1.完全なる戦争 4
惑星に残された12人の少年少女の物語
再び沸き立つ周りの声を無視してブライが低い声で確認する。
「それは合計ポイントとは別なんだろうな?」
『ええ。ご心配なく。私からの特別ボーナスです』
テミスが女神のような微笑みで見つめ返す。
『ブライ様。貴方の望みのものは? なんでしょう?』
「何もねぇよ」
ブライはさっさと群れから離れた。
「オレのポイントはアルテにくれてやる。アルテ、適当に皆に振る舞ってくれ」
ブライを見送りながらアルテは溜息を言葉に変えた。
「はいはい。じゃ……」
アルテの言葉を聞き終えたテミスは右手を挙げて最後の言葉を告げた。
『判りました。全てはイシス様の名にかけて送り届けましょう』
『はい。イシス様の名にかけて』
セルケトが同じく右手を挙げて同じ言葉を返す。
そして世界は……霞のように消えた。
霞から現実の世界に戻る。
キッズ達はそれぞれの筐体から出て、はしゃぎ回っている。ビージー達も笑っている。
7日に1度行われるシミュレーションによる戦争が終った。
『皆様。お疲れ様でした』
放射状に並んだ筐体の中央の黒い箱、ロゼッタと呼ばれる制御ルームから出て来たのは白く輝く服をまとった尼僧。いや、アンドロイド。尼僧と明らかに違うのは髪に数本の簪が挿したように見える頭部だろう。
「セルケトぉ。今日はボクはちゃんと戦ったよね」
一番に駆け寄ったのはトマ。セルケトは女神のように微笑む。
『はい。見事な戦いでした。皆様も無駄のない動きでしたよ』
セルケトの微笑みは疲れた子供たちの心を癒す。そんな効果があった。
「ありがと。セルケトの御陰よ。感謝している」
筐体から出たアルテが長い黒髪を手で直し、腕や足の汗をタオルで拭ってからセルケトと握手し感謝した。
レミとラミも筐体を出て腕と足をタオルで拭きながらアルテと微笑み合う。
そして……筐体から最後に出てきたのはブライ。
「うがぁっ!」
1人だけ呻き声で。上部にラテン語で「メメント・モリ」と書かれている筐体から後ろ向きのまま床に転がった。
そしてブライの腕や足から無数の針が抜かれ……筐体の中へと戻っていく。
アルテが駆け寄りブライのヘルメットを外し、ブライの頭を自身の膝の上に乗せる。
「ブライ。大丈夫? 1人だけダイブインしているんだからね。無理しないでよ」
アルテが心配げにブライの顔を覗き込む。左右に座って覗き込んでくるのはレミとラミの双子の姉妹。
アルテは端正な顔立ち。レミはほわふわとした不思議系。ラミは知的系の美少女。
これだけの美少女に囲まれてもブライは苦しそうに顔を顰めたまま。
全員が操作していたのは筐体の中のコントローラー。前後左右、そして上にあるモニターを見ながら操作している。
しかしブライだけは違う。
ヘルメットを通して意識が直接、「世界」と結合されている。そして腕と足に刺さったニードルセンサーが神経と結合。そのためにブライの機体は敵味方の中で最も機敏に動ける。代償として……シミュレーションの中で被弾すればそれなりのダメージを受ける。
「……気にするな。全壊しても2、3日寝込むだけだからな。いつものコトだ。それに……」
ブライはアルテの顔を見上げる。心配げな美少女の顔はいつ見ても飽きない。視界を遮る2つの膨らみは形良い。
「この景色は見飽きない。またでかくなったか?」
直後。鈍い音がしてブライの後頭部は床に落ちた。
「いてぇっ!」
アルテが膝を外して急に立ち上がった結果である。
「ふん。そんな下らないことを言っているんじゃ心配する必要は無さそうね。みんな、セルケト、夕飯の準備するわよ。今日はコックロボットさんに頼らない日だからね」
少しだけ恥ずかしげに頬を染めて立ち去るアルテはセルケトよりも背が高い。そして抜群のプロポーション。
「ブライ様。ワタシも大きくなったのですよ? 大きさではアルテ様に……」
ブライの横に座っていたレミがブライの手を取り自分の胸へ……と、その瞬間にラミがレミの手を取り遮る。
「レミ? さっさと夕食の手伝いに行きましょ。ブライ? 今日はキツそうだから暫く横になってて良いわよ」
全員が立ち去ったコンバットルームでブライはよろりと立ち上がり、近くのソファに身を投げた。
この小説は『イシスの記憶』、『ラプラスの魔女』などの後編となります。
感想などをいただけるとありがたいです。