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太陽のいたずら

作者: 中原 ゆえ

 ジリジリと照りつける、太陽が暑い。あたしが今座っているベンチも、かなりの熱をおびてすぐにでも立ち上がりたい位だ。

 こじんまりとした公園で結構気に入っていたけれど、今限定で言えば、日影のないこの公園は地獄だ。体中からやる気と気力を、根こそぎ奪っていく。

 どうしてこんな暑い中、ベンチに座っているのかと言えば。

「お待たせ、はい、ミルクティ」

「あ、どうも。ありがとうございます」

 汗をかいたペットボトル。手渡されたそれに、思わずそんな言葉が浮かぶ。あぁ、ペットボトルですら汗をかく暑さなんだな、としみじみ感じる。

「俺はね、コーラ。体にさ、悪いって言われるけど、結構この味が好きなんだよね」

 声の主はそういうと、あたしの返事も聞かず、隣に座る。

 ゴクリゴクリと、喉をならしてコーラを飲み干す姿は、休日にうちお父さんがビールを飲む姿に良く似てる気がした。

「ひよさん、話って何ですか? こんな暑い中呼び出して、普通の用事ならただじゃすみませんよ」

 そう、この男。『ひよこ』に呼び出されたからこんな暑い中に居る訳で。ひよこ、と呼ぶのは心の中で、声に出すのはひよさん。

 居酒屋のバイト仲間のひよこは、何故かお互いの空いた時間の日中の暑い時間、あたしを呼び出したのである。

 あ、勿論、ひよこ、というのは本名ではない。本当の名前は神崎さん。下の名前は知らないし、知るつもりもない。あだ名の由来も、勿論知らない。ふわふわと羽毛を思わせる髪質からかもしれないし、誰にでも人懐っこいその性格からかもしれない。

 どうして興味がないのかといえば、逆なのだ。つい、いつも目で追ってしまうし、つい話し声が聞こえたら、気にして聞いてしまう。いつからかはわからないし、何故なのかもわからないけど、気付けば自然に恋をしていた。

 けれど、考えれば考えるほど、釣り合わないと感じて、恋心は封印している。

 だって私は―――

「ネコちゃん、そう脅し文句は言わないで。俺にとって大事な話だけど、君にとっては普通の用事かも知れない。それぐらいの軽い話だから」

 にっこりと、笑顔で答えるひよこ。そのあだ名は嫌いだ、と何度言っても、やめてくれない。

 勿論あたしも、本名はちゃんと別の名前がある訳なのだが、何故かひよこを含むバイト先の面々や友人達は、ネコと呼ぶ。

 理由は、言われなくてもわかる。このきつい目つきからだろう。性格も、どちらかと言えば人と関わらず関わらせずだから、つれない子の意味も含まれているのかもしれない。

 そう、あたしのあだ名はネコ。これがもっと別のあだ名なら自信を持てたのかもしれない。ひよこと一緒にいれるかもって。

 でも、ネコとひよこは相いれない存在で。ともすれば、ネコがひよこをいたぶり殺す存在で。

 実際の人間関係じゃそんなことはありえないんだけど、ひよこの心を壊して殺してしまいそうで、ひよこと距離を置いている。

 あたしにとって、ひよことは、そういう存在なのだ。誰からも愛され愛でられる。そしてその幸せを壊すのは、ネコだ。

「また何か考え込んでるね? ネコちゃん」

「そ、そんなことないです」

 あたしのぐっと顔を覗き込むようにして、ひよこが言う。

 額からこぼれ落ちる汗よ、止まれ! と必死で願う。化粧はそんなにはしない方ではあるが、この暑さ。汗で化粧が落ちてどれだけドロドロの顔をしてるかなんて考えたくもないというのに!

「何を考えてるか当ててあげよっか」

 にやり、とひよこが笑う。

 あぁ、こんな意地の悪い顔、この人出来たんだ、とぼんやりと思う。

「アイスが欲しい」

「ぜっんぜん、違います」

「あれ、おっかしいなー。俺この暑さだし、アイス欲しくて仕方ないんだけど。そうだな、出来ればレモン味」

「それは、ひよさんの願望でしょ」

 はぁ、とわざと聞こえるようにため息をひとつ。

 そんな事を言うためだけに、この人は呼び出したんだろうか? こんな暑い日に?

「まぁ、アイスは後でネコちゃんの奢りで食べるとして」

「奢りませんから」

「酷いなー、ジュース奢ったのに」

「それは感謝してますが」

「感謝だけですか……。っと、はなしたい事のひとつなんだけどね。いやね、近々インコさんの誕生日じゃん。だからさ、一緒に選びに行かないかなーって」

「あぁ、そういえばそうでしたね」

 インコさんも、やっぱり職場の人である。可愛らしいおっとりしたお嬢さんだが、仕事はテキパキこなす素敵な先輩。名前の由来は、インコを飼っていて大事にしてるからインコさん。

 そこまで考えて、はっと答えにたどり着いた。『俺にとっては大事な話』で『あたしにとっては普通の用事』。大事、ということは『ひよこにとってはインコさんが大事な存在』って言う事になるんじゃないだろうか。

 照りつける太陽がとても肌に痛い。きっとその痛みが肌を貫いて、心臓まで達したんだろう。だからこんなにも、バクバクと心臓が鳴ってるんだ。そうに違いない。

 目ににじむ何かも、きっと汗。こぼれるな、こぼれちゃダメだ、汗。そう自分に言い聞かせる。

「ネコちゃん、どした? 大丈夫? 暑いし、気分悪くなった?」

 ひよこの心配そうな声が聞こえる。

 あたしは、大丈夫とも大丈夫じゃないとも答えられなくて、そのままうつむいた。

「ネコちゃん、今度こそ考えてる事当ててあげる。ひよことインコは相性がいいだろうな、そうでしょ?」

 またしても違う。が、変な声が出そうになったから、あたしは答えるのをやめた。

「ネコちゃん。ひよことインコはありえないんだよ」

 なんでそんな事が言えるんですか、そうあたしは叫びたかった。インコとひよこ、なんてお似合いじゃないですか、と。

「でもね、ネコちゃん。インコとひよこはありえないけど、ネコとひよこは相性いいんだよ」

「なんで今そんなこというんですか」

 それだけはなんとか、鼻声にもならず、言う事が出来た。

 何を急に? そう思ったのは事実だし、言われた内容もよくわからない。だって、ネコとひよこ。相性なんていい訳がない。

「ネットで最近よくあるよー。ネコがひよこを育てた、とか、仲睦まじく一緒に暮らしてる、とか。動画も良く見るなぁ」

「なんで知ってるんです? そんなこと」

「なんでだろうねぇ? 宿題っ」

 宿題なんて言われても、考えるつもりなんてなかった。

 考えてたのは、どうやってこの気持ちとお別れするかだった。思っていたよりも、きちんと封印できてなかったこの気持ち。

 明日から、きちんと封印できるだろうか? インコさんに、ちゃんと前みたいに笑えるだろうか? ひよこにも、普段通り接する事ができるかな?

 そういう事ばかりを、必死に考えていた。

「ネコちゃんの妄想はよくない方向みたいだなぁ」

「わかんないじゃないですか、自分では割と建設的な考えしてると思いますけど」

「あのね、ネコちゃん。俺が言いたい、ほんとの事はね」


 続いた言葉は、ミンミンと鳴く蝉の声で掻き消えた。

 記憶にこびりついたのは、あれだけ明るい笑顔でずっと話していたひよこが、いつになく真剣な顔でこちらを見ていた事だけだった。

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