十. Blue 〈前〉
十.
じっと見つめていると坑道の奥の暗闇が滲み、真っ黒い水のようにせり上がってくる。
迷宮の夜がいっそう深くなり、闇の濃度が増してゆく。
目には見えない不気味な液体がどろどろ足元から纏わりついて無数の手となり、胸や腹、背中を濡れた気配が這いずり回り、耳許では絶えず誰かが何かを猥らな文句で囁き、「はやくこっちへおいでよ」と誘い掛けてくる。声には羽虫のはばたく不愉快なノイズが混じっている。
勿論、自分を苛み煩わせるこれらの感覚は全部壊れたアタマが見せる幻で、偽物だ。それだけはしっかりと理解している。
ブルーから流れ込む竜素が強すぎるせいで、まだ精神が引き摺られている。
ただそれだけのことだ。
だから全身の毛孔を塞がれるような嫌悪感に苛まれながらも、トワイライトは魔物の気配が消えるのをひたすら辛抱強く待っていた。
追いかけてトドメを刺すことは何度も考えた……というより脅威そのものを取り除くべきことは明白だが、正直どうでもいいくらいに限界だった。
これ以上奥に踏み入ることは無理だ。
ひどい倦怠感に疲労感。完全なグロッキー状態。
身も心もくたくたに消耗しきって、本当なら今にもぐたっと倒れて眠ってしまいたいほどの。
……もっとも、そうなればネロが「トワイライトが迷宮テクノブレイクした!」等の破廉恥きわまりない冗句で機構の職員を急き立て、救助される羽目になる。
なけなしの名誉と尊厳のために、それだけはどうしても避けたかった。
もしかすると既に通報されているかもしれないが。
『召喚って、感覚的には迷宮内のよくわからない神魔とか精霊とかと交合うようなもんなんでしょ? 要するに』
とかなんとか、彼女は普段からFワードすれすれの卑猥な解釈を示してみせる。それもだいたい合っているから始末に負えない。
それに、そう。これは、これ以上は別に俺の仕事じゃないんだ。
頼まれた以上の働きをしたと胸を張って主張することはもう十分出来る。あいつを放って逃げたりしていれば何人死者が出たことか。
自分が請け負ったのは迷子の探索者たちの捜索と、彼らが〈黒〉だった場合の素子回収だけ。それ以上のことをしてやる義理はないんだ。
トワイライトはそう考えることで胸糞の悪さを少しでも軽減しようと努めてみたが、効果はあまり上がらなかった。
「ったく、ツオルギの野郎。割増分きっちりふんだくってやるからなァ……」
ツオルギから追加報酬をせしめることを真面目に検討しつつ、トワイライトは未だ闇の奥に目を凝らしていた。
恐怖、警戒心、あるいは召喚後の高揚感から、敵が去ってもなかなか警戒を解くことができないでいる。
体内に入り込んだ竜素の燻ぶりは抜けきらず、ざらついた血が更なる殺戮と破壊を求め、深く速い鼓動となって急き立てる。
闇の中にうごめく塊を、タチの悪い幻を、ただ見つめている。
それだけのくせに、暗がりにまだ何かが潜んでいる気がするのだ。
――否。気のせいなどではない。
実際に視界の隅で何かがゆっくり立ち上がる。それらの姿が次第にはっきりと見えてくる。
大勢が笑いさざめくような不気味な気配を伴いながら血腥い暗闇がうねる。
そこから這い出すものは皆ぼろぼろに千切れ、肉や骨片や臓物を晒している。
確かめるまでもない。彼らはトワイライトの手で切り刻まれた怪物たちの残骸、それに食いちぎられた死者たちだった。
亡者どもはゆらゆらと血の海を漂い、この場で唯一の生者であるトワイライトを死の泥濘に引き入れようと浮かびあがってきたのだ。
彼らに残されたものは、自身の恨みのままに生者を喰らい飲み干したいという哀れで淫らな欲求だけだ。
血の海に浮かぶのはろくに骨格を持たない白い腐肉の化け物と、漂う蟲虫。
汚泥と恐怖に塗れたミドルノートが鼻につく。
トワイライトはそれらを睨みつけると、口元をいつもの歪んだ笑みで軋らせた。
真っ赤な裂け目のような笑み。
頭がズキズキ痛んだがそれでもお構いなしに嗤う。ちらりと開いた口から紅い舌を覗かせ、唇をそっと舐める。淀んだ血の味がした。
そうだよ。やっぱり。
うっかり大事なことを忘れてた。
きちんと最後まで殺しきらないと、リンレイ師傳に花まるをつけて貰えないんだ。
……だったら片腕がなくったって、満点取るまでヤッてやらなくちゃ。
甘い死の香りと体内に注ぎ込まれた竜素に中てられて、さっきから気分は高揚しっぱなしだ。
去ったかどうだかよくわからない女怪の気配に意識を集中させながら、トワイライト自身もまた淫猥な笑みを深くする。
黒く渦巻く瞳には情欲の輝き。猥らまでの飢餓感に欲望を膨らませながら、自分に注がれる視線に視線を重ね合わせていく。
食い散らかして、飲み干してやる。あいつらじゃなくて、このおれが。
おれはいつだって物足りなくって寂しくてたまらなくて、満たされないんだから。目の前の幽霊とおんなじだ。
痛みや飢餓感と呼応するように亡者どもがゆらゆらと距離をつめてくる。
幻だってなんだって関係ない。
邪魔をするなら、全てを、
「……殺す♥」
薄い舌を口から零れる炎のように蠢めかせ、手を伸ばす。
その時、伸べた左手にそっと触れるものがあった。
優しく宥めるように触れ、わずかに脱力した瞬間を狡猾に狙って、指を絡め取るものが。
「トワイライト、へいき。だいじょぶ。安心する」
気がつくと、ブルーの右手に左手をしっかりと掴まえられていた。
蓮の花のような大きな手はトワイライトのぼろぼろの指を穏やかに包み込み、しっかりと握りしめている。
鉤爪の形をした攻撃的な形状の掌なのに、それはとても柔らかくひんやりとしていて、まるで傷つけようとする意志を感じさせない。
冷たさの奥に艶めかしい熱を秘めた少女の肌には、妙な説得力が宿っていた。
「あ、かっ……勝手に手とか握んじゃねえしィ!?」
「あれは去ったヨ。もう何もいない。いなくなった」
わたしたちの他には、と少女は静かに付け足した。
凛と響く声は優しく言い聞かせるような含みを帯びていた。
「…………ア?」
「よく見テ」
はっとして我に返れば、眼前の空間にはブルーが言う通り何もいない。
死体や死骸にすらならなかった臓物や肉片が散らばっているだけだ。
「……あー。アア、うん。そっか」
「そう。ソウイウコト」
最初は飲み込まれぬよう注意していた筈なのに、いつの間にかあっちの世界にどっぷり浸かって、殺意をダダ漏れにしていたというわけだ。
要するに、先ほどまで見ていた光景は全て幻覚。
亡者の群れはただの陳腐な幻だった。
召喚の副作用や危機的状況が作り出すもので、結局はブルーから与えられた力を制御しきれず翻弄されていた。
「もう、まったく。マジ死に五秒前だっての……くそ」
しつこく絡む幻を振り払うように頭をふると、構えを解いて長く溜息を吐く。
手で目を覆い、眼球の丸みをなぞるように指でぐりぐり押して目を瞬かせる。ほんの少し苦痛が和らぐ。
ついでに邪魔な前髪を後ろに撫でつける。収まりきらなかった髪がゆっくり零れ落ちてきて、再び視界を夕暮れ色に塞いだ。
昼が殺され焼け焦げてゆくときの空の色。
指の間から血が滴るが、自分の血かそれとも誰かの血か分からなかった。試しに指先で傷を探ってみると、割れた額から乾きかけた血の塊がぼろぼろ落ちた。
傷口から滲んだ鮮血で親指が濡れ、トワイライトはそこに舌を這わせて舐め取った。
「は。とんでもねえ依頼だったね……めちゃくちゃ頭痛いし、まだ目が回るんですがァ」
酩酊状態に似ているが当然そうではないため、もっと性質が悪い。
自嘲気味に笑おうとすると声はろくに出ず、掠れた吐息だけが漏れた。
狂っていると自覚しながら、自分ではどうすることもできない。どうしようもなくぼろぼろになるまで戦ってしまう。
まぼろしを見ようがズタボロに身体を裂かれていようが関係なく、一度動き出せば全てが終わるまではやめられない。
こんなの、どう見たって「イッちゃってる」としか言いようがない。
何となく恥ずかしくてブルーの方を窺うが、彼女が特に気にする様子はない。少女はただ凪いだ瞳にトワイライトの姿を映して佇むばかり。
さすがのトワイライトも何と言っていいのかわからなくなり、心のねじけた笑みから困り気味の表情に変えてもう一度笑ってみせた。
少なくとも、今度は上手くいった。
「もう電波ゆんゆんって感じじゃん? 俺ってばちょっと、……や、かなり頭おかしいからさ」
「追わなくてイイ?」
「……なにがァ? 」
幾分正気に戻るのを待っていたらしく、ブルーは静かに問いかけてきた。
軽口とふざけた態度は全部無視された。
「とどめ、さしたい。ちがう?」
無機質で無表情な顔立ちが、少しだけ強張ってみえるのは気のせいだろうか。
どう映るにしろ、ブルーはトワイライトが何かを言うのを辛抱強く待っている。
今の少女はただ呼び手であるトワイライトが望む選択に従おうとしているだけだった。
「……違わないけど」
一旦言葉を切ると、トワイライトは本音を飲み込み、再度深く息を吐いた。
「今ンとこ、あいつはほっとく」
「追わない。理解」
誰より自分自身に言い聞かせるように結び、あとはただブルーのほうへ視線を投げて黙る。
大きな桃色の瞳は相変わらず凪いだままで表情に変化は無い。
眠たげでどこか胡乱な相貌はどうしようもなく美しいが、情緒の色がかなり希薄だ。
とはいえ、ブルーの言葉にはどこか安堵したような雰囲気が含まれていた。こちらの身を案じてなのか、別の意図があるのかは分からない。
けれど、敢えて尋ねることはしなかった。差し迫った必要性がなければ、そんなことをする余裕も無いからだ。
今のトワイライトは余計なことをする気力すら起きないくらいに、カラカラでぼろぼろだった。
「精気が足りないね。こんなことならハルともっとヤッておくんだった」
「……? なにを?」
「ナニって……頭の悪い独り言だから無視してよ」
ブルーが小首を傾げてみせるが知らんぷりして、袖口から煙草の箱を探り出す。
先ほど検分を行った際に探索者の懐から失敬した品で、紙の箱はぐしゃぐしゃに潰れて血で汚れている。銘柄のロゴなどは殆ど解読不可能だ。
おそらく吉祥なんたら……と刷られているが、持ち主は魔物に喰われ、それを拾ったトワイライトも半分死にかけなので全然「吉祥」じゃない。
ダメもとで中身を弄ってみると一本だけ乾いた煙草を見つけた。これはラッキー。
死者の持ち物を漁る行為を如何わしく思う人間も少なくはないが、探索者の一部――あるいはスカベンジャーと呼ばれる盗掘人たちは迷宮内の死者の持ち物や死体そのものを貴重な商品として持ち帰る。そういう者は表向き侮蔑を受けながらも、個人事業主として迷宮街や闇社会では重宝されている。
トワイライト自身は自分の行為を供養がわりだとしか思っていないし、それ以下でも以上でもない。
盗みを正当化する気も無ければ、別に否定する気もない。
「……んん。しまったな」
無事な品をみつけたものの、肝心の火がみつからない。激しく動き回る中でどこかに落っことしてきたらしい。
持ち上げて落とされるなんて、やっぱりアンラッキーだ。器用に咥え煙草のまま溜息をつく。
余力があれば発火符か術でも使ったかもしれないが今はそれも無理だ。上に戻るための体力をつなぐだけで精いっぱいだった。
「このまま一服できずに野垂れ死んだりしたら、いくらなんでも寂しすぎだね」
舌打ちと共に煙草を放り出そうとすると、ブルーが僅かに目を瞠る。
偶然それを視界の端に捉えたが、彼女に向かって何か言おうとする前に火花が散った。比喩ではない。
――と、音も立てずに紙が発火し、瞬く間に燃焼が始まった。
驚いたが、折角点った火を消すまいとすぐに吸い付ける。紫煙があがり、喉の奥に独特の苦みを感じる。肺が薫香で満たされてゆく。
しばらくぶりの一服だった。心底うまそうに息を吐き出すと、口の端から血が零れた。
煙草を持ち替えると袖でぬぐう。暢気に一服きめてる場合ではないかもしれないが、それでも止められないのは愛煙家の性だ。
トワイライトは再び気まずくなってブルーを見たが、少女は相変わらず何も気にしていない。
「……どうもね」
「サービス。燻ぶらせルこと、容易イ」
「えーと、吸う?」
「いらない」
「……だよな。なんていうか、オマエの使う力はあれだな、自然律を歪める――意図的にこの世の理にエラーを引き起こす、みたいなやつなのかなァ。
プログラムを状況に応じてちょこっと書き換えちゃう、みたいなァ?」
さりげなく探りを入れてみたが、ブルーは何も答えなかった。
もし本当に言葉通りのことができるのであれば、それは恐ろしいことだった。
法則を書き換え、現世の枠組みを越えてゆく力。それはまさしく神なる領域にあるべきものだ。
迷宮の内外問わず世界の在り方を歪めてしまうような力をこの娘は持っていることになる。
ブルー本人は竜の魂の切れ端だとか言っているが、何かもっと別の、とんでもないものを喚び降ろしてしまった可能性だってある。
「どうシタの。怪我が痛むか?」
「いや……なんでもないよ」
少女が訝しげに首を傾けると蒼い髪に宿った天使の輪が揺れ、鈍い波の形を描いた。
触れればふかふかと柔らかく、絹のように艶やかで、その美しさも感触にも嘘偽りがないことはもう知っている。
なんであれ、ブルー自身には何の害意もないようだ。
無粋な詮索などこの娘には通じないと踏んで、トワイライトはもう少しだけ煙草を味わった。
煙草の煙を起爆剤に、ほんの少し集中して糸を手繰る。常に自分の周りに張り巡らせてある暗器の糸だ。
あらかじめ吹きこんだ気力によってぼんやり発光するそれを細かく操り、息を吐き出す。ゆっくり、止める。歯を食いしばって、代わりに強張った身体からは力を抜く。
瞬間。勢いよく自分の肩と右腕を縦に貫通させると、それらをきつく繋いで縫い合わせた。
不格好ではあるが、破れた肉の継ぎ目から腕が垂れさがる。
「ぐっ、ぎ♥ ……クッソ痛いけど、まァ仕方ないよねえ」
捥げかけの腕を持ち歩くのは面倒くさいし、手で手が塞がるというのも何か嫌だ。第一、かなり危険である。
だらしなくぶら下がっているだけの肉塊と化した右腕はあやつり人形のそれそっくりだ。
あやつり人形。よく考えなくてもトワイライトにはおあえつら向きの文句だった。
どんなに壊れイカれていようとも、リンレイが組み込んだ回路通りに動きつづける傀儡。
ぼろぼろに千切れていたってどうしようもなく女の愛と呪いに踊らされ、また、それを求め続けてしまう。そういうふうに精神を作り替えられたから。
ても、今はこんな考えに浸っている場合ではない。召喚後に襲い来る自己嫌悪を振り払い、脳髄の奥に施された符呪回路を作動させ、更なる強化と生命維持の術を展開する。
後手後手だが、死ぬよりはマシだ。
ブルーはおぞましくもどこか間抜けな止血の模様をぼんやりと見守っていた。
しかし、千切れて襤褸切れのようになった肌の上に何かを見咎めたらしく、やおら口をきいた。
「刺青」
「なァに、気になんのコレ? おまえを呼んだのも、なんつーかな、このラクガキっぽいやつのおかげで」
「知ってイル。きれいなのに、無くなってしまったナ。ブルーを喚ぶために腕ヲ潰シタから……」
「くっつけたらまた入れてもらうからいいの」
「そういうのを入れてくれルひとがイルのか」
「うん? まあ、そりゃね」
刺青は右腕ごと殆どが失われてしまった。
損傷を受けた身体はどうにか治せても、刺青まで都合よく元に戻すことは不可能だ。傷として彫り込まれたそれは治療の過程で魔術と共に消え失せてしまう。
非合法でグロテスクなやり方であるものの、新しく腕を繋ぎなおすことに不安はない。
むしろ恐ろしいのは改めて墨を入れてくれるようハルに頼みに行くことだった。
台無しにした腕の惨状を引っ提げて、どんな顔でハルの工房に寄ればよいものか。
何気ないブルーの指摘から前科数犯時の凄惨な記憶が想起され、トワイライトの表情は苦く曇った。失血のためだけではなく、その顔は透き通って見えるほど青褪めている。
ハルの御説教は超怖い。「事情は分かった。とりあえず尻を出せ」と、針を両手に構えた半裸の絶世美女に笑顔で恫喝される光景が脳裏を過る。
「顔色が悪すぎル。血とか足りナイ?」
「あっ、だめっ、この先の記憶は思い出したらたぶん俺生きていけない――」
「トワイライト。また幻を?」
「違う、正常。いや……そ……そう、血とか色々足りないせいでね、うん?」
「様子、あきらかに異常。ブルーは心配」
「しなくていいよ」
此処には無い何かに怯え震え上がるトワイライトの様子を目にし、さすがのブルーも困惑した様子で声をかけてくる。
「針を持った女が怖い」と告げたらさすがに病気と見做されそうなので、それ以上は何も語らずにおく。
「ここで倒れるは困ル。離脱スル、すみやかに」
「わかってる。あ、オマエまだ消えんなよ。っていうかもうこのまま出口まで手ェ引っ張って、連れてって♥」
「…………しょうがないニンゲンだナ」
「あは、アリガトよ。頭の中のお友達が不機嫌なのか小人さんがサボってんのか、全然地上と連絡取れなくってね」
「トワイライトは困ってイルのか」
「そう。とってもね」
いまだに通信状態は回復せず、ネロとも連絡が取れずにいる。
彼女のことだから何らかの手を既に打ってくれているだろうが、ナビをつけずに動くのはよろしくない。魔物を撃退したからといって、帰り道が百パーセント安全である保障はない。だからこそ、まだブルーの力が必要なのだ。
遅かれ早かれ機構から人員が派遣されてくるだろうが、それを悠長に待っていられる時間はなさそうだ。
自力で距離を稼ぎ、あとは救援が死体回収にならないことを祈るしかない。
ともかく、ぶら下がっているだけの肉塊と化した右腕には早急に本式の処置を施したい。
ほかにも色々。全体的に相当ひどいことになっている。
度重なる戦闘に加え、術を連発・多重発動させまくったために心身へ掛けた負荷は計り知れない。
「これにて一件落着ってかァ? 全く釈然としないけど……まーあれだ、今度こそ早く家帰りたァい」
「ならば出発スル」
ご丁寧にもブルーはしっかりと手を取り、踏み出そうとする。
冷え切った左手に子どもの体温は熱かった。
確かに引っ張ってくれと言ったが、もちろん本当にそこまでしろとは思っていない。
「待って、ちょっと……あと手はいいから。離してくれる?」
「なぜ? さっき手をひっぱって連れていけと言った」
「あれは言葉のあやだっつーの」
「……む」
ブルーはなんとなくふてぶてしくなりながらも手を離してくれた。
相変わらずよく分からない反応だが、存在自体が謎なのでどうしようもない。
トワイライトは一度立ち止まり、空洞の惨状を見渡した。ブルーにも分からないくらい密やかに感情を表出させる。
やっぱりこういう光景は気に喰わない。
嫌いだ。大嫌いだ。迷宮も。魔物も、探索者も。すべてが。
悔しげに歯噛みすると、すぐに感情を仕切りなおして肩を竦める。人外の少女は胡乱げな瞳を向けてきた。
ブルーの背中をぐいと押して促すと、漸くその場を離れるべく歩き出す。
少なくとも――歩き出そうとした。




