94話 神の憎悪
痛い。ただひたすら痛い。
ああ、この痛みは――覚えがあった。
両親と兄が死んだときの痛みに似ている。
心が闇にドロドロと溶けていく感じ。
もやもやしてムカムカして。
どうしようもない怒りに心が囚われて。
それでも何もできなくて。
現実は何一つかわらなくて。
それでも死は認められなくて。
苦しくておかしくなりそうで――もうこのまま死んでしまったほうが楽なんじゃないかなと思えたりして。
あの時の痛みを、思い出す。
ああ、魂が何かに呑み込まれていく感じ。
これが神の力というやつなのだろうか。
私はこのまま呑み込まれてしまうのだろうか。
――でもダメだ。
もしこのまま呑み込まれたら。
魔王と対峙しているリリやコロネ達が危ない。
勝たなくちゃ。なんとしても勝たなくちゃ。
私はもう二度と、大事な者を失いたくない。
あの時は何もできなかった。
ただ呆然と沈んでいく車をみているしかできなかった自分。
力が欲しい。
全てを救える力が。
どんなに祈っても父と母や兄を助けてくれなかった神様なんてあてにならない。
私が力をもたないといけないんだ。
今は何かができる力が私にはある。
いまも、この力にさえ打ち勝てれば、みんなを救える。
力があるのだ。私には力が。
そう、全てを破壊できるその力が!!!
私は、そこで意識を覚醒する。
「ね……こ…さま?」
「ネコ……?」
私が目を醒せば、すでに魔王と戦闘を開始していたのだろう、傷ついたコロネやリリ。
すでに血だらけになって倒れてるアルファーにレイスリーネの姿があった。
ああ、うちの子達に手をだすとはいい度胸だ魔王。
コロネと同じ顔というだけで手加減してもらえると思わないでほしい。
私が魔王の方に視線を向ければ、宙にプカプカ浮いた状態の魔王は歓喜に満ちた表情でこちらを視ている。
「力を解放させたか」
男が言う。知らんがな。
私は一瞬で男の背後にまわるとそのまま光の鎌で男に切りかかる――が、躱される。
男は瞬間移動でも覚えているのだろう。何故か軽々と私の攻撃を躱したのだ。
ああ、忌々しい。
視線を凝らして男を見やれば、男にはもう原初の巨人の力はそれほど残っていない。
恐らく世界を作るとき、そしてマゼウスを倒すとき力をほぼ使い果たしたのだろう。
神の力の残りカスの分際で。私に逆らうとはいい度胸だ。
私は鎌をさらに巨大なモノへと変化させる。
全てを混沌と滅亡へと導く、破壊の鎌へ。
「……大神の他に異界の神ゼビウスの力がわずかに感じられる。
まさか魂の中に憎悪を埋め込んでおいたということか。
どうやらお前は力に呑み込まれたようだな」
黒い鎧をきた男は私を睨みつけながら、そう言った。
力に呑み込まれた?何のコトだ?
私は私だ。
「ネコ!!どうしたの!おかしい!!」
銀髪の少女が私に向かって叫ぶ。
猫?
にゃーって鳴く猫だろうか?
この女の子は何を言っているのだろう。
言っている意味がわからない。
「猫様!!しっかりしてください!!貴方はそんな力に溺れるような弱い人ではないはずですっ!!」
茶髪のエルフが私に叫ぶ。
何を言ってるんだこいつ。
てかこいつ黒い鎧のやつと顔が一緒だし。
双子か何かなのだろうか。
ああ、面倒だ。全て破壊してしまえばいい。
神になど祈った所で何もしてくれない。
信じられるのは自分の力だけなのだ。
自分が望むまま、全てを破壊しまくればいい。
私の家族を奪った悲しみしかない世界など滅びてしまえばいいのだ。
「竜人、我が半身よ、一時休戦だ。
あれを止めねば……世界は滅びる!!
よもや、こんなところにトラップを残しておいたとは、ゼビウスめ!!」
黒い鎧の男が叫び、私に切りかかってくる。が、遅い。
私は軽くその剣を手で受け止めると、そのまま剣ごと男を薙ぎ払った。
そのあとに少女が鍵爪のようなもので殴りかかってくるが、それも指先ひとつで振り払う。
少女と黒い鎧の男はそのまま飛ばされ、壁にぶつかり崩れ落ちた。
だが、黒い鎧の男は諦めず、いくつもの黒い円錐を私に向けてぶつけてくる。
ああ、うざい。
私は神力でその円錐の流れをかえると、逆に黒い奴にぶつけてやる。
「――ぐはっ!!」
苦悶の声をあげて倒れ込む男。
ああ、弱い。よくこれで私に挑んできたものだ。
思った瞬間。地にひれ伏していたはずの天使がどうやって回復したのかはしらないが、私に向けて殺気を放ってくる。
ああ?私に勝てると思っているのだろうか?あの雑魚の黒い奴にやられていた分際で。
忌々しい。存在自体消滅させてくれよう。跡形もなく。
私がそう思って鎌を振り上げたその瞬間。
私と天使の間に茶髪のエルフが割り込んだ。
「いい加減目を覚ましてください猫様っ!!!!」
何を言ってるんだろう。このエルフは。
猫なんてどこにも寝ていないじゃないか。
「無駄です!!コロネ様っ!!!逃げてくださいっ!
あれは猫様じゃない!!ゼビウスの憎悪の念です!!」
天使がエルフを守ろうとしてこちらに駆け寄ってくるが――
間に合うとでも思っているのだろうか。
まずはこのエルフから。
魂すらも消滅させるこの鎌で滅してみせよう。
思った瞬間。身体が止まる。
違う、私がしたいのはこんな事じゃなかったはずだ。
刹那。
ぬくもりを感じて私は目を見開いた。
いつの間にかエルフに抱きつかれていたのだ。
「……なっ!?」
「いい加減っ!!猫様の身体を返しなさい!!!」
エルフが言うと同時、思考に何かが直接入り込んできた。
気が付けば――黒い霧のようなものに包まれていた。
ここはどこだろう?私は一体だれだったろう?
辺をキョロキョロしてみれば、何やら白い大きな力のような塊と、その周りをふよふよと浮遊する小さな黒い塊がある。
あれが、神の力なのだろうか?
私が白い塊に手をだそうとしたその時に、小さな黒い塊が私めがけて飛んでくる。
ああ、そうか。
これが大神ガブリエラの力の塊に、異界の神ゼビウスが混ぜておいた憎悪の固まり。
何故か何も知らないはずなのに、私は理解した。
これに触れてはいけないと。
でも――身体がうごかない。
思った瞬間、
その黒い塊は、また私に絡み付こうとする。
ああ、ダメだ。
これに呑まれたら……今度こそリリやコロネを殺してしまう。
もう、私の力ではどうにもできなくなる。
絶対絶対それは許さない。
約束した、絶対守ると。
だからーー!!
なんとか気力で振り払おうとするが、塊は徐々に私の身体に侵食し――意識が飛びそうになったその瞬間。
「猫様っ!!!」
唐突に抱き寄せられる。
「コ…ロネ……」
いつの間にかそこにいたコロネに抱きしめられていた。
ああ、でもダメだ。
このまま側にいたらコロネも殺してしまう。
黒い何かが体中を蠢いているのがわかる。
きっともう私は助からない。
「にげ……て……ころし…ちゃう……」
私が言うとコロネは首を振り
「どんな事があっても守ってくれるのでしょう?」
言って更に強く抱きしめられる。
ああ、何を言ってるのだろうこの子は。
そういう問題じゃない。早く逃げなきゃいけないのに。
心とは裏腹に、コロネの後ろに回した私の手はコロネの首をつか――そのまま手に力を込めようとしてしまう。
「……コロネ…早く逃げ……」
私が言うがコロネはガンとして動かない。
「大丈夫です猫様なら勝てます」
言って更に強く抱きしめる。
コロネの髪がわたしの肌にさらりと触れる。
いつもはコロネの頭は私より下にあるはずなのに。
身体が女だからだろうか、真横にあるコロネの顔に狼狽する。
ああ、もうどうしよう。
このままじゃコロネを殺してしまう。
絶対守るって誓ったのに。
「お願い、逃げて。
もう私に勝てるだけの力はきっとない」
涙がぽろぽろこぼれおちる。
ああ、いままで気づいていたくせに、恥ずかしくてずっと気づかない振りをしていた。
もう大人しく認めよう。
私はきっとコロネが好きだ。
だから絶対殺したくなんてない。
「……。
猫様は覚えていないかもしれませんが、私がNPCだったときにはじめて意識を取り戻したのが猫様の声ででした」
言いつつ、コロネが優しく私の涙を手で拭う。
「わたしの?」
「はい、『自分は絶対諦めない。だからみんな諦めるな』と」
コロネがくすりと笑う。
ああ、私はゲーム中でも中二病を発症していたらしい。そんな恥ずかしいセリフ言ってたっけ。
「実際、バグ技?というのでしょうか。それを使って私を守ってくださりましたよね。
プレイヤーが与えたダメージでは絶対1より下がらず死なないからと、私にダメージを猫様が与えて、セファロスの攻撃を封殺した事がありました」
ああ、あったかもしれない。
その後なぜか、速攻でそのバグ技は運営さんの手によって修正されてしまったが。
いまこうしてコロネが意志を持っているのを知ると、かなり酷い事してたな私。
「こちらの世界に来てもそうでした。
いつも私の想像しなかった方法で、なんでも乗り越えてしまわれた。
魔族の時も、セギュウム戦もセファロスの時も。
猫様はもう少し誇るべきです。ご自分の強さを」
言って強く抱きしめられる。
「猫様はどんなときも最後まで諦めない。
私はそれを信じています。
だから猫様も信じてください。自分の力を」
うん。そうだ諦めちゃだめだ。
誓ったんだ絶対コロネとリリを守るって。
なのに自分の手でコロネを殺すとかありえない。
――ああ、やってやる。
オバケだって生きてる人間が本気になれば生きている人間の方が強いってネットか何かで見たことあるし!
今度こそ守ろう。
家族は守れなかったけれど。
だからこそ、コロネとリリは守らなきゃ。
コロネとリリまで守れなかったら、私はきっと自分が自分で許せない。
――だから負けない!!
「コロネのばかぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
私の気合の一言で――なぜか、黒い塊は霧散するのだった。




