寝起きの悪い野郎どもに告ぐ
まだ日も登っていない時間帯から私の仕事は始まる。
目が覚めた私は寝ている同僚を起こさないよう、そっとベッドから滑り出た。
音と気配を出来る限り消しながら従者の服に着替えた私は部屋を出る。
身を切るような寒さの中、白い息を吐きながら向かうのは女人立ち入り禁止の寮。
寮の廊下をいつものように進んで行くと、頭に寝癖を作った男達が声をかけてくる。
「おっ! レイか、頑張れよ」
「死ぬなよー」
「気をつけてな」
そんな同情のこもったエールに会釈しながら思った。
同情するなら変わってくれ!!!
「今日はここから始めるか…」
目的の扉の前に着いた私は、冷たい空気で深呼吸を始める。
誰から初めるとしても精神統一は大事だ。
呼吸を整えた次の瞬間、私は扉を思いっきり蹴り破る。
案の定鍵がかかっていたようだが、気にせず速やかかつ早急に部屋へ侵入。
此処からは時間との戦いだ。
大きなベットで寝ている男の布団をひっぺがしながら、大きく息を吸い私は叫ぶ。
「この野郎! さっさと起きやがれ!!」
私の職業は王宮メイド、男ではない女だ。
しかし何故業務外の時間に男装をして騎士寮に、
もう一度言おう何故騎士寮に(・・・)いるのか。
それは、三ヶ月前の事である。
あの日、私は上司の侍女長から声をかけられた。
「レイチェル、貴方今暇かしら?」
「いいえ、ですがすぐに終わらせます」
「そう、じゃあ部屋で待ってるわ」
私は速攻で残りの雑務をすませて、内心ビビりながら侍女長の部屋へ向かった。
一介のメイドに侍女長からお声がかかる理由は大抵何かにしくじった時だ。
まずい何かしたっけ?
侍女長の部屋で話を聞く。
「何の御用でしょうか」
「レイチェル、貴方に頼みがあるのよ」
「頼みですか?」
「そう。この仕事は貴方が適任だと思うのだけど、やってくれるかしら?」
「あの、仕事の内容は「やってくれるかしら?」
ん?
今かぶせてこなかった?
「あのし「やってくれるかしら?」
微笑んでいる侍女長から未だかつて無いプレッシャーを感じる。
しかし私は断ろうと口を開いた。
「残念ですが「お給料倍にするから」
……ほんっとーに残念です。が受けさせて頂きます」
ビンボー人の弱み、金を使われてしまった。
だって倍だよ?
受けるっきゃないっしょ!
「やってくれるの!? 本当!??」
くわっと目を見開き私につかみかかる侍女長。
「はい」
「ありがとう! 骨は拾ってあげるわ!!」
そんな大げさな……
狂喜乱舞している侍女長を落ち着かせるまで一刻はかかった。
落ち着いた侍女長にさくっと説明を受けると、
仕事内容は寝起きの悪い騎士を朝礼までに叩き起こしてほしいとの事。
ん?
「申し訳ありません、勘違いかもしれませんが騎士寮は女人禁制と記憶しているのですが」
「そうよ、バレたらまずいから男装して行ってね」
当たり前のように返してくる侍女長。
気にする私がおかしいのか?
「……ちなみに誰を起こすのでしょうか」
「婿にしたい独身ランキング123よ」
「私に死ねと!!!????」
婿にしたい独身ランキングとは貴族の中で公然の秘密として存在するランキングである。
上位に君臨されし方々は見目もさることながら、権力、武力、性格なども格上だ。
しかも123位の方々には狂信的な信者(乙女)もいる。
貴族としても優良物件の彼らに近づこうと躍起になっている当主は多いという。
「も、もしバレたら……」
私が恐る恐る聞くと、
侍女長はにっこりわらって手を首の手前で引いた。
それは仕事の方ですか? それとも物理ですか?
「大丈夫、万が一あったら後始末するから」
どうやら物理のようです。
こうして私は寝起きの悪い男どもと文字通り命をかけた死闘をくり広げる事となったのでした。
1
布団を剥がしても、大声で怒鳴っても覚醒しない男をみて私は深いため息を附いた。
今起こしているのはランキング3位のジェフ・フリーマントル
第12魔法騎士隊長だ。
彼は貴族界でも他に類を見ない美貌の持ち主だ。
フリーマントル家は代々魔力の素養持ちが産まれやすいが28の若さで騎士隊長になった者は他にいないだろう。
才覚も十二分にあり性格も良好。
しかし他の二人を超えられず3位なのには理由がある。
その美貌だ。
美しすぎて近寄りがたくもはや神扱い。
だれかが隣に立とうものなら狂信者に粛正される。
ジェフ隊長は、いつ如何なるときも他人の視線に晒される。
彼が一言喋ればその日のうちに信者全体に伝わるだろう。
そりゃ寝ているとくらい気を抜きたいわ。
幸せそうな顔をして寝ているジェフ隊長。
そのまま寝かせてあげたいが、そろそろ本気で起こさないとまずい。
ここまで来ると大抵の事では起きないので、軽く蹴りを入れる。
ゴッ!
みぞおちを狙った蹴りはその数センチ前で止まった。
よくみるとうっすら青い光が見える。
「なんでっ!!!??」
敵認定されてしまい魔法が発動しちゃいました。
昨日までなかったじゃん!!
下級魔法『ガード』敵意のある攻撃を加えると展開される魔法だ。
意識の無いときまで魔法展開出来るとかジェフ隊長ぱねぇ。
さすが魔法騎士隊長なだけはある。
まぁ
「その魔法の所為で、私が、苦労して、んですけどね!」
魔法を使えない私にとって、めんどくさい事この上ない。
36連で蹴りを放ちまくりようやく破壊出来た。
のろのろと起き上がるジェフ隊長。
壊れた魔法の破片を纏って輝いている彼を見て、私は唸った。
確かに綺麗だ。
狂信者達が鑑賞しているのも分からんでも無い。
国宝級の美術品だな、これは。
だが眺めている時間など無い。
「ほらっ、さっさと歩いて下さい!」
「……」
「あ、ちょっと!」
廊下の壁にもたれかかり崩れ落ちてしまった。
まずい、さっきの『ガード』で時間をロスした。
このまま歩かせたら残りの二人が間に合わない。
そう判断したので私は仕方なくジェフ隊長を抱えて持ち上げ……
「重っ!!!!」
なななな、何だこりゃ!! 重さが重くて重いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!
「貴様何か魔法使って重くしてやがんだろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
叫んでも夢に旅立ったジェフ隊長には聞こえなかった。
抱えれないのでジェフ隊長を引きずって移動する。
魔法使えんなら自力で、歩けよ!
絶対普通のメイドに、やらせる仕事じゃねえだろ!
辛いがここで他の騎士に助けを求めてはいけない。
騎士の中にも信者は存在するのだ。
前に起こすのを頼んだ時、ベッドで寝ているジェフ隊長の側に跪き拝んでて使い物にならんかった。
しかたないから私が起こそうとすると
「ジェフ様の眠りを妨げるな!!!」
って叫び声を上げたときは本気で引いたわ。
ジェフ隊長を引きずって廊下を歩くと嫉妬の目が刺さってくる。
今日こそ私死ぬんじゃね?
そう思うが何故か騎士達は手を出してこない。
重みに耐えながら進み、シャワー室前まで運ぶ。
するとジェフ隊長はのろのろと立ち上がりシャワー室へ入って行った。
「一人、終わった……」
一番楽だったのになんで魔法使って来てんだよ!!
こちとら無属性だよ!!!
つっかれた、めっちゃ疲れた。
でも此処で倒れてはいけない。
後二人、もっとひどい奴らが居るのだ。
2
次の相手はエディー・ウェルズ、ランキングは2位だ。
ウェルズ公爵家の三男。
彼はいわゆる遊び人で、甘いマスクと蜂蜜のような言葉で乙女を惑わして、女を片っ端から落としまくっている。
信者は表には出てこないので実際どのぐらい居るのはか分からない。
仕事時は真面目にしているらしく、一応第一副騎士隊長である。
他の遊び人と違う所は一つ。
それはウェルズ公爵家に属しているということ。
ウェルズ公爵家の家訓に『嫁命』と言うものがある。
何故そんな家訓があるかは謎だ。
しかしその家訓のおかげで遊び人エディー副隊長も結婚すれば治まるだろうと思われている。
家訓が無ければ2位になっていないだろう。
例のように扉を蹴破り中に侵入。
そのまま流れるように回し蹴り3発を放ち、寝ぼけているエディー副隊長の腹にコンボをきめる。
エディー副隊長は少し後ずさり、袂から出した短剣を私に向けて言った。
「ねみぃんだよ!!!!!!!」
繰り出される攻撃を避けながら思わず私は叫んだ。
「目を覚ませぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
そう、彼はとても寝起の状態が悪く、自分を起こそうとした者を撃退しようとしてくるのだ。
もちろん物理で。
仮にも第一副隊長、その戦闘スキルは桁はずれ、一瞬でも気をぬいたら持って行かれる。
「邪魔すんじゃねぇよ!!!」
「むしろ助けてんですけどぉぉぉぉっ!!??」
「避けんな、あたんねぇ!!!」
「っ、死ねと!!!????」
私は短剣を紙一重の差で避け続けながら廊下に出てシャワー室へと誘導する。
いつもはもう少し余裕があるのだがジェフ隊長に体力を使ってしまった。
仕方が無いので短期決戦で気絶させようそうしよう。
そう決めた私は壁を蹴り、エディー副隊長の真上を通り背後に着地。
そして耳元で子守唄を歌う。
するとエディー副隊長はまるで糸が切れたかのように崩れ落ちた。
人形のようになってしまったエディー副隊長を担ぎ上げる。
その間も子守唄は歌っていなければならない。
何故か知らないが子守唄を超至近距離から歌うと彼は意識を失う。
……こんな弱点あっていいのかね?
そう思うが私としては便利なので、ぜひその弱点を治さないでいてほしいものだ。
エディー副隊長を担ぎ、歌いながら廊下を歩く。
しかし、あれだな、普通に重いな。
魔法使いやがった奴ほどではないけど十分重い。
しかもシャワー室までの道のりはこいつの部屋が一番遠い。
せめて引っ越せよ、シャワー室の隣とか、もう住んじゃえばいいじゃんかいの。
そんな事をつらつら考えていたら着いたのでシャワー室にぶっ込んだ。
冷たいシャワーをセットして廊下に戻る。
これでこいつは終わりっと。
冷たさで目覚めるだろ。
さて、最後の大仕事が待っている。
3
私はある部屋の扉を開けた。
その部屋こそ第一騎士団隊長にして堂々のランキング1位にして一番の難敵。
グレゴリー・アシュバート
彼は普段、超のつく堅物だそうだ。
どんな女に言いよられても揺らがず、規則を守る騎士の鏡のような男で顔も整っている彼に懸想する女は数えきれないほどいるらしい。
部下に慕われていて、仕事は完璧、生真面目としか言い用の無い性格。
まさに理想の婿候補だ。
しかし、寝ぼけているとき性格が変わる事を私は知っている。
扉をノックして普通に開く。
ゆっくりと部屋に入った私はまず布団をひっぺがす。
布団が無くなり頼りなくなったのか、もぞもぞと動くグレゴリー隊長。
「おはようございます、朝ですよ起きて下さい」
「……」
さて、今日はどうなる?
グレゴリー隊長は私をちらりと見てから黒い頭を抱えて丸まった。
ちくしょう、今日は長いパターンか。
私は隊長に優しく起きるよう促す。
「隊長さん、朝の訓練に遅れちゃいますよ?」
「寒い」
頭を抱えたまま呟いた隊長をぶん殴りたくなる。
私だって寒ぃよ!!
そもそも業務外の時間に働いてるのはあんたらの所為だからな!
いらついたがここで声を荒げると更に時間がかかるのでぐっと我慢する。
そんな私を見て、ぼんやりとした灰色の目が甘ったるい低い声で言った。
「ねぇ……寝かせて?」
「ぐっ!」
じゃっかん涙目になっているグレゴリー隊長を見て私は揺れた。
寝かせてあげようかな?
仕事でほとんど寝てないっぽいし、疲れてるっぽいし。
ちょっとくらい、いい……
「いやいやいや何考えてんの私!!」
頭をつよく振って馬鹿げた考えを追い払う。
「……むぅ」
眉を寄せて呟くグレゴリー隊長。
「むぅ、じゃありません!!!」
可愛いけど!! 寝かせてあげたくなっちゃうけど!!!
「朝礼に遅れますから! 起きなきゃ駄目ですから、ね、起きましょう!!!」
そう手を差し出すと
グレゴリー隊長は匂い立つような色気を出し、流し目をしてベットをぽふぽふ叩き言った。
「一緒に寝よ?」
ぐはっ
ヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!!!
それは反則だよ!!!!!!!
これが隊長の真骨頂、これにはどんなメイドもやられて任務を遂行出来ないだろう。
しかし、
私は違う!!!
手の甲に爪を立て痛みで正気に戻る。
ベッドを見ると布団を抱きしめたグレゴリー隊長。
鼻をスピスピと鳴らしている。
ぐっ、耐えるんだ!!!
今日は一段と殺傷能力が高いぞ!!
こんな時は報酬と、バレたときの最悪のイメージを考えろ!!!
信者にバレたら私は死ぬ!
此処で流れたら私は始末される!
遂行しなければならない事は?
こいつを起こす事! よし!
「起きて下さい!!!」
私は彼が掴んでいる布団を引っ張った。
すると至近距離で目が合う。
グレゴリー隊長は布団から手を離して、そのまま手を広げる。
「おいで?」
「断固として断る」
「……ねむい」
「知ってます」
「歩きたくない」
「お姫様抱っこで運びましょうか?」
この一言が効いたらしくグレゴリー隊長はベッドの上で起き上がった。
だが後一押しが必要だ。
私は柔らかく微笑みながら、ゆっくりと隊長の手に自分の手を重ね、無理矢理ひっぱり立ち上がらせる。
「さあ、シャワーを浴びたら目が覚めますから」
そう言う私に渋い顔で彼は頷いた。
そのまま手を引きシャワー室の前まで連れていく。
「ほら、しゃんと目を覚まして下さい」
「……うん」
そう言ってグレゴリー隊長は自力でシャワー室へと姿を消した。
お、終わった。
終わったぁぁぁーーーーーーーーーーーーー。
今日はまだ(・・)マシな方だったからよしとしよう。
だが一つ言わせてほしい。
百歩譲ってメイドが色気に負けるから駄目だと言うのは納得しよう、でも騎士が起こせばいいじゃん?
つーか起こせよ、他の二人も。
精神的疲労と肉体的疲労がハンパねえっつうの
私はどっと疲れが出るのを感じながら自分の部屋へ帰った。
ああ、これからが本業なんだよな……
メイドの仕事もらくじゃないんだよな……
つーかもう……いいんじゃね?
「と言う事で本日を持ってお暇をちょうだいいたします」
「え?」
「私には荷が重すぎました」
「え? え?」
「故郷に帰って他の仕事を探します。すみませんがそう言う事で」
「えええええええええ、、えぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!!!!!」
侍女長、さっきから『え』しか言ってないですよ。
「ちょちょちょ、困るわ、そんな急に、あの仕事は他の人にはそうそう頼めないのよ!」
「そう、ですか」
「ね、だから考え直し「そんなんしったこっちゃねぇよ」 え?」
私の崩れた口調に戸惑う侍女長。
「だいたい女人禁制の所に女がいくこと事態非常識で、そもそも騎士達が起こせばすむ話ですよね? 信者の事も私には関係ありませんし、なにがどうなって頼まれたのか分かりませんが一応金額分は働きましたのでもうやめます 次は信者にでも頼んだらどうです?案外上手くいくかもしれませんし」
「あ、「彼らにはこう伝えて下さい」
大きく息を吸って私は侍女長を通して彼らに告げた。
「いいか寝起の悪い野郎ども、これからは一人で起きやがれ!!!!!!!!」
あれから三ヶ月、私は王宮に呼び出されました。
今、目の前で土下座している元上司によると、他の人に頼んだが全員もれなく任務に失敗した。
ジェフ隊長は騎士に寝込みを襲われ、エディー副隊長は起こしに来た人を半殺しにし、グレゴリー隊長はそもそも気づかなかったらしい。
「『ガード』で撃退出来たけど怖くて寝られなくてね」
ジェフ隊長、それは同情します。
「僕を仕留められるのは貴方しか居ません」
エディー副隊長、手を掴むな近い。
「なぁ、頼むよ。君が良いんだ」
グレゴリー隊長、起きてますよね?
「だからお願い! メイド仕事しなくていいから、給料も5倍にするから! 戻って来て!!!!!」
侍女長はもうぼろぼろだ。
私は言った。
「給料5倍は確かに魅力的ですね」
「そうでしょ!!?」
「非常に……非常に嬉しいですが、お断りさせて頂きます」
ぼうぜんとする侍女長。
「な、なんで?」
「私の精神、肉体的な問題もありますが……
私は問題騎士達を見てしごく当たり前の事を言った。
「自力で起きやがれ、と思います」
あ、侍女長が燃え付きた。