第四話
SIDE-ライカ
「う~……やっぱりひどいよ、ラーちゃん。寝起きの少女に拳骨なんてぇ。私、お馬鹿になっちゃうよ……」
「大丈夫。もうオフェリアの頭、叩きすぎて馬鹿になる余裕なんてないよ。むしろ叩いてやった方がいい具合の刺激で頭が活性化されそうだけどね」
「うぅ~……ラーちゃんのいじわるぅ……」
私に叩かれた頭をオフェリアは撫でながら、二人で村長の家へと続く道を歩いていた。
時間は九時半、待ち合わせの時間まで残り三十分だ。
すでに二人は朝食を取り終えており、オフェリアも服装も寝巻きからいつもの動きやすい服装へと着替え終わった後。
青色を基調とした短いスカートを履き、真っ白なおしゃれな上着を羽織っており、先程の寝顔よりも地上に舞い降りた天使をといった感じであった。
対照的に、薄汚れた長ズボンにレザーコート、仕事着を着てきた私と並んで歩くのは、馴染んだ村の中とはいえ浮く光景であることには間違いない。
「ん~、それにしてもいい天気だねぇ。明日の『神託祭』もこんな天気だといいんだけどなぁ」
オフェリアは、ん~と肩を伸ばし、空を見上げる。
羽さえあれば、どこまでも飛んでいってしまいそうな彼女の気持ちよさそうな横顔に呆れつつ、私もつられるように空を見る。
……雲ひとつない、真っ青な空。
首をどんなに回しても、その空の青色が途切れることはない。
そして、その中で存在感を出し続けている一つの光『オリム』、日差しを与える星は絶えずいつもと同じように地上へと明かりを配給し続けている。
「……どうだろうね。この季節だと急に天候が変わることだって珍しくないし。それに雨だったら祭りは明後日、もしくは来週に延期だろうね」
「ぶぅ~、ラーちゃん、そんな盛り下げることばっかり言っちゃ、めっ! だよ。人生は常に前向きに。元気はつらつ、楽しく行こうよ!」
あまり前向きになりすぎてオフェリアみたいになりたくない、とは思いつつ、また騒がれると面倒なので口には出さないでおく。
……ま、オフェリアの言うことにも、一理あるか。
「……はいはい」
いつもと変わらぬ、友の言動に苦笑しつつ、私達は村長の家へと向かった。
「……で、待ち合わせの時間は十時と言っておったはずなんじゃが、どうして一刻も遅れたのか説明してくれるかのう、ライカや」
「オフェリアが道の途中でランカン鳥の群れを発見。一羽取って村長へのお土産にするんだ!と意気込み群れの中へそのまま突入。この時期のランカン鳥は産卵を控え気性も荒く狩人でも生きたままの捕獲はなかなか難しい。武具無しでそんな中に飛び込んで行き、もちろん返り討ちに。服も身体も泥やら糞やらで汚れまくったオフェリアは泣きながら家へと帰宅。身体を洗い服も新調。シーラさんからの説教、鉄拳制裁を受け、泣きじゃくる彼女をおとなしくさせていたせいでこの時間帯に来る羽目になってしまいました」
「うぅ……ぐぅの音もでません。ごめんね、カロルおじいちゃん……」
「……オフェリアよ」
目の前にいる一人の老人は、オフェリアの肩に手をかける。
そして、身体をギューっと抱きしめると、大粒の涙を流し始めた。
「……そんなにワシのことを思って……! ワシはうれしいぞ!」
「カロルおじいちゃん……! 大好き!」
「オフェリア……! ワシも大好きじゃ!」
「茶番はやめてください。とっとと話を進めやがれボケ老人とその孫」
「「はい、すいませんでした」」
ギロリと二人をにらみ、仲むつまじく目障りなおじいちゃんと孫のじゃれ合いをぶっ潰し、話を先に進めるように促した。
……今目の前にいる立派なひげを蓄えた男性、この人がオフェリアのお爺さん、かつ村の村長を務めているカロルさんである。
カロルさんは、私が両親をなくしてから本当の親子のように育ててくれた人の一人であり、感謝してもしきれない。
一人の人間としてもすばらしく学問、魔術にも秀でていて村民からの信頼を置かれており、長きに渡ってこの村を纏め上げてきた。
……欠点という欠点といえば、かなり、とても孫娘に甘いところくらいだろうか。
オフェリアもいい加減おじいちゃん離れしてほしいものだ。
「んー、ゴホン。それでは仕切りなおしで……二人とも、よく来てくれたのう」
「……そりゃね。信託際についての話でしょ? 来ないわけにはいかないよ」
「私はライカちゃんが行くから付いてきただけ~」
「ふぉっふぉ、ならば、早速話を始めるとしようかのう。二人とも、もちろん神託際のことに関しては一通り知っておるの?」
『神託際』。それは若者が成人を迎えるときに行われる儀式だ。
この世界、スナルダイトには、かつて神と悪魔、そして人が暮らしていたという伝説、おとぎ話が残っている。
地下の世界『グラゴリア』からやってきた悪魔たちによって、人間の住む地上の世界『スナルダイト』は支配され、人は多くの苦しみを背負うこととなる。
人々は絶望し、この支配から抜け出すことを諦めていた時、天空の世界『パナトシア』から天使たちが舞い降りてきた。
天使たちは地上の悪魔を駆逐し、地下へと追いやり、二度と地上に出てこられぬよう悪魔たちを封じ込めた。
その後、天使たちは天空へと帰っていったが、人々は天使たちに感謝をし、彼らを崇め奉るようになった。
この伝説を言い伝えていく、そうして生まれたのが今の世界の主流の宗教となっている『天使信仰』の元となった、といわれている。
その天使信仰が元としてできたのが、この村伝統のお祭り『神託祭』だ。
「この村の子供たちが成人の歳、十六歳になったらこの辺りで一番おっきな山、『ターヤ山』の頂上に行って、神様の声を聞く。そこで自分が進むべき道を決める……だよね? おじいちゃん」
「ふぉっふぉ、言い伝えどおり一言も違わぬ解答じゃ。よく覚えておるの、さすが、我がいとしき孫娘じゃ!」
「えへへー、このくらい当然だよ~」
豊満な胸を張り、えっへんと威張るオフェリア。
……彼女の手に握られている文字の書いてある紙を、私はあえて見逃すことにした。
突っ込むのが面倒くさい。
「ふぉっふぉ。神のお声を聞くというのはあくまで比喩表現じゃがな。要するにじゃ、ターヤ山の頂上に行って、これまで生きた時間を思い出し、もう一度考えることで自分の生きる道を決めていくということじゃのう」
「う~、難しい……例えば、どんな?」
オフェリアは腕を組み、難しそうな顔をして考える。
「うーむ、そうじゃのう。例えば……自分はこの村から離れるのか、とかかのう」
「村から……出る?」
オフェリアは少しだけ不安げな顔で、おじいちゃんの言葉を聞く。
そして一瞬、おじいちゃんは私のほうにが、すぐに顔をそらした。
「そうじゃ。祭の主役は、まだ冒険心、野心あふれる子供たちじゃ。……この村は恵まれておる。飢饉もほとんどなく、流行り病もない。食事だってうまいものがあふれておるし、住むだけなら、一生困ることはないじゃろう」
確かに、この村での生活はとても心地よい。
村の人は皆優しいし、空気も綺麗、窓際で昼寝をする時の心地よさは、ここ以外では決して手に入れることはできないだろう。
それでも、都の生活や、村の外の世界に憧れるものは絶えることはない。
豊かなことは確かだが、言ってしまえば外の世界から隔離されているようなこの村から、自分自身という存在を解き放ちたい、そんな若者がでてくるのはいたって普通のことだろう。
「だが中には、この生活を飽き飽きとする者もおるのも事実、都の華やかしい生活に憧れる者がいるのも事実……新しい世界を見に行きたい、そんな者がいるのも当たり前のことじゃ」
「もちろん、勇敢な若者たちを、年老いたワシが止めることなどできん。ワシも若いころは、王都に出て、一山当てることしか考えておらんかったからのう」
まあ結局この村に残ることになったんじゃがな、とガハハと笑みを浮かべる。
カロルさんの家が代々村長を輩出してきたから家系だから、若い頃にはにはもう村長を継ぐ覚悟をしていたのかもしれない。
「……ところで、これから先、オフェリアはどうするか、もう考えておるのか?」
「え、えと……私は……その……」
カロルさんにそう聞かれると、オフェリアはお茶を濁すように吃り始める。
この様子じゃ決まっていないのかな、と私は苦笑いを浮かべる。
「ほほほ、その様子じゃまだ決まっておらぬようじゃな、別にそう気を張る必要はないのじゃぞ、我がいとしき孫よ。あくまでこの儀式は、現在の自分の意思を決めるもので、変更してはいけないというわけではないんじゃから」
「……今この気の張り様だったら、お祭りの時には石像みたいになってるかもね」
「も、もう! そんなことないってば! ……だ、大丈夫だよ。明日までには……決めてるから……そんなことより、ラーちゃんは? ラーちゃんは、やっぱり……」
もうちょっと自然に話をそらせないものか、と思いつつも、私はオフェリアの質問に答える。
「……前にも言ったでしょ。私は、この村から……」
「……出て行くよ」
……そう言ったほんの一瞬、オフェリアが悲しげな顔を浮かべているような気がした。