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第二話

SIDE-ライカ


 私は朝食を食べ終えて服を着替えて、必要なものをバッグに詰めて自分の家を出た。

 日は上がり始めており、時間はすでに七時を回っている。

 顔なじみの村人の姿もちらほらと見え始め、のんびりと農作業や山へ狩りに向かっていく。

 私も本来ならば、家の隣の作業場に向かい、仕事を行うのだが今日は違った。


「あの子、起きてるかな」


 今日私が向かうのは、のんびりしてて、かなり寝坊助で、とてもやさしい女の子の住む家。

 この村で一番の親友である『オフェリア・ランバート』の家へ、私は向かった。








 オフェリア・ランバートの家族、ランバート家は、村の中心部にあるパン屋さんを営んでいる。

 この村で昔からパンを作っているランバート家のパンはおいしいと評判で、私も物心つく前から両親と共によく通っていた。

 私が朝食べたパンもオリフィアの父が作ったパンでオリフィアに貰ったものであり、村の名物、お気に入りの逸品だ。

 家から歩いてしばらくたつランバート家が姿を現す。

 と、そこには店の前の掃除をしている一人の女性の姿が見えた。

 それは私にとってもお馴染みの顔で、大事な人の一人。


「シーラさーん」


 彼女の名前はシーラ・ランバート。

 私が幼いころからお世話になった人の一人で、オフェリアの実の母親でもある。

 同時に、私の父と母の幼馴染でもあり、昔から親交は深い。

 オフェリアと同じように背はあまり高くはなく私より小さいが、その外見からは想像もつかないような力強さを持っている魅力的な人だ。


「んっ? ああ、ライカじゃないかい! おはよう」


「おはよー、シーラさん」


 シーラさんは一旦掃除をやめ、私のほうに顔を向ける。

 先ほどまで店の中でパンを作っていたのだろう、腰には年季の入ったエプロンをつけている。


「今日は朝早くどうしたんだい? あれかい、前に渡した塩でも切れたのかい? それなら家の中からすぐにでも取ってくるけど」


「あ、違う違う。今日はオフェリアのほうに用があって」


「ん? あの子に用?」


 覚えがないといった表情を浮かべ、少し考えるように腕を組む。

 五秒、十秒と過ぎていくが、シーラさんの口からは何も出てこない。


(……まさか)


 私の頭の中をよぎる一つの不安。

 いや、さすがにオフェリアでもそれはないだろうと思いつつ、念のためシーラさんに確認を取ることにした。


「……シーラさん。昨日の夜、帰ってきたオフェリアから、今日私と一緒に村長の家に行くって何か話してなかった?」


「……んにゃ、あの子帰って夕食食べて風呂に入った後、速攻でベッドに入ったから、何も聞いてないねぇ」


 ……やっぱり、と私は大きくため息を漏らしうなだれる。

 オフェリアも私と同じ十六歳。

 『神託祭』が翌日に迫れば、オフェリアも少しは成長してくれるだろう、という私の儚い希望と淡い期待は早くも打ち砕かれてしまったのであった。


「……もしかしてあの子、また何かやらかしたのかい?」


「うん、実は今日いっしょに村長の家にいこうと約束してて……いつも通り、寝坊みたい」


「「……はぁ……」」


 今度は二人揃って大きく大きくため息を吐いてうなだれた。

 オフェリアのことを一番よく知っている母親のシーラにとって、オフェリアが寝坊することなど日常茶飯事。

 その表情からは、『神託祭』前になればあの子も少しはまともに……と、私と同じことを考えていたようだが、結果はこの通りである。

 ―――仕方ない。


「……ごめん、シーラさん。部屋の中に入って、オフェリアのやつ、起こしてきてもいいかな? ……一発、厳しめにね」


「あ、ああ。もちろんそれは構わないけど……あの子、起きないときは本当に起きないからねぇ。わかってるとは思うけど起こすのは本当に骨が折れるよ?」


 ……それは、十分承知の上だ。

 だが、十年間オフェリアと過ごしてきて、何も対策を考えていない私ではない。


「……大丈夫だよ、シーラおばさん。今日もこんなことだろうと思って、いろいろと策は用意してあるからさ」


「―――そうかい? それじゃ、お願いしようかねぇ。ささ、家に入りなよ」


「お邪魔します」


 シーラさんに促がされ、家の中に入る。

 何度もこの家の中で遊んできたので、もちろん迷うことはない。

 オフェリアの部屋へと続く階段を上り、二階へと向かうこいとにする。


「―――あ、そうだ。ライカちゃん!」


 振り返ると、そこには笑みを浮かべたシーラさんの姿。

 いつも見慣れた、優しい笑顔。


「今日の朝ごはんにパンケーキ作ったからさ。どうせ朝は軽くしか食べてないんだろ? オフェリアを起こしたら、いっしょに食べよ。ライカちゃんも、立派なうちの家族なんだからさ」


 昔から変わらない、まるで本当の母親のように私を見てくれていた。

 うれしい気持ちと、気恥ずかしい気持ちからか、自分の顔が赤く染まっていくのが分かる。


「……うん」


 つぶやくような声で答え、少し急ぎ足で逃げるように二階へと向かった。

 後ろからからかう様に聞こえてくる、シーラさんのクスクス声。

 ―――この恥ずかしさは、全部オフェリアにぶつけてしまおう。

 小さい決意を固めて、私はオフェリアの部屋へと向かった。






SIDE-シーラ


「……うん」


 ライカちゃんはそう小さい声で呟いて、私たちの家の中へと入っていった。

 まったく、素直じゃないねぇ、と笑いながら思いつつ、私は空を見上げる。

 真っ青な雲一つない空、気持ちいいくらいの青色は優しくこの村を包んでいるようだった。


「……あれから十年、か。時間ってやつは、流れるのが早いもんだねぇ」


 いろんなことがあった。

 今思えば、決して楽な十年間ではなかっただろう。

 楽しいこととつらいこと、どちらかと言えばつらいことが多い十年間だったに違いない。

 だけど、私の二人の娘は、丈夫に育ってくれたと思う。

 オフェリアも、ライカもも、立派な女の子になってくれた。


「―――オズ、フレイヤ。ライカは、とってもいい子に育ったよ。あんた達のいいとこを、しっかり受け継いでるよ」


 当然空に話しかけても、返事は返ってこない。

 でも、話しかけずにはいられなかった。

 空を見上げるのが大好きな二人が、空の上で話を聞いてくれると思ったから。


「あんたらの子もうちの子も、明日には大人の仲間入りだよ。『神託祭』で自分の生きる道を決めるんだ」


 そう、これは最後の仕上げ。

 あの子たちが大人になるための、最後の親心。


「……しっかり、見守っておくれ」


 そう消えそうな声で呟いて、あたしは仕事に戻ることにした。

 二をの掃除が終わったら、すぐ準備するとしよう。

 もう一人の家族の朝食を。


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