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迷宮のウルトラブルー  作者: 津島修嗣
第一章 リトルドラゴン
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三. Dirty

 


 三.




 地下迷宮の硬質な闇を引き裂き、閃光が疾る!


 辺りの内壁を紅く浮かびあがらせて炸裂した魔弾が、蜻蛉型イミューンの顔面を吹き飛ばす。

 地上の飛翔昆虫とよく似た形をしているが、このタイプの魔物(イミューン)はそれより遥かに大きくて攻撃的だ。

 群れで襲撃してくる上に素早く飛び回るため、物理攻撃を当てにくい。

 潜りたての新米探索者にとっては間違いなく脅威になる存在だ。

 トワイライトにとっても、こいつらは厄介な相手である。でも、それは実力的な意味じゃない。

 

 もっと深刻で、

 生理的な、

 そして根源的な意味での脅威。


 すなわち――――


「ヴォエェェ、虫ダメぇぇ! とくに翅の生えたのらめぇぇッ!」


 虫の類は基本的にNGなのだった。


 だからとりあえず片っ端から叩き潰して進む。

 嫌悪と恐怖でブチ切れながらも手繰る糸が肉を断ち、次々と飛来する魔物に魔弾が炸裂する。

 迷宮内の生態系が変化して虫たちが淘汰されるか、トワイライトが彼らを絶滅に追い込むのが先か。それはとても微妙なところだった。

 彼はトランス状態の恍惚感にまかせて虫恐怖症を無視……否、意識の外に押しやると、群れを壊滅させるべく更に攻撃を繰り返す。


 ――――爆発と同時に炎上。


 肉を焼く不快な匂いすら残さず、あっという間に魔物の体が燃え尽きて消失する。

 屍肉を飲み込んだ炎は、まだまだ物足りないといわんばかりに俄然勢いを増して燃え上がる。

 なんて強欲で我儘な炎。次の獲物を欲しがって焦れている。


 魔弾〈朱雀〉。

 一瞬にして魔物を焼き尽くすほどの威力を持つ召喚魔術。


 これもまた迷宮内を漂う高位存在を自らの身に呼び降し、その力を拝借するトワイライトお得意の魔術のひとつ。

 彼の右手薬指、その刺青から生じた燃える羽ばたきは空を切って飛翔。旋回して急角度で別の個体に殺到し、焼き焦がす。

 まるで燃え盛る無数の刃が魔物の全身に突き刺さっているような、そんな凄絶な光景が彼の眼前で繰り広げられている。


 機構(LQPO)の要請を受けて急遽迷宮に潜ったトワイライトは、低階層に出没するイミューンどもを相手にしながら、目的ポイントを目指し潜行している真っ最中だった。

 道中の魔物退治はいつもの仕事。

 迷宮にはこれ以上に強力なイミューンがわんさかと存在している。


「ふっ!」


 纏った炎に守られながら、自身も鋭い呼気と共に跳躍。襲いかかる魔物を刀で薙ぎ払う。

 不気味な色の血を吹き上げながら、蟲どもの死骸が転がる。

 確かな手応え。その感触に、元々歪んだ笑みの面様がさらに禍々しいものになる。

 トワイライトは後方へ飛んで返り血を避け、ふたたび魔術を駆使して次を狙い落とす。それが最後の一体だった。

 翅の焼け落ちた蜻蛉イミューンは、地面を這いながら巣穴へ撤退しようと必死にもがく。

 トワイライトはそいつを見逃さなかった。

 恐怖心の裏返しか、ひどく嗜虐的な気分だ。

 逃げまどう蟲どもを見るのはとても楽しい。とても、とても。……とっても。


「なァにぃ~、こっからもう逃げたいってぇ?」


 身を翻して対の刃を抜くと、


「ダーメ♥」


 無慈悲に振りおろし、最後の一体に止めを刺す。

 墜ちた個体を踏み砕くトワイライトは黒渦のような瞳に淫蕩とした笑みで。


「んんっ……ハァ、あッ♥ 燃やすのってこれ……クッソ楽しぃイっ♥♥♥」


 軽い陶酔感に、心地よい眩暈。

 炎を使役しながらも、自分自身が内側から燃やされていくような感覚に支配されている。

 〈朱雀〉。威力は強いが御しがたく、気性の激しい炎の力。

 その力が今彼の中に降りている。だからそんな感覚に襲われるのだ。

 それは、一歩間違えれば術者ごと呑みこみ喰らい尽くしてしまいかねない暴悪な炎。

 こいつと最低限うまくやるコツは、内側から囁かれる誘惑の声に耳を貸すことなく、召喚中は決して気を抜かずにいること。それだけだ。


「あぁ~~、もしかしなくてもオレ今頭オカシイこと言ってンな~? あはは、まァいっか。害虫は駆除しなきゃだしィ!?」


 普段より数倍ネジの飛んだ思考を表すように、彼の瞳もぐるぐるといつもより多く渦巻いている。


 ……変態放火魔のような言動も、トワイライトの中に降りた力のせいだ。


 とりあえずそういうことにしておくし、そうしておいてもらいたい。

 この狂態を誰か見ているひとがあれば、とにかく放っておいてほしかった。

 自分がデフォルトで既にして狂っているのか、ヒトの身の丈に合わぬ高位の存在、その力に引っ張られてトリップしているのか。そろそろトワイライト自身にも分からない。いっそ分からない方が幸せかも知れない。

 どちらにしろ、術を展開している最中はトランス状態であることに違いはない。


 トワイライトは「キャハハ」などと意味もなくふしだらな笑声をたてて血を払い、一対の刀剣を腰に巻いたホルスターに収めた。

 彼の獲物は閉所での立ち回りを重視した刀であるが、迷宮用の非合法手術器具(ブレード)を改造したキワモノだ。


 平たく分厚い刀身をもつ九鈎刀、〈邪淫蓮葉〉。これが号。


 多くのイミューンを屠ってきた業物であるし、人も少なからず斬った。

 真っ直ぐな刀背には狼の牙のような鋸状の逆刃が連なっており、刀柄が持ち易く改良されている。二本合わせれば様々な立ち回りが可能になる。

 号は誰がつけたか知れない。

 トワイライトの立ち振る舞いか、そうでなければ彼の姿を眼にした者が呼んだのが元になり、気がつくと勝手に名付けられていた。

 揶揄するような意味あいもあるのだろうが、何だか気に入ったので呼ばれるまま放置している。


 やがて宙を揺蕩っていた光が眼前に降り立つ。炎の鳥はくるりと回って虚空に消えた。

 役目を終えた使い魔を解放したのだ。

 ……むしろ、トワイライトの方が解放されたというべきか。

 体の内側から血を吸い上げるような熱い感覚が、すうっと消え失せていく。

 〈朱雀〉は召喚の対価である血肉や精気を得て満足したらしい。

 自分の血が果たして美味なのかどうか、さすがにトワイライトには分からない。

 けれど、〈朱雀〉は気に入っているようだ。大抵は素直に力を貸してくれるし、召喚の成功率も高い。

 彼の身に降りていた力の源は再び迷宮の中の魔力、その流れに還り、〝竜素〟として循環を繰り返す。





 長い年月をかけて、探索者たちは魔物への対抗手段を編み出した。それが魔術だ。


 異界の理。


 その知識や技術を人間にも扱えるよう体系づけて、時間をかけてひたすらに研究を重ねたもの。

 理論と実践、その融合。すなわち、魔術。


 物理攻撃だけではイミューンや悪魔を完全に屠ることが出来ず、彼らの世界の在り方に干渉するためにヒトは自らのレベルを何段階か引き上げる必要があった。

 巨大迷宮の母体である巨竜は肉体こそ朽ちたが、その魂は永劫に滅ぶことなく魔力となって迷宮内に満ちていると云う。

 過去何度も行われた調査によって、徐々に魔力についての研究が進んで行った。

 おかげで現代の探索者は迷宮内で魔術を使うことができる。

 竜の体内、つまり迷宮の中に溢れる〝竜素〟とよばれるエネルギーを利用した多様な魔術体系――治癒から攻撃、そして召喚に至るまで数多くの魔法が生み出された。

 物理攻撃専門の探索者もいれば、魔術を得意とした探索者もいる。

 トワイライトは探索者ではないが、後者にあたる。


 迷宮の外では科学、中では主に魔術が人間を助けている。

 そして両者は互いに補いあってもいる。

 地上の都市と地下迷宮には案外バランスのよい関係が保たれているのだ。





『おつかれさま、トワイライト。相変わらず鮮やかな腕だね』


 ノイズの混じらない、明朗な声。

 通信を介して、トワイライトの案内役(ナビゲータ)であるネロが賞賛を送ってきた。

 ネロは戦闘中邪魔をしないように傍観モードで見ていただけで、潜り始めからずっと彼についていた。


「オマエこそ相も変わらず暢気なやつ。人が虫退治に追われてたってのによ」

『ボクにどうしろと? あのイミューンは音や気配に敏感だし、トワイの実力なら倒しながら進んだほうが早いんだよ』

「だからって黙って見ていられンのが何か釈然としねえ」

『合いの手でもいれるべきだった?』

「それはそれで気が散るから却下」

『ていうか、ボクにあたられてもね。きみは嫌いなもの虐めてただけでしょ。虫がダメとか、女の子じゃないんだから』

「ほっとけ。生理的にどうしても無理なの!」

『地上でもそうなの?』

「ジェット式スプレーのアレとかゴキホイとか虫除けがないとオレあの街で生きていけない」


 隔たりの向こうで、少女がくすくすと笑いをこらえる気配がした。


 ネロは遠隔から特殊な装置を用いてトワイライトの意識に接続し、彼の知覚をシュミレート、及びモニタリングしながら、その他様々な情報を元に目的ポイントまで誘導してくれる。

 彼女は非常に優れた水先人だ。


『それより、ね。知らないうちに腕が上がってなぁい?』

「そりゃ、オマエ以外ともデートしているからねぇ」

『また意地悪言って!』

「オマエのほうが人気者でつかまンねぇから仕方なく的な意味なんだけど?」

『むぅ……』


 ネロは、戦闘行為が完全に終息したと判断したようだ。

 警報解除。携帯端末に投影された地図上に、近辺のイミューンがすべて片付いたことが示された。

 

 一呼吸おいて、幽鬼めいた立体映像の化身(アヴァター)が現れる。


『トワイが呼ぶなら、ほかの仕事とか治療だって全部蹴って駆け付けるのにな』

「そりゃまずいだろ。とくにオマエ治療はサボっちゃだめだろーが」

『トワイ、愛なんだよ。愛』

「……まずはそれを自分に向けてくれ」


 ちっちっ、と舌を鳴らして、ネロの化身が指を振る。『わかってないなぁ』などと言い、美しい顔に得意げな笑みを浮かべてみせる。

 彼女の化身は、地上の街に溢れているような、ありふれた少年少女や獣人姿のものではない。もっと精緻に造りこまれたプロ仕様のそれである。

 一つのリアルな存在としてそこに在ること。

 それそのものを目的としているがゆえに、過剰な遊び心に満ちた幻影。

 それは、おとぎ話の黒い妖精の姿をしていた。

 ルミナスグリーンの残像。光の尾を引き、燐粉を散らして、黒妖精がトワイライトの眼前に舞い降りる。


 蛍光黄緑色の髪に、黒い肌。蛇の下半身と蜉蝣のような薄い羽を持つ妖精の姿。


 今日のネロは、以前も眼にしたことのある化身を自分の分身としていた。

 飽きっぽい少女だが、以前言った「この姿が気に入っている」という言葉は本当だったらしい。

 ただ、前よりも随分とカートゥーンライクなデザインにマイナーチェンジされている。

 ダークな造形はそのままに手足や等身にディフォルメをきかせ、漫画みたいな不思議なキャラクターを可視化された電網上に描き出している。

 現実プラス薄皮一枚、拡張現実の視覚上の造形物。

 そこでは現実とかけ離れたデザインでも何でもありだ。

 

 ネロらしいといえばネロらしい。

 現実の彼女はゲームや絵本が大好きな女の子だ。


『なぁに? じろじろ見ちゃってさ。どーせまたガチャガチャしたのこさえて来て、とか思っているのでしょ』

「いや、クッソきゃわいいじゃ~んって思ってさ」

『うそくさいし、うさんくさい』


 仄かに輝く燐粉を散らしながらネロが――正しくはネロの化身(アヴァター)がトワイライトの肩にとまる。

 二人がこんな方法で通信を行うのは、視覚化――それもある程度人の形に似せて――したほうが円滑なコミュニケーションを取れるからにすぎない。

 けれど、それは割と認知的に重要な方法だったりするのだ。


 ネロの化身は……というか大抵のナビがそうであるが、〝埋め込み済み〟で拡張現実にアクセス可能な者であれば誰にでも見えるように設定してある。

 通信相手を限定したシークレットモードで行動することも出来るし、勿論それを用いることもあるのだが。

 ともあれ、探索者が化身を連れて歩く光景は迷宮内でもごくありふれている。

 個人でナビを雇う者や、クランでナビを抱えている場合も少なくない。

 すれ違う同士たちや地上と連絡を取り合い、情報を獲得、交換するには手っ取り早く、そしてもっとも確実な方法だからだ。



『でもまあ、ね。こういうやり取りも含めて超面白いから、トワイと組むのってやめらんないんだよねぇ』


 ネロの小さなアバターはトワイライトの肩の上で胡坐をかいた。そして勝手にうんうんと頷く。

 見ようによってはいかにも漫画的で可愛らしい動き。

 映像は至極滑らかで、音声も含めて何もかもにラグはない。

 目の前に存在するホンモノを相手に会話しているかのようだ。


「そういうけどな、お前。危なくなったら同調(リンク)は強制的に切るからな」

『やだよ、そんなの。でもトワイがそんな状況をつくるとは思えないから、いいや』

「また過信……」

『し・ん・ら・い! だからね、ボクはキミを信頼しているんだって。とっても、ね。何度も言わせないでよ』


 相変わらず口が減らない悪餓鬼。


 こういう無条件の信頼とかいうやつがトワイライトはどうにも苦手だった。

 いくら慣れたネロが相手でも居心地が悪くなる。


 なんとなく雰囲気を察したのか、ネロは言葉を続けて付け足した。


『それにね? ナビゲートよか、キミみたいな気の違ったひとにはツッコミ役が必要でしょう』

「……それは確かに」


 一人キ●ガイモードのまま迷宮を彷徨うのは虚しいし、恥ずかしいし、それに色々な意味で危険だ。

 誰かに合いの手でも入れてもらわないとやっていられない。


 肩をすくめて答えとしたが、遠く隔てた自室に居ようがネロにはそれが伝わる筈だ。

 トワイライトの精神を乗り物としながら、ネロは彼の案内役として常に〝傍〟にいる。いや、彼の〝中〟というべきか。

 ちなみにトワイライトの生体情報は彼女に伝わるが、知覚についてはごく限定的な接続のみの制限を設けている。

 過度の刺激、場合によってはトワイライトが受ける深刻なダメージまでをも彼女に共有させるわけにはいかないからだ。


『でもさ。よりにもよってトワイ、きみがこんなにツマンナイ仕事……死体の頭数確認しに潜るなんて、受ける必要なかったんじゃなぁい?』

「オマエ、せめて少しは敬意を払えよ」

『ん? トワイのことは充分尊敬しているよ?』

「俺じゃなくて探索者の野郎共に、だ」

『……はあ』


 ネロはナビの分際で、探索者があまり好きではないようだ。

 彼女は依頼内容や仕事相手を値踏みして、気に入った案件だけを引き受ける。

 彼女のやっていることは何処までも趣味だし、所詮は金持ちの道楽だ。

 それでいて、そこらのナビよりもよっぽど優秀なのだからどうしようもない。

 彼女に仕事を依頼したいという者は大勢いて、ネロはその多くを断っている。

 もしかしたら、今よりもう少しくらいは依頼を引き受けたり同期するなりして迷宮に潜りたいのかもしれない。


 しかし、彼女の肉体がそれを許さない。


『トワイだって好きじゃあないんでしょ、探索者も迷宮も。それなのに、どうして引き受けたりするのかなぁ』

「大人には事情があんだよ、大人のな」

『大人かー。大人の割りにはめちゃくちゃ恥ずかしいよねえ、トランス中のキミ』

「うっせ」

『トワイみたいな気の違った救護人ばっかりだったら無茶する探索者も減るんじゃなぁい?

 機嫌が悪いと助けるどころか、うっかり殺られかねないし』

「言えてンじゃん? て、オマエこら……」


 思わず納得しかけたトワイライトを、意地悪顔になったネロが笑う。

 本当に芸の細かい化身だ。



 気を取り直して、トワイライトは足元に転がる屠りたての屍骸を見下ろした。

 傍らに跪き、イミューンの死体を検分し始める。


「……六層か七層の奴らが上がって来ているな」


 先ほど倒したのは飛翔昆虫を模した姿のイミューンだ。

 迷宮低階層とされる第一層から七層のうち、五層奥あたりから七層にかけて生息している魔物である。

 初心者にこそ脅威であれ、ある程度熟達した探索者にとっては雑魚でしかない。

 それでも群れに襲われれば厄介であるが。


「ちと妙だね。何か異変を報せるレポートは残ってないか?」

『んにゃ、ちょい待ちだよ…………お、あったあった。確かにここ数日、五層以降に生息するイミューンが迷宮表層部でも多発的に出現・討伐されているみたい。資料送る?』

「頼む」


 …………生息地域の異なるイミューンが上層に向かって這い出てくる。


 より強力な魔物に追い立てられているか、それとも何か別の理由があって地上付近へと浮上してくるのか。

 どうやら地下で異変が起きているのは間違いないようだ。

 胸がざわめき、勘が騒いだ。


「ほかに情報は」

『無し。ここらのイミューンは片付いているしね。そろそろ先へ進もうじゃない?』


 端末に地図を起動させると、優美な外形の中に複雑な道が入り組んだ立体構造が浮かび上がる。


 現時点で把握されている道や空間を表した立体地図だ。

 視覚上に提示される地形の中、無数に点在する穴倉は蟻の巣のようでもあるし、棺桶のようでもある。

 事実、過去に各ポイントで起きた死や恐怖にまつわるおどろおどろしい記録を合図ひとつで呼び出すことが出来る。

 今この瞬間だって、迷宮内のどこかしらで探索者がろくでもない死に方をしているだろう。

 そういう意味では迷宮自体が巨大な棺桶のようなものだ。


「で、どっちに行きゃいい……」 


 トワイライトは表示された地図を確認しながらネロを呼ぶ。

 地図上で明滅する赤い点が彼の現在位置を示している。

 迷宮を女体の輪郭に喩える例の伝承にのっとれば、今はちょうど首の骨の辺りに居ることになる。

 ここは未だ迷宮の表層部分にすぎない。


『まずこの先にある右の坑道へ入って。そしたら四〇〇メートルほど進むと玄室に出る。

 そこの縦穴に梯子が架けてある筈。五層にはそこから降りられるよ。

 本来の最短ルートはトワイも知ってるだろうけど、今は落盤で道が途切れている。

 だから結果的にC5のスピナル地区まで行くには一番早いよ』

「流石。お前だから頭ン中に入れてやれるんだ」

『光栄だよ、トワイライト』


 迷宮は長い回廊から、横穴や縦穴、無数の玄室や空洞で構成されている。

 表層部である低階層は堅牢な骨を連想させる固い壁や床が特徴だ。色は黒に近く、非常に硬い組織に覆われている。

 第七階層まではこんな感じの陰気な迷路が延々と続いている。

 それでも地上に近い階層には既に探索者の手が入っており、照明機器が設置されているだけマシだ。

 道もある程度整えられているから歩きやすい。


 トワイライトの現在位置は第四階層。

 第五層の目的地点まで、大分近づいていることになる。

 奥まで潜るための仕掛けを利用しなくても、さほど時間をかけずにアタックできる位置だ。


 迷宮は深度と構造によって階層が区別されており、潜るにつれて階層の性質も変化する。

 深海のように青く輝くフロアがあれば、臓物のように脈打つ不気味な迷路が続く層もある。

 …………最下層に至っては異界の入り口であるとか何とか言われている。

 もっとも、そこまで到達したやつなんて殆どいない。

 もし運よく辿り着けたとしても、生きて戻れはしないのだ。


 だって、誰もその場所について詳しく語ることができないのだから。





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