合戦三日目:弟子と稽古
俺は鶴を弟子に取った。
鶴にはああ言ったけど、実際のところ本当の弟子として認めたわけじゃない。まだ刀を振るうことを恐れている時点で、弟子としては半人前だ。
まだまだ修行をしなければならない。
俺と鶴は、初めて刀を交えた丘の上まで来ていた。
奇襲作戦まであと6日。
鶴の初陣となる戦いに向けて、少しでも強くなってもらうため、稽古をつけることにした。
「んんー!きもちぃ」
鶴は俺の弟子になってから、 ずっとこんな感じでごきげんだ。丘の上まで来ると、大の字になって寝っ転がり、遊びにきた子供のようにはしゃいでいた。
「こら、遊びにきたわけじゃないからな」
叱ってはみるものの、俺も別に本気で怒って叱っているわけではない。、俺も昔、父と修業に行くとき、鶴と同じようにはしゃいでいたから。鶴の気持ちがわからないわけではない。
だが時は金なり。初陣まで日にちがない。小休止してさっそく稽古を始める。
俺は鶴に木刀を渡す。。
「実践のときも、それで戦ってもらうつもりだから」
俺の言葉に鶴は頓狂な声を上げた。
「師匠、刀じゃないと相手を切れないです」
「あの時も言ったろ。まだ鶴は相手を切ることにためらいがある。それは戦場に立った時、命取りになるんだ。それなら、木刀の方が全力で戦えるし、そっちの方が安全だ」
「……わかりました」
納得してないみたいだが、とりあえずはわかってもらえたようだ。
「それに、木刀だって当たればかなり痛いぜ。実際、殺そうと思えば人だって殺せる」
「ほっ、本当ですか!?」
「おう。職人が作った木刀は、鉄でできた刀より切れ味がいいほどだし」
「……木刀、おそるべし」
ちなみに俺の持ってる木刀は自作。当たったとしても切れたりしない。怪我をするなら打撲くらいか。
さて、まずはどこから教えようか。
とりあえず、前回の戦いで気になったとこからやっていきますか。
俺は鶴の後ろに立つ。
「ちょっといつもの、戦うときの姿勢になってもらっていいか」
「えっと、こうですか?」
鶴は少し緊張しているのか、前の時より肩に力が入っていた。
「そうそうそんな感じ。んじゃ、ちょっと触るよ」
「ふぇ?……ひゃっ!?」
「ごっ、ごめん!!」
「いえ……急にだったから、その、よろしくお願いします」
なんだろうこの気持ち。鼓動が一気に早くなる。相手は女の子って言っても七歳だぞ、しっかりしろ俺。
「……もう少し腰を落とした方がいいかな」
「はいっ……」
「こんなかんじ」
俺は鶴の腰回りを優しく持つ。小袖一枚だけだから、肌の感触がほぼ直接伝わってきた。
……やっぱりしっかり鍛えてあるな。
ゴツゴツとまではいかないものの、しっかりとした筋肉がついていた。
「足もちょっと前後に開いて、しっかり踏ん張れるようにね。重心は前にいったり、後ろにいったりしないように。上半身は右肩を進む方に少し向けて、半身の状態になるように」
「はいっ……!」
背中から、鶴の稽古へのひたむきな姿勢が伝わってくる。
「よっし。大体そんな感じかな。姿勢を低くして、足は少し開いて動きやすいようにしとけば、無駄な動きも減る」
「……流鶴は爛々とした瞳で俺を見る。
もともと、鶴が取っていた姿勢は間違いではない。殆どの剣豪が対人戦の時は、鶴が姿勢を取る。
だが、鶴の場合は少し特殊だ。あの抜群の加速力を活かすなら、重心を高い位置に持ってくるより、低い位置に持ってきて、より加速しやすいようにした方がいい。
「刀の持ち方は……んー。ちょっと試したいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「刃先を敵に向けるんじゃなくて、左斜め下に向けて……うーん。抜刀する前の姿勢っていったらいいかな」
「こうですか?」
「おぉ!そうそうそんな感じ」
これで基本姿勢はばっりちだ。
「あとは木刀の振るい方なんだけど、敵の懐に入ったら、下から上に切る感じで振ってみて」
「わかりましたっ!」
「よーし、それじゃあ早速実践から」
俺は自分用の木刀を持ち、鶴と少し距離を取り、向かい合う。
鶴の表情はきゅっと引き締まり、威嚇するかのように鋭い目つきで俺を睨みつける。
「いつでもこい」
「はいっ!」
俺と鶴はほぼ同時に地面を蹴る。
だが、加速は圧倒的に鶴の方が早かった。加速したまま一気に俺の懐に潜り込む。
「やっぱりそうか」
俺の視界から、鶴の木刀は完全に消えていた。そして、その木刀が姿を表した時には、すでに防御体勢を取っていた俺の木刀に当たっていた。
ずっしりと重い感触が手に伝わる。手が痺れる程に熱い一撃に、俺は興奮して胸が熱くなる。
「ガッ…!」
唇が切れそうになるくらい噛み、腕に力を込める。鶴の一撃をなんとか抑える。
今度は俺の番だ。
俺は刃先をまっすぐ鶴に向け、鶴の体めがけて三連続で木刀を打ち込む。。三連撃と言われるその技は、刃先がまっすぐ向かってくるため、避けるのが非常に困難な技の一つだ。
鶴はそれを体を左右に揺らして避け、最小限の力で俺の木刀を左右に払う。
「はぁ……はぁ……」
鶴は肩で大きく息をしていたが、俺の攻撃に必死になって食らいついてくる。
鶴は俺の三連撃を見事躱すと、全体重を木刀にのせ、真正面から俺に斬りかかろうとする。
鼓膜が破れそうな音がなると同時に木刀が重なり、そこに十字が生まれる。
「ッ……!?」
鶴は俺の木刀の表面をうまく利用し、自分の木刀を滑らせた。その先には木刀を握る俺の手があった。
___剣豪殺し。
とまで言われたその技は、剣豪のみではなく、多くの兵士たちにも恐れられている。
俺たち兵士が命を失うことの次に恐れているもの。それは、武器を持つ手を失うことだ。 武器を持てなければ戦うことなんてできない。
剣豪殺しの手法はいろいろあるが、鶴が見せた技は鍔がない武器に使われる技だ。
「くそっ!」
俺は木刀が手に触れそうになった時、自分の武器から手を離した。
「!?」
鶴も驚きの表情を隠しきれない様子だ。俺は鶴の攻撃が空振りすると、一度は手放した木刀を再び握り直す。
そして、がら空きになった鶴の肩めがけて、勢い良く木刀を振り下ろした。
「ヴッ……!?!?」
俺の攻撃が肩に直撃すると、鶴は声にならないような呻き声を上げた。
一応当たる瞬間に力は弱めたけど、それでも当たればかなり痛い。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと、痛いだけ」
とは言っているけれど、鶴は痛みで顔をゆがめていた。
「少し休もうか」
少しすれば痛みも引くだろう。痛みがあってはまともに木刀も振れないから稽古にもならない。まぁ、戦場では痛いから戦えないでは済まされないけど。
鶴の座る隣に俺も腰を下ろす。
俺は先程の一戦を思い出す。
俺の予想は、自分でもびっくりするぐらい当たっていた。何故鶴にあのように刀を持つように言ったのか。それは鶴の体格を利用した戦い方ができないかと、考えたからだ。
鶴は体格が小さい。女の子と言うのもあるけれど、まだ7歳だ。大人の兵士と比べると、その身長差は天と地くらいの大きな差がある。
鶴は小さいから相手の視界に入りづらい。そこでさらに抜刀する時の姿勢を保つことにより、木刀が完全に視界から消える。
下から上に、振り上げるよう斬れと言ったのは、ギリギリまで木刀を隠すため。
俺は知っていたから防ぐことができたけど、初見だったら間違いなく斬られている攻撃だ。
鶴は強い。
7歳でこれだけの強さを持ったやつが、歴代の戦国武将の中でいただろうか。
俺でさえも、父と互角に刀を交えることができるようなったのは、13歳のときだ。その約半分で、西の剣豪で最強と言われたこの俺と互角の勝負をするなんて……
この子は将来、絶対化ける。
一人で兵二万。いや、もしかしたらそれ以上を相手にしたとしても、勝つことが可能かもしれない。
「ししょー?」
「ん?」
「私、やっぱり師匠の弟子になってよかった。だって、師匠は日本一強いもん!」
「ははは」
鶴の頭を撫でると、鶴は気持ちよさそうに目を細めた。
「鶴も早く一人前の弟子になれるといいな」
「鶴、まだ一人前の弟子じゃないの?」
「半人前かなぁ」
「はんにんまえ……うん。頑張る」
鶴は胸のあたりでぎゅっと手を握る。頑張れ、鶴。
「もう一戦しよ!」
「痛みはもういいのか?」
「大丈夫。やれる!」
「よし」
俺達は日が沈むまで、何度も刀を交えた。




