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迷宮のウルトラブルー  作者: 津島修嗣
第一章 リトルドラゴン
19/36

☵ -坎-

幕間 〈中〉



 


 ☵ -坎-




 ある晩、地下のねぐらで目覚めると、目の前には姫君のような可憐な(かんばせ)があった。誰かが腰の上に跨って、此方を見下ろしていた。びっくりして跳び起きようとしたけれど、どうしてもかなわなかった。おでこには呪符が貼りつけられ、体は細い鋼糸で絡めとられて拘束されていた。

 メイズが眼を覚ましたのが分かると、彼だか彼女だか――多分「彼」だ、黒渦巻く眼がそれを雄弁に語っていた――彼は「キヒッ」と姦悪な笑声を上げた。笑った拍子に少年の真っ白な喉が覗いた。見開いた眼は下卑た狂気に、唇は三日月形の笑みに彩られていた。


 ――おはよ! キョンシーゾンビッチ!


 メイズが答えられないことを知っていながら、そいつは好き勝手に喋り始めた。あろうことか、真夜中に死人を襲っているという事実には一切お構いなしの狂態だ。


 ――どうだい、気分は。最悪か? もちろん最低の最悪だよなァ! そうじゃなくっちゃ意味がない。


 頭のネジを二三本どこかに落っことしてきたかのような異貌はしかし、美しかった。目も髪も心を惑わすような黄昏色。こんなにも綺麗で歪な人間は今までに見たことがなかった。外面は最高級。それなのに生者より浅ましく、死者よりも強欲そうだった。お腹をすかせた獣のようでもあった。つまりこの上なく邪悪だった。

 なにもかもが気に入らないが、新雪のような肌はむしゃぶりつきたくなるくらいに美味しそう。普通なら食い千切ってやるのだが、呪符と糸のせいでどう足掻いても身動きがとれない。少年は、メイズが低く唸り声を上げ、尖った歯をがちがちと打ち鳴らすのを見下して嘲笑った。


 ――あはッ。怨むなら師父(せんせい)を恨んでくれよなァー?


 気味の悪いケタケタ笑いを続けつつ、彼は袖に隠された手元から前触れもなくメスを取り出した。真っ黒な刃が鈍く光を反射する。傍らのオーバーテーブルの上で蝋燭の火が揺れていた。彼はなおも唸り続けるメイズを一瞥、人差し指を唇に当てて「シーッ!」と身ぶりで示してみせる。少年の振舞いは最早狂気の沙汰だった。


 ――あの(ひと)、おれというものがありながら、おまえみたいなクソつまんねェ死体妖怪に執心しやがるのが悪いンだ。


 メイズではない別の誰かに語るようにしながら、彼は慣れた手つきでメイズの胴を切り裂いていく。ばりばりという身の毛もよだつ音と感触が感覚のすべてを支配する。


 ――はッ。超硬いしィ……! 一体なにを食わして混ぜやがったンだろなァ、センセイは。


 メイズは自分の体よりも更に冷たい非合法手術器具(ブレード)が胸にめり込み骨や肉を抉じ開けていく感触にじっと耐えていた。死んでなお死に続けていても恐ろしく、おぞましい。自分の体にあるべきものが他人によって取り出されていくなんて、ただのグロテスクな悪夢としかいいようがない。

 だが、メイズの悪い夢も眼前の少年にとってはただの甘い蜜なんだろう。黄昏色の瞳を恍惚とした法悦の色に染め、彼は笑う。


 ――生き血を啜り、臓物を貪る化け物に成り下がっても、奪われる側に回るのは嫌だってか? まったく笑えるねぇ、ゾンビッチ(あばずれ)! キョンシーってやつはほんと意味わかンねぇ。死んでなお死に続けて甦り、血を求めやがるのって最高に狂ってるよなァ!


 メイズからしてみれば、狂っているのは相手の方であるのだが。それでも、ある意味では死人相手のやり方を心得ているんだろう。少年は容赦のないやり方で、あっという間にメイズの心臓を引き千切って取り出した。

 メイズの心臓、その残骸。

 それは本来の彼女の臓腑ではなく、リンレイが作った宝貝に置き換えられていた。澄んだ赤色の宝珠。正体を知らない者から見れば、それは磨き抜かれたただの宝石のように映るだろう。でも、実際は違う。黄昏色の少年は目の前に小さな宝珠をかざし、ためつすがめつそれを見た。目当ての玩具を手にした子どものように無邪気な眼差しが向けられている。


 ――へえ……やっぱり、すごいや。よく出来てるよ。仕掛けも制御も完璧じゃん? リンレイ師父は正真正銘の天才だ。なるほど……これはおまえにゃ勿体ないなァ。


 暫く見つめた後、少年は宝珠に軽く口づけて懐へしまい込んだ。どうやら目当てはリンレイ作の宝貝であり、また、メイズ自身でもあるようだった。幼い道士は代わりに何か丸いものを元の位置に嵌めこんだ。


 ――時よとまれ、おまえは美しい……なんちゃってねェ。こういう瞬間が最高に最高なんだ、いつだって!


 ぐぷっと音を立て、傷の奥深くへと新しい宝珠が埋め込まれていく。空っぽになった胸の内側を尖った爪先でしつこく蹂躙されている。好き勝手に引っ掻き回され、弄ばれている。


 ――おれはこう見えてすっごく優しいからねェ、邪魔で目ざわりで大嫌いなおまえにも特別に代わりをくれてやる。おれの手製の宝貝さ。まだまだ開発途中だけど、今よりもっと効率的に死人を操れるよう符呪を施した〈回路〉だよ。どうせなら、リンレイ先生お気に入りのおまえで実験だ。


 少年はそこへ自らの指先を傷つけて鮮血を滴らせた。どくん、と新に鼓動が脈打つ。

 思考そのものが書きかえられ、己が身の内から汚されていくような錯覚に目が眩む。急速に、メイズを構成してきたすべての要素が組み替えられ、失われていく気がした。

 いや、実際にそれが起こっている。化け物へと転化した体が再び別の何かに転じていく。メイズの全部が遠く霞み始める。


 ――なー、キョンシーがどうやってキョンシーになるか、おまえ知ってるか?


 彼は出し抜けにそんな問いかけをしてみせた。答えが返ってこないことを知っているくせに、完全に分かりきった上でやっている。


 ――まァ、成り方は色々あるんだが……一つはねぇ、おまえみたいな死んでも死にきれていない半端な死体に、故意に魄を入れちまえばいいのさ。


 ふーむ、と少し考える素振りをみせて、少年は薄紅の唇をぺろりと舐めた。くすくすと嗤うその顔は女の子のようでもあった。しかし、眼の奥に渦巻くどす黒い欲望が否が応にも彼を少年として、否、男としてみせていた。目つきは真剣そのものだけれど、愉快そうに彼は続けた。


 ――てなわけでェ、ちょっとしたお遊びがてら新しく命令を上書きしておくよ? 次に目覚めた時、おまえは既に迷宮の中だ。リンレイのことも、おれのことも勿論忘れている。そしておまえは宝珠が破壊されない限り迷宮の中を延々と彷徨い歩く。おっけー? どうせなら、そうだなァ……異次元の淵でも見つけて悪魔に挨拶してきてよ。


 美しく整った相貌には狂気を剥き出しにした獰猛な笑みが浮かんでいた。邪気と毒心、そしてたぶん嫉妬に塗れ狂った(さが)が彼を駆り立てていた。もしかしたら、彼はただメイズのことが羨ましかっただけのかもしれない。今となってはどうでもいいことだ。

 黒く渦巻く瞳に悪意を滴らせ、少年は歪んだ笑みを深くした。

 そうして発せられた言葉が最後の刺となって、メイズの心を凍らせた。


 ――おまえ、死ぬのは二度目だったっけなァ? 一度目がどうだったかは知らないけど、今度はちゃんと死にきるまで、内側からじっくり確かめていてやるよォ。


 文字通り彼女の心を奪った男は、さんざメイズの骸を弄んだ挙句、そのまま血と揺り籠の迷い路にメイズを捨てて消えてしまった。

 ……以降の記憶は曖昧だ。思い出せないのは失われたからではなく、保持した情報にアクセスすることが出来ないからだろう。

 気がついた時、既にメイズは地下迷宮を一人きりで彷徨っていた。意識も足取りもおぼろげなまま、ずっと、長い間。そして彷徨はこの先も永遠に続くんだと思っていた。自分が死に続けている限り、ずっと。


 しかし、変化が起きたのは少し前のことだった。それは思いがけない出来事だった。

 何があったのか知れないが、地下迷宮に大きな変動が起きたのだ。以前は存在しなかった道が開かれ、また、古い道が閉ざされたことで偶然か必然か出口まで導かれるようにして這い出ることができた。気がついた時には完全に「目」が変わっていた。符呪の力以上の力で運命が捻じ曲げられていた。ただしその力の正体はメイズにとっては想像もつかないものだった。


 そして、もうひとつ。メイズ自身の身にも決定的な変化が起こった。

 長い間地下を彷徨い生き延びてきた結果、回路には相当な負荷が重なっていた。そこに迷宮の変動と先刻のダメージにより、微細だが決定的な(ひび)が入った。

 これも彼女には預かり知らぬことであったが、このごく小さな罅が符呪による術者の支配を弱め、完全ではないにしろ、メイズに自我を取り戻させていた。これまでの一連の思考めいたものは、彼女の内側に生じた小さな傷が為す現象だった。





 ――――そして現在(いま)


 唐突に与えられた痛みに、焦がれるほどの飢えを感じた。

 死線の向こうに匂い立つのはより強い殺意(食欲)。腹の底にむくむくと湧き上がってきたそれは、今にも膨らみきってはち切れそうだ。だって思い出したんだから! 衝動の正体が何ものか。誰がメイズにこんなことをさせるのか。でもまあ、そんなことどうだって構わない。


 いまは肉! とにかく、これだけ。

 にく。にく。にくだ! 生肉だ! 今、目の前にあるのは生きた肉の塊なのだ。しかも四体!

 噛みついて、ねじ切って、中身がとろとろになるまで引っ掻き回したい。かつての自分がされたのと同じように、いや、それ以上を。

 そう願った瞬間。たったひとつ思い起こした怨念を引き金に、メイズは何よりも強い本能を爆発させた。


「いただき・マス!」

「な゛あッ!?」


 一切の逡巡を振り切るように迷いなく。喰らいつくのは折れたナイフを取り落とし、困惑したままの男の喉元。錠で繋がれた両腕は使い物にならない。すべては力任せだった。


「にく、にく、に()ぅ!」

「あっ、ぎっ、ぎぃぁぁあぁぁぁ!」


 発達した犬歯を一気にめり込ませると、ぶあっ、と熱い血が噴き出す。口内に含みきれない血液が、そのまま唇から零れて喉を伝い、胸に広がっていく。襤褸もあっという間に朱に染まる。内側から凍えるような冷たい身体に血が跳ねて、夜気に白い蒸気が上がる。

 ああ、メイズの体はこんなにも冷たくて。虚しいくらいに冷え切っている。

 そんな実感が胸を軋ませた。ここはあまりにも寒いんだ。

 痛み、空腹、飢餓。でも、そういう虚しさはきっと食べてしまえばすぐに消え失せる。

 噛まれた男がびくびくと身体を震わせ、何とか抵抗しようと両腕を擡げる。痒い、と思った。せっかくのにく。にんげんのにくを、もっとちゃんと味わいたい。口から零れ落ちる血も肉も、体全体で味わいたいのに、この躯は死に底なっても邪魔をするというのか。


 ――もっと大きな牙が、この世の裂け目のような大きな口が欲しい!


 願った瞬間、胸板が破けて肋骨が飛び出した。骨は鋭利な真珠色の犬歯と化し、空っぽの内腔が外気に晒し出される。願い通り、巨大な捕食器官がメイズの細く蒼白い胴に形成されていた。臓腑があるべき場所には、どこまでも赤黒い空虚な洞が広がっている。

 メイズは捕えた肉に文字通り体全体で齧り付く。恐ろしい勢いで四肢が千切られ、骨が砕かれ、血と肉が咀嚼されていく。キョンシーの体に宿る怪力と、そして転化した異形の肉体がそんな出鱈目な食事作法を可能にさせていた。「オイシ!」


「オイシイ、オイシイ! たまらなく美味シーイッ!」


 メイズは久しく味わっていなかった感覚にぞくぞくと背筋を震わせてのけ反った。わけもなく叫び出したいくらいに、イイ。最高最高、最高に気持ちいい。

 お腹の奥の疼きがそのまま甘い痺れとなって尾てい骨から背骨、もうとっくに死んでしまった脳髄へびりびりと爆ぜながら駆け上がっていく。わずかな電気刺激がかろうじて残された脳を揺さぶった。

 まるで、そう、生きている人間みたいだ。

 メイズたちのような者の存在意義は生死の模倣と、その反復。人が神様のまねごとをするための道具なのだ。でもそんなこと――


「にくぅっ!」


 どうだっていい!

 抑えがたい衝動に首を激しくふって、肉食獣がするように止めをさしていく。ごぼごぼと音をたてて、自分に噛まれたままの男が自らの血に溺れ窒息していく。愛しさすらこみ上げる絶頂感。止め? ちがう、そんなじゃ足りない。そんな甘ったるいものじゃない、まだ。まだまだ!「駄肉ッ!」頸動脈ごと嚙み千切り、首をそのまま撥ねとばす。首は捩じ切ってこそ首だ。ごとりと3メートル以上先に夜盗の頭が転がった。苦痛をやきつけたまま事切れた男の恐怖顔がそこにある。


 仲間の男どもはあまりの恐怖に竦み上がり、動くことすらできずに固まっている。闘争も逃走も出来ずに、思考も肉体も凍結している。蛇に睨まれた蛙みたいに情けない醜態を死者であるメイズに晒して。彼女に狙いをつけた彼らが、いつの間にか逆に奪われる側に回っていた。

 どんな状態であれ、食べているところをみられるのはちょっと恥ずかしい。ほんの少し残された少女らしい恥じらいに、メイズはありもしない体温の上昇を知覚する。全ては錯覚だ。紛い物の生。それでも、実際、じゅるじゅると血を啜る度に体が熱を取り戻す錯覚が強くなっていく。

 嘘じゃないのかもしれない。血色が戻りかけていくのが分かる。

 貪る血肉を食ったそばから自らの血肉に変えて、メイズは限りなく生に近づいていく。

 

 喰らいついた肉の塊に牙をたてて引き摺りながら、四つん這いのまま次を求めて顔を上げる。一番最初に眼があった男が、とうとう叫び声を上げて駆けだした。それが合図になり、我に返った残りの二人も踵を返し、一目散に逃げ出す。


 でも、もう遅い。


「駄肉! 汚肉! オイシイネ!?」

「ひぃぃ!? やめ、やめやめ――」


 一番後ろの夜盗の背中を出鱈目に伸びた爪が刺し貫く。続いて二本の爪が同じ背につき立てられる。「ぐぅ」と呻き声を漏らしたきり男はくずおれて動かなくなった。

 メイズはそれを身に宿ったおそるべき怪力で引き寄せる。だって、大切な肉だ。たとえ不味くても残すわけにはいかない。この機会を逃したら、次はいつごちそうにありつけるかわからない。

 血だまりから幾筋も矢印が描かれて、それがメイズに向かって殺到する。吸い上げた血が流れ込んでくる。熱が、力が。その光景は迷宮街の路地がその中心部に集まる様子とよく似ていた。血管が心臓を目指すのと同じに。


 ……あとの二人も残さず食べなくちゃ!


 今度はメイズの背中が蠕動、辺りの闇よりも濃い闇が皮膚を破って飛び出した。少女の背から生えたのは巨大な蜘蛛の脚だった。

 背後に背負った赤い弦月を割るように、四対八本の強靭な鋏が伸びる!


「なんだよ化け物、その体はなんなんだよ……! 死んでるのに、死人のくせに!」


 ぞろりと月明かりを引き裂き立ち昇る影が、男の姿を完全に覆い尽くす。両腕の代わりに、あり得ない大きさの鋏を構えたメイズが彼の行く手に立ち塞がった。その背後には紅く輝く八つの眼光。


「たしかにメイズは死んでいる。死に続けて、また死んで、そしてまた死に続けるだけの女の子だ」


 死者のたどたどしい述懐が、甘く吐き気を催す闇の匂いに混ざる。


「わからないのなら、それでいい。メイズが全部噛み砕いて、それでおしまいネ」

「あっあ……」

「だいじょうぶ。よく噛んで、味わうから、おとなしく。ネ……」


 悲鳴を上げるその前に、夜を引き裂き飛来した黒爪が先頭の男を真っ二つに切り裂いた。更に間を開けずしてもう一人の首を刎ねる。彼女はほぼ同時に二人の夜盗を仕留めていた。狩りはあっという間に終わってしまった。

 手繰りよせた肉をゆっくりと味わい、血を啜る。水は低い方へ流れる、そういうことを思い出す。血を啜るほどに体は軽く、柔らかくなっていく。やがて彼女はほぼ全ての感覚を思い出していた。

 それでも魂のすべては失われ、虚ろな(うろ)となった身体は自らの怨念と、あの道士が埋め込んだ符呪の回路に支配されている。


「…………ごちそうサマ・でした」


 言葉通りすべてを残さず平らげると、メイズは再び立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。腹と背中はいつの間にか元通り、人間のかたちに戻っていた。彼女のいた場所には喰い散らかした肉片と汚れた骨片が散らばっている。


 ……幾分か感覚を取り戻した今なら追える気がする。

 あの邪悪で甘美な気配(におい)を手繰り寄せ、必ず辿りつくと今決めた。


 せめて戻らない日々なら、あの男の首を抱いて再び永い眠りにつきたい。奪われた分、それ以上を奪って、奪って、奪い尽して。そうしていつかあの真っ白な肉に牙を立て、甘い血を飲み下せたなら、この傷が癒えるのかも知れない。

 こんな気持ちを以前はなんと呼んでいたのか、もう思い出すことは出来ない。ただ空腹感だけがあった。

 そもそも、この思考めいたものですらもあの男が埋め込んだ回路がなす現象だ。行き場をなくした肉体が迷宮を永遠に彷徨うために拵えられた紛い物の心。そこに入った微小な傷が、為す術なく使役される亡者であるメイズに「憎悪」というほんの少しの余地をもたらしているにすぎない。

 

 でも、そんなことはどうでもいい。どうだっていい。踊れというのなら、どこまでも踊らされてやろう。

 だってメイズは現在進行形で死に続ける死者なのだ。殭屍(キョンシー)と称される怪異そのものなのだから。

 元からそういう役回りなら、ニセモノだって、死んでいたって構わない。最後に全て喰い尽し、平らげてしまえるのなら、メイズはなんだって残さず厭わず受け入れてやろう。いたずらに手折った死者の魂魄の一片を、全力で追いすがる過去の姿を、あの綺麗な瞳に焼きつけてやろう。


 ふと眼をやれば最初の男の首がメイズの行く先に転がっている。彼女は髪の毛を掴んで引っ張り上げると、そのままぶら下げて歩き続けた。闇の中で赤く染まった襤褸がはためく。

 その足取りは当初よりも柔らかで、軽やかだった。

 まるで生者のように。





 〈了〉

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