9.奇蹟 2
惑星に残された12人の少年少女とアンドロイド達の物語
アルテがブライに詰め寄る。
「そんなのっ! ……そんなの無視すればいいじゃないっ! 銀河中央政府なんて、勝手なことを言って、勝手なことをして何もしてくれない。セルケトは今まで私達を護ってくれていたのよ。そうでしょ? 無視すればいいのよっ! そうよ。銀河中央政府のバカどもの指示なんて無視すればいいじゃないっ! 違う? ブライ、私が言っていること間違っている? ねぇ? お願い、はっきり言ってっ!」
ブライはアルテの肩に手を置き、そして……心を潰すような声で言った。
「……オレも同じ意見だ。だがな……」
苦渋の表情を浮かべるブライ。悔しさが……作り笑いになってしまう。
「今のオレ達じゃ……何も変えられないんだ」
ブライの言葉に皆が黙った。
アルテの感情が止まる。ブライの目に零れんばかりに浮かんでいる涙を見て。そして自分の瞳にも涙が浮かんできている。総てを理解してしまったがために。
ブライが呟く。アルテの気持ちも、皆の気持ちも、総てを理解して。
「オレ達に奇蹟なんて……起きないんだよ」
過酷な現実を言葉にした。
重い沈黙の後……誰かが動いた。
『……アルテ様。今何と仰いました? 誰のことをバカと?』
テミスが目を見開き、アルテを見つめている。
「いま?」アルテはテミスの変化に戸惑っている。
「えーと。銀河中央政府のバカって言ったけど……だよね?」
アルテはブライに確認する。ブライも戸惑いながらも肯く。
『そうですか。「銀河中央政府のバカども」……ですか』
テミスは記憶の奥底を検索しているかのように深い光りを瞳に宿している。
『……イシス様の記憶にある言葉を現実に耳にするとは思いもしませんでした』
そしてテミスは微笑んだ。迷いが払拭されたような笑みで。
『そして思い出しました。私への指示の中に「惑星ルクソルの住民の意見は最大限尊重するように」という一項があることを』
テミスはアルテの手を取り宣言した。
『私は……アナタの指示に従いましょう。銀河中央政府の指示は変更できませんが、時間までできるだけのことを致しましょう』
テミスの急変に誰もがついて行けずに固まっていた。
ただ1人、ハカセが何かを思い出して呟いた。
「奇蹟だ」
「奇蹟?」皆が疑問形で返す。
「奇蹟ですよ。ほら、ブライさんが言っていた奇蹟。ある植物学者の言葉を、呪文を言えば奇跡が起きるって。それですよっ!」
皆が怪訝な顔で互いに見つめ合っている。
心の中で「そうか?」と戸惑っているのを隠せずにいる。
そして本当の奇蹟は……ひっそりと動き始めていた。
動いたのは……セルケトだった。
停止していたセルケトをリビングルームのソファに寝かせていた。
そのセルケトが動き出している。起き上がろうとしている。
『ブライ様……』
その声に反応したのはテミスが一番最初だった。
セルケトの手を取り、抱き起こす。皆は……セルケト動き出したという事実に数舜だけ戸惑い、そして歓喜した。
「セルケトっ!」アルテがそれだけ言って口を手で押さえている。涙ぐみながら。
「動けるのか?」ブライは驚きを歓喜に変えながら確認する。
『……ええ。今の私はエマージェンシーモードで動いています。本体が何らかの原因で停止した時、このインフォメーションアンドロイドである私の端末が単独で起動するように……』
セルケトはゆっくりとブライを、アルテを、そしてレミとラミを見て力なく微笑んだ。
『皆様の……御両親様達から指示されています。私の本体が停止した時にも総てを、指示を……不揮発記憶媒体に記録した指示を実行するため。ですが、再起動システムコードが損傷を受け……起動に時間がかかってしまいました。申し訳ありません』
言葉に脈絡があまりないのは再起動中だからだろうか。それとも記録が損傷したためだろうか。セルケトは頭を下げようとするが動作がぎこちない。テミスが支えていないと倒れてしまいそうだ。
「ううん。いいの、セルケトが起動してくれただけで充分。そうだよね?」
アルテが皆に確認する。もちろん皆は肯く。満面の笑みに涙を飾って。
『もったいないお言葉……ですが、私は最後の選択を皆様にして戴かなければならないのです』
セルケトが何を言い始めたのかは誰も解らなかった。
『これから……皆様に求められていた……遺跡について、遺跡のことをお話し致します。そして選択して下さい』
セルケトはブライとアルテを見つめた。
『この星と皆様の未来を……』
この小説は『イシスの記憶』、『ラプラスの魔女』、『101人の瑠璃』などの後編となります。
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