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迷宮のウルトラブルー  作者: 津島修嗣
第一章 リトルドラゴン
13/36

九. Jack You Up 〈后〉

 


 九.




 真っ暗な闇の中で風が吹き荒れている。

 それは強い向かい風で、風というよりも嵐だった。

 気流に混じってどこからか牡丹の花弁が舞っている。

 風と降り続ける薄紅の花が邪魔をして、ろくに前を向いていられない。


 ――――なんだァ、トワイライト。

 ざまァねえなァ、テメェまるで襤褸切れじゃねえか。


 突如として響いたのは聴き慣れた声だった。

 視界を塞ぐ花片を慌しく払い除けて目を凝らせば、芳しい闇の中に見知った姿を垣間見た。


 ……まったく。ちゃんと僕の話を聴いていたのかい、クソ弟子ちゃんがよォ。


 たった数歩先で女は背を向けて佇んでいた。

 風に煽られ、目映い朝焼け色の髪がたなびいている。同じ方向へ上る紫煙は空中で掻き消されて霧散する。悠長なことに煙草を喫んでいるのだ、彼女は。

 白衣を纏った背は細く小柄であるものの、腰にかけては優美で柔靭な線を描いている。

 その立ち姿は窈窕ようちょうたる淑女そのもの。


 見間違いなんかじゃない。

 脳髄の奥にまで文字通り直接刻み込まれた記憶。

 忘れることなどできやしないんだ。だってそんなこと許されていない。

 普段ならマボロシと分かっていても手を伸ばし、女を捉まえようとした筈だ。

 けれど今は咄嗟の出来事に身動きもとれず立ち尽くしたまま。


 ――――竜はね、トワイライト。


 おどろおどろしい囁き声。とても女のものとは思えない。

 だけど無性に心を惹きつける嗄れ声だ。

 声質とは裏腹に口調は毒々しいほど甘い。それに舌っ足らずでもある。

 その声がかつて聞いた言葉をそのまま告げる。


 ――――竜ってのはねェ、それそのものが現象なんだよ。

 意味分かるか? ってわかんねーよなァ、おまえ馬鹿だし。

 つまりだなァ、アレは誰にでも等しく無慈悲に襲いかかる運命のようなものなのさ。

 出会っちまったらもう逃れようが無いからね?

 だからもしオマエが迷宮で竜に会ったとしたら……、その時は覚悟をきめるんだなァ。

 オマエ、その手の悪運だけはもってやがるからよォ。

 ……泣いて頼まれても助けてなんてやらないぜ?


 今更遅いですよ、そう答えようとすると不意に女が振り返る。

 花嵐のせいで口元しか見えない。ただ、紅い唇は深く弧を描いている。まるで三日月。

 女はとても愉快そうに笑っていた。悪意たっぷりに微笑んでいた。

 通常なら助言など全くする気のない女がどうしてあんな講釈を垂れたのか、ずっと分からないままだった。

 でも、その意味が漸く分かった気がした。

 忠告はおそらく予言だった。

 リンレイはきっと全部お見通しだったのだ。未来までも、総てを。


 ――――どうしたよ、らしくねえなァ。

 いつも通りに跪いて足の先から舌でも這わせて意地汚くお強請りしてみやがれってんだ。

 オマエ、どうせ僕のことだってマボロシだと思って油断してンな?

 つーかァ、今のてめえはこーゆーのを見てる場合と違うだろうが。なァ……


 トワイライト、




「目ヲ開けて、前ヲ見ル!」


 愛しい姿はガラスが砕け散るような音と気配によって掻き消された。


 ブルーの声に目を見開くと全てが変わっていた。

 何もかもが以前よりも鮮やかに見渡せる。自分を取り巻く世界の奥行きが深まって見える。

 びりっと脳髄を灼く瞬間的な閃き。同時に猛悪な衝動が背骨を駆け抜けていく。

 目を開けた次の瞬間には既に何をどうしたときより幸せでハイな気分に胸が満たされていた。

 もういきなり超最高。めちゃくちゃご機嫌なカンジだ。

 要するにいつもより数段高く思考はぶっ飛んで、


「あはッ、快っ感――ッ♥♥♥」


 腹の底で膨れ上がる殺意をそのまま吐き出すみたいに術を放つ。

 言葉は何も要らなかった。

 そればかりか、視認し行動に移すまでの時間がやけに短く感じられた。

 “イメージを構成に落とし込み、竜素を変換・魔術を発動させる”

 こういういつもの手順がかったるく思えるほど、トワイライトは速く反応した。

 言ってしまえば衝動に突き動かされるまま、自分に向かって殺到する触手を紙一重で焼き払っていた。

 自分の意思ではあるが、それだけではない。

 ブルーが注ぎ込んでくるとんでもない量のエネルギーに引き摺られる形で、殆ど勝手に雷撃を放っていた。


 青黒い血煙の向こうで、くびきから逃れたばかりの魔物(イミューン)が身をくねらせる。

 辺りには青みがかった肉塊が散らばり、自らの体液に塗れた女の肌がぬらぬらとした不気味な光沢を帯びている。とはいえ、見た目ほど「削れて」はいないのだ。

 蛸脚状の触腕を、或いは下肢に群がる獣どもをいくら殺ぎ取ったところで、付与し得るダメージはたかが知れている。すぐに損傷箇所が蠢き、新しい下肢が再生される。そうすれば次の瞬間にはもう元通り、冥海に棲まう妖姫の姿が蘇えっている。

 それでも霧の隙間からこちらを睨みつけてくる視線には、どこか悲憤に満ちた光が宿っている。

 悲しいって? 何故だかそう見えたのだから仕方ない。

 理由なんてどうでもいい。今あいつをぶっ潰して逃げなければ、こちらがやられるだけなのだ。


「……リンレイ、師父(せんせい)

「トワイライト。ぼんやりスル、ヨクナイ」

「アー、わり。オマエの竜素ちからに中てられて、ほんの一瞬意識がお散歩に出ていたね」

「制御、無理?」

「いや、いける。何となくつかめてきた」


 先ほど見た過去の情景。

 リンレイの幻影は、ブルーの力――その圧倒的な情報量にのみ込まれる過程で描き出されたものだろう。

 混ざり合う記憶や力を制御しきれず、半分いかれた頭がみせたマボロシだ。

 しかし、もう同じ轍は踏まない。押し流されたりはしない。

 操られるのではなく自分が手繰る。喚んだモノが何であろうと完璧に使役しなければならない。

 だって、それが召喚士の業だ。


「さっきの後ろ姿、ダレか?」

「おまえはひとの心ン中まで見えちゃうってわけ? 俺の吹き出しは何色だった?」

「答えたくナイならイイ」


 気配でわかるだろうと踏んで、トワイライトは肩を竦める。

 ブルーはただ頷くのみ。強引な割に物分かりはいいらしい。


「もっと集中。エエト、ブルーの力に同情、シテ」

「同調?」

「む。トワイライトはいつもやっている通りに攻撃スル、それだけ」

「……わかったよ」


 渦巻く触腕と狼頭の群れの中に女の上半身が見える。

 青と黒で汚れた塊の中に唯一白く浮いて見える艶めかしい肉が。

 あれこそが分厚い肉壁に覆われた「核」。おそらくはそう呼べるものだ。

 自力では幾ら傷つけようとしても攻撃が通らなかった。でも、ブルーの力を借りた今ならいける筈。


「やっぱ頭を狙ってみるっきゃねえよなァ」

「頭。了解――」

「くれぐれもお手柔らかにね、下手すりゃ俺が死んじゃうんだから」

「死なない程度、理解」


 ブルーからは凄まじい量の竜素が奔流となって雪崩れ込んでくる。

 これでも大分加減されているのだろうが、暴力的な情報量に頭も身体もついていかない。しかもこの状態でさえ「不自由で不完全」と言い切るのだからどうかしている。

 先ほどの術の威力だってトワイライト自身が恐ろしくなるほど増幅されていた。

 よく考えなくても普段の召喚以上に気力と体力の両方を持っていかれている。気を抜けば最後、魔物に殺られる前に喰い尽されてしまう。

 頭蓋の奥からはミシミシと聞こえちゃいけない音が聞こえて一秒ごとに心身が消耗していくのが分かる。

 苦痛を噛みしめ無理やり笑んだ唇からは何か血とか滲んでる。あと鼻血も間違いなく出てる。

 なのに笑える。……笑えるのなら大丈夫、まだまだ平気で無問題だ。

 鼻血の方は勿体ないのでとりあえず舌で舐めておく。


「うわ、しょっぱい! なんか変な味ィ!」

「……トワイライト」

「集中、だろ。分かってるって言ってンじゃん!」


 そう、ちゃんと理解している。

 軽口を叩くだけで気は抜かないし、そもそも手を緩めることなど出来るわけがない。

 少し制御の仕方を間違えれば心ごと壊されてしまいかねない。

 けれど、ブルーの力に引っ張られる形でそれができている。辛うじて均衡を保ち、その力を扱うことが許されている。

 ブルーが竜素を供給し、トワイライトがそれを制御して術を放つ。

 言葉にすれば単純だ。とても単純。

 

「こちとら死にかけで――なんつーか、ひっでぇ状況の筈なのにねぇ……!」


 今、トワイライトは背後から包み込むように少女の身体を抱きすくめる格好だった。

 というより自力でなんて立っていられないから、ブルーの背に支えられて姿勢を保っている。

 情けないけれど、正直悪くはない。

 重力を無視してふわりと漂う蒼い髪が時折頬や鼻先、顎に触れる。

 間近で見るブルーの髪は生糸のように柔らかく滑らかで、一筋一筋がとても細かい。

 竜素を帯びて淡く発光している様子は美しいというより神々しい。

 その髪が触れるたびに太陽の名残――嵐の前触れのような水と土、草木の匂いが鼻孔を擽る。どこか遠く、行ったこともない場所の匂いだ。

 腕の中の身体は温かい。ぴたりと密着しているとむしろ熱い。

 こういう状況じゃなければ稚さなど無視して夢中で掻き抱いているかもしれない。

 そんな「生きている」という感覚の全て。

 人ならざる少女の熱や匂いが、尽きかけの気力を奮い立たせていた。


「なァんか、おまえがいたら何だってできそうな気がすンなァ!?」

「むろん。ブルーがいれば、出来ル」


 根拠こそ不明だが自信たっぷりに頷きやがる。だからこそ心強い。

 劣勢に追い込まれたことを悟ったか、勢いを増した獣の群れが殺到する。

 どす黒い錐のように先端を尖らせた蛸の足が出鱈目に四方から襲い来る。

 トワイライトはブルーから流れ込む竜素を変換、次々に術を展開して炸裂させる。

 削げ落ち、焦げた肉片がそこらじゅうに撒き散らされる。


「ワーオ♥ すっげえのォ!」

「トワイライト、つぎ!」


 攻撃の手を緩めることなく、そのまま少しずつ核へと肉壁を侵食してゆく。

 下肢の代わりに蠢く獣どもは女怪の本体を肉の蕾となって覆い隠し、守っている。

 やり方は力押しもいいところだ。でも、効いている。


「ニャハァッ! 愉しくなってきちゃったじゃんかァ!?」


 剽悍な血相は渦巻く瞳にぎちぎちと口角をつり上げた悪鬼の笑みで歪んでいる。

 もちろんトワイライトはそんなことお構いなしに雷撃を浴びせてゆく。

 尖らせるようイメージした魔術で青黒い肉壁をぐりぐりぐりぐり削り続ける。

 背徳的なくらいに愉快な感触だ。トワイライトは笑みを深くし、けたけたと不快きわまりない笑声をわざと高く響かせた。重圧を与えるとか戦意を削ぐなどの意味は特になく、ただ単純に楽しいだけだ。


「やっぱドリルってのはよォ! 男の子の浪漫とか色々詰まってやがるよなァッ!」


 ここまでくれば、もう単純な力のぶつけあいでしかない。押したり押し返されたりしながら、ひたすらに損傷を与えていく。

 その間も飛来する雑魚共は同時展開した障壁で防ぐか、焼き焦がすかして避け続けた。


「ああクソ! もういっそ身体が邪魔だァッ」


 悪態をついた拍子にぼとぼと血が零れて白を汚した。負荷をかけまくった身体から溢れ出る血が滴り落ちて、ブルーの背を赤く染めていた。


「――んあ、まずいなこりゃ」


 トワイライトの胸には薄情なほど白く痩せた背中が抱かれたまま。

 だが、ブルーは身じろぎもせずにただぽつりと言った。


「鼓動が速い。……素敵ダ、とても」


 ぴったりくっついた背中ごしに心音が伝わっている。

 ブルーにしてみれば血で汚されてそれどころの話じゃないだろう。それなのにあろうことか「素敵」とは。

 こいつはこいつなりに、ぶっとんだ感性をしているらしい。


「でも、もう少し抑えないと持たナイヨ」

「ふは。今はだいじょぶだって。つーかその、悪いねぇ……止血もおいつかなくってよ」

「べつに。トワイライトの血の味、悪くはナイ」

「いや、味って」


 不穏で怪しいニュアンスを訝しんで僅かに視線をむけると、少女の肌を伝う赤がじわりと吸い込まれ消えゆく光景が目に入る。

 トワイライトは息を飲んで見守った。


「ブルーは翼のないこの背を恥じている」


 それに被さる独白は密やかだった。

 しかし、はっきりとした強い口調でもあった。


「だから、願わくばもっと血が欲シイ。もっと血で染めて、汚して。そうすれば――」


 ブルーは血を吸うごとにその力を増しているのだ。そのことに今更ながらに思い当たる。

 血や肉、時には声や髪の毛さえも迷宮の神魔や精霊は対価として欲しがるものだ。

 ブルーとて例外ではない。

 彼らはそういうものを触媒として、現世での影響力を手に入れる。


「そうすれば、せめて一瞬でイイ、高くとべる気がスルから」


 可憐な唇を歪めて見せるのは獰猛な笑み。

 豹変したというより、初めてその本性を垣間見せられた気がした。

 真っ直ぐな狂気と獣のような激しさがトワイライトの心をより強く掴み、締めつけた。


「なに、そのイカした態度。俺と同類?」

「トワイライトは似たモノ同士。昔から」

「なんだ、けっこう可愛いこと言うんじゃん?」

「……サービス」


 少女は無表情で呟く。

 ブルーは昔教えた言葉を律義に記憶していた。

 それが目の前に「あいつ」がいるという実感につながり、胸を熱く滾らせる。


「――! 冗談はここまで。仕掛けてくる気だ。トワイライト」

「わかってる。これだけ削ったんだ、次で仕留める」

「応!」


 ブルーが力いっぱいに頷いた。

 獣よりも獰猛で真っ直ぐな視線。揺るぎない瞳には小宇宙の煌めき、無数の星の輝きが宿っている。トワイライトの黒渦の瞳とは真逆の存在感である。

 そして自分はまだ本気をだしていないと、その背が語っている。


 こちらが何をしようとしているのか、おそらく奴も分かっている。

 その証拠か、畳み掛けるようにドス黒い錐状の触手と獣頭が押し寄せてくる。

 それもブルーではなく、術者であるトワイライトに的を絞って。

 互いに考えは同じ。止めを刺すための瞬間を狙いあっている状況だ。


「ったく次から次と! クソ憎たらしいくらい賢しいねぇ……!」

「あれらはブルーが。トワイライトはそのまま術を編みあげル」


 異形の凶手を伸ばし、ブルーはそこにはない何かをそっと握りつぶしてみせる。

 それだけで次々に生み出される不気味な雑兵が内側から爆ぜて弾け飛ぶ。

 少女はたった一振りであっけなく、いとも簡単に迷宮内の免疫システムを破壊していく。

 災害級の強さ。

 その片鱗を感じさせる立ち振舞いは目の前の存在が見た目よりも遥かに恐ろしく、畏れ多く、禍々しいものなのだと直感させた。

 リンレイの言葉が脳裏をよぎる。


 竜はね、トワイライト――――。

 ――――無慈悲に襲いかかる運命、そのもの。


「案外、ほんとにおまえが俺の運命ってやつなのかもね」

「ブルーがトワイライトの運命?」

「吉か凶かは分からないけどねぇ。オマエみたいな不条理に付き合うってンなら、火遊びじゃ済まないことくらい覚悟してやんなきゃなァ!」


 言ってやるとブルーはただ、ふん、と頷いた。

 あるいはその横顔は満足気であったかも知れない。

 そんなことはおくびにも出さず、少女は大きな瞳で真っ直ぐに前を見据える。


「準備完了。トワイライトは死にかけ。だから機会は一度。よく狙って、放つ」

「……あいよ」


 手を伸ばせ。イメージしろ。

 ……いや、その必要すらないか。

 今じゃ世界が違ってみえる。その在り様が言葉にするまでもなく「見て取れる」んだ。

 ぶっ壊す必要も、ぶっ壊れてイカれる必要も、恍惚も陶酔もいらない。必要がない。

 自分の中をめちゃくちゃに掻き乱して暴れ出そうとするものは何もない。

 でも、物足りなさはまるでない。

 あるのは血を吸い上げる熱量。ブルーが自分の傍にいるという感覚。

 気づけば前へ伸ばした左手に薄花色の掌が重ねられていた。

 いつしか二人が纏う蒼い炎は渦を巻き、獲物に食らいつく瞬間を待ち焦がれるように激しく逆巻いている。

 イイ、最高だ。全部。

 ブルーが腕の中で頷いた。

 その熱い感覚だけを手繰り寄せ、力に身を任せて。

 そして、引き金は自分の手で。


 心臓を抉り取るつもりで――――放て。


『勅令なり。ただひたすらに罪深く(―ɡəˈvalt―)行え!』



 一撃は真っ白な閃光となって弾け、視覚のみならず聴覚までをも数秒の間奪い去った。

 ただ、確かな手ごたえがあった。

 無数の蠢き。唸り声と何かを引き摺る音が聞こえ――、やがて視界が戻ってくる。


 魔物は腹を大きく抉られ、女の形である上半身を半ば失いかけていた。

 最初にブルーが貫いた時よりも激しく、今度は目に見えて損傷していた。

 胸まで達した傷は、虚ろな風穴となって背後の黒い空間を覗かせている。

 抉り取られた部分からは人とも魚とも取れぬ異形の骨組みが丸見えになっている。艶めかしい曲線を描く真珠色の骨が。


 トワイライトは禍々しく渦を巻く黄昏色の瞳で。

 女怪は静かな怒りを湛えた水底の瞳で。

 両者は互いに引こうとはせず暫くの間睨めつけあった。

 睨みあう間も、魔物の体からは焼け焦げた触手と獣の頭がぼろぼろと崩れ続けている。

 あれだけの力をぶつけても即死に至らない。その事実がかえって恐ろしくもあった。

 イミューンは肉体の半分以上を失いながらも戦意を喪失することなく、トワイライトたちを憤怒に燃える蒼い瞳で見つめている。


『オ、ノレ……許サヌ』


 それがどちらに向けて放たれた言葉なのかは判然としない。

 当然、トワイライトには自分に向かって吐き出された怨嗟として受け取れた。

 なんて瞳。背筋がぞくぞくする。心底きれいじゃねえか。そう思うと更に嗜虐心が湧きあがる。

 深い悦びを覚えながら、反撃を想定して次に備える。

 均衡は崩れ、もはや形勢はこちらの優位に傾いている。

 今逃げないというなら殺しきるしかない。

 できないことはない。あと少し削ってやればいいだけだ。

 ブルーも警戒を解くことはせず、そのまま女怪の方をじっと見つめている。

 やがて、今まで黙っていた少女はつと口をきいた。


「……許して欲しいとはいわない」


 ブルーが呟いた言葉の意味を知るのは暫く先のこととなる。

 続いてその唇が歌のような奇怪な音を刻んだが、意味を理解することはかなわなかった。

 しかし、魔物イミューンはそこから何らかの意図を汲み取ったらしい。

 忌々しげに、それでいて何故だか悲哀のこもった顔をして一歩後方へと下がる。

 そのままじりじりと、また数歩。

 口笛にも似た涼やかな音色はもしかすると言語だったのかもしれない。

 ブルーがこちらに悟られぬよう何かを伝えて促した。その可能性が一番高い。

 そして、もう一歩。

 魔物はとうとう背を向けると、闇の中へ泳ぐように浮遊し姿を消した。

 素早い動作で、あっという間だった。

 それでもトワイライトは暫く構えをとかず、息をひそめて女怪が消えた方向に目を凝らしていた。





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