髪結いの願掛け
聖女の髪を世界に捧げれば、奇跡が起きる。
そういった理由で異世界に召喚された、わたしの友達は、とても綺麗な髪を持っていた。
枝毛や絡んだ毛もなく、サラサラとした、綺麗な綺麗な長い髪だった。
一方のわたしは、お世辞にも綺麗とは言い難い髪で、一発で戦闘外通告をされて捨てられた。
いろんな意味でしたたかだったわたしは、始めはちょっとギリギリセーフなことをしたり、野宿をしたりして生き延びた。最初の一ヶ月半は空腹や怪我で死ぬかと思ったけど、なんとか宿をとって仕事できるまでにこぎつけた。
その間、友達との連絡ももちろんないけど、噂では、諸国を旅して人々を救っているという。
あの綺麗な髪を捧げて……。
「また聖女様が奇跡をおこされたんだとよ」
「ありがたいことだよ、聖女様のおかげで、こうして生きていられる」
「ありがたいありがたい」
聞こえる噂は、そういった言葉が多かった。新しい噂が聞こえるたび、あの子の髪がなくなっているんだと、虚しくなった。不器用だからと、髪を結べなくって困った顔をしていて、わたしがかわりに結んでやって、結いあがった髪をみて、あの子は嬉しそうにはにかんで……。
「おや、髪結いじゃないか」
「ああ、女将さん」
広場の噴水に腰掛けて、ぼんやりと物思いにふけっていると、ギリギリのことをしていた時にお世話になった宿屋の女将さんが声をかけて来た。
それに意識が思考から帰ってくると、噴水に腰掛けた時から随分と時間が経っていた。
「最近顔を見ないと思ったら、依頼を受けに行ってたのかい?」
「はい、最近は貴族の方にも御用達で、泊まり込みで舞踏会に参加するお嬢様方の御髪を結っておりました」
「それは随分出世したもんだ!」
女将さんは、恰幅のいい体を揺らして豪快に笑う。清々しいほどの大笑いだ。元気そうで何よりです。
「それにしても、こんなところでどうしたんだい?辛気臭い顔して!」
「舞踏会の時期が過ぎたので、雇用期間が終わったんです。また宿暮らしなんですが、どこに泊まろうかと」
「だったらうちに来なよ!さっき態度の悪い傭兵叩き出したとこだから、部屋なら空いてるよ!!」
ああ、傭兵叩き出して警邏に突き出した帰りですか、もしかして。
「相変わらず腕は訛っていないようで」
「あったりまえだよ!流石にギルドで働いてた時よりは訛ったけどね!!」
また豪快に笑う女将さんは、いつの間にかわたしの腕をがっちりつかんで自分の宿まで引きずり出した。
あるくんで、おとなしく歩くんで!!引きずらないで!!!
とても痛い!!
女将さんに引きずられて来た宿の入り口には、何故か神殿に仕える騎士様が立っていた。
ものすごく険しい顔ですね、こわい。なんかどっかでみたことあるような………気のせいかな!
女将さんは怪訝な顔でなんか爆弾落としそうで、別の意味でこわい。
ハラハラしていれば、騎士様が険しい顔のまま、わたしに話しかけてきた。
「貴様が髪結いか」
「はい。確かに髪結いを生業とさせていただいています」
長いものには巻かれろ主義です。その腰に装備している剣で切り捨て御免は勘弁です。
やめて近づかないで、わたしのパーソナルスペースは半径三メートルよっ!!!
「神殿長が貴様をお呼びだ、大人しくついて来てもらおう」
「わぁーお」
「………」
思わず巫山戯た声が出ましたけど、わざとじゃないんです。これが素なんで、だからそんな見下さないで!!!!女将さんもそんな生暖かい視線でわたしを見ないで!
さあ、やって来ましたご神殿。
でっかい!綺麗!入りたくない!!
友人と一緒に召喚されてわけもわからないまま放り出されたから、トラウマで敷居をまたげな……ああああ引きずらないでえええええっ!歩きます歩きますっ、だから襟首掴まないでくださいいっ!!!
「あれ、ところで騎士様、何処かでお会いしたことが?」
「……………………貴様が召喚された時にな」
「ああ!わたしを放り出した方だ!!」
「………」
おー、思い出した思い出した。放り出したのこの人だよ、今みたいにわたしの襟首引っつかんで、暴れるのをものともせずにポーーンッと。いやー、喉に刺さった魚の骨が取れたみたいに清々しい!
え、なんでそんな苦々しい顔でわたしを睨むんですか、やめてくださいよこわいでしょ、めっ!!
そんな考えを読み取ったのか、騎士様はわたしを引きずるスピードをあげよった。爪先から火が出ちゃううううううっ。
「貴様は、何故まだこの国にいる」
唐突に話出された騎士様は、苦々しげにそう言った。どれだけ苦虫噛み潰したらそんな顔できるんだろう。噛んだことないから、わたしにはわからなかった。
「騎士様、騎士様、願掛けをご存知ですか?願いを込めて、髪を伸ばすんです」
「それがどうした」
「わたしはやっと、あの子の役に立てるんですね」
びたりと、騎士様の足が止まる。襟首を離されて、すこしよろけたけれど、わたしはしっかりと立って騎士様をみた。
瞳にうかぶのは、嫌悪、困惑、悲しさ、歯がゆさ、安堵。それが次々浮かんでは消えてゆく。
放り出される前に、神殿長と呼ばれる人から聞かされた話。それをずっと信じて、信じ続けてわたしはこの国で生き抜いた。
きっと騎士様も、知っているんだろう。
「あの子が幸せになってくれるなら、わたしは喜んでこの髪を差し出しますよ」
召喚された時は、あの子を悪く言った子達と、つかみ合いの喧嘩でぐしゃぐしゃにされて、見るも無残な髪だったけど、今は手入れもして伸ばした髪。
いつもは布を巻いて隠していたけど、もういいだろう。
布を取れば、腰のしたまで伸びた髪がこぼれ落ちる。ザンバラだった髪は切りそろえたし、あの子みたいに綺麗ではないけど、それでもしっかり整えた。髪だ。
いつかあの子が幸せになるために、伸ばした髪だ。
「あの子は眠ってしまったんでしょう?」
騎士様は、片手で目元を覆った。
それが答えだった。
耳の早い情報屋が、あの子が乗った馬車が襲われたと話を持って来た。
残された髪を、無理やりギリギリまで切られたと。けれど賊は捕らえられ、はいた情報は、襲った理由と雇い主。力を欲した貴族の差し金だった。
神聖な場所でもなく、清められた刃でなく、切られた影響か、あの子は深く深く眠ってしまった。いつ目覚めるともわからない深い眠りに。
「あの子は優しいから、髪を切るぐらいどうということはないと言ったでしょう?人が救えるなら構わないと、言ったでしょう、願っていたでしょぅ……」
「……」
「だから、わたしぐらい、あの子の幸せを願っていたっていいでしょう?」
他の誰もが感謝してても、その聖女だから当たり前だろうと言っていても、他の誰もが願っていなくっても。
「あの子が幸せになれるなら」
騎士様が、巻き込まれないようにと、辛辣に扱って、わたしを放り出しても、離れる訳にはいかないんだよ。
「だってわたしはあの子の友達ですからね!」
騎士様はなにも言わなかった。
わたしは歩いた。
扉の前で佇む神殿長がいる場所まで。
神殿長は目があっても、なにも言わなかった。硬い表情で、硬く閉ざされた口元は、なにも語らなかった。無言のまま扉を開けた神殿長は、部屋の中央に横たわるあの子を見て、微かに表情を動かした。
わたしは軽い足取りであの子の横まで歩いて行くと、膝をついた。ベリーショートまで短くなってしまった髪を梳くようになでた。
短くなってしまっても、やっぱり綺麗な金髪は変わらず輝くように綺麗だった。
「久しぶり、優ちゃん。随分と髪が短くなっちゃったねぇ。でも大丈夫だよ、髪なんてすぐに伸びるんだから。それに、優ちゃんの事、心配している人がいるんだよ。だから、起きたら元気に笑ってあげてね」
優ちゃん、優ちゃん、わたしの大切な友達。
ねぇ、優ちゃん。君はわたしがこっちにいることを知らないけど、わたしは知ってるんだよ。だから、上で見てるから。
どれだけ切れば、優ちゃんが目を覚ますなんて知らない。もしかしたら、足りないかもしれない。
それでもやらないよりましだ。
用意されたナイフを手にとって、一つにまとめた髪を、躊躇なく襟足からざっくり切った。あー頭軽い。
切った髪は黒なのに、消えていく瞬間は淡い黄金の光をはなっていた。
徐々に消えていく髪をぼんやりと見つつ、扉の向こうに佇む二人を見れば、驚いた顔をして立ちすくんでいた。
ヘラヘラ笑えば、何故か騎士様が走り寄ろうとして神殿長に止められていた。どうしたのだろう。
「う……」
聞こえた声に視線を下げれば、優ちゃんが薄目を開けてぼんやりしてた。ああ、よかった、目がさめたんだ。
視界の端で、今度は神殿長が騎士様に止められていた。なんのコントをしてるのやら。
「………よ…うちゃん?」
「なぁに、優ちゃん」
「…ようちゃん……陽ちゃんだぁ」
気の抜けた笑顔がわたしに向けられる。ああ、2年ぶりに、わたしの名前を聞いた。優ちゃんに呼ばれるのを待っていた。大切な名前。
「まだ眠いでしょう?寝てていいよ」
「うん。ねぇ陽ちゃん」
「なぁに、優ちゃん」
「夢でも会えてよかったぁ」
「わたしもだよ、どこにいたって、友達なんだからね」
「うん、……うんっ」
水晶みたいな涙を流して、優ちゃんは眠った。大丈夫、今度の眠りはすぐ覚める。
もう一度優ちゃんの髪を撫でた私の手は、一度撫でたら消えてしまった。
徐々に消えていく私の体は、淡い光をはなって空にのぼっていく。
「おやすみぃ〜」
間延びした言葉を一言言って、わたしは目をとじた。
その後、色々あった後目がさめた瞬間、子供みたいにギャン泣きする、髪が少し伸びた優ちゃんに抱きつかれたり、涙ぐんだ騎士様に抱きつかれたり、神殿長に拗ねた顔で言い訳のように説教をされたり、その次に、喋れるまで泣き止んだ優ちゃんに猛烈に説教されるなんて、その時はちっとも思ってなかった。
騎士様の髪が短くなっていたのは今もよくわからない。
ああそうだ、いい忘れてた。
「おはよう」
ぽんぽん話が飛んで、拙い文章。
いずれはこれを長編で書きたく思います。
生暖かい目で見てください。
読んでいただきありがとうございました。