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二二. Deadly dead ‐飛天夜叉

 


 二二.




 地下診療室。

 降り立ったトワイライトが目にしたのは凄惨な光景だった。

 壁や床に穴が穿たれ、安置室の死体は殆どが喰い荒らされて、そこらじゅうに残骸が散らばっている。

 四方の壁に施した結界が発動しているのが、術者であるトワイライトにはすぐに分かった。侵入者があった場合に相手を閉じ込めるよう、天井のみを開けて配置した符咒(ふじゅ)である。

 しかし違和感は拭えない。まるで罠にわざと相手が飛び込んできたかのような気さえする。

 ぴちゃん、と粘度の高いなにかが滴る音が響き、不穏な空気を一層つのらせる。

 と、暗がりから転がってきたモノがつま先にあたって止まった。丸くて、重い。それは少女の生首だった。黒髪の殭屍(キョンシー)。トワイライトが使役する二体のうちの片方だ。

 トワイライトは首が転がってきた方向に視線をやった。


「ここ、駄肉ばかり。ちょうど喰い飽いたところダ」


 千切れた小さな腕が暗がりから放り投げられる。骨が露出し、無惨に食いちぎられている。


「トワイライト、メイズは探した。オマエを探し回って、ひどく腹が減った……」


 啾々と響く声、それは他ならぬ怨嗟の声である。腹の底から冷気となって憎しみが溢れている。爛々と輝く鬼火の如き緑の眼光が闇の中に一対灯る。

 部屋の奥に蟠っていた闇が、否、襤褸を纏った少女が一歩を踏み出す。此方側へ。陰から日向へと。

 位相は転移し、属性が反転する。

 陰と陽が逆転し、昏き淵へと世界が傾く。


「メイズ。こりゃあ驚いたなァ……」


 トワイライトはわざとらしく口元を歪めて少女の名を呼んだ。

 メイズと呼ばれた少女の双眸、虚ろな淵が波紋を受けたように揺らぎ、トワイライトを見つめ返した。

 この少女もまた殭屍である。

 殭屍。生き血に餓え、人間を襲い、それを喰らう死体妖怪。魔都の夜を彷徨う生ける屍。彼らは怨念を抱き、魂に置き去りにされた体に囚われ、死んでなお死に続ける存在だ。

 致死的な死者(デッドリィ・デッド)。それが目の前の少女――メイズ。


「ちっ、面倒くせえの。お前はおれが改造して、命令を上書きした筈だったよなァ?メェェイズ……」

「匂い。オマエの匂い、邪悪で甘美なあの匂い。メイズはオマエを思い出した。メイズはオマエを覚えてる」


 ……こいつは俺をはっきりと認識している。記憶も知能も完ぺきに戻っていやがる。まったくもって厄介だよな。

 トワイライトはこっそりと歯嚙みした。


「ヤな偶然もあったもんだなァ。いや、必然っていうのかねぇ?」


 なにごとも、ありえないことはないのだ。

 屍体が奔走するのは、陰陽の気が合してこれをなす。けだし人が死すれば、陽気は悉く絶えて純陰となる。陽気さかんな生人がこれに触れると陰気はたちまち開き、陽気を吸収して動き出す。

 迷宮を彷徨ううち、宝咒(ほうじゅ)(ひび)でも入ったか。はたまた誰かが術を上書きしたか。

 確率としては果たしてどちらが上だろう?

 どっちにしろ、今すべきことは一つのようだ。


「トワイライト。オマエがメイズにしたこと、いま償わせてやる」

「はん。まったく笑えるよ、メイズ。おかえりと言ってやるべきなんだろうがねぇ。生憎ここにはもうお前の居場所は無いんだよ。まさか忘れたのかい? おれがお前になにを命令したか……その名の通り永遠に迷宮を彷徨え、そう言った筈だろう」

「だまれ。もう効かない。メイズは、メイズだ。リンレイの傑作……リンレイさまだけが、メイズをもう一度殺せるんだ!」


 緑の(ひとみ)は怒りに滾り、トワイライトを激しく睨みつけている。


「リンレイさまの宝珠を返せ、トワイライト。メイズの(たましい)を!」

「残念でしたァ。おれがとっくに喰っちまったよ。おまえの魂、リンレイ特性の人工霊魂にしちゃあクッソ不味かったがねえ」

「この、ゲス! 先生は……リンレイさまはどうした!」


 リンレイ。その名をメイズが口にしたことで、一瞬にしてトワイライトの表情が変わる。崩壊寸前の危うい笑みに。

 震える手を、感情のすべてを抑えつけ、狂気に浸した歪みを全身に滾らせる。両手を広げ、芝居めかした動作をもって、トワイライトは冷酷きわまりなく告げた。


「殺したよ、このおれ(・・)が」

「貴様、よくも……よくもよくもよくもッ!!」


 いきり立ったメイズは高く跳躍し、天井を蹴って一直線に襲いかかる。恐るべき身体能力はもはや低級殭屍のものではない。

 振り下ろされた巨大な爪を、腰のホルスターから引き抜いた旧式医療用ナイフで受け止める。ぎぃん、と音をたてて刃がぶつかり合い、火花が散った。

 硬化を遂げた殭屍の肉体を切り裂くことなど、常人の力では不可能だ。殭屍殺しにはそれなりの手順が必要なのだ。


「このままメイズに殺されろ、トワイライト!」

「お前がおれに殺されるのはこれで何度目だっけなァ、メェイズ……!」


 凶爪を跳ね返し、その勢いを利用して後方へと飛びのく。

 狭い屋内、それに部屋の真ん中にはブルーの入ったアクリルケースが配置されている。どう考えても分が悪い。トワイライトは奥歯をぎりりと噛み締める。


「飛僵ってとこか、それとも遊屍か……なんにしろここじゃあちと厳しいねぇ」


 生前の知性を取り戻し、飛行能力を備えた飛僵に雷撃は効かない。遊屍ならば地仙級の咒力を有する。

 ここで仕留めるか、屋外へ誘導するか。

 ……考えるまでもなく前者。しかし他人を庇いながらの戦闘は苦手分野だ。トワイライト自身が耐えきれるかどうかわからない。それでも、やるしかないものはやるしかない。


勅令なり(‐íːdikt‐)! 魄よ、速やかに散れいっ!」


 指印を結んで念じれば、燐光を放ちながら無数の咒符が舞い、メイズに向かって殺到する。

 尖った両爪を振りかざし、殭屍の少女はしかしいとも容易く一撃を防いでしまう。


「無駄無駄無駄ァッ」

「急急如律令!」


 弾かれた咒符に再び気力を籠めて念じ、立て直す。紫色の紙片は巨大な翼となって拡がりメイズを飲み込んだ。そこへ火焼の符咒を打ち込む。

 このまま押し切れる。否、押し切る!

 自分に言い聞かせながらさらに力を込めた、その刹那――、


「弱くなったネ、トワイライト」


 ――小爆発が巻き起こる。ずたずたに引き裂かれた紙片が舞い散り、その中を躍りくる翳は異形そのもの。

 メイズは小さな背から四対の巨大な鎌を生やした大蜘蛛の姿へと変貌を遂げていた。

 床に壁に、硬い爪の先端が突き立てられる。地下迷宮特有の青臭い臭気が辺りに立ち込める。水と草木の匂い、どこか懐かしい嵐の気配。


「おまえ、藍色迷宮の大蜘蛛を喰らいやがったなァ……!」


 ひとりでに呟く口調に、もういつもの余裕はない。

 精を得た強力な殭屍は喰らった相手の属性を吸収する技を持つ。しかもメイズは元々リンレイの被造物。非常に優れた力を宿した傀儡だった。


「ひとつ。メイズは気づいた」


 カリカリと床を掻く爪の音が耳に障る。

 神経を逆撫でするようにキイキイと爪を響かせるメイズの視線は背後のアクリルケースに注がれている。

 ……勘付かれた。そう気付いたときにはすでに遅かった。


「オマエが弱いのは、そいつを庇っているからだ!」

「っ、くそが! 急急如律、令!」


 間に合わない。瞬時に察したトワイライトは自らの身体をアクリルケースの、ブルーの前に投げ出していた。

 黒光りする大鎌の先端が、脇腹を容赦なく貫いた。


「がっ、は――」

「昔、オマエにメイズがされたコト、すべてシテみせてやる」

「あぁっ、ぐぅ……」


 四肢を歩脚先端の毒爪に貫かれ、身体ごとアクリルケースに叩きつけられる。呼吸が止まりそうだった。実際、数秒間は止まっていたに違いない。

 傷口を深く、深く抉られる。中まで掻き回されて、臓物が零れ出た。苦痛にのたうつ暇さえ与えられず、執拗に傷を攻めたてられる。

 嗜虐を覚えたばかりの子どものように、メイズのやり口はあらゆる意味で無慈悲だった。

 激痛に視野が赤黒く明滅し、狭窄する。言葉にならぬ言葉、その代わりに口から溢れ滴るのは己の血液。突き立てられた刃は腹を貫き、さらには背後のアクリルケースを砕いていた。


「この娘、喰らったらどんな味かナ」

「てめっ、こ、の……おれの(もの)に触れんじゃないよ!」


 培養液が(ひび)から噴き出し、硝子が軋む音が響く。

 ごぼり、とブルーの呼吸が泡となって昇っていく。今硝子を破られれば、ブルーにまで攻撃が及んでしまう。いっそのこと目を覚ませ、覚ましちまえよ。そう願うが都合よく叶うわけもない。


「血を寄こせ、肉を喰わせろ。オマエを喰らい飲み干して、メイズはリンレイの記憶を手に入れる」

「さ、せるか……よォッ!」


 だしぬけに符咒を施したメスを投擲するが、そのすべてが弾き飛ばされる。

 攻撃を受け流したメイズは手術用ナイフを拾い、それを見つめた。そして表情を変えずに嘲った。


「そうだ。オマエはメイズをこれ(・・)で切り裂いたんだっけ」


 大蜘蛛の四肢がメイズを持ち上げ、アクリルケースに叩きつけられたままのトワイライトに近付けた。メイズは取り込んだ蜘蛛の体を完全に操っている。


「これでトワイライトはメイズから逃げられない、ネ?」


 狂気を湛えた緑眼が間近からトワイライトの眼を覗きこみ――黒い刃がまっすぐに振り下ろされる。次の瞬間には右太腿に深々とナイフが突きたてられていた。

 悲鳴はあげなかった、と思いたい。だって男の子だし。というか、痛すぎて声が出ないという方が正しい。視野が明滅。それでもなおメイズの気を引きつけるために必死で正気を手繰り、軽口を叩く。

 元はといえば己の自業自得だ、そう考えるのは弱気になっているからか。


「くはっ、なかなか、い、色気のある光景じゃねえのォ……どう、したよ、おい、もっと深く、捻じ込んで、みろよ、アンデッドビッチ……」

「……この、鬼蜮(バケモノ)め」

「言ってろ、よ、クソ僵屍」


 生気のない少女の美貌が口惜しげに歪む。脇腹がさらに深く抉られる。

 すると混濁する意識の端に、硝子の軋む不吉きわまりない音が届いた。押しつけられた体の下から四方に向かってぴりぴりと亀裂が走っていく。止める術はなかった。


「ッ、やばっ」


 崩壊はメイズの一撃より速く、唐突だった。

 損傷と溶液の圧力に負け、ついにケースが砕け散る。支えを失ったブルーの体がぐらりと傾く。


「ブルー!」


 トワイライトは躊躇なく自らの身体を縫い止めていた凶爪をブチ抜いて、すれ違う形で落ちてくるブルーを受け止めた。

 破れた硝子が無数の輝きとなって降り注ぐ。培養液が勢いよく溢れ出し、そのまま二人の体を押し流した。トワイライトはブルーを衝撃から守るので精いっぱいだった。少女を抱えたまま無様に壁際まで転がり、止まる。

 傷口から溢れ続ける血液が、倒れた二人の身体を濡らしていく。

 滲む鮮血を散らして、そこへメイズが近づく。ゆっくりと。獲物にとどめを刺さんとする獣のように。


「バケモノの肉の味、確かめてみたかったネ。たまらなく、たまらなく……!」


 大蜘蛛の鎌が黒い錐となって刻まれる――一瞬の隙をついて、


「哈ッ」


 トワイライトは墨壷を手繰り寄せる!

 指先で手繰る黒い斬糸が、寸でのところでメイズの歩脚を拘束した。渾身の力を込めて気をぶつけ、メイズの動きを封じたのだ。

 だが長くは持たない。トワイライトの気力もまた尽きかけている。

 メイズが縛縄を破ろうと激しくもがく姿を尻眼に、トワイライトはブルーの体を強く引き寄せた。


「いぎぎ……これ無理ィ……ッ」


 はずみで激しく出血し、ブルーの雪肌に血が滴る。真紅から赤黒く変色する前に、血液は少女の裸身に沁み入り、次々と消えていく。

 ……消える? 否、吸いこまれていく。

 背後にはメイズが迫る。

 脇腹を抉られ手足を潰されて、とことんまで追い詰められている。ほとんど詰みといっていい。そうこうしている間にもひっきりなしに血が流れ、身体から熱が失われていく。

 しかし、それと引きかえに少女の肌はどんどん色づいていく。ほんのりと赤みを帯びて、頬は薔薇色に、唇は艶を帯び、生命(いのち)が息吹いていく。

 その光景を眺めるトワイライトの頬が歪む。淫猥ともいえる笑みの形に。要するにいつもの表情だった。この緊迫した状況の中で、どうしたことかトワイライトは余裕を取り戻しつつあった。

 それはすなわち。


「くくっ、は、ああもう……まったくなァんで気付かなかったんだろうねぇ。おれ自身の精気をたっぷり吸わせてやってりゃ、万事うまくいってたって、さァ」


 急速に膨れ上がる気の流れを感じて、ブルーを抱えたままトワイライトは確信に満ちた笑みを零した。

 勝機をつかんだ。その腕の中で銀鱗が舞う。

 無数の花びらが閃くように。祈りが花開くかのように。

 ……そうだ。ずっとこの時を待っていた。


「はん。オマエってやつはァ……随分と遅いお目覚めじゃねえかよォ」


 半ば組み敷く形で抱いた少女が腕の中でぱっと眼を開けた。

 幾億の星のきらめき。そしてトワイライト自身の黄昏色までもがその瞳に映り込んでいる。

 誰であろうとこの少女の前ではなにひとつ隠しだて出来ぬような、まっすぐな竜の瞳。それが真下からトワイライトを射抜いている。その視線のなんと心強いことか。冷えた体が内側から温められていくような、強い、強い視線。


「トワイライト」


 名前を呼ばれるだけで、こんなにも心が奮い立つなんて。

 名を呼ばわること。そして符咒を用いること。呪文を用いる両者の間に然したる差などありはしないのだ。そんなことに今さら気がついた。

 迷宮の底から攫ってきた少女に魔術の根本を再確認させられるなんて、術者としては恥もいいところだ。


精気(・・)が足りないからダ、トワイライト」

「あん?」

「もっと愛でて、傍においてくれていさえすれば、わたしはすぐにでも目を覚まシタ」

「言ってくれるね、ブルー。ブルージーン」

「ブルー……、それがわたしの名まえ。トワイライトがわたしに与えた、現世のかたち」


 少女は何かを確かめ、噛み締めるように口にする。嬉々として眼を輝かせ。

 呟くそばからトワイライトの血が滴りおち、その身に吸いこまれていく。

 途切れそうな意識を無理やりに手繰り寄せて、いま目の前の存在にだけ集中する。

 ブルー。こいつが傍に居さえすれば、なんとかなる。絶対だ。


「ああ、そっか……オマエ記憶ないんだっけ」

「でもトワイライトのことは覚えてイル。それ以外、なにが必要?」


 ブルーはなんの迷いもなく告げた。おまえがすべてだと、簡単に言ってのけたのだ。

 ブルーという存在を認識し、思い描くトワイライトが在るからこそ、自分はここにいるのだと。

 トワイライトは自らの頬が紅潮するのを自覚した。こんな状況で乙女のごとく恥じらっている場合ではないというのに。


「ああもう……それじゃ、手っ取り早くあいつを追っ払ってくれる? じゃないと俺たぶん死んじゃう♥」

「承知。もとより、ブルーはトワイのために在ル」


 ブルーが傷口に触れれば溢れる血で指先が染まる。敵を目の前にしてなお動じず、この娘はトワイライトの身を案じている。

 その手を取って口づけ、代わりに自らの血でブルーの胸に符録(フールゥ)を描き付ける。真っ白な肌に紅い文字が刻まれていく。誓いのように、傷よりも深く。

 一見すれば奇妙な行為だが、これは〈特殊霊魂〉と化すための符咒である。あの世とこの世の境目のもの、どちらの力も行使することのできる存在として、一時的に力を開放する道術。

 特殊な結界で閉ざされた空間。そして、もとより不安定な魂魄と肉体。

 要するに、ブルーのような存在にはもってこいの符咒(まほう)だった。


「さあ、行け。っていうかアイツをメッタメタにやっつけちゃって! おれの代わりに!」

「応ッ」


 あっという間に身を起こしたブルーがメイズに向かって大跳躍。

 封縛を無理やりに解いたメイズがそれを待ち受けていた。


笑止(ショウシ)、招(レイ)!」

「遅イッ!」


 大蜘蛛の鎌が牙を剝き、稲妻をまとった一撃が襲いかかる。

 黒渦の中に無謀にも蒼銀の風が飛び込んでいく。


「トワイライトの血肉を奪っていいのはブルーだけダ!」


 圧倒的な暴力そのものと化してメイズの懐に飛び込んだブルーが、詠唱もなしに強大な風を呼び起こす。


「呀!」


 静寂。一瞬の後の崩壊。ぼろ、と崩れたのはメイズの大鎌。黒い塊が霧散し、出鱈目に生えた蜘蛛の凶爪が蹴散らされる。


「死者が逝くべき正しき場所へ、ブルーがオマエ様を送ってヤロウ」

「メイズは、メイズはいけない! その男を――殺すまでは……!」


 天井近くの窓が音を立ててブチ破られる。次の瞬間には旋風となったメイズが跳躍。

 襤褸を纏った少女の姿は屋外に消え失せた。


「待つ! ブルーはこれ以上を許す、シナイ!」

「ブルー。いいよ、今日のところはこれでいい」

「トワイライト、だが……」

「っていうか、おれね。おれが限界! アイツ逃げたっぽいし、すぐにゃ戻ってこないだろうしィ?」


 こてん、と頭を床に軽く打ちつけつつ地面にうつ伏せに寝転がる。本当に限界が近かった。

 すぐにブルーが駆け寄ってくる。白い踵さえもきれいだな、とか考えている場合ではない。

 星々を宿した瞳がまじまじとトワイライトの姿を見つめ、少女は小首をかしげた。無表情に近いが、可愛らしさによる破壊度は無限大だった。本格的に瞬殺されかねない美貌である。


「あは、おはよ、ブルー。ちぃっとめちゃくちゃな状況だけど、お前が起きてくれて良かったよ。ずっと心配してたもの」

「トワイライト……」

「トワイでいいって」

「トワイ。死ぬのか? 内臓がはみ出てイルぞ、トワイライト。薄桃色で、ああ……内臓までもトワイは綺麗なんだナ」

「いやぁっ!? モツは見ないでっ! 全裸はいいけど中身はなんか無性にハズカシイよっ!?」

「そうナノカ」


 薄桃色の小腸を裂かれた腹から垂らしたまま、ごろんごろんと床を数往復し、もんどりを打つ。その様子を冷たげな爬虫類の瞳でブルーが見下ろしていた。やだこの子怖い。トワイライトが何かを言う前に、ブルーは再び口を開いた。


「それで、死ぬのか?」

「やだ! 無理! まだ死にたくない! というかお前は起きぬけの癖に人様のピンチに際して死ぬのか死ぬのかってそればっか聞くよなァ!? これで四回目くらいかなっ!?」

「トワイライトが会う度いちいち死にかけてイルからダ」

「うう……悪かったなァァ虚弱でェ」


 両手で顔を覆い、トワイライトはしくしくと咽び泣いた。

 ブルーが困惑する気配があったが、少女はすぐに気持ちを切り替えたようだ。なにごとにも動じぬ性分らしい。


「それに、ブルーはせっかくまた会えたばかりで、オマエ様を失いたくはナイ。この世界のことも、トワイライトのことももっと知りタイから」


 だしぬけに言って傍に座ると、ブルーはトワイライトの頭を抱え上げた。ふわり、と頬に長い髪が触れる。

 目を開けば、頬が触れるくらい近くにブルーの顔があった。小宇宙の瞳が、まっすぐにトワイライトの眼を覗きこんでいる。

 愛しいとか狂おしいとか、おれにしては珍しい感情を抱いている。そう感じる自分に戸惑い、トワイライトはまごついた。


「おま……いや、あの、とりあえずあちこち痛いうえにくすぐったいンですけどォ」

「ブルーとオマエ様はもう繋がっている。ならば精気を分け与えることなど造作ナイ。違う? それでトワイライトは助かルダロウ?」

「そりゃ、この状況の応急措置としちゃそれが妥当、なんだけども……いい加減カッコ悪いつーか」


 答え終わる前に唇が塞がれた。

 途端に温かい気が流れ込んでくる。ブルーの生命力そのものが。

 少女の唇は蓮の蕾のように柔らかくあたたかだった。薄い舌までもが歯列を割って侵入し、口内をぐるりと舐めて、舌を絡ませてくる。

 なんのつもりかと問うことはついに叶わなかった。目を開けて盗み見た頬が、幸福そうに染まっていたから。

 まさか自分が奪われる側になるとは思わなかった。

 メイズは奪われる側の気持ちが分かるかと問うたが、別の意味あいをもってして、とうとうトワイライトはそれを実感したのだった。

 ……なんにしろ、悪い気はしなかった。







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