人工的贖罪
ある高校の夕暮れの屋上。フェンスの向こう側には一人の女子生徒が立っていた。
階段を駆け上がり、屋上の扉をはね開けた俺は、そいつに向かって叫ぶ。
「待て!考え直せ!!」
その女子生徒は俺の彼女、榊原羽衣だった。俺がこの場所にたどり着いたのは、机の上に置かれていた彼女の遺書ーー俺への手紙に気付いたからだった。
「もう、我慢できないの。私じゃ、あなたを満たせなかったっていう事実に」
「違う!俺は充分幸せだった!!」
「じゃあ何で、昨日詩織さんといた時、あんなに笑顔だったのよ!!あんな和之の笑顔……私……見たことなかった……」
そう言い終わるとともに、彼女はすすり泣き始めた。「詩織さん」とは、自分の家の近所に住む大学生で、ゲームや音楽の趣味が同じだったことから、昔から仲良くしていた人だった。
羽衣が言っているのは、昨日喫茶店で俺と詩織さんが話していたことだろう。だが、あの時は最近行われるゲームのイベントについて話していただけだった。まさかそれを羽衣に見られ、そんな風に解釈されるとは思ってもみなかった。
俺が何か返そうとする前に、羽衣は泣き終わり、悲しげな目で少し笑って俺を見つめた。
「あなたの存在は、私にとって大きなものだった。だから、あなたと別れて、これから普通に過ごしていく自信が私にはないの……今までありがとね、和之。さよなら」
羽衣はフェンスから手を離し、後ろに倒れていった。
「待っ……」
俺はフェンスに駆け寄ろうとした途中で、フェンス下から鈍い音がしたのを聞き、その場にへたり込んだ。
何で……何で…………何で!!!!
「っ!」
俺は跳ね起きた。
今のは……夢?
ふと周りを見回すと、暗い自分の部屋にいることに気がついた。安堵したのもつかの間、異臭に気がついた。何だか……やけに焦げ臭い。
ハッとして部屋を飛び出すと、廊下が炎と煙に覆われていることに気がついた。原因は分からないが、これは間違いなく火事だ。
慌てて自分の財布と携帯を持って、退路を探した結果、2階の自分の部屋の窓から雨どいをつたって何とか庭に降りた。そこで気づく。他の家族はどうした?
玄関先を確認すると、両親が確認できた。
「よかった!みんな無事……」
いや、違う。弟の……祐二がいない!!
そう気付いた刹那、大きな爆発音が響いた。音の発生源を確認すると、裏のガスボンベに引火していた。
そしてそこは、祐二の部屋の真裏でもあった。
「祐二!!」
母親が悲痛な叫びをあげる。
その叫びが、思考停止した俺の頭に何度も反響して…………
「お父さん?」
我に返った。目の前には、自分の娘が不思議そうな顔をして立っている。
「どうかしたの?」
「あぁ、いや、別に」
隣から妻が心配そうに尋ねてくる。俺自身もよく分からない。白昼夢でも見ていたのだろうか。
娘に視線を移すと、彼女は楽しそうに笑った。
「ふふ、変なお父さん!!」
両親二人の前を走っていく娘を見て、顔がほころぶ。隣の妻も同じ顔をしていた。まぁ、何だっていいか。今これだけ幸せなんだから。
その時、娘が縁石につまづいた。その体は車道側に投げ出され、運悪くそこに走りこんできた車が……。
「危ない!!」
駆けつけようとするが、間に合うはずもなく、車は娘を跳ね飛ばした。
妻は慌てて救急車を呼び、車の運転手は停めた車から降りてきて、事態を把握した周囲の人間が集まりだし、娘は倒れたまま動かずーーーー
「……試行、順調に進行しています」
「よし、引き続き実行しろ」
「はい」
ヘッドセットをつけられ、目を閉じたままベッドに寝かされた男をガラス越しに眺めながら、白衣の中年男性が部下に指示を出す。ここは刑務所に併設された研究室の一部屋だった。
「静かな刑の執行ですな」
隣にいた見学者が漏らす。
「この男はあと何回、『悪夢刑』を執行されるのですか?」
「判決では無期懲役が言い渡されていましたからね。あと900回程度かと」
「それはそれは……覚めない悪夢というのも、なかなかに苦痛でしょうなぁ」
見学者は哀れみの視線を寝ている被告人の男に向ける。
他人の夢のコントロールが技術的に可能となった世界で施行された「悪夢刑」の制度。
判決の間違いの取り返しがつかない「死刑」と違い、肉体を損傷させずに行う事ができる刑の執行として採用されたが、場合によっては、被告人は死刑以上の苦しみを味わうことになるのかもしれない。
あるかもしれない未来のお話。あなたは、どう思いますか?




