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雪の華が咲く聖夜の夜にて

作者: 綟摺けんご

「んえ? くりすます?」


 僕が何気なくカレンダーを見ていた時に何気なく口にした言葉だった。

 今日は十二月二十五日。クリスマスだ。

 八重はコタツに入りながら僕が買ってきたアイスクリームを口に運びながら聞き返してくる。


「うん。クリスマス。なんだっけな。外国のイエスキリストって言う人が生まれた日で、それの誕生日を祝うとかなんとか」

「ほえー……そのいえすきりすとって言う奴はみんなに愛されているよの」

「まぁ、一応お偉い方らしいし」

「……私も一応偉いぞ?」

「そうだね」


 僕にとっては無関係なことではあるが。

 アイスクリームを舌でぺろぺろと舐めながら食べている八重を何も言わずにみた。生まれて三年で神社に捨てられ、死んだ後狗神兼狛犬という立場で八百三十二年もあの神社にいたため、今の世の中の祝い事を全然知らない彼女は無邪気だった。

 ……八重に教えてあげるのもいいものかな。


「じゃあ、クリスマスやってみる?」


 何気なく聞くが、八重は乗り気ではなかった。


「私は別に構わぬが……面倒なものなかの。ましてや私はハル以外の誕生日など祝う気は毛頭もあらんの」

「うまいもの食えるぞ」

「よし! やろうかの! 何をやるよの!?」


 手のひら返しの速さに定評のある八重だった。




 だが、正直なところクリスマスは何をするのかわからないのが僕でもある。顎に指を当ててクリスマスとは何か知恵を振り絞っていた。


「とりあえず美味しいものを食べて寒い冬を一緒に過ごしていい日だねーみたいな感じでいればいいんだろうな」

「肉! 肉食えるのかの!」


 隣で肉肉と僕に聞く彼女は笑顔である。さっきまでのテンション低い八重さんはどこに言ったのやら。


「食べれるよ。まぁ僕らは鶏肉だけど……」

「鶏肉でも構わぬの! いやでもちょっと見栄を張って豚肉でもかまわぬがの」

「高いものをさりげなくねだらないの」


 あれま。と八重は舌を出してごまかした。


「でもたまには奮発しないとね。せっかくなんだし、たまには洋風な料理でも」


 これまで味噌汁と野菜と肉の和風な奴か、塩胡椒で炒めるくらいしかしてないし……いやでもソーセージは一応洋食かな。

 徐に冷蔵庫の中身を見るが残念なことにその主菜となるべき鶏肉がなかった。

 八重のためにおいてある結構高価な牛乳と、僕が飲むお茶くらいだ。塩胡椒は万能の調味料だと思っているためにそれはちゃんとおいてある。

 とりあえずは食料調達かな。


「八重、買い物行こうか」

「すうぱあ! いけるのかの!」

「あぁ、でも買うものは決めてあるからね。それ以上は買わないよ」

「うぬ! 狩りの時間だな!」


 そう言っていそいそと野太刀、祢々切丸を腰に携えていつでもいけるぞ! と胸を張っていた。

 狩り……? はてそんなこと僕はいつ言ったのかな。


 スーパーに着くとそこはタイムセールで人が混雑している。自転車が所狭しと並べられていて、すし詰め状態だった。

 店員がメガホンを持って安くなった商品を息を継ぐ暇もなく口早にまくし立てている。


 その光景を何度か見ている八重は目を爛々と光らせてその光景を見ていた。


「すごい人じゃの!」

「まぁ、年末になるし、たくさん備蓄しておこうとか思う人がいるんだろうな。クリスマスセールはそれなりに安くなるし、ビーフシチュールーとか、クリームシチュールーとか」


 くいくいっと、八重が僕の袖をつまむ。赤い瞳が漫画みたいにグルグル渦巻いている。


「びぃふしちぃるぅと、くりぃむしちぃるぅってなんだの? 私そういうのわからんの」


 あぁ、そうだったな。


「うまい奴だ」

「そうなのかの!」


 八重には食材に対する食欲は肉類であって、それ以外は美味しいのか美味しくないのかで分けられる。


「単純だな」

「それじゃあびぃふしちぃるぅをかってびぃふしちぃるぅをつくるかの!」

「これこれ、僕らは鶏肉ときのこを買いに来たんだ。それ以外は買わないぞ」

「んえー? なんでそんないつも通りのものを買うのかの……」

「あのねぇ」


 スーパーに来て途端にやる気をなくすのやめてくれないかなぁ、八重さんよ。


「わかった。クリームシチュールーを買って来てくれたら作ってあげるから。頑張って」

「うぬ。ハル好きじゃ」


 思わず顔を赤らめてしまった。

 その結果色々と買うものが変わった。まずきのこと、鶏肉は変わらなかったが、クリームシチュールーと、じゃがいも、人参、玉ねぎと、一人で暮らすには結構多い量となった。


「そもそもなんでこのにんじんとか、馬鈴薯を買わぬよの」

「僕一人が処理するには多すぎるからだ」


 クリームシチューを作るにしても作る量はこの一箱の半分でも六杯分と多すぎる。作ってもいいのだが、一日一杯、三食でたべるなら、二日もクリームシチューを食べなければならないわけだ。まぁ、今ではよく食う奴がいるからそれほど時間はかからないだろうが……。


「あとは、そうだな。こういう行列に並ぶのが嫌いだからだ」


 僕は長蛇の列に並んでいた。大体がおばさん連中で僕一人がここに立っているとどうも空いている気がしてならない。


「じゃがいもとか、にんじん先に買って来た方が良かったかな……」


 後悔ばかりだ。


「なら私が取りに行ってくるかの。ハルは並んでていいのだの」


 そう言ってウキウキと列から外れた彼女。その姿はまるで獲物を見つけた様子だった。

 すると八重が向かった先はなんと、試食コーナー。姿が見えないのをいいことにさりげなく気づかれないように爪楊枝にささっているソーセージをぽいっと口に入れては舌鼓を打っていた。


「あぁ、これを狩り、と言っていたのね」


 思わず独り言をいってしまった。

 そして並んでいる間にもなんども戻ってくる。


「ハル! ハル! あれ安いよの! 鶏肉モモが安いよの! あれでてりやき食いたいの! あ、でも、魚! 鯖の塩焼き食いたいよの!」


 ここに来て八重のテンションがうなぎ登り。これは大変である。

 それについてはもう無視をすることにした。




「さて、家に着いた」


 結構久しぶりに体力の買い物をした。ビニール袋を二つも持って歩いて帰るのは本当久しぶりだった。


「たくさん買い物したの」

「そうだな。こんなに買ったの久しぶりだ」


 こんなに買ったのはきっと八重がいたからだ。


「でもそれは買う必要があったかの? 」

「これは他の奴に使うの」


 そう言って僕は何を作るか教えなかった。


「八重、じゃがいもと、にんじんと、玉ねぎを皮を取って、一口くらいに切ってくれないかな?」


 うえっと彼女が舌を出して嫌そうな顔をした。


「一つ聞いていい? 八重って狗神だけど、玉ねぎが食べれないってわけじゃないんだよね?」

「でも、好きじゃないの」

「……じゃあ、たまねぎはやめておこうか」

「くふっ、すまんの」


 八重の包丁さばきはすごかった。さすがあの野太刀を振り回すだけあり、包丁を片手に、じゃがいもと、にんじんを一通り眺め、何をしているのかとみていたら、急に宙に放り捨てた。そしてくるくると包丁を回したあとしっかり握りしめ、


「っほい!」


 と軽く線を引くように包丁をふりまわした。


 何も変化がなかったそれらはザルの中に綺麗に着地をすると皮がめくれていき、ぱらぱらと音を立てて一口大の大きさに切れていった。


「……」

「どうやの?」


 自慢げに胸を張る彼女に僕は拍手を送った。


「だけど、皮と実はわけて入れてね? この後の選別が大変だよ」

「うぬぅ。合格点じゃないかの?」


 悔しそうな顔をしていた。

 その姿にクスリと笑った僕は彼女の赤胡麻色の髪を撫でる。


「だいぶ助かった。ありがとうね」

「うぬ」


 それからじっくり煮込むために僕は水を入れた後放置する。

 その間に八重はスーパーで暴れて疲れたのかすやすやと眠っていた。

 僕はその姿を確認した後、もう一つの袋に入っていた材料を手にする。


 できる限り音を立てないようにゆっくりと取り出す。


「……」


 思わず顔がにやけてしまった。なぜなら彼女を喜ばせたいから。

 たったそれだけのことのために僕は財布の中身がさみしくなることをした。


 正直なところ無謀だったかもしれない。


 しかし彼女の喜ぶ姿が見たいと心から思ったのだ。




 僕はスヤスヤ眠っている彼女の肩をゆする。


「八重、起きて」

「んえ……ハル、私は」

「ぐっすり眠ってた。もう夜だよ」

「……そうだったの、くぁぁ。すまぬ」


 はだけた白衣を直し髪の長さを直したりと八重が一通りしていると、すんすんとニオイを嗅ぐ音が聞こえた。


「いいニオイじゃの」

「気づいた? ご飯できたよ」

「くりぃむしちぃるぅかの!」


 飛び起き僕の背中にくっついてくる。胸が当たってますよ。


「一つ訂正させていただくと、クリームシチュールーではなくて、クリームシチュー。ルーというのは(もと)っていみだよ」

「……どういうことよの」

「味噌のようなものだ」

「すごいの! 味噌はくりぃむしちぃるぅにもなるのかの!」


 思考が単純すぎて説明ができなかった。


「向こうで待ってて、持っていくから」

「うぬ! 箸で食べるかの!」

「いや、スプーン……匙を用意してくれたら嬉しいかな」


 わかった! と元気よくスプーンを手にしたあと、ちゃぶ台へと戻っていく。


 それを確認したあと、似合わないが漆塗りのお椀に二つ盛り付けたあと、それを八重の前に置いた。


「はいどうぞ」

「ふおぉ、白い味噌汁よの! でも、なんか乳の匂いもしてほのかにばれいしょと、にんじんの甘い匂いがしみこんでいるよの!」

「熱いからまたきをつけるんだよ」


 そう言って僕は廊下に戻っていく。近くにあった鍋敷きを手にし、クリームシチューを入れた鍋をもってちゃぶ台の元に戻ると、八重は何も触らずじっと待っていた。


「あれ、食べてないの?」


 そういうと、八重はにへらと笑い、僕を手招きする。

 僕が鍋敷きを八重に渡すと、真ん中に置き僕は鍋敷きの上にクリームシチューが入った鍋を置いた。


「だって、二人で食べた方が幸せじゃの?」

「……そうだね」


 ニコニコと笑う彼女に僕は微笑み返す。


「じゃあ、食べようか」


 うぬ、というと彼女は手を合わせた。


「いただきます」


 はふはふといいながら食べる彼女を見ながら僕は落ち着いてシチューをたべる。久しぶりにシチューを食べた気がした。児童施設の時に食べたシチューよりとこんなに美味しかった。

 いや、二人で食べるクリームシチューは本当に美味しかったのだ。


「八重」

「んえ?」

「その、メリークリスマス」


 僕はそう言って、冷蔵庫からケーキを取り出す。馬鹿でかい二人で食べるには多すぎるケーキだ。


「……」

「クリスマスっていうのは、ケーキを作って食べるんだよ。だから作って見た」


 恥ずかしかった。買えばよかったじゃないかと僕は自分の心の中で言った。

 恥ずかしかった。

 ちらりと八重を見ると、ほろほろと涙を流していた。


「嬉しい」

「ど、どうも多分美味しいと思う」

「ありがとう。これ、さぞ大変だったろう」


 たしかに彼女を起こさないように作るのは大変だった。

 でも彼女が喜ぶならなんでもやろうと思った。だからできたのだ。


「ま、まぁ」


 抱きつかれた。しっかりと抱擁された僕は何が起きたのかわからなかった。


「ありがとう。こんなことしてくれて私は幸せ者じゃの」

「……どういたしまして」

「私は何も返されないが、何が欲しい? 体か?」

「あぁ、今ので台無しだよ」


 彼女は笑った。僕も笑った。


 たった短い十二月二十五日(いちにち)が永遠に続けばいいなと、心の底から思った。

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