7話 サリーの記憶
『カエデ にも あの子の心の中 見せてあげる』
リリのその言葉と共に、頭の中にサリーの記憶が直接入ってきた。
思っていたよりずっとひどい理由で彼女の集落のエルフ達が惨殺されていくさまが。
森の中で困っているプレイヤー君を村の子供が助けのがすべての始まりだった。
最初は、しおらしく、気立てのいい青年だと、村の誰もが思っていた。
村に襲撃してくるモンスターを倒し、見たこともないおいしい料理を、村人に振舞う。
最初の頃はむしろ好青年だったのだ。村の人たちもすぐに青年に心を開いた。
だが、月日が経つうちに、青年はおかしくなっていった。
というより、本性がでてきた?というのだろうか。
長い年月を過ごせば、エルフの村も客人扱いから村人扱いになり、プレイヤー君の方もだんだん、地がでてきた。
自分の思い通りにならない事にイライラしてきたのだろう。
プレイヤー君の画期的な村開発?という、案にサリーの父親である村長はことごとく反対したのだ。
これはエルフの村が『カルネル山脈に張られている神の結界を守る』という特殊な役割があったからなのだが……。
「僕の考えた最強の村作り」が認められない事にプレイヤー君、こと神威は腹をたてたのだ。
そして、村の方針で対立し、惨殺事件がおきたのである。
ある日の朝、目を覚ますと父と母親、そして村の男の首が、並べられていた。
まるで見せしめのかのように。
残った女達は、何故か神威の周りでほぼ裸のような衣装をきて、膝まづいていた。
姉であるソフィアまで、潤んだ目で神威サマと顔を赤らめて、神威の言うことを聞いているのだ。
父や母が殺されたのにである。
戸惑うサリーだったが、集落の巫女である女性アディから念話で、『村の女達全員に、魅惑の術がかけられている、死にたくなかったら、あなたも術にかかってるふりをしなさい』と、言われ――
――途端、私は意識が戻る。
ぶはぁっ!??
な、なにこれ!???
直接頭の中に入ってきた何かに私はめまいを覚えた。
視界が霞む。頭がぐらんぐらんする。
強烈な吐き気と寒気に私は身震いした。
いくら、サリー視点だったとはいえ、神威のやったことはどう考えてもおかしい。
――心のどこかで――
日本人なら物事を平和的に解決してて、悪人以外は殺してないんじゃないか。
今回のエルフ達も、攻撃されたから仕方なく殺したんじゃないか。
復活の呪文であとで復活させるつもりだったのでは?
などと、甘い考えがあった。
いや、だって自分だったら、いくら元ゲームの世界とはいえ、エルフだの人間だの殺せないし。
きっと殺す以外の方法を模索するだろう。
自分と仲間を守るためにどうしても殺さなければならない――そんな状態でなければたぶん殺せない。
そんな状態でもすぐさま、ヒャッハー殺せーと殺せる自信は今のところない。
なのに、こんなくだらない理由で。あんな大勢を殺したのだ。
サリー視点なので村長とのやり取りまでわからない。ものすごく屈辱的な事を言われたのかもしれない。
でもやっぱり、殺す必要ないよね?
村の方針が気に食わないなら出ていけばいいじゃない。
プレイヤーとしての力があるんだから、村からでて他の所で僕の理想の世界を作ればよかっただけだ。
なんで殺す?何故殺した?
神威とかいう糞ガキに対する憎しみがふつふつと沸き起こる。
肥大した自尊心だけの糞ガキだ。
あんなやつ日本人じゃない。
何より私の家族がっ!!!父が母が兄が殺されたっ!!!
許す事なんて出来ない。
そうだ、敵を取らなければいけない。
でなければ死んでいった者達が誰一人報われない。
そうだ。
殺そう。
『カエデ』
リリが心配そうに心の中で呼びかけてきた。
そこで私ははっとする。
あれ、今私、なに考えてた?
ああ、やばい。いま完璧にサリーの意識と同調していた。
あのまま放置されてたら、神威とかいう糞ガキ、確実に殺してたわ。
さっき、殺せないとか言ってたのにこれだよ。
私は はぁーっとため息をつくと
『リリ、今度から直接記憶を送ってくるのはやめてくれるかな?
記憶を見た子に感情移入しすぎちゃって、冷静でいられなくなる』
つい、リリに苛立った口調で言ってしまう。
『ごめん カエデ 不快に なるとは 思わなかった
今度から気をつける』
リリのしゅんと気落ちする気持ちが伝わってきた。
リリにしてみれば、私の役にたちたかっただけなのだ。
ちょっと刺がある言い方をしてしまった事を後悔する。
「猫様、どうかなさいましたか?
それに、その少女は……?」
感動で泣きはらしていたコロネが復活したのか、話しかけてきた。
私にしてみたら、物凄い時間がたったように感じたが、実際には1、2分もたってないのだろう。
「ああ、ご心配なく私の連れのです」
言いつつ、リリに心の中で「カエデとは呼ばないように」と釘を刺す。
なんとなく――なんとなくだが、この変態エルフには中身が女だとばれたらいけないような気がする。
「ワタシ リリ ヨロシクネ」
にっこり微笑むリリ。
「これはこれは、猫様の連れですか!
可愛いらしいお嬢さんで……なんと羨ましい事か!!」
ん?羨ましいとか、まさか幼女と旅したいとかいう願望でもあるのだろうか?
こいつ変態な上ロリか?
「私も是非猫様と旅をしたいです!!」
そっちかよ!!
相変わらずな、変態に私は心の中で突っ込むと同時に、少し感謝する。
なんとか気がまぎれたというか、変態のおかげですこし、気持ちが落ち着いた。
サリーの方を見やれば、他の兵士達によしよしと頭を撫でられ慰められていた。
「ああ、お見苦しい所を見せてしまって申し訳ありません。
あの子の村の者があの石化しているプレイヤーに殺されてしまいまして。
彼女もああでもしないと、やっていられないのでしょう」
コロネが哀れむ様子で少女を見る。
……だよね。私でも、ああする自信あるわ。
コロネが兵士二人を呼び出し、一人には、サリーを連れて村まで行くように指示する。
そしてもう一人には、死んでしまった兵士の石像と神威の石像を持ち帰るように指示をしていた。
各々隊長クラスのエルフだったのだろう、その二人は各自の部下に指示を飛ばす。
「……私もサリーの村まで行った方がいいですか?」
なんとなく、感情移入してしまったため、付いて行こうとするが
「いえ、プレイヤーが居なくなったのなら、エルディア騎士団だけでも十分でしょう。
猫様から見れば取るに足らない存在かもしれませんが、この森では優秀な部類の騎士団です。
村の者たちがプレイヤーに魅了の術をかけられたようですが、魔導士もいますので解くことも可能です。
これ以上、エルフ族のゴタゴタに貴方を巻き込むわけにもいけませんし
……それに………」
「それに?」
言いよどんだコロネだが意を決したように、私の事を見つめると
「……その、猫様、とても疲れた顔をしていらっしゃるので、一度休んだ方がいいかと思われます」
コロネの言葉に、リリがものすごい勢いで頷いた。
……どうやら、私はかなり酷い顔をしていたらしい。




