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第五話

SIDE-ライカ


「……私はこの村から……出て行くよ」


 私がそう言った瞬間、少しだけ場に沈黙が走る。

 おじいちゃんは、ふむと真剣そうに見つめ、オフェリアは落ち着かない様子で私を見ている。


「やはり、お主の両親、オズとフレイヤのことか」


 この沈黙の中で最初に口を開いたのはおじいちゃんだった。

 私は首を縦に振り、同意を示す。


「……おじいちゃんはもちろん知ってるよね、私の父さんと母さんのこと」


「ふぉっ、ふぉっ、もちろんじゃとも。何せあの二人は、今まで見てきたこの村のどんな住民よりも、いろんな意味で強烈じゃったからのう」


 おじいちゃんはその当時を懐かしむように、髭をいじりながら笑みを浮かべる。

 

「昔からオズの奴は、一見まじめそうな外見をしているくせに、その中身は相手にどうやっていたずらをしてやるか、そればっかり考えている奴だったのう。それに加えてお主以上の器用さでとんでもないいたずらアイテムを作っては村の皆を困らせておったわい」


「……父さんの部屋に今もある怪しい道具、あれ全部いたずら道具なのかな」


「ふぉっ、ふぉっ、そうじゃろうな。きっと、とんでもないものだらけじゃろうよ」


 昔、私が幼いころ、父さんが遊んでくれた時のことを思い返す。

 まだまだ私がやんちゃだった頃、父さんは毎日様々な魔具を使い、私を飽きさせず楽しませてくれたことを覚えている。

 今日、オフェリアを起こしたあの魔具も父さんの部屋にあった設計図を使い、私が少し手を加えたものだ。


「フレイヤの奴は……そうじゃのう。まるで野を駆ける野生動物のような、純粋で豪快な奴じゃったわい」


「や、野生動物って……」


「実際そうじゃったからのう。小さい頃はとってもおてんばで手がつけれんかったわい」


 わしも何回この髭を引き抜かれそうになったか、そうぶつぶつとつぶやくおじいちゃんの様子を見て、私は乾いた笑みを浮かべた。


「……だからこそ、だったのかもしれんのう。純粋であるがゆえに、わしが見てきた中で一番誠実で、信頼できる子じゃった。将来こいつは最高のおなごになる。そう確信していたわい」


「……実際、最高の母さんだったもの」


「ふぉっ、ふぉっ、そう言われれば、フレイヤの奴もあの世で喜んでおるじゃろうな」


 照れる私に、おじいちゃんは意地悪く微笑む。

 私は一度、おじいちゃんを睨み付けコホンと咳払いをして話を戻す。


「……そんな二人がこの村で神託祭を行ったとき、どんな選択をしたか。おじいちゃんは覚えてるんでしょ?」


「もちろんじゃとも。あの二人のことは今でもよく覚えておる。村から出たい、そういったんじゃった。オズの奴は昔から好奇心旺盛でのう。新しい世界へ旅立ちたい、子供のころからことあるごとにいっておったわ」


「それで母さんは、父さんについて行ったんだよね」


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、そうじゃったそうじゃった。子供のころからあの二人は相思相愛だったからのう。当たり前といえば当たり前じゃわい。まあ、フレイヤのほうは剣技にとても秀でておったからのう。自分の技がどこまで通じるか確かめてみたいというのも理由じゃったようじゃが」


「……それで、二人はこの村から出て行った、ってことで間違いないよね」


 ……ここまでは、父さんと母さんの昔話だ。

 父さんは里の外の未知なる世界にあこがれ、母さんはそんな父さんに付いて行き、里の外へ出て行った。

 ここまでの話なら、別に前例がないわけじゃない。

 都会にあこがれて出て行った人もたくさんいるし、恋人が行くから自分も行くというのもまれにだがあったようだった。


「……だけど、父さんと母さんは十年後、この村に帰ってきた。何も言わず、突然、赤ん坊だった私をこの村につれて」


 父さん母さんに聞いた話によると、二人は村を出て行った後、この国最大の都、王都『アルカディア』でそれなりの職に就いていたらしい。

 仕事も生活も友人関係も順調で、何不自由ない生活を送っていたそうだ。

 そんな二人が、私が生まれてから突然仕事を辞め、この村に帰ってきたのだ。

 理由は何も聞かされていない。


「……父さん母さんに理由を聞いても何も教えてくれない。小さい頃に問い詰めても、何故かすぐに話を逸らされただけだった。……いつか聞こう、いつか詳しい話を聞きかせてもらおうと思っていたら……二人とも事故で死んじゃった」


 あれは、嵐の日のことだ。

 父さんと母さんは、激しい風と雨の舞う中、二人で山のようすを見に行くと言い私をランバート家に預け、外に出て行った。

 いくら嵐とはいえ、あの二人だし心配することはないだろう、村のみんながそう思って二人をまっていた矢先の出来事だった。

 二人の行った山の斜面が大きく滑り、崩落した。

 近年まれにみる大崩落、将来そう呼ばれるようになったこの災害は二人の命を一瞬で飲み込んでしまった。

 それでも、あの二人なら生きているはず、そう願った善意ある村の人々による懸命の捜索にも関わらず、二人は死体も残さず消えてしまった。


「……あの時は、心が壊れそうだった。いや、一度、私の心は完全に折れていたと思う。でも、この村のみんな、おじいちゃんやオフェリア、シーラさんや本当に多くの人に助けてもらったから、ここまでこれた」


 本当に感謝しきれない。

 本来なら、この村に、村の人々に恩返しをするために、残った方がいいのだろうと強く思う。


「みんなから助けてもらった恩を、まだ全然返せてない。本当に申し訳ないと思ってるよ。……だけど、私は行きたいんだ。父さんと母さんが生きた街に、私が生まれた王都アルカディアに。……父さんの、母さんの、私の、ルーツを探しに」


「ルーツ、とな」


「簡単に言ってしまえば、自分探しの旅みたいなものだと思う。……正直、十六年以上前の父さん母さん、私の都会での生活の足跡なんて、もう残ってないかもしれない。見つかったとしても、それが何年先の話になるのかもわからない」


「ライカちゃん……」


「でも、この村から出て行かないと何も始まらない。私の中にかかっている靄を晴らす最初で最後のチャンスなんだ」


「……ふむ」


 私は姿勢をただし、床に頭をつけ懇願する。

 オフェリアはそんな私の様子に慌てるが、おじいちゃんは私をじっと見つめている。


「……みんなから、恩知らずだって思われてもいい。どうか私のわがままを許してください。……お願いします、長老様。私に、両親の見た世界を見させてください」


 目の前にいるこの村の村長、カロル・ランバートは腕を組み、ほんの一瞬の間考え込む。

 この一瞬の間が、私にとっては永遠のように感じられる。

 ……そして、村長の中で答えが出たのか、腕を解いてむくりと立ち上がり、私の前に立つ。


「……ライカよ、面を上げい」


 村長がそう言い、私はゆっくりと顔を上げる。

 ……どんな返事が帰ってくるだろうか、考えたその後には、


「ていっ」


「ふご!?」


 私のでこに強烈なデコピンが炸裂し、普通の状況では出せないであろう声が喉の奥から出てきた。

 つい最近まで山の中で村の若者に交じり狩りを続けていたその力は、いまだ衰えていなかった。


「な、何してくれてんのこのジジイ!? 人がせっかくまじめに話してる時に! デコピン、デコピンって!」


「ふぉふぉっ。悪いが年を取ると体力がめっきり減ってのぉ。か弱いこの老体に糞長い話を聞かせてくれたお礼じゃよ。はーしんどい」


「嘘つけ!」


「嘘じゃないもーん。ほんとじゃもーん」


「く、くぉのジジィ……」


「ラ、ライカちゃん、落ち着いて落ち着いて~! はい、どーどーどー……」


「私は動物か何かか!? ったく、この爺孫は一体どうしてこう……」


 私は目の前にいる似た者同士の爺と孫に頭を抱えた。

 今思えば、この二人には物心ついた時から私を困らせてくれたのを覚えている。

 特にこの爺はまだろくに字も書けない頃からかわいがりと言い訳していろいろとちょっかいを出してきた。 

 もうすぐ大人になろうとしている今でも、変わる気配が全くない。


「ふぉっふぉっ、まあ、もちろん冗談じゃよ。わしの体力は、子供のちと長い話を聞いて疲れるほど、衰えとらんわい」


「だったらもうちょっとまじめに……!」


「……同時に、子供の決意を聞いて、それを無下にするような大人でもないつもりじゃよ」


「……えっ?」


 おじいちゃんは優しい笑みでそう語りかける。

 ……そうだ。この人はいつもそうだった。

 人が緊張して話しているとき、わざとふざけて緊張を解して、話を進めやすくしてくれていた。私が幼かった頃からずっとそうだ。

 

「ライカよ。お主は幼いころからとても頭がよかった。誰よりも聡明で、大人びて、優しかった。だがのう、お主は何かあるたびに深く悩むことを繰り返してきたじゃろ?」


「……うん」


「それはお主の悪い癖じゃ。賢くて優しいがゆえに、人に気を使い過ぎてきた」


「……そうなの、かな」


「十年以上、お主を見てきたわしがいうんじゃ、少しは信頼せい」


 おじいちゃんは、ごつごつとした手を私の頭に乗せ、我が子を見るようにゆっくりと頭をなでる。

 私が赤ちゃんだったころからの習慣。優しく硬い手の感触は、今も昔も変わらない。


「ライカよ。お主がもうすぐ大人になるといっても、わしらにとってみれば、まだ子供なのじゃよ」


「…………」


「子供はのう。悩まず、まっすぐに進むべきなんじゃ。大人になればなるほど、(しがらみ)が多くなりすぎて、まっすぐ進めなくなる。お主には、そんな柵をそのまま乗り越えていく力がある」


「……柵を」


 決して、楽な道ではないだろう。楽しいことと苦しいこと、数えたら確実に後者の方が多いのだろう。

 でも村長は、私にその柵を飛び越える力があると言ってくれた。


「……それの、ライカ。お主に対して恩を着せようなんてした、この村には一人もおらんよ」


「……!」


「自分の信じた道を、まっすぐ進むがいい。柵にぶつかっても飛び越える力が、お主にはあるはずじゃ。そして柵の先にある、自分の夢をかなえてみせい! ……この村は、住民は、お主を応援するぞ」


 おじいちゃんは、そう断言した。村のみんなが応援してくれると。そんなの聞いてみなきゃわからない。聞いてみなきゃわからないはずなのに。


 ……目頭が熱くなる。いろんな気持が混ざり合い、泣きそうになっている自分がいる。でも、ここで泣くのは、少し恥ずかしい。


「……ありがとう」


 だから私は、感謝した。心の底から、この村のみんなに向かって。

 おじいちゃんは優しく微笑み、もう一度、私の頭を撫でた。

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