十三. Come awake
十三.
「さて、と……これからどうしたもんかねぇ。抱えてくしかないか、やっぱ」
『トワイライト!』
ひとりごちたのとほぼ同時。
現実プラス薄皮一枚の視空間上で無数の黒い立方体が怪しく蠢き、小さな黒妖精の姿が形作られていく。
見慣れたネロの化身だった。
『ばか! ばかばか! どうして接続切ったりしたのさ、トワイの大ばか!』
形を伴う過程すら惜しいとばかりにルミナスグリーンの燐粉を撒き散らし、ネロの化身はトワイライトの顔をぽかぽかと一通り殴ってから鼻先に飛びついてきた。
触れた瞬間に完全となった小さな姿は、危うく生身と間違えかけるくらい立体的で、脆さと温かさを錯覚させた。
「視界を遮るんじゃないよ、危ない」
『言ってる場合? 腕を潰すし、指だってあの時……ほんとに、ほんっとーに頭がおかしくなったか、それか最悪死んじゃったかと思ったんだから!』
黒妖精の横顔は怒りと安堵に彩られている。化身であってもこういう表情は本物なのだろう。
遠く隔てた楼閣で同じ色を浮かべる少女がいることを不意に意識させられて、トワイライトは少しだけ居心地を悪くした。
好き勝手に振舞い、最後はこちらから手を放したのだ。それは確かにネロを守るためでもあったが、彼女を守ることで自分の心を守ろうとしたからだった。
全ては自分のためにしたことなのに、それで少女の気持ちを揺さぶって、心配やら同情やら、感情を傾けられるなんて分不相応だ。怒りを買うことすらも過分だ。
――外面だけで、それがほぼ全てで、中身は空っぽ。それ以外の価値なんか望めやしないのに。
「……おまえこそ、わざわざ戻ってきやがって」
『苦痛や恐怖は独り占めしてボクと分かち合ってくれないトワイだもの、せめて手柄くらいは半分貰っておかないと。それにキミ言ったでしょ、帰り道はよろしくゥ! ってさ』
「たしかにそうは言ったけども」
『そいじゃ、ちゃちゃっと修復だよ。とりゃっ!』
ネロの合図で複数のアイコンが表示される。
拡張現実によるナビゲーション機能が瞬く間に修復され、眼前でもう一つの世界が再構築されてゆくのが視えた。
地図と現在位置に、数値化されたステータス。
一時失われていた情報の殆どすべてが一瞬にして戻ってくる。
先ほどの戦闘前後では魔物やブルーが発する強力な呪力によって通信が阻害されていたが、事態が収束したことで再び正常動作するようになったのだろう。
ネロはトワイライトと共有した空間から締め出された後も、必死に復旧を試みていたらしい。
複数の探索補助系アプリがあっという間に起ちあがり、展開されていく。
「わ、お仕事早ァい。さんくー♥」
『さんくーじゃないよ、トワイ。むりくり接続して確かめにきたんだからね』
「あのさ、そういう不正は止めてくれって言ったばかりなの、もう忘れてる?」
『今回は緊急事態だもの、無粋な覗きと一緒にしないでよ。それで大丈夫なの? 何か見た目の割に平気っぽいけど、怪我はどうなのさ。いま生きてるのはさすがにホントだよね? それとも今度はボクが幻を見てるとか?』
「は。そうかもね」
「トワイ~」
「はいはい、冗談だって。ちゃんと生きてる。といっても、言い訳出来ないくらいにぼろぼろだけどね」
『よかった。トワイライトは色々頭おかしいしエロいし狡い奴だけど超面白いから、ボクより先に死なれると困るもの』
「貶めながら喜ぶなよ、複雑な気分になる。そういうネロこそ、身体は平気か? あの後はオマエ……」
『ボクは大丈夫。キミの判断が速かったから。ところで、トワイライト』
「なに」
『ひとつ大事なことを聞いてもいい?』
「……ヤダって言っても聞くンだろ、どうせ」
『うん。というわけで、そこの全裸爆睡中のお友達は誰かな?』
「うう」
ジト目になった黒妖精は満を持して核心を突いてきた。
予想していた、というより聞かれない方がおかしいが、どうしたものか。
ネロの認識では此処は生存者ゼロの死地で、実際にそうだった。突然魔物に襲われてトワイライトが窮地に陥り、そのまま通信が途絶え、戻ってきたら魔物は退き、代わりに知らない少女が増えている。
ネロからしたら謎の不条理超展開だろう。
それに恐らく色々な要因が相まって、事態の好感度はかなり低い筈だ。
「えっと、その。話すと長いけど聞く? それとも結論だけ言ったほうがいい?」
『簡単な報告で構わない。トワイライトのことなら、ボクはだいたい分かるもの』
「……そう、なの?」
半信半疑で問いかけると、黒妖精はトワイライトを安心させるようにうっとりと微笑んだ。
それは本来のネロが浮かべるのと同じく優雅でお嬢様然とした笑みであり、しかしどこか不穏めいた雰囲気を孕んでいた。
嫌な予感がした。
『まったくもう、キミってやつは。ボクが引っぺがされて小一時間くらいの間にあの魔物を孕ませたのか~。
目が合ったり半径3メートル以内に近づかれると孕むと噂のトワイライトとはいえ、いきなり異種交姦で……なんて、たまげた繁殖力だなぁ。そういや、そこの彼女は何人目のお子さんですか? 他に御兄弟は?』
「オイコラそんな急な展開があるかよ! 現実を、現実をみてよ、ネロちゃん!?
そして俺の話を聞いて! あと聞く前に壊れないで!」
『通信が一方的に切られてボクの視界は暗転、その後キミは魔物と滅茶苦茶セックスした、娘が生まれてめでたしめでたしってな展開以外にないじゃない。おめでとうトワイライト、おめでとう』
「どう見てもあの女は俺を殺す気だったじゃないの!?」
『上半身は好みだって言ってたじゃんか』
「挿れるとこすらわかんねぇ下半分の魔的な造形見てたでしょうが!」
『……うわぁ最低。やっぱり出したり入れたりする気で視てたんだ。おっかない。冗談に決まってるでしょ』
「それは剣呑ですね!! とてもそうは聞こえなかった!」
『ねえ、トワイ。ボクはこういう意味不明な展開が一番気に喰わないの。とっても可愛らしい女の子が突然現れて王子様の窮地を救っちゃうお話とか、特にね』
「はァ? なにその喩え」
『黙って』
ネロは真顔に戻ると、値踏みするような目つきでトワイライトとブルーの両者を交互に見つめた。
その目が怖すぎたので、トワイライトは反論もせず、素直に黙って待機する。
ネロはそれすらも不満だと言いたげに溜息を吐き、瞬きをやめる。化身には元々必要のない機能で行為だけれど、彼女は敢えて自らの行動に人間らしさを組み込んでいた。
ネロの化身はじっくり、じっとりと時間をかけて二人を観察して――多分何かの解析に掛けているのだろうが――最後にはやっぱり気に喰わないという顔に戻った。
今の彼女の不機嫌度合いを10段階で表すと8くらい。ちょっと危険な領域だった。
『で? 真面目にその娘はなぁに? っていうかなんで裸? ……そんな子どもをハメ倒すなんてボクでも少し引くんだけれど』
「だからァ! なァんで全部そっちの方向に話をもってくのかね。なかったよ、やましいことは何も」
『最後のフレーズ、呼吸、心拍、それに瞳孔も正常だけど、瞬目数が明らかに減少。潜時も通常時と比較して変化が見られた。つまりキミは嘘をついている可能性が高い』
「ネロ。いい加減信じろって」
『どうだか。でも、まさか本当に魔物ってことはないよね。手とか角とか……正直かなり妙ななりだし?
それにあらゆるデータベースで検索かけても引っかからない、ギルドやクランの身分登録も無いときている。ちょっと謎だらけ過ぎるよね?』
「さあね。とにかく……拾ったんだよ」
『ロングバージョンの言い分は』
「あの後、すんでのところでそいつを召喚して、魔物は倒したけど死にそうになったりしてそれを助けられて、今度はその娘が……ええと、その後も色々あったために最終的な措置として地上に連れて帰ることに……」
『つまり?』
「拾った」
『全然詳しくないじゃない!!』
怒りの突っ込みを叫ぶとともに、化身の蛇尻尾部分が小爆発。すぐに生え変わって復活を遂げる。
相変わらず奇妙な仕掛けばかり施してあるようで微笑ましい。
気を取り直し、トワイライトは再度彼女を宥めながら訂正を入れた。
「っていうかね、よく考えなくても外で話せないことが多くって。だからァ、やっぱり内緒♥」
『トワイライト! ……じゃなに、その娘、人間じゃなくて召喚獣?』
「まあ、そんな感じィ? 今は殆ど人間といって差し支えないけれど」
『ああもう! 全然意味わかんないよ!』
「おれだって半分も分かってないよ」
『……それ、どういう意味さ』
「おれにもこいつのことがよく分からないって、そのままの意味。ついでにこいつも自分自身のことを分かっていない。ある意味で記憶喪失なんだ」
『それ、ボク向きの話題じゃないよね。きっちりかっちり割り切れないお話は嫌いっていったでしょ? 頭がくらくらするし、蕁麻疹が出てきちゃう。かゆっ!』
「ともかく、ネロだって迷宮攻略ゲームとかで超レアアイテム拾ったらそのまま大事に持って帰るだろ? 何だろうとこいつはおれが見つけたんだよ、だからもう俺のなの。連れて帰るよ、意地でもね」
『ッたって、使役獣を連れ帰るとか無茶苦茶すぎるよ! お宝の比じゃない、迷宮そのものの一部を剥ぎとって盗むようなもんじゃないか。だいたいツオルギとかにはどう説明すんのさ。もし追求を受けたりしたら……』
「身元不明の患者だとでも言うさ。裏界隈の関係者だっていえば大抵のことは説明つくんじゃん?」
『そんなこと言ったって……ほら、噂をすればだよ? 回線繋ぐけど、ボク知らないからね』
ネロの合図と同時に、もう一つの化身が現れる。
それは化身というより鈍く輝くただの結晶体だった。ネロの黒妖精とは異なり、随分と質素で無機質で味気が無い。
それでも眼前の「蒼紫色の正八面体」が他ならぬツオルギの用いる化身なのだ。
極めて無機質で機械的。それに生真面目、几帳面。
表はメガネのキツネ顔。おまけに根っからの苦労性。
それがツオルギ=イオロイ、迷宮探索統括機構・第二分署副所長その人なのである。
『無事かね、トワイライト』
「どこが無事だよ、無茶な依頼おしつけやがって。わ~、一面のお花畑に昔飼ってたワンワンなどが見えて綺麗ですゥ」
『トワイ。かわいそぶってもお金は毟り取れないし、それだと違う意味で可哀そうなひとにしか見えない。おまけに、キミは犬を飼ったこともない』
「安心して。これはただのささやかな嫌がらせだから」
『……依頼の件についてはこちらとしても悪かったと思っている。謝罪もしよう。しかし、あのような階層違いの出現はこちらとしても予想外だったのだ。その点は考慮していただきたい」
「言われんでも分かってる。……おれだってまさかあんなのが出るなんて想像もしていなかった。誰にも予想なんてできなかったよ」
『そして、その原因は依然として不明だ』
「ああ。でも、そこら辺はお前らが調査隊を出すんだろ。雌型妖獣は撃退しただけだが残留物がそこらじゅうに撒き散らされてるし、大蝍蛆の死骸も残ってる。とりあえずアレ片付けてくんなきゃ、この地区の依頼があっても今後潜らないからね」
『無論。五分後に追跡調査にむけての対策会議を控えている。
お前たちのレポートも重要事項として扱わせてもらう。感謝している』
「さっすがァ。おしごと速いね。データと検体、回収したら契約分きっちり送ってよ」
『承知している。……本来であれば直に赴くべきだが、この通りの緊急事態でね。済まない』
「は、必要ないし。つか副所長様がじきじきにィとか、どんだけ大袈裟にする気だよ」
『トワイ、ツオルギなりに心配してるって意味わかるでしょ。通信が切られたあと、ボクらもさすがに焦ってね。とりあえず、待機中だった人たちに動いてもらうことにしたんだよ、ほら――』
ネロの言葉が示す通り、視界で緑色の表示が点滅する。
機構の人間が近づいているという状態を表す信号だった。
座標に点は三つ。いずれも機構のシンボルである盾と花を組み合わせたマークと、そのうち二つは蛇の絡みつく杖が合わせて表示されている。
後者は医術士資格をもつ探索者のしるしに用いられるものだ。
『御覧の通り、救助を呼んであるの。もう必要ないでしょうけど』
「いや。正直キツイから、ありがたい」
ネロの化身は、ふん、と鼻を鳴らした。素直じゃない少女だけれど、情が深くて憎めないから厄介なのだ。
その点はツオルギも同じだった。今は見えない無表情の仮面の下には情に厚い本性が隠されている。
トワイライトはそれを知っていた。
「ヨキにグウェン、あとカエデか……医術士資格持ってる奴ばっかじゃん? ネロちゃんかわい~」
『イチイチうるさいなぁ。ボクなりに色々最悪のこととか考えてただけだもの』
「だから助かるって。この通り、素直に運ばれたいありさまだし。
あっ、でもヨキとか触り方がきしょいんだよなァ。あいつ男が好きってホントなの?」
『彼は男性がどうこうじゃなくて、純粋にトワイライトのことが好きみたいだよ。前に一緒にお仕事した時、トワイのことなら一回解剖して中身を視てみたいくらい好きだって言ってた。解剖がだめなら、刃で刻んで感触を確かめてみたいって』
「……おまえら、おれと一緒じゃないとき一体おれの何について話してんの?」
『んとね、ヨキ曰く、出来れば二個ある臓器とか幾らでも払うから鑑賞用に一個譲って欲しいって。常に傍に置いて愛でて暮らしたいから』
「あ、あ、すごい今急に元気になってきた! 愛とか夢とかイケナイお薬のパワーでもうめちゃくちゃ腕とか指とか生えてきそうだし救援いらない!」
『手癖が悪くても腕は確かだし、さすがに重傷者にセクハラはしないと思うよ。抱えられても背中や脇やお尻を撫でまわされるくらいじゃないかな』
「今からでも違う人を呼んで。早く。ナウ。暫く保つから、平気だからお願い」
『こちらもお前のえり好みに応じられるほどの余裕はないのだ』
「えり好みって、そんな……」
『変態さんの同類でしょ。わがまま言わずに我慢しなよ』
「一緒にしないで!」
軽口の押収に陰鬱そうな溜息が割り込み、「ところで――」と、痺れを切らしたツオルギが容赦なく本題を切り出してくる。
『ところで、その子どもはどうしたのだ? 生存者の報告は無かった筈だが』
不平不満をばっさり切り捨てられたトワイライトの頬をネロが横からつついて弄んでいる。
こちらがどうやって言い返すのかを、面白半分で試しているのだ。「さあ、キミはどう切り抜けるつもり?」と妖精の緑の眼が煽っている。
「……別にィ」
トワイライトは一切表情を変えずに、いつも通りの蓮っ葉な物言いの返答をした。先程のやり取りで指摘された瞬きの癖にも十分に気を払って。
「どうって言われてもね。なんてことない……魔物が捕えてたワケありのガキを偶然助けただけさ」
『ふむ? では、詳細を報告してもらえるかね』
「無理。ついでに助けただけだし、ネロとの接続も切れて一人で戦ってたから、何のデータも残っていないよ」
『それは少し都合のよい話しではないか』
疑わしげな声色、そして生じる少しのラグは、恐らく裏で照会を行っている証拠である。
誤魔化しきれないということもないが、追求されるのも面倒だ。
二の句をどう切り出そうか考えあぐねていると、意外にもネロが後を続けて引き取った。
『ツオルギせんせー。ワケありっていうのはほんとーです』
『誰が先生かね』
黒妖精は無機質な正八面体の頂点をぺちぺち叩きながら、さも当たり前のように口にする。
『検索網にひっかからないのはねぇ、ほんとは洛家絡みで情報を制御しているからなのさ。
いかにもな見てくれからも想像つくだろうけど、その娘は元々裏界隈で飼われてたマニア向けの改造種なんだよ。娼館から地下迷宮へ逃げ出して後は……って全部言わなくてもわかるでしょ』
「というわけだからァ、このガキは債務管理につき、いつも通り俺が連れて帰りま~すってな」
『ツオルギだってこっち界隈への干渉はしないって暗黙理の了解事項、ちゃんとわかってるもんね?』
つややかな朝顔色の先端部を摘むようにして撫で上げながら、妖精は囁きかける。
十分すぎる助け舟だった。
ブルーのことも、それを連れ帰るというトワイライトのことも気に入らないという態度を見せたネロだったが、どうやら肩を持ってくれる気らしい。
トワイライトは自分の嘘の片棒を担がせたことを後ろ苦しく思いながら、ツオルギの返答を待った。
言葉が紡がれるまでに、あまり時間はかからなかった。
『……それならば、手出しは無用のようだな』
「そゆこと。必要なら後日出頭して報告でもなんでもするけど、今は勘弁」
『別におまえの顔など見たくはないが、そうしてもらうことになるだろう。地上でも此度の件を巡って嫌な動きがある。原因不明の襲撃に両クランの生き残りが神経を尖らせている。お前も気をつけることだ』
「別に教えてくれとか頼んでないんですけどォ。でも気をつける」
苦労性で几帳面なツオルギの忠告をトワイライトは素直に受け取ることにした。
妙な誤解や逆恨みが面倒事に発展しないことを祈るしかない。
その矛先が自分ならば叩き潰すだけだが、もしブルーに向いてしまうとしたら――。
「は。……降りかかる火の粉は払ってやんなきゃだよなァ」
『独り言か。平常通り、頭が大丈夫ではないようだな』
『それには同意』
やりとりの傍らでは黒妖精が手持ち無沙汰に結晶体の側面を撫でたり叩いたりして暇をつぶしている。
どうでもいいが、ツオルギが怒らないのが地味にすごい。ただ単にやられ慣れているせいかもしれないが。
『さあ、だいぶ救助隊も近づいてきたことだし、ここらで解散ってことで問題なぁい? ツオルギ』
『ああ。あとの手続きは後日取らせて頂こう』
『そうしてあげて』
それだけ告げると、あっけなく通信は断ち切れた。
ネロが操作していたのかもしれないが、どちらにしろ話は一先ずお終いだった。
「助かった。どういう風の吹きまわしか知んないけど、ありがとよ」
『ふふ。じゃあ、今度ボクとデートしてよ。これ、約束だからね、ぜったい』
「はいよ……って、なに? え?」
『これからキミの嘘や言い訳に加担することになるだろうから、それなりのご褒美は用意してもらわないとね?』
「ネロってやっぱり結構抜け目ない」
『でも、トワイ。キミは無償の愛情や思いやりには耐えられない性分だ。だからこうして見返りを求められた方が楽なんでしょう?』
「それは……内容にもよるでしょうが」
『じゃ、きまり。お日取りは後日連絡するから、ちゃんとボクをエスコートしてね、トワイライト?』
おまえの内心などお見通しだという視線が痛い。
どうあれ、ネロは当面の間は目をつぶってくれるつもりらしい。
洛家絡みの人物を医院に預けていると証言すれば、ブルーの身柄についてとやかくいう者はいなくなる。
ネロの思惑がなんであれ、今はそれが有難かった。
「ああもう、色々さすがに疲れたね……ちょっと休憩。あと任せたよ」
『ボクに丸投げしないでよ。すぐに救助が来るって言って、ちょっと聞いてるの、トワイ!』
ネロがけたたましくする声と、こちらへ近づく人々の気配を感じながら、トワイライトはその全てを締め出して目を閉じた。
疲労も倦怠感も何もかも、意識から余計なものを全部押し出してしまいたかった。今はただ静寂が欲しかった。
身体は重く、まどろみとそれよりも深い眠りがとても恋しい。
夜毎自分を蝕んでいたあの悪夢さえも。
意識を手放しつつありながら、それでもブルーの身体だけはしっかりと掴まえていた。深くゆったりと呼吸するリズムの伝播が心地よい。
二つ分の鼓動。それを隔てる身体が邪魔だとそれだけ、ぼんやりと考えていた。
『トワイライト、ちゃんと聞いてる? ねえ、起きてる? むしろ生きてる? ねえったら――』
「聞こえているよ」と答えたつもりだが、声になったかどうだか定かではない。それすら今はどうでも良かった。
……全く、厄介なことになりそうだよな。
胸に去来するのは波乱の予感。
きっと考えてもみないことが起こるんじゃないかという、稚拙なときめきにも似た期待感。
ちょうど嵐の前触れのような。そんな予感を一層際立たせるのは、傍に寄り添う少女の体温だった。
眠りに落ちる直前の浮遊感があった。
いつもの夢のように自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がして、トワイライトはこっそりと一人ほくそ笑んだ。
――――ブルー。
名前を呼び返してやると、全てが解け、蒼黒い水底に沈んでいった。
その夜以降、トワイライトが蒼い竜の夢を見ることは無くなった。
〈リトルドラゴン -了-〉




