9.奇蹟 1
惑星に残された12人の少年少女とアンドロイド達の物語
9.奇蹟
夜が明けた頃。
全員がリビングルームに集まっていた。
宇宙戦艦テミス本体が録画していた緊急通信の再生を全員が見て……押し黙っている。
「つまり……セルケトが停止したことが銀河中央政府にバレたということなのね」
アルテが確認するように呟く。
「通報したのはバグラン達に間違いありません。アイツら、どこまでボク達を……」
拳を握りしめてハカセは怒りを露わにしている。
「アイツらのことはどうでもいい。総ては銀河中央政府とオレ達のことだ」
ブライが静かに話す。不自然なまでに静かに。
「そうよね。でも……あと30時間以内にセルケトは再起動するんでしょ? それから銀河中央政府に報告したらいいじゃない。セルケトは動いているって。それですむんでしょ? 違うの?」
アルテが確認するようにテミスに訊く。
だが誰も答えなかった。
レミとラミとビージー達とキッズ達は知らないが故に。
そしてブライとテミスは知っているが故に。
「どうなの?」
アルテが詰問するような声でテミスに詰め寄る。
テミスは目を伏せている。深い闇を瞳に宿して、言葉を失ったかのように。
自身に命じられている指示が過酷だと表すかのように。
「黙ってないではっきり言いなさいよっ!」アルテの手がテミスの襟に伸びる。
それを遮ったのは……ブライ。
「テミスは……今から約24時間以内に銀河中央政府の指示により惑星ルクソルを破壊しなければならない」
「え?」「なぜ?」「どうして?」「そんなコトになるんです?」
口々に驚くアルテとレミとラミ。そして驚きざわめくビージー達とキッズ達。
ブライは目を閉じて絞り出すように言葉を繋ぐ。
「そういう風に『指示』されている。銀河中央政府によって。機械であるテミスやセルケトにとって『指示』は絶対だ」
テミスは黙って目を伏せたまま。
「じゃ……それじゃ、セルケトはどうなるの?」アルテが詰め寄る。
「セルケトが復活するのに後30時間必要なんでしょ? その途中で……テミスは、テミスは帰っちゃうの? 修理しないで? セルケトを置いて、アタシ達を置いて? そんなの……」
「違う」ブライは冷静な声を挟んだ。
「オレ達は置いて行かれることはない。テミスは24時間以内にオレ達を連れて遺跡を、惑星ルクソルを破壊してこの星系から立ち去らねばならない。それがテミスが果たさなければならない使命なんだっ!」
「セルケトは?」アルテは努めて冷静に訊き返す。
「セルケトはどうなるの? その場合、セルケトはどうなってしまうの?」
ブライはアルテを見つめて答えた。
「その場合、セルケトは……廃棄される。あるいは現時点で強制リセットして……最悪、総ての記憶を失う。そういう選択肢しか残されていない」
「総ての記憶を失う? 私達のことも? 全部忘れるの?」
「最悪の場合は……だ」
ブライはアルテを見つめたまま……苦しそうに顔を歪めた。
「そんな……ひどい」
アルテは言葉を失い口籠もる。代わりにハカセが訊いた。
「テミスさんは……どうしてそんな指示に従わなければならないんですか? おかしいですよっ! そんなの……そんなのおかしいですよっ!」
ハカセも自分の感情を抑えるのに精一杯だ。
「……銀河中央政府も一枚岩じゃないってことさ。一方でセルケトにこの星への移民を命じ、セルケトの提案である遺跡調査を承認し、もう一方で遺跡の破壊と惑星ルクソルの破棄を決定した。そしてそれらが別々に実行され、この星にオレ達の親がきて、テミスが派遣された。確かにセルケトの意見が最初は重要視されたんだろう。だが、遺跡調査に来たオレ達の親も疫病で死んでしまったっ! だから一度は押さえられていた意見が復活し、テミスが派遣されたんだっ! だが……セルケトが存在する限り遺跡調査の意見が尊重されたという事実が残る。残っていたんだ。それでテミスへの指示の実行が保留された。セルケトとテミスの間での取り決めだがな。それは銀河中央政府内部の意見が対立し、互いに睨み合っていたという証でもある! それがっ! そう決まっていた取り決めが……」
感情が脈動し言葉が、声が荒れる。ブライは一度言葉を切り、自分の感情が納まるのを待った。
数度、深呼吸してから言葉を続けた。
「……そのセルケトが停止してしまった。停止したことが知られてしまった。それで銀河中央政府の意見が『遺跡の破壊と惑星ルクソルの破棄』に確定したっ! それだけのコトだっ!」
声の大きさが感情の起伏がブライの心境を露わにしていた。そして皆に告げていた。
この事態に「オレ自身も納得なんかしていない」と。
「そして……テミスに命じた人間達がセルケトの意見を支持した人間達より少しだけせっかちだった。それだけのコトだ」
「納得できないわっ!」
この小説は『イシスの記憶』、『ラプラスの魔女』、『101人の瑠璃』などの後編となります。
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