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合戦一日目:浪人武将と7歳少女との出会い。


 1615年、大阪夏の陣。西軍最後の砦となった大阪城は、紅蓮の炎の中に姿を消した。当時20歳だった俺は、西軍側として参加。戦況は絶望的だった。

大阪冬の陣の休戦時。東軍総大将、藤川家盛によって大阪城の外堀だけでなく、三の丸、二の丸も埋め立てられ、大阪城は事実上丸裸となった。


 そんな絶望的な戦況の中、西軍側の武将たちの活躍により、戦況は一気に西軍が優勢となった。だがその武将たちの活躍も、敵の圧倒的な兵数を前にあと一歩のところで手が届かず、敗走を繰り返すようになった。

大阪城が陥落寸前の時だった。当時俺の戦友で、西軍総指揮を任せられていた人物でもある幸正と共に、決死の作戦にでた。

幸正の兵2000を引き連れ、俺たちは家盛のいる本陣、兵20000で固められた要塞へ突撃した。

狙うは家盛の首のみ。俺は幸正の援護を行い、獅子奮迅の大活躍を見せた。

幸正は家盛へ奇襲をかけた。だが彼の槍は家盛の鎧をかすっただけで、討ち取ることができなかった。

幸正は討死。それを知った俺は急いで退却命令を出した。西軍総指揮官を失った俺達に、戦う気力は残っていなかった。

その後すぐ、大阪城は陥落。家盛は天下統一を果たした。


西軍総大将だった秀樹はその場で処刑。西軍の主要人物もそれに続くかのように処刑された。


一方の俺はすぐにその場を離れて、命からがら九州へ逃げた。


……多分あの場に残っていたら、俺も処刑されていただろう。

現在は身を潜め、名も無き集落で生活している。


「……政府からの納税が厳しくてねぇ。家で作った米を全部納めても足りないくらいだよ」


「うちも作った織物は全部政府へ納めてるよ。毎日生きるだけで精一杯さ」


 ……家盛が天下統一してからというもの、それは独裁政治も甚だしかった。

政府の圧力が強かったのは九州、中国。西側地域全域だった。

俺もここ最近はまともな食事を殆どとれていない。


「狩りにでも出かけるか……けどなぁ」


 ここ数日、政府の武士たちがこの辺をうろうろしているのを目撃した。下手に出かけて見つかるのだけは避けたかった。

俺の顔は政府の人間なら誰でも知っていた。家盛を最後まで苦しめた武将の名で、幸正と俺は全国に広まっていた。幸正は『日ノ本一の兵』と、一方の俺は『桜花を散らす兵』と呼ばれた。

トントン……木の板でできた戸が音を鳴らす。

……こんな昼間っから客か?

俺は政府の人間が来たかもしれないと思い、部屋にあった木刀を腰に隠す。

ゆっくりと戸をあけると、そこには誰もいなかった。


「いたずらか」


 再び戸を動かし始めたその時、


「あっ、あの!」


 声は思っていたよりも下の方から聞こえた。

目の前に立っていたのは、布切れ一枚を体に巻いた少女だった。

眉の辺りで綺麗に切りそろえられた栗色の髪の下から丸い瞳が姿を表す。少女は俺を見るなり、勢い良く頭を下げ、肩にかかるくらいの髪を揺らした。


「私を弟子にしてくださいっ!」


「はっ?」


 思わず声が出た。えっと、なんだって?


「私を、弟子にして下さいっ!」


「ちょ、ちょっとまて」


 少女は不思議そうな目でこちらを見た。


「その、弟子っていったいどういうこと?」


「だから、十兵衛師匠の弟子にしてくらはい!」


 あっ、噛んだ。

少女は舌を出して、目にいっぱいの涙をためていた。やっべ。


「と、とりあえず、入ってお話しようかっ!」


このまま外に放り出したら、俺の家が目立っちまう。外で政府の奴らもうろうろしてるし、ここに集まられたらまずい。


「うん……」


頷くと、大人しく建物の中に入った。

俺と少女はいろりを挟んで向かい合って座る。少女は背筋をピンと伸ばした。


「鶴と申します。7さいです」


「俺は、足利十兵衛」


「えっと、その、師匠の弟子にしてください!」


「急にそんなこと言われても」


 いきなり土下座モードに入った少女に、顔をあげるように言う。


「俺はいままで弟子を取ったことなんてないし。そういうのはほかのやつに頼んでくれないかな」


「そんなっ……でも!」


「とりあえず涙拭いて。しばらくここにいていいから。落ち着いたらすぐに家に帰るんだ」


「でもでも!」


 駄々をこねる少女に頭を抱えた。どうしたら良いんだ。


「これ持ってきました!せめてお話だけでも聞いて下さい!」

 少女は手に持っていた藁の袋から、大量の白い粒を取り出した。

俺はそれを見て、少女の鼻先に当たりそうになるくらい顔を近づけて言った。


「もしかしてそれ……米?」


「はい!」


 喉がゴクリと音を鳴らす。米なんて食べるのは一年ぶりだ……!


「けど、俺米なんてもらっても炊けないし」


「私が炊きます!」


 少女は息継ぎを忘れて言う。


「だから、私の話だけでも聞いて下さい!」


 少女の熱心な説得に、俺は仕方なく頷いた。


「……わかった」


 少女は「やったー!」と声を上げる。喜びが体全体から伝わってきた。

そんな少女の姿をみて、自然と笑みが溢れた。




 流石に布切れ一枚の少女を家に上げるわけにはいかないので、俺は持っていた小袖を着るように言った。そのままでは大きすぎたので、少女の丈に合うように生地を切った。着崩れしないように、余った生地を帯代わりにして、腰につけさせた。


 部屋全体が米の香ばしい香りに包まれる。

少女の手際は見事なもので、その姿に「おぉ…」と感嘆の声が漏れる。

少女は米の他に味噌を持って来ていた。味噌は高級品だ。俺も武将時代の時、一度しか口にしたことがない。あの絶妙な味は今でも鮮明に覚えている。

釜で米を炊いている間に、味噌汁の準備をしていた。放置されて埃を被っていた野菜を洗い、食べれそうな部分だけ切り取り、それらを水の入った鍋に勢い良く入れる。

艶のある米、そして味噌汁が列ぶのを見る頃には、空腹は限界に達していた。


「「頂きます」」


声を合わせて言うと、 俺は白く輝く米の塊を、箸で掴んで口の中に放り込む。

……うめぇ。

噛めば噛むほど口の中に米の甘さが広がる。

味噌汁もうまかった。絶妙な塩加減で、野菜もしっかり味噌の味が染み込んでいた。武将の時に食べていた飯の数倍うまく感じだ。

喋ることも忘れて、俺は一心不乱に食べ続ける。鍋と釜にあれだけたくさん入っていたご飯と味噌汁は、気がつけば綺麗さっぱりなくなっていた。


「ごちそうさま……」


 俺が言うと、少女はとても嬉しそうに笑った。


「味噌なんてこんな高級品、よく手に入ったな」


「お父様がこれを持ってけって言ってくれて」


 少女の表情は急に真剣味を帯びる。俺も食べてしまった以上、少女の話を聞かなければならない。


「お父様は一年前、西軍として大阪夏の陣に参加していました。合戦の勝敗は知っています。西軍の敗北。お父様と私達家族は九州のこの地に移動を余儀なくされました」

 

 重苦しく語るその口調からは、一家がこれまでどれだけ政府によって苦しめられて来たかが十分に伝わってきた。


「そこからの生活は地獄でした。厳しい納税に苦しみ、政府の政策による強制労働の毎日。お父様はすでに限界でした」


 俺は口を挟むことなく、ただ少女が語るのをじっと聞いている。


「お父様はある日、私に米と味噌をくれました。それは私達家族が本当に大切していたものです。どうしてもお金に困った時に使おうと、家族で約束していたものでした。それを渡していいました。『山を一つ超えたところに小さな村落がある。そこに十兵衛というやつがいる。そいつにそれを渡して、何としてでも弟子にしてもらえ』と。その次の日、父は政府の人たちに反抗して……その場で処刑されました」


「ッ……!」


「だから私は十兵衛師匠を探してここまで来たんです!お願いします!どうか私を弟子にして下さい!」

背筋を伸ばし、手を畳につけ頭を下げる。俺はそんな少女にどうしても聞かなくていけないことがあった。


「どうして……俺なんだ?」


「十兵衛師匠のことは父からよく伺っていました。大阪夏の陣、最決死の作戦に参加して、唯一生きて返ってきた方だと」


 家盛兵20000に対し、こちらは兵2000。敵陣の最深部まで突入した部隊は、たとえ家盛を討ったとしても、生きて返ることは決してできなかっただろう。

そんな中俺は命からがら生き延びた。逃げる時に殺した敵兵の数は数え切れないほどだった。

『桜花を散らす兵』。こうやって呼ばれる理由は、敵兵を切った時に空に舞った血が、桜の花びらのように見えたから。


「それに十兵衛師匠は、16歳の時にはすでに、『西の十兵衛』と言われるほどの剣豪でした」


「そこまで知ってて……」


 少女は今ここにいる。




「お願いします。私を弟子にして下さい!私は……ちちの仇を……とりたい!」



 

 怒りと憎悪に満ちたその表情からは、少女の面影はどこかに消え去っていた。

少女の弟子入りがどれだけ本気なのか、理解した俺は少女に向かって言う。


「……わかった」


「……?」


「それじゃあ、今から試練を与える」


「!?」


「それに合格できたら俺の弟子にしてやる」


「……はいっ!」


 少女の顔つきは、それは戦場にたつ武将そのものだった。




 俺たちは家を後にして、ひと目につかない木々に囲まれた丘の上に移動した。

俺は手に持っていた木刀を少女に渡す。


「ここで俺と一対一の勝負をする。それを一発でも俺の体に当てることができれば、弟子入りを認める」


「ほっ、ほんとですか!?」


「嘘は言わない。その代わり、一発も当てることができなかったら、弟子入りは認めない。」


「……」


 無言で頷くと、俺達はお互いに距離を取る。


「それじゃあ、いつでもかかってこい」


 少女は背筋を伸ばし、俺をまっすぐと見据える。木刀を握る手に力が入る。

辺りは一瞬で静まり返った。聞こえるのは、木々が風に揺れて擦れ合う音だけ。

空中で少女の視線と俺の視線が火花を散らす。どちらが先に仕掛けるか、無言の駆け引きが続いた。

……こっちから仕掛けるか。

俺は足にぐっと力を加える。姿勢を低くし、地面を思いっきり蹴ったその時。

少女が動いた。

一瞬で加速した少女は、一気に俺の懐に潜り込んだ。

……くそっ!

少女が放った渾身の一撃を、なんとか木刀で受ける。

……重すぎるっ!

その一撃で体勢を崩した俺に、少女はすぐ突きを入れる。俺はギリギリのところでその刃先の向きを変える。


「……やったなっ!」


 俺はすぐに反撃に出た。少女の攻撃をいなし、すぐさま木刀を少女に向かって振り下ろす。

少女はその一撃を木刀で受けず、後方へ飛んで回避した。

お互いにまた自分の間合いを取り直す。


「強い……」


 本心が口から溢れる。この子は強い。強すぎる。


 初撃。俺が前に出ようと思った瞬間、少女は俺との距離を一気につめた。意表をついた出だしに思わず舌を巻いた。そしてその速さを殺すことなく、その速さを力に変え、俺に強烈な一撃を叩き込んだ。そして最後の俺の攻撃。本来ならここまで接近したなら普通は木刀で受ける。だが、もしあれを木刀で受けていたら、少女は力負けして完全に体勢を崩して、2発目の俺の攻撃を避けきれなかっただろう。

少女は己自身の弱さを、誰よりも知っている。

知っているからこそ、あのような動きができる。俺はこの子との一連の戦いでそう確信した。



俺は震えた。



この子と、もっと戦いたい。



本気の勝負をしたい。



俺は腰につけていた、鞘に入ったままの小刀を少女に投げる。


「これは?」


 驚いた表情を浮かべる少女に、俺は言った。


「今度はそれを使って勝負だ。それを俺に当てることができれば、弟子にする」


「そんな!?けどそれだと師匠が……!」


「その時はその時だ。それに刀を振るうことができないなら、仮に君を弟子にしたとしても、戦場に立た

せることはできない」


「ッ……!?」


 俺の言葉を聞き、少女は何も言わず鞘から小刀を抜いた。

小刀を握る少女の手は、震えていた。

ギラギラと光る小刀をみて、怯えるかのように。

……やっぱりだめか。


「やれる」


 俺の心を見透かすように、少女は何度もその言葉を口にした。

俺は何も言わず、手に持った木刀を少女に向ける。

いつでもこい。

少女は小さな口をきゅっと結び、切先をじっと見つめる。

今度はさっきと違い、ジリジリとゆっくり間合いをつめる。


「どうする」


 切り合いになったら少女に勝ち目はない。力で圧倒的に勝る俺の方が有利だ。


「どこで仕掛けてくる」


 俺は心の中で問う。

少女と俺の刀は、交わりそうなくらいに近づいていた。

仕掛けたのは俺だった。横一閃で切りを入れる。少女はそれを抜群の反射神経で避ける。


「ここだ」


彼女を試す絶好の機会。

 今の俺は無防備と言えるほどに、少女が俺を斬るのに容易な状態だった。

だが少女は切れなかった。

一瞬のためらいの後、放たれた攻撃を俺は後方に下がって避けた。

俺は手に持っていた木刀を下ろす。


「……やっぱり、君を弟子にすることはできない」


「なっ!?」


 ショックのあまり、少女は手に持っていた小刀を落とした。


「技術はすごい。そこらにいる兵士なんかよりも、数倍強い」


「……ならなんで?」


「 君は、相手を切ることにためらいがある」


「それは、相手が師匠だから。だから、切れなくて……」


「親しい人間でも、敵になって現れたら切らなきゃいけない。切らなければ、こっちが死ぬ」

 戦いの世界は残酷だ。

 そこには生きるか死ぬか、それしか存在しない。

たとえ生き残ったとしても、残るのは相手の首を切った時の、あのゴリゴリとした骨の感触のみ。




 俺は少女が落とした小刀と鞘を拾い、その場にしゃがみ込む少女を残してその場を去った。





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