差し出すと、「あの二人は本当に仲が悪くて困ったものです」と、ため息をつくとそのままリュートが来た道を歩きだした。
一人で。
――うん?
そう、何故か王子がその場に残る。
王子はにっこにこの笑顔で私に「ご一緒してもよろしいですか?」と聞いてきたのだ。
ちょ、待てなんだこの状況!?
王子と二人で会話なんて乙女ゲーなら、やった!好感度アップのチャンス!となるかもしれないが、あいにく乙女ゲーはプレイしたことなどまったくない。
そもそも王族とか貴族とか無縁の自分に時期国王候補の相手をしろとか難易度高すぎない?
私はえーっと目を泳がせたあと、断るいい理由が思い浮かばず
「どうぞ」
と、席を促す。
「ありがとうございます。
いつも猫様のお話は師匠から聞かされていましたから。
こうやって本当にお会い出来た事を光栄におもいます」
屈託のない笑顔で微笑む。
やーこの人本当乙女ゲーの攻略キャラっぽいわ。超・好青年✩
でもあれだよね、こういうキャラって乙女ゲー以外だと、大抵腹黒なのよね。
この子はどっちだろう?
リュート王子が一通りレベル上げや神威の件で礼を述べた後、話の区切りがついたところで
「ところで、先ほどコロネが私の話をしていたという事でしたが
どういったお話を?」
「はい。コロネ様に学生時代に魔法の手ほどきを受けまして。
その時、時折「ゲーム」だった世界の事を話てくださいました。
その話をしてくださる時、決まって猫様の武勇伝の話もしてくださいましたので」
言って王子はくすりと笑い
「あの寡黙で感情を表にださない師匠が雄弁に話すものですから。
その姿が子供心におかしくて、私は猫様のお話が大好きでした」
……あんの野郎。
小さい子にまでナニ吹き込んでるんだ。
てか、寡黙とか感情を表にださないとか、コロネほど似合わないセリフはないと思うんですけど。
あいつ感情だだ漏れの変態じゃないですか。
「……ただ」
王子は顎に手をあてて
「小さい頃から何故か猫様は女性だと思い込んでいたんですよね。
お会いしたら男性で驚きました」
……ぶふぉう!?
王子の言葉に危うく飲みかけた紅茶を吹き出しそうになるのを私は必死にこらえた。
や、王子の顔に紅茶をクリティカルヒットさせて、不敬罪とかになったらマジやだし。
って、そんなことよりもっ!?
「コロネが私が女だと言っていたのでしょうか?」
大事な事なので聞いてみる。
そりゃもう、大事な事なので二回聞きたいくらいの勢いで。
や、だってあいつ私の中身女だって知ってるの!?
王子が小さい頃って事は、こっちの世界で出会う前からの話だよねっ!?
知ってるっておかしくないか!?
王子は、うーんと視線を宙に漂わせた後
「いえ、直接女性だという話はした事はないと思います。
闘い方を美しいとか麗しいとよく表現していたので、私が思い込んだだけかもしれませんね」
ニコニコと話す王子の言葉に私は安堵した。
……。
別に中身が女だと知られてまずい事なのか?と聞かれると自分でもよくわからないんだけど。
今更女として接するのは面倒というかなんというか。
「お二人で仲良く何のお話ですか?」
ふと、見やれば、いつから戻ったのかコロネがニコニコ顔で立っていた。
顔は笑ってはいるが、なにやら「てめぇ、ナニ余計な事話してんだオラァ」と言わんばかりの不穏なオーラを纏っている。
もし、これが漫画ならズゴゴゴゴゴという効果音が背景にあるような感じだが……。
リュート王子はさして気にした風でもなく
「はい。師匠。
今しがた、昔話に花を咲かせていたところです」
ニッコニコで答える。
……うん。こいつもなにげに大物なのかもしれない。
まぁ時期国王候補だしね。
コロネは何かを諦めたのか、ため息をついた後 空いている席につく。
「で、昔話は楽しかったですか?」
「ええ、とても。
一度猫様と二人で話してみたかったもので」
「……」
コロネがギロりとリュートを一瞥した後
「猫様、申し訳ありませんが一度私とパーティーを組んでいただいていいでしょうか?」
「あ、酷いですね師匠。秘密話なんて。私も入れてください」
おおぅ。どういう状況だよこれ。
私がコロネの方を見ると、コロネは首をふって
「とりあえず私とだけお願いします」
王子がなにやらぶつくさ言ってはいるが、私はコロネとPTを申請し、
『猫様、どうやらカマをかけられたようですね』
『……へ?』
『あの子は昔から鋭いところがありまして。
既にエルフの上層部はプレイヤーは、魂と肉体が別の性別である可能性がある事を知っています』
『えーっと、それって……つまり』
『はい……言いにくい事ですが、私から見ても、
先程の反応は隠し事があまりお上手ではないな……と』
ぶふぉぉぉぉ!?
中身女なのばれたぁぁぁぁぁ!?
うおー恥ずかしい。穴があったら入りたいっ!!
いやだぁぁぁぁ!!
私が悶絶していると
『……猫様のためとあれば……自らの弟子を手にかけるのは、本当に心苦しいですが……殺りますか!?』
めっさ恐ろしい事を言ってくる。
ちょ!?それ冗談だよね!?ブラックジョークだよね!?
本気だったら狂信者すぎて引くわっ!!
『いやいやいやいや。殺すとかないから!!別に極秘事項でもないから!?』
『そ、そうですか』
コロネがこころなしかホッとした顔をする。
ホッとするくらいなら言うなし。
『でも、なんで女ってばれたんだ?』
『言いにくい事ですが、私も薄々はそうではないかなと感じておりました』
『……へ?』
『普段は感じないのですが時折見せる
気の配り方といいますか、心配りの仕方が時々女性らしいなと感じる事が。
男の視点ではないところがありましたから。
特にあの子は王族ですからね
女性の扱いなどいろいろ仕込まれておりますから、私よりずっと鋭いはずです』
なんてこったい。
いや、心配りの仕方が女っぽいとか言われても、抽象的すぎて何がどう違うのかわからん。
あ、でも、なんとなくわかるか。
そういえば、私もよくネトゲで、この人中身女っぽいなーとか男っぽいなーとか思ってた事あったわ。
他人目線ではわかるんだろうな……本人はわからんけど。
『もし、差し支えなければ、何故魂は女性なのに身体は男性なのかお伺いしても?
プレイヤーが本来の性別とは別の性別を選ぶのは何か意味があるのでしょうか』
『うーん。意味ってほどの事はないな。
女キャラの方がプレイしてて楽しいとか、見かけが可愛い装備が女キャラの方が多いから女キャラで遊ぶって男プレイヤーも多い。
たぶん、コロネが考えているほどの深刻な理由はない』
『はぁ、見かけが可愛いから……ですか。
流石にそういった感情は、私には理解しがたいものがありますね』
ここらへんはゲームとかアニメとか見てない人にはわからないだろうなぁ。
現実世界にもし戻れたらコロネにアニメやら映画やら見せてあげたいかも。どんな反応するだろう?
私が男でプレイするのは、最初にプレイしたMMOゲームで、女キャラでやっていたがために『出会い厨』というプレイヤーに遭遇してしまったからだ。
『出会い厨』とは ゲームのアイテムあげるからリアルで会おうよ?とか、可愛いんだろうな?会いたいなぁー?なんてやたらリアルで会いたがる面倒な人の事だ。
ゲームはゲーム、リアルはリアルで割り切ってる私としては、ゲームの人とリアルで会うのはお断りである。てか下心見え見えすぎて笑えない。
男性プレイヤーの中にごく稀にだが、そういった人がいる。
まぁ、女性プレイヤーの中にも男キャラは私に貢いで当然!な人がいるので、性別の問題ではなく個人の資質の問題なのだが。
面倒事を避けるため、いつの間にかネトゲは男キャラで!というのが私のルールになっていた。
コロネにそのことを簡単に説明すると、猫様につきまとうなど、そんな不埒な男は私が滅してきましょう!などと物騒な事を言って立ち上がる。
てか、どこ行くつもりだお前。そもそも相手がこの世界にいないし!
「あの、そろそろ私も会話にまぜていただけると、嬉しいのですが」
どこかに行こうとするコロネを止める私と、何やら勝手に興奮はじめたコロネを見比べながら、リュート王子が苦笑いを浮かべるのだった。




