A Winter Day
頂いたお題「雪の音」より
「シュウくんのおうちに猫がいるってほんと?」
保育園のお庭にある砂場で、僕が世界で一番高い山を作っていると同じ組のミカちゃんがブランコの方から走ってきてそんなことを聞いてきた。
ハァハァとたくさん息を吐いて、こんなに寒いのに汗もかいている。きっと超特急でここまで来たんだろう。
でも、せっかく途中まで作った山の端っこをミカちゃんに蹴飛ばされた僕は、ミカちゃんの質問なんてちっとも答えたくなくて黙ってスコップで砂を運びつづけた。
「ねぇねぇ、ほんとなの? コウくんがシュウくんのおうちで白い猫見たことあるって言ってたの。ほんとにいるの?」
ミカちゃんがスコップを持った僕の右手をぎゅっと掴む。
もう、うるさいなぁ。
僕はこの山をママがお迎えに来るまでに完成させなきゃいけないのに。
「僕のうちじゃない。下のおばあちゃんち」
本当はミカちゃんなんて無視したいけど、泣き虫なミカちゃんはすぐ泣くから僕は面倒くさくなって答えることにした。
「シュウくんのおばあちゃんは、シュウくんのおうちの下に住んでるの?」
「うん。一階がおばあちゃんち。おじいちゃんもいる」
「猫も?」
「うん。ミケっていうんだ」
ミケはおばあちゃんの猫で真っ白な毛をしてる。
ママは「白猫なのにミケって変なの」って言ってたけど、おばあちゃんは昔飼ってた猫がミケだったからこの名前がいいのって笑ってた。ミケってどんな意味なんだろ?白い猫につけちゃいけない名前なのかな。
ミケは触るとすべすべでやわらかくて気持ちいい。
たくさん触るとプイッて逃げちゃうけど、僕はおばあちゃんの家に行ったら必ずミケを見つけ出して撫でるんだ。
ミケはかくれんぼが下手くそだと思う。
僕がミケを触るとどんなに気持ちいいか話すと、ミカちゃんは話の途中に何度も「いいなぁ」と言いながら羨ましそうに僕の話を聞いていた。そして悲しそうに「ミカのおうちはアパートだから、猫飼えないんだって」なんて言うから。
だから、ちょっと思いついたんだ。
それに、ミケのことを褒められて何だか嬉しかったから。
「こんどの日曜日見に来る?」
僕がそう言うと、ミカちゃんはぴょんぴょん跳び跳ねながら
「うん! 行く! ぜったい行く」
と大きな声で叫んだ。
アッコ先生が「どこに行くの?」ってニコニコ笑って聞いてきたけど、ミカちゃんが「ナイショ」って言ったから僕も人差し指を口に当ててミカちゃんと一緒に「ナイショ」って言って笑った。
日曜日。
窓の外のクレヨンの灰色をいっぱい使ったような空を見てたら、ママが「もうすぐ来るからそんなに焦らないの」とお皿を洗いながらそんなことを言う。僕は空を見てただけなのに。
そして「今日あたり雪になるかしら」と小さな声でつづけた。
ママとミカちゃんのママは、今日の三時にうちに来る約束をしたらしい。
三時ってもうすぐかな。ママの言う「もうすぐ」はちっとも「すぐ」じゃないんだよな。ミカちゃん超特急で来ないかな。
僕が空を見つづけていると、ピンポンの高い音がした。
「こんにちは! ねぇ、猫どこにいるの?」
僕が超特急で玄関を開けると、ミカちゃんは大きな目をきらきらさせてダイコウフンで言った。
「もうミカったら……ごめんなさいね、ミカの我儘に付き合ってもらって」
ミカちゃんのママが僕とママを順番に見ながらそう言うと、ママは笑いながら、
「気になさらないで!うちの子もお友達が遊びに来るのが嬉しくて朝から張り切ってるんだから」
なんて嘘ばっかり言う。
僕は張り切ってなんかないのに!
「見せてあげるから、早くおばあちゃんちに行こう」
何だかママとミカちゃんのママから離れたくて、僕はミカちゃんの手を繋いで玄関から飛び出した。
背中の方から、ママの「じゃあ、ミカちゃんのママはうちでどうぞお茶でも」と言ってる声がする。
僕とミカちゃんは手を繋いだまま外階段をダダダと降りて、おばあちゃんの家の玄関を開けた。
「おばあちゃん! ミケいる?」
僕が大きな声で叫ぶと、畳の部屋の方から「いらっしゃい」とおばあちゃんの声が聞こえた。
僕が先頭になってズンズンと冷たい廊下を歩くと、ミカちゃんは慌ててついてくる。
畳の部屋の固い戸を開けると、ストーブのぽかぽかとした匂いがした。
「あ、猫!」
ミカちゃんがストーブの近くで寝ているミケを指差す。
あれはたぶん寝たふりじゃないかな。しっぽがパタパタしてるし。寝たふりをすることをタヌキネイリっていうってパパがこの間言ってた。猫の時もタヌキネイリって言うのかな?タヌキネイリをした猫って、猫なの?それともタヌキ?
僕が難しい問題を考えているのにミカちゃんは気にもしないで、ミケの頭を撫でながら「かわいい!」とか「ほんとにすべすべ!」とか言いながらはしゃいでる。
ミケだっていつもならすぐ逃げちゃうのに、今日はそんな感じじゃない。それがちょっと面白くなくて、僕はミケの赤い首輪についた金色の鈴を指でつついてチリンと鳴らした。
「ミカちゃんは猫が好きなんだねぇ」
おばあちゃんがミカちゃんにそう言うと、ミカちゃんは「うん!」と言って大きく首を縦に振る。
「ミカとミケ、ちょっと似てるわね」
おばあちゃんが「ふふふ」と笑ったから、僕とミカちゃんも可笑しくて「フフフ」と笑った。
「ミカの名前はうつくしい夏って意味なんだって! お父さんが言ってた!」
「じゃあ、美夏って書くのね。素敵な名前ね、美夏ちゃんのお日さまみたいな笑顔にピッタリ」
おばあちゃんに褒められて、ほっぺを赤くしたミカちゃんは「ミケと似てるからミカでよかった」なんておかしなことを言っておばあちゃんを笑わせた。
「この赤い首輪、とってもかわいいね。鈴もちっちゃくてかわいい」
ミカちゃんは鈴を鳴らして遊ぶ僕を見てそう言った。
「ミケはミカちゃんとは反対で寒い冬の日にうちに来たの。ここに引っ越す前の家でね。雪がたくさん降った日で、私が家の前で雪かきをしていると、どこからか鈴の音がしてね。音のした方を見てみたら、真っ白な雪の中に赤い首輪をした真っ白な猫が迷い混んできて、それがミケだったの。雪の精みたいでどきどきするぐらい、そりゃあ綺麗な猫だったのよ」
「ミケは迷子だったの?」
ミカちゃんがしょんぼりした顔でおばあちゃんに聞いた。
僕はこの話を聞く度に犬のおまわりさんの困った顔を思いだしていたけど、ミカちゃんには言わなかった。
「首輪をしていたから飼い猫なのは間違いないわね。飼い主を一生懸命探したけど見つからなくて、たくさん悩んだけどおじいさんと相談してミケをうちで飼うことにしたのよ」
おばあちゃんがミケの顎を掻くと、ミケはうっとりと嬉しそうな顔をしてゴロゴロと喉を鳴らす。
ストーブのオレンジ色が暖かくて、僕が大きなあくびをするとミカちゃんが真似っこするようにあくびをした。
ミケが頭を動かす度に金色の鈴がチリリンと鳴る。
ミカちゃんは何度も何度もミケを撫でながら、ほうっと息を吐いて言った。
「だからミケの鈴はつめたい音がするんだね」
「つめたい音?」
僕が不思議に思って聞くと、ミカちゃんはにこにこしながら窓を指差した。
「ほら、雪みたいな音! つめたくてすべすべしてる音。ミケは雪の精だから、鈴を鳴らして雪を降らすの」
ミカちゃんの話を聞いてると、わくわくしてくる。
つめたい音ってほんとかな?
僕がミケの鈴をピンと弾くと、さっきよりきらきらした音が聞こえた気がした。
「シュウくん、ほら!はやく見て見て!」
ミカちゃんの大きな声にちょっとだけびっくりしながらミカちゃんの指差す方を見ると、窓の外ではいつの間にかちらちら雪が降っていた。
「雪だ!ミカちゃん、雪見にいこうっ」
すごい!ほんとに雪だ!ダイコウフンだ!
僕が大慌てでそう言うと、「行こう行こう!」と言ってミカちゃんはニカッと笑った。
僕はその笑顔を見て、おばあちゃんの言ったとおりミカちゃんはお日さまみたいだな、と思う。
おばあちゃんは「あらあら元気のよいこと」と言ってまた「ふふふ」と笑った。
ーーミカちゃんの名前はうつくしい夏って意味なんだって。
ミケはさむい雪の日におばあちゃんと出会って、ほんとは綺麗な雪の精で。
首輪の鈴をチリンと鳴らすと雪が降るんだよーー
暗くした部屋のぬくぬく暖かいお布団の中で、僕が今日の出来事をママに話すと、ママが「ふふふ」と笑うから僕も「フフフ」って笑う。
きっと窓の外ではまだ雪が降っていて、ミケはゴロゴロ喉を鳴らしながら鈴を鳴らしてる。
ミケの鈴のことは保育園のみんなには「シーッ」だよ、ってミカちゃんが言ってたことを思い出して、僕はすごいヒミツに胸がどきどきしていつまでたっても眠くならない。
昨日まではちっとも何とも思ってなかったことがひっくり返ったみたいで、僕は何だかとっても嬉しいから明日になったら超特急でミカちゃんにこのことを伝えるんだ。