第一話
「……う……ん」
窓の隙間から漏れる日の光を浴び、枕元に置いてある懐中時計の音で目を覚ますのが、私の習慣となっていた。
一人で起きるようになってから早十年、この習慣でか、他人に起こされるかでしか、私はほとんど目を開けることはない。
もうすぐ大人という称号が肩に付くため、どうか直そうと努力はしているつもりなのだが、長い間放置してあったこの癖は簡単にはなかなか治りそうにはなかった。
「……ん~……」
背伸びをし、少し寝ぼけた頭で、懐中時計の横に置いてあった眼鏡をかける。
ベッドから降り、私はそのまま家の洗面所へと直行した。
洗面所に行き、私の背丈ほどある鏡に自分の姿を映して、少し苦い顔を浮かべる。
「……うわっ、髪ボサボサ」
私の持つ長く黒い髪は、もともとかなりの癖毛持ちなのだが、寝起きのせいか、いつも以上に髪はボサボサになって見るも無残な姿と成り果ててしまっていた。
この姿を母が見れば大笑いし、父が見れば優しい表情を浮かべたまま、櫛を取り髪を梳かしてくれる光景が浮かぶ。
私自身、こんな癖毛を伸ばすくらいなら短く切ったほうがましだ、とか思っているのだが、切ろうとするたびに友人が『髪切っちゃダメぇー!』と泣きべそを浮かべ懇願してくるのだ。
切るか切らないかのいうたびに行われるその問答がかなり面倒臭かったため、今の状態を仕方なく保ち続けている。
「……こんな髪のどこがいいんだろ。正直不便なだけなんだけどなぁ」
少し愚痴をこぼしつつまずは顔を洗い、手で水をすく、軽く髪につけた後、櫛を手に取り髪を整え始める。
自身の癖毛に四苦八苦しつつ、なんとか髪を整え終えて、二割弱の達成感と八割強の疲労感を得てから朝食の準備をしに台所へと向かった。
台所に入った途端、ぶるっ!と身を震わせる。
換気を良くするために作られた小さな窓が開いており、そこから朝の冷気がもろに入ってしまっていた。
一年を通して暖かい気候が続くこの『シュダール地方』でも、朝の気温はそれなりに寒く、昼の暖かい日光が好きな私にとってかなりの寒さだった。
「う~……寒い……」
すぐさまその寒さをどうにかしようと、私は事前に切っておいた薪木を燃えやすい藁と一緒に窯の中に入れる。
そして窯に入れた薪木に向かって手を向け集中し、力をこめ、小さくつぶやいた。
『フレア』
すると、手の中から硬貨ほどの小さな火球が出て、窯の藁に当たり、パチパチと勢い良く燃え始めた。
『魔法』、この世界『スナイダルト』では一般的に使われているものだ。
火、土、水、雷、風など様々な属性を持ち、日常生活、自分の身を守るための護身術、強大な敵に立ち向かう攻撃手段など応用性は非常に高い。
魔法の上級者、魔法を使うための魔力を莫大に保持している者となれば、国や軍などから勧誘され、何かと恩恵を受けることができるのである。
もっとも、こんな片田舎では、魔法を極めようなどという者は全くというほどおらず、私自身の魔法の技術も、日常生活や狩りに役に立つ程度のものであるのだが。
しばらくすると台所の空気は暖められ、寒さによって固まっていた身体も本格的に動き始める。
さっそく、昨日近所のおじさんにもらった鶏の卵と友達に貰ったパンを焼き、牛乳を取り出して軽く朝食の準備をする。
「……あっ、そうだ」
昨日、友達からパンと一緒にお菓子も貰ったことを思い出し、棚からそれを取り出す。
中から現れたのは、この地方で取れる@『キッシュベリー』という果実をふんだんに使ったスポンジケーキ。
絶妙な酸味と甘さが売りの人気商品だ。
パクッと、一口つまみ食い。
「……ん、おいし」
少し笑みをこぼし、目玉焼きとパンと共に台に乗せリビングへと向かった。
部屋の中にあるのは、白を基調とした壁、ソファ、机、私が趣味としているガーデニングの苗木、四つの椅子、机の上にある一枚の古ぼけた写真。
左の写真には二人の男女の笑顔を浮かべた姿が写っている。
ほとんど無駄なものがないシンプルな部屋。
料理を机に置き、私も椅子に腰かける。
そして私は写真に手に小さく笑顔を浮かべて小さな声でこう告げた。
「……おはよう、オズ父さん、フレイヤ母さん。今日も、いい朝だね」
これは私が毎朝している習慣。
……ここからずっと向こう側の空の上にいるであろう、二人への親愛の印。
……これはいつも変わらない一人の少女の朝。
私、『ライカ・ヴァンヴァーレ』のいつもの日常の始まり。