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迷宮のウルトラブルー  作者: 津島修嗣
第一章 リトルドラゴン
16/36

十二. Blue 〈后〉

 


 十二. 




 どくん、と鼓動が深く脈を打つ。一気に力が流れ込んでくる。

 内側に炎を抱え込んだように熱く激しく、けれど、ただひたすらに優しく。

 ブルーから(もたら)される生命力はどんどん燃え広がって、柔らかな陽の光のように膨らみながら五臓六腑に満ちてゆく。

 鼓動と呼吸。それらと呼応してブルーの気が体じゅうを駆け巡り、今や内側に在るのが分かる。

 失われた熱はもうその殆どを取り戻しつつあった。


 途切れそうになる術を――自らの存在を構成するトワイライトの魔術を無理やり繋ぎ止め、ブルーが全てをかけて回復させてくれたのだ。

 トワイライトがしなかったことを少女はやってのけた。奪うという選択を赦さず、与えるという答えに代えて。

 しかし、彼女の命運は尽きかけている。

 片方を救えば、もう一方がどうなるか。

 その結果を知っていても天秤に掛けることすらせずに、ブルーはただ真っ直ぐにトワイライトを選んだ。

 自らが与えられたものの全てを捨てて術者に尽くす。通常の召喚術では、そこまで対象を操りきることなど不可能だ。

 ならばそれは意志の力であり、ブルー自身が望んでしたことに違いなかった。


「よかった、トワイライト。……もうだいじょうぶ」


 次第に輪郭を失っていく手指が優しく頬を撫でて掠める。名前を呼んだ傍から消えていく。

 まだ芯に残ったままの温もりを振り払って顔を上げると、ブルーはぎこちなく微笑んでみせた。

 それは笑みではなく、どちらかといえば歪みだった。

 少女が上手く笑えないのは自身の行為が持つ本来の意味を知らず、トワイライトがするのをただ真似しているからか。

 それとも真似をされているトワイライトの笑顔が下手なのか。


「……ばらばらになって、また迷宮の底に消えてしまうのは少し……寂しいナ」


 ブルーの姿は半分まともな輪郭を失い、消えかけている。

 翼じみた長い髪は揺らめき、薄花色の肌はメレンゲのように儚く解け始めている。

 時間はもうない。時間だけではない。ブルーからはその全て、彼女自身が失われつつあった。


「さあ、笑って。どうしたノ?」


 それなのに。

 何にも無かったみたいに下手な笑顔を浮かべて「笑え」だなんて、どうして言えるのだろう。


「もう痛みは取り除いたヨ。それとも、まだどこか痛むノカ?」


 馬鹿げている、と思った。実際に危うく口に出しかけて押し留めたくらい。

 普通ならこんなときに笑ったりなんかしない。

 まして自分を罠にかけようとした男相手に、どうしてこんなことが言えようか。

 ……やっぱりこいつは不完全な召喚物で、どこかがイカれているに違いない。元から壊れている。それだけだ。

「かつて会ったことがある」という話だってどこにも真偽の保障は無い。ただそういう記憶と幻があるだけで。

 その上、本人でさえ自分が何であるか理解していない節がある。

 だいたい勝手に呼んで使役しているモノにトワイライトが何かしてやる理屈なんてこれっぽっちもないのだ。

 いつも通りに、都合よく使い切ったらそのまま切り捨てておけばいい。地上だって一緒だ。

 どこだって、意地汚く生き残った者勝ちだ。

 ずっとそう思って生きてきた。実際に生き残ってきた。


 でも、だから?

 だから何だってんだ。そうだ。理屈が――


「――理屈が何だってんだ、ちくしょうめ」

「トワイライト?」


 考えている余地など無かった。

 トワイライトは思考を振りきって揺らぐ姿に手を伸ばし、ブルーの腕を無我夢中で掴まえていた。

 掴んだ手は酷く頼りなく、自分を切り裂き抉じ開けたそれと同じだとは思えなかった。


「まだ消えるなって、さっき言ったばかりだろうが」


 体内から溢れ出る炎に囚われ、自らも逆巻く炎となって失われていくブルーの身体を強く抱き寄せる。

 興奮と憤りを覚えていたが、恐怖は全く感じなかった。

 氷の刃で全身を貫かれるような寒気を感じた数秒後には、臓腑を焼く熱い痛みが襲い来る。

 ……それでも、絶対に放さない。


「病み上がりにいきなり痛いし、超あっつい! けどォ! これはこれで気持ちイイッ!」


 自ら彼女を『運命』だと謳ったのなら。

 そう、せめてこのくらいのエゴは突き通さなければお話にもならない。


「出来損ないで不完全だってわざわざおれに言うんなら、オマエも少しは意地汚く強請って喚いたり、できるだけ反抗的に駄々っ子らしく振舞いやがれ! かわいそぶって取入ったり全力で媚売ったりしておれを堕としてみろよ! おれならそうするね」

「な、なにヲ、いって……」

「ああもうっ、腕が邪魔だなァッ」


 ほんの少しよろめきながらも精いっぱいの力を振り絞り、少女を模る竜素を制御しようと足掻く。

 これ以上ブルーがこぼれていかないように、再び迷宮の奥深くへ消え去ってしまわぬように。ありったけを込めて引き止める。そういうふうに魔術を再構成し、修復を試みる。

 ほんの悪足掻きだけれど少しだけ崩壊の速度が緩み、ブルーがその姿を取り戻す。

 しかし、強く抱けば抱くほど吹き捲る陰気が流れ込み、身も心も削られていく。


「ぎぎっ……ああ、これ血管ブチ切れそう、つーかオマエも何とか止める努力をしろよ! ぼーぼー好き勝手燃え上がりやがって!」

「トワイライト、そんな無茶ヲ、どうして」

「うっせクソガキ! こういうピンチは気合いとか愛の力とかお友達との絆とかそういう少年漫画式メソッドでなんとかするって相場が決まっているんだよォッ」

「しょうねんまんが……?」

「まァお友達の部分は無理だけど! いないからァ!」


 召喚術の構成自体が崩壊し、拡散を始めた竜素は暴発したエネルギーと変わらない。

 散り散りに離れていこうとする力が形あるもの全てを根こそぎ奪おうと働くのだから。

 トワイライトの身体にもブルーの炎が燃えうつり、臓腑からなにから灼けていくような耐えがたい苦痛が全身を駆け巡っている。心臓なんか、さっきから蕩けてしまいそうなくらいだった。

 同時にそれらは生きているという実感が湧き上がる、甘く心地良い痛みでもあった。


「は。お触りは禁止ってことかァ」

「なにを……早く離レル、トワイライト!」

「ヤダ。ここまできてタダで慰められて帰るわけにゃいかないじゃない?」

「いいひとぶるところ、ちがう!」

「ぶってなんかないね。これは俺の我儘だ。欲しいって決めたら絶対に俺は手に入れるの。……ちょっとは想像つくだろ? 今までどんな手を使って俺がそうしてきたか」


 我儘で、そして、運命。


 だけど、さすがにそれを口にするのは憚られた。あまりにも感傷的で、クサすぎるからだ。

 もしかしたらブルーの炎に神経まで焼かれて頭の配線が本格的におかしくなっただけかもしれない。

 何にせよ、勢いづいた思考は止まらない。

 致死的な悪戯心は一度火がついたら最後、もう止めようがない。


「そんなの、ここでは……迷宮では通用しナイ。第一、ブルーはただの……」

「そうかもね。でも、どうせなら二人揃って望みを叶える方法を試してみない?」

「……どういう、意味ダ?」

「ブルーがあんまり可愛いから、本気で此処から攫いたくなった」


 迷宮の一部ともいえる存在を切り取るなんて、まるで取り返しのつかない判断だ。

 それでも勘が告げるのはただひとつ。やってしまえのゴーサインだけだった。

 あの女が、リンレイが植え付けた良心だって今は待ったを掛けてこない。

 なら、ためらう必要なんてない。最高のお墨付きってやつだ。


「どう? いい加減、水底でひとりぼっちはヤなんだろ」


 困り顔で笑ってみせると、ブルーは鳩みたいに間の抜けた顔をした。

 多分、驚いている。とても。それからゆっくりと表情が強張って、どんな顔をしたらいいのか、どんな表情で感情を表現すればよいのか戸惑い、結局泣きだす寸前の子どもみたいな、何一つ取り繕うことのできていない剥き出しの表情になった。

 それは神様でも召喚獣でも、ついでに竜のそれでもなく、短い間で目にしたどんな顔より人間味に溢れた表情だった。


「こっ、この期に及ンデ、また気休めヲ言って……そんな、そんなこと、できルわけが」

「おれを舐めてもらっちゃ困るよ。今更期待させて落とすなんてヒドイ真似はさすがにしない」

「……ほんとうに? ほんとにそんなことが出来ル、ノカ?」

「ブルーがまだそれを望むなら。オマエに形を与えた張本人が言ってんだ、ちょっとは信じろよ? 頭ン中に考えはちゃんとある。というか、さっき急に悪知恵が働いてね。多少ズルっぽいけどそれがどうしたって――その程度さ」

「トワイライト……おまえ様は、本当に阿呆ダナ」

「どうせただの嘘吐き野郎だと思ってたんだろ。おれは借りは返すタイプだよ?」

「……さいごのは同意しかねル」


 それは涙なのか、炎の欠片か。桃色の瞳からは大粒の燐光がぽろぽろ溢れて宙に零れる。

 泣き笑いのような、複雑な笑顔のブルー。

 滴のように淡い炎が儚い目元や頬の輪郭をしっかりと照らし出す。

 こんな時に考えている場合じゃないが、ただ純粋に可愛らしいと思えた。

 ――まだ愛しさには足りないけれど、馬鹿をやるには十分な動機に違いない。


「それより、おまえの考えはどうなんだ。ちょっと危ない賭けだからね。そも、ほんとに地上(うえ)に連れ出しても後悔しないな?」

「構わない。ブルーは……わたしは、トワイライトと一緒がヨイ」

「即答かよ。あとで文句言われても遅いんだけど?」

「問題ナイ。安心してブルーを連れていくとヨイ!」


 瞳の中で煌めく星々が数倍に上乗せされて、きらきらと輝きを放っている。

 全幅の信頼を寄せられるとどうにも脆いのがトワイライトだ。

 自分が善人ではないこと、むしろ狡くて汚くてそこそこに悪い男だという自覚は持ち合わせているが、どうにもブルーのような無垢な魂の持主には弱かった。


「……仮に現世で形を保てても、無傷でいられるかどうかは俺にだってわからない。それくらい無責任で危険なことをやろうとしてるわけだけど? ブルーが持っている力だって無くなっちゃうかもしれないし、どっかで記憶や思考が欠ける可能性だってあるんだからな?」

「ブルーはトワイライトと共に行く、モウ決めタ。でも、トワイライトのことを忘れたりしたら、それはいやだナ」


 怖いくらいの潔さが少し羨ましく思えた。躊躇いなく本音を告げる度胸も。

 ブルーはトワイライトが持っていないものばかりを備えている。しかし、それが胸中に生じさせるのは暗くさもしい劣等感でも、反発からくる嗜虐心でもなかった。

 トワイライトには、まだ自分が抱いた稀有な感情の正体が分からない。ただ――。

 陰と陽。それらは片方だけでは生じることもなく、またもう片方が無ければ変化し成長することもない。

 この少女とであれば、或いはそういうあべこべな矛盾も不条理も許されるのかもしれない。ただ、それだけを思った。


「……結構。どんなことでも、おまえが知りたがったりしたなら思い出してもらえるよう努力するまでだ。それに」

「ナンダ?」

「ブルーが今知っていること、それ以上を知りたいというのなら手助けしてやってもいいかもね」

「ブルー自身のこと?」

「その様子だと自分が何者かすら、今だってよく分かってないんだろ」


 ブルーは指摘を受けて初めて気がついたかのように、はっと息をのんだ。

 最初から少女は「自らが竜の抜け殻、その魂の一片だ」と主張していたが、それ以上のことを上手く表現できていなかった。要するに自分自身に対してあまりにも無知だったのだ。

 トワイライトはその原因を彼女が自身に関する記憶や知識を「既にして」欠損しているからだと踏んでいた。

 おそらく間違ってはいない。欠損自体の真の理由については推測しかできない。

 彼女が不完全な幼体だからなのか、過去に何かの原因があって弱体化したからなのか、はたまたトワイライトの召喚術の出鱈目さが故なのか、本当のところは知る由もない。

 ――少なくとも、今は。


「ブルーがぜんぶを知りたくなったら……」

「その時は、おれがオマエを完全にしてやるよ。欲しいと言うなら、今持っていないものも、欠けてるものも全部おれがくれてやる」


 ブルーは僅かに目を瞠って驚いていたが、すぐに嬉しそうな顔をしてみせた。

 図らずも口から洩れてしまったのは青臭い本音で。

 必死な自分が妙に恥ずかしくて、トワイライトは誤魔化しついでに念を押した。


「でも――本当にさ、多分きっと超苦労するぜ。そんときゃ精いっぱい努力はするけど。どれくらい何に時間が必要かすら、想像もつかないよ?」

「ブルーはおまえ様が気に入ってイル。とても。だから、あと数百年くらいならトワイライトにくれてやるノダ。面白いから」

「なにそれ、挑発?」

「トワイライトの人生は、ほぼぜんぶが余興みたいナものダロウ?」

「……急に暴言吐くんじゃないよ。というか、さすがにそんなに生きる予定ないから」

「それは残念」


 真剣な口吻に堪らず吹き出すと、ブルーもよくわからないなりにつられて柔らかく微笑んだ。


「さて、納得がいったからには危険ナ冒険とやらヲ早く終わらせヨウぞ? トワイライト――」

「そうこなくっちゃ」


 ブルーの視線が先を促し、トワイライトは一呼吸を置いて話を続ける。


「身体を癒すってことは、オマエがさっきやったみたいに竜素を体内に循環させるってことだろう。傷かどっかに直接触れてさ」

「うまく言えナイ。でも、おおむねは合ってイル……と、思ウ」

「だろ。そんじゃ、竜素を循環させて傷を治すことができちゃうのなら、同じようにして繋がった隙にオマエを形づくる魔術に手を加えてしまえばいいんだよ。高位霊体である存在(オマエ)を人間のレベルにまで貶めるよう、おれが自分で造ったプログラムに悪戯しちまえばいいんだ。まァ、アレだな、現世で存在を保てるよーに微妙なバランスでブルーを“壊す”ってことさ。ええと……つまり、精気を奪って別の形に練り上げる。魂魄に手を加える。おれの得意分野だよ。要は、ほんの少しだけオマエの完璧さを損なわせるってことね」


 実際、ブルーが行動を起こす前にトワイライトがやろうとしていたことがこれだ。

 もっとも完全に生命を「奪い取る」のと「作り替える」、即ちほんの少しを損なわせるのとでは意味が違ってくるのだが。


「主張が物騒、かなり」

「否定はしない。でも、抉じ開けるもんだろ。勝機だってなんだって同じだ」

「もちろんダ」


 頷くブルーが浮かべたのは、共犯者の笑みだった。


「さあ、ブルーはどうしたらイイ? 命令スル、トワイライト」

「……じゃあ、じっとして?」


 寄り添ったまま身じろぎもせず、ブルーはぴたりと動くのをやめた。

 まったく、この小娘はどうにも素直すぎる。

 トワイライトはブルーの腰を引き寄せ、上を向くよう促した。

 ブルーは真っ直ぐにトワイライトの瞳を見上げたまま揺らがなかった。

 きっと、全部見抜かれている。隠した秘密の全てを。それを見越した上で欲しがられている。

 たとえその想いが過ちだとしても。

 覚悟さえあるのなら、ブルーが独りで越えてきた幾億の夜を、永劫の未明を、この手で奪って終わらせてやればいい。


 顔を近づけていくと、蒼い髪が瞼と頬骨を擽った。

 少女の真珠色の肌がぴったりと吸いつくようにくっついて、その熱と生白さに胸が苦しくなる。

 闇の中でも浮き上がってみえる輪郭は花弁のように艶やかで、ほんの少し湿っていた。

 視線が深く絡まりあい、互いの瞳の奥に燻ぶる欲望は隠しだてされることもなく、愚かなほど剝き出しのまま。

 欲望を滾らせていてもなお少女の瞳は透き通り、無垢なる願いを浮かべ、幾億の星を宿している。その対岸には底なしの黄昏と純粋な狂気の瞳が渦を巻く。

 光に闇が飲み込まれてしまいそうだった。

 これほど清冽な眩しさを前にしては、目を逸らすことも叶わなかった。


「……トワイライト」


 声は少し掠れていた。間近でブルーが名前を呼んで、僅かに開いた朱唇から吐息が漏れる。それはまさしく炎のように熱かった。

 十分用心していたつもりなのに、気がついたときにはもう手遅れだった。


 ブルーの内包する膨大な陰気が急激に注がれて、目の奥に光芒が幾つも閃く。微電流が身体の芯を駆け抜け、舌がピリリと引き攣った。

 自分を取り巻く世界の様相が反転していく。

 内心の照れを押し殺し、必死にブルーを繋ぎ止めようとするあまり、既に解けかけた術の制御が疎かになっていた。

 目の前の少女が何で出来ているかを、トワイライトはすっかり失念していたのだ。

 ブルーは、竜素――謂わば気の塊のような存在であることを。


「うあ、コレやばァい……ッ」


 時既に遅し。

 強力な磁場に中てられ陰気が膨れ上がり、一気に酒を煽ったように、はたまた即効性の薬でもキメたみたいに気力が蘇って暴発する。

 …………とっても悪い方向に。

 ブルーを迷宮から剥ぎとって掻っ攫うとか、召喚術の再構成だとか、そういった提案が一時的に頭から吹っ飛んで四散する。


「んあ~……にゃあんかァ、急にめちゃくちゃ楽しくなってきちゃったじゃなァいッ!?」

「え? な……トワイライト?」

「お待たせしましたァ! いつもの愉快でマッドなトワイライト様のお目覚めだァッ!」


 腹の底で渦巻く狂気の蓋が完全に開け放たれた瞬間だった。

 既に袖の下から周囲へ張り巡らせていた鋼糸を操り、爆発的な勢いでブルーの細い体躯を縛って引き寄せ――、


「エッ、チョット、おまえ様はいったい何を」

「これ邪魔ァッ♥」

「ひゃう!?」


 少女の胸元を隠した呪符を引き裂き、破って捨てる。邪悪にも気力を込めて念じれば、残りの呪符が紫電を帯びて弾け飛ぶ。

 トワイライトにとって呪符の扱いはお手の物だった。


「そぉらッ、出血大サービスゥ!」

「ひいい! なに!? ナニコレ、邪術か何かっ!?」

「失礼な。これでも一応道術だもん!」

「ちょっとかなり下卑てるヨ!?」


 胸が肌蹴て膨らみきらない乳房が零れ、突如与えられた刺激に薄桃色の山頂がツンと上を向いている。

 トワイライトは目視確認して舌舐めずり。

 そのまま無いようであるような小ぶりな膨らみをむぎゅっと鷲掴みにすれば、さすがのブルーも身を捩って可愛らしい反応を示す。


「っあ……」

「そうだよ! 貼ったのを引っ剥がすのが一億万倍楽しいんだァッ! わかんない!? わかんないかなァッ!? 勢いで貼っちゃったのはイイけどなかなか剥がしにくいシールとか、半泣きで必死に剥がしてキレイに取れたときだって最高に嬉しいだろぉッ!」

「ブルーにも分かるように言ってヨ!?」


 トワイライトはよくわからない衝動のままに少女の両肩をがしっと掴まえ、よくわからないことをすごい勢いで力説した。


「こういうのは覆い隠すためじゃあない、それを暴いて晒すことこそが至福なんだよォッ!」

「さっきから言ってるコトまるでワカラナイ! あとなんか目がコワイ!」

「んなこたァどうだっていいからさっさと続きをやろうぜ、ブルー!」

「いやダー! 思ってた行為と全然ちがうー!」

「一体何を考えてたってんだよォ! オマエの存在を貶めるつうことは即ち純潔を奪い去ることそのものだろう? 迷宮のお姫様ァッ!」

「あなっ、ナっ!?」


 どうやら、ブルーは少しばかり力加減を間違えていたようだ。

 捨て身で行った蘇生術がどうにも効きすぎたことを今になって実感したらしく、急にあわあわと動揺を表に出し始めている。

 ブルーが施したのは行き過ぎた治癒術というか、心身の強化に近かった。

 精神を司るパワーに、肉体の原動力となるエネルギー。その両方を超回復させてしまったというわけだ。

 おまけにブルー自身では操りきれない膨大な気力が事態の引き金を引いたのだ。

 要するに、意図せず強烈な毒を盛ったようなものだった。


「……これは危機的状況、かなり。トワイライト、ちょっと落ち着く。ヨロシ?」

「だーめッ♥」


 本日何度目かのトランスに渦を巻く昏い瞳は滾り、ブルーの炎を移し宿したまま余計にぐるぐると螺旋を描く。

 自分の内側を暴れまわる衝動には抗えない。むしろ積極的に身を任すことで生き延びてきた。

 どんな時でもトワイライトにはそういうやり方以外を選ぶことは不可能だった。身体と心にその生き方がすっかり刷り込まれているのだから。

 それに今回に限ってはゲスっぽい欲望に塗れ、貶めるほど都合がいいときている。

 どんな手段だっていい。

 ブルーを人間のレベルにまで堕としてしまいさえすれば。


「ヒャアハハッ! ほらァッ、こっちも邪魔ァッ♥」

「ひぃんっ!?」


 少女の秘所を隠していた呪符をも容赦なく剥ぎ取ると、トワイライトはその姫君のような美しい顔に猥雑きわまりない、毒の滴る笑みを浮かべた。

 意味もなく胸の辺りでクロスさせた手の中には何故か愛用の黒いメスと注射器が握られている。


「怯えなくても全然平気! 超絶余裕! ちょっとハードでコアなプレイになるけど痛くしないし怖くない!」

「ぎょわー! めちゃコワイ!」


 たまらず、鋼糸の渦中でブルーがおののく。

 でも、それで大人しくなるようなタマじゃないことは知っている。ひゅう、と風を呼ぶような吸気が響く。


「いい加減に――」


 さすがに危険だと判断したブルーは馬鹿力か、自身を拘束していた糸を一瞬にして引きちぎる。

 弾け飛んだ鋼糸とそれをブチ破った少女それ自体に面食らってる間にも、既に反撃が始まっている。

 聞こえない呼吸に、音が消える。震脚。音もなく大地を踏みしめる姿はとても優雅だ。おまけに全裸。眺めも角度も超最高。

 気配を殺し、怯えも殺して一際強く踏み込む少女の動きは止まらない。

 自動化された一連の動作。放出される紫電、膨れ上がる殺気に肌が粟立ち、


「――スルッ!」


 ブルーは喉元を狙い、掌打を繰り出すと同時に急所を狙った膝蹴りを食らわせてくる。

 刃のような風が前髪の一束を綺麗に切り取っていく。速くて重い。きわめて致死的な一撃。恐ろしい身のこなし。

 制止するとか突っ込みをいれるとかではなく、もう殆ど殺す気だった。桃色の眼が「おまえは血の詰まった肉袋ダ!」って言っているし、実際その通りで触れたが最後、内側から揺さぶられて弾け飛ぶ。

 しかし、トワイライトだって負けてはいない。真っ向勝負では絶対に死ぬし殺されるだろうが、優位に立っているなら話は別だ。

 回転して素早く躱し、予想通りに突き出された掌を叩いて払う。次撃にも即座に対応。肘打ちを避け、無謀にも更に踏み込んできた少女の勢いを借りて自分の側に引き寄せ、膝を両脚に割りいれる。

 そのまま二人分の勢いを利用して壁に背中をぶつけると、ブルーが「ぐっ」と苦鳴を吐き出した。


「あはっ。なにかの悪役になったみたいで楽しいよ!」

「みたいじゃなくて、そのものダ! ふ、あっ」


 抑えつけたまま大腿を撫で上げると、ブルーはびくりと身を震わせた。

 少しおびえたような表情が堪らなく切なげで、おもわず首を捕まえた手に力を込めたくなった。


「むむう。何をスル気だ、せっかく動けるように治してやったのに! おまえ様は恩をあだで返そうというのか!」

「なにって、もう少しを奪うだけさ! もっかい言うけど痛くしねえし怖くないよ!? むしろ気持ちイイくらいッ」

「ぎゃーッ! めちゃくちゃコワイ! 特に顔が! 顔が邪悪! 今のトワイライトは信用ナラナイ、ぜったい」

「なあ、ブルー。俺は苦痛を知り尽くしてるんだよ。ならば逆も然りってわけじゃない? どうすれば快楽を与えられるか――おまえをよくしてやれるかを、俺自身はよく知っているつもりだよ?」

「何を言って……んっ、やぁっ」

「ふうん、けっこうイイ感度な肉体じゃん? ちゃんと濡れ」

「ん、んっ、い、いい加減にがぶっ」

「オギャーシッ!?」


 一切の余裕を無くしたブルーに思い切り噛みつかれ、無事な左腕も激しく負傷。しっかりと刻み込まれた歯型から、すぐに血が溢れて流れ始めた。

 その痛みが理性を呼びもどし、トワイライトは慌ててよろめくブルーを受け止める。

 自分を突き動かしていた邪悪な衝動のようなものが薄れて綺麗さっぱり消えてなくなるのを感じた。

 半分はついうっかり楽しくなってやっていたが、あくまで記憶は半々だ。

 ……半々といったら半々なのだ。

 そういうことにしておくと、ドン引きしているブルーに対して遠慮がちに向き直る。


「ぎゃわーー! 傍ニ寄ル、気安ク触ル、ぜんぶヨクナイ!」

「……ごめん、やりすぎた。あと落ちついた、落ちつきましだぐぼっ! あ、どうかぶたないで。おなか殴られてから言っても意味ないけど」

「しょっちゅう竜素に中てられる、ダメ! 悪い癖! 手癖もさいあく! 術者として恥ずかしイ、チガウ?」

「ええと、オマエがダダ漏れさせてる力が強すぎるのも一因だったりするわけで……おあいこ?」


 出来るだけ可愛らしく小首を傾げて言ってみたのだが、ブルーが凶器の両腕を構えて威嚇してきた。

 一歩、もう一歩。強く踏み込んで彼女は距離を詰める。そのまま頭とか捻り潰されそうで超怖い。

 トワイライトとしては一応自己弁護しただけだったが、効果はまるで望めなかった。

 ブルーがふーふーと荒い息を吐きつつ、なおも殺意の籠った熱い視線を向けてくるので、再度真面目な態度に戻って謝罪し直す。


「いや、悪かったよ」

「それしか言えナイカ!?」

「めっ、主に俺の左手と脳味噌! ……これでいい?」

(シャ)ー!」

「ほんとに悪かっだから首っ、首締め゛ないで! ごほっ……うん、そう、もうしない。悪玉トワイライトはもう出てこないから」

「ブルーはおまえ様のこと、あとで殺ソウと思ってイル」

「お。ちょっとは人間っぽく近づいてきたんじゃん? その調子」

「訂正。今殺ス」

「俺を助けたかったんじゃないのかよ」

「一度助けた命はブルーのモノだ。どうしようと勝手。チガウ?」


 青い髪を羽のように逆立てて怒りながら、ブルーは救った命の所有権を主張した。

 トワイライトにとっては今更慣れっこだが、この少女もまた間違いなくおそろしい側面を持っているようだ。

 今後のことを考えると、少しだけ頭が痛くなる。


「んじゃ、今度こそ真面目にな」

「…………ほ、ほんとに、何をするつもりなのダ? ことによってはやっぱりやめる、ぞ?」

「急に腰引けてンじゃないよ。なに、さっきおまえがやったのとおんなじことさ」


 ぺろりと舌を出して見せると、ブルーがはっと目を見開く。


「舌の刺青。それは、(まじない)?」

「そ。本当は不意打ちに備えた奥の手なんだけどねぇ」


 〈生命奪〉。いざというときの蘇生のために自動的に発動するよう予め仕掛けた符術回路。

 符呪の働きを利用し、刺青として彫り込んだトワイライトの禁じ手である。

 例えば、死んだふりから一気に相手の寝首を搔く――あるいはもっとえげつない方法として応用可能な切り札だ。

 でも、間違っているかも知れなくとも、まともな使い方だって出来るのだ。


「……さっきみたいなウッカリは困ルのだからナ」

「うん、もうしないよ」


 ぐい、と腰を引き寄せて瞳をのぞきこむと、ブルーは僅かに目を伏せてみせた。

 脅かし過ぎたし、なにより遊びがすぎたのかもしれない。


「怖い?」

「怖くナイ……でも、目は、閉じル」


 実際は閉じようとする前にブルーの掌で強制的に瞼が覆われた。

 これ以上は見るなと言いたかったのだろう。

 裸はいいのに目を見つめられるのがダメなんて、やっぱりどこか変わっている。それに何となく判断基準が野生っぽい。

 血の通った温度に抵抗を止めて、素直に瞼を閉じる。安らいでいる隙などとても無いけれど、赤黒く懐かしい安寧が訪れた。


 胸板を這う両の手指が、鼓動を確かめるように心臓の真上に添えられる。

 殆ど重なる寸前の唇から、僅かに吐息が漏れて零れた。それが言葉以上の雄弁さで昂る気持ちを伝えてきた。

 空気を読んでいる余裕なんかない。

 二つの肉体分の距離。あとほんの少し残された隔たりを埋めるため。

 そのためであるかのように、トワイライトはブルーの唇に自分のそれを重ね合わせた。

 逃れられぬよう少女の頭に左腕を回して捕えると、指の隙間から髪の束が滑り落ちていく。柔らかな羽のような手触りが愛おしい。

 唇に唇を押し当て、甘く食んでは催促を繰り返し、やがて酸素を求めて喘いだところへ舌をねじ込み撫ぜ回す。

 そうするうちにブルーの体から、ほんの少し力が抜けた気がした。

 柔らかく濡れた粘膜を蕩かしながら、ブルーを、その存在自体を構成する魔術に意識を向けて、内側から書き換えていく。


 約束というには程遠く、強引で淫らな口付けだった。


 〈――(Dréin)命奪(spírət)――〉


 舌に刻んだ刺青の紋様に意識を集中させて、そっと術を発動させる。

 もっと奥深くに分け入って、イメージの断片を探さなければ。

 窮地の渦中、無我夢中で練り上げて形を与えた分、トワイライト自身にもどうやって解けていく術を繋ぎ止めればよいのかが分からない。

 だから、この手段は一か八かの賭けでもあった。


 それに、迷宮に繋がれた少女を攫うという「略奪行為」は迷宮の一部を切り取ることでもある。

 とんでもない禁忌で、どんなしっぺ返しをくらうか予想もつかない行いだ。

 ブルーは数百年ならくれてやるといったが、逆にトワイライトが百年を捧げなければいけなくなるかもしれない。

 トワイライトにとっては大抵の罪業を重ねたところで痛くも痒くもないし、どうだっていい。関係がない。

 けれど、そのしっぺ返しを喰らうのは当人でない場合だってありうるのだ。

 ……そうならないためには絶妙な力加減が必要だった。


 執拗な愛撫に根負けしたのか、薄い舌が遠慮がちに口内に差し込まれる。

 小さな舌が蠢いて不器用にも深く口付けてくる。やり方を手探りしているような、荒っぽくて初々しい口づけだった。

 唾液を混ぜ合わせ、快楽に震える吐息さえ逃さぬように絡め取る。こくんと細い喉が鳴り、それでも余剰な唾液が口元を伝って零れ落ちていく。

 ブルーは逃れることすら忘れているのだろう。もしかしなくても本当の快楽なんか知らない。その筈だ。

 だから心尽くしの愛撫を与え、体と心に厭というほど教え込めば、きっとすぐに堕ちてしまう。

 密かに目を開けて様子を窺えば、熱に浮かされ朱く色づいた頬が視界に入る。なかなか可愛げのある反応に内心でほくそえむ。

 ブルーからの口付けはただ熱かった。そして、甘かった。甘く脆い果肉を食んでいるみたいだった。

 喉の奥に生じるのは奇妙な幸福感。形の伴わない温かいものを流し込まれているような、得も言われぬ感覚だった。


 ――でも、多分、これでいい。

 その感覚を手繰り寄せるように、ブルーを構成し形づくる魔術に手を加えてゆく。

 自らが編んだ「召喚術」を書き換えて、神格を貶める。過程を愉しんでいたって、本来はそれが目的だ。

 口付けで繋がることで内に秘めた竜素を操り、エネルギーを循環させる。

 否、この場合は一方的に奪い吸い取ることで、地上に居場所を与えてやるというべきか。

 絡めた舌を吸い、招き入れた口内でまた舌を絡めて、柔肉にそっと歯を立てる。

 くちゅ、と濡れた音がして、どこか怯えたように少女が体を震わせる。

 吐く息は荒く、唾液は粘り気を帯びていく。微小で、しかし明らかな変化が少女の昂ぶりを告げていた。


「……んく……んっ……」


 苦しげな吐息に唇を離すと、ブルーは数歩ふらつくようにして体から離れた。

 唾液を拭う仕草の折に、口元から僅かに燻ぶる炎が覗いて見えた。そこに紛れ、融けて消えゆく紋様も。

 それは術を新たに編みあげる際に紛れ込ませたコードだった。ブルーの身体に馴染んだようで、やがて紋様は跡形もなく消えてしまった。

 ブルーの頬はすっかり朱に染まり、濡れた桃色の瞳から透明な滴が一筋零れた。

 少女は何か言いたげにトワイライトを見上げたが、そのままこてんと胸の中に倒れ込み、額を押し当ててきた。


 身体の内側から吹荒れて渦を巻き、立ち昇っていた蒼い炎はどんどん小さくなって、互いの体内に消えていく。既に熱さなど忘れ去っていた。

 トワイライトの舌の上で薄く燐光を放つ刺青の呪も、静かに収束していった。

 内側からブルーを壊していた竜素が再び形を与えられ、崩壊を防ぐことが出来たのだ。トワイライトは術を再編成し、少女の形を繋ぎ止めた。

 そして、迷宮を巡る力の源である竜の魂から一部を引きはがし、切り取った。それに成功したというわけだ。

 ……否、まだ成功とは言い切れない。

 ブルーが持つ記憶や思考、力。それらの無事をすべて確かめない限りは。


「ブルー」


 恐る恐る頬に触れて名前を呼ぶ。

 ブルーは素っ頓狂な、それでいてどこか幸福そうな微笑みを浮かべて。


「それがわたしの、私が……トワイライトから貰った名前か。とてもいい名前だな」

「おれのこと、覚えているんだな」


 その言葉にブルーは淡く微笑んだ。

 しかし、その笑顔は少しだけ寂しげで頼りなかった。


「名前を……呼んで、トワイライト。おまえ様にもう一度名前を呼んでもらえるのならば、何をなくしていたって幸せだ。私が、私自身のことを忘れていても」

「オマエ。自分の記憶がなくなってる、のか?」

「……そう、みたいだナ」

「何も? 何一つ?」

「……わからない」


 問いかけに対する肯定か否定か。答えはとても曖昧だ。

 ブルーが浮かべた笑みは確かに悲しげだったけれど、何一つ諦めてはいないという意志を宿したものだった。

 ただの一瞬、途方にくれたような顔をしたのはトワイライトの方だった。

 全ては自分の瑕疵で――もしかしたら自分自身がブルーの記憶を奪い去ってしまったのかもしれないと、そういう考えが脳裏を過ぎる。

 全部が愚かな失敗で、ずっと昔からそればかり繰り返している。ろくでもないクソ餓鬼のまま、手を差し伸べる皆を手当たり次第に傷つけている。

 その時、俯いて冷えた頬にそっと柔らかな指先が触れた。

「だいじょうぶだ」と不意に少女は口にした。確かにそう言ったのだ。

 都合のいい思い込みでも何でも、それは「おまえのせいではない」という赦しとして受けとれた。


「だいじょぶ。なんとかナル。どうなっても、トワイライトがなんとかしてくれる」

「……それ、オマエが言うなよ」


 それでも、ブルーに言われればその通りで案外なんとかやっていける気がした。

 ――どうにかして、絶対に。

 絶対に取り戻してみせる。そう思った。

 何をどう言い返そうか迷った挙句に、ようやくトワイライトは一言を発した。いわずもがな、精いっぱいの言葉だった。


「目が覚めたら、俺の知ってるオマエのことを話すから」

「それより……目が覚めたら、もっとトワイライトのことヲ教えて欲しい」


 ブルーの満足そうな表情にどうしてよいかわからずにいると、安心しろとでもいうように差し伸べられた蓮の指先が頬を撫でて力なく滑り落ちた。

 ブルーの瞳は眠たげで、まどろみから暗闇へと落ちてゆくところだった。


「……つかれた、ナ。少し眠ル……ヨイ?」

「いいよ」


 唇がまだ何事かを紡ごうとするが、とうとう言葉にならずに途切れてしまった。

 とくに抗うこともなく、少女はふわりと瞼を閉じた。

 今はこのままでいい。このまま眠ってしまえばそれで。

 じきに少女は目を覚まし、問いかけるだろう。私は何なのだと。

 そして、それに答えるのはトワイライトなのだ。

 満足のいく答えがなければ探し求め、与えてやればいい。その為になら、大嫌いな迷宮を泥臭く這いまわるのも悪くは無い。

 はっきりと、そう誓ったのだから。

 だから今はただ、ブルーが眠りから目覚めるのを待とうと思った。





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